小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY 作:つっかけ
静かな朝。
鳥たちが鳴きながら空を飛び、太陽が黒い空を青く染める雲一つない日。
部屋数が60を超えるほどの大きな屋敷の一室。庭に面した大きなガラス窓があって、花に水をやる侍女たちを眺めながら紅茶を嗜む一人の老女が居た。
背は小さく150センチといったところか。年齢が年齢だけに細身の手だが筋肉も少しついていて皺は多くない。実際の年齢と見た目で20歳近くは差があろうかと言う高貴な雰囲気のある女性だ。薄い桃色のワンピースを身にまとい、左手の薬指に一つだけ磨かれた指輪をつけている。
白い髪は背中まである直毛で前の髪はピンで止めて横に流している。
デコが少し広い彼女はこの屋敷の主で、服を作る会社を設立し手腕を大いに振るってここまでの財産を築いた。
「良い朝ね。」
「そうでございますね。奥様。」
奥様こと水瀬伊織。
彼女は律子と共に次元を跳び、元居た世界より100年前の平行世界へやってきた。学院の近くにある丘の桜の傍に高槻やよいを埋葬して、律子との修練に明け暮れた。
当時、学院に再び入学しようとしたのだが入ったところで意味がないと律子に言われ1年間、律子の教えに従って実力も人間性も伸ばした。新たな学生が入学したところで、律子と共に講師として勤めて9年。25歳になった伊織は律子に戦闘衣装の制作を持ちかけた。ある生物の糸を使えば可能であることを告げ、その制作のために一つの会社と提携を組んで作り上げた戦闘衣装は当時のアイドルたちの間で話題になり、国が伊織に対してスポンサーの話を持ち掛けた。
伊織はそのまま企業し、戦闘衣装と共に一般市民や貴族の嗜む衣服の制作を手掛けて瞬く間にその財を成した。
水瀬ブランドは言いたいことはハッキリと吐き出すのがモットーで、容赦のない指示と優しい性格を持つ彼女の手腕があったからこその成功と言える。
そしてその隣で腕に紺色のファイルを抱えている執事は水瀬ブランドの立ち上げから助力している人で、代々執事の家系だ。若い頃は背中まであるオレンジ色の髪を前髪ごと束ねていた彼も、今では短く艶のある白髪になっている。
現在水瀬ブランドの社長を務める伊織の息子の執事を彼の息子が務めており、その奥さんはメイド長として一族総出で仕えている。
「私も今年で109歳。いい加減、身体も思うように動かないわ。」
「何をおっしゃいます。社をご子息様に託されてからは世界貢献のために動かれておりますのに。」
「それはあんたが居るからでしょ。」
伊織は自社を息子に譲ってからと言うもの、さらに元気になり世界を廻って人助けを繰り返していた。
幼い頃から律子に鍛えられたことを習慣化していたので今でもその習慣は抜けていない。適度の教養と適度の運動と気を使った食事は、今となってはこれを変えると逆に調子を崩すほどだ。優秀な医者やエリクシーを傍に置いているおかげで100歳を超えても元気としか言えないほど丈夫だった。
その伊織を鍛えていた律子も十数年前に他界してやよいの隣で静かに眠っている。
「あんたが居なかったら世界なんて巡ってないわよ。まったく、人を乗せるのが上手いんだから。」
「恐縮です。」
伊織が世界を巡るキッカケは執事にあった。水瀬の社長と言うポジションを退任して名目上は会長になったものの毎日が退屈だった。会社の仕事は殆ど息子が取り仕切っていたためだ。
時間を持て余していたそんな時に、世界を巡って貧しい人や問題を解決する手伝いをしませんか、などと言う執事の案に乗ってしまった。最初は国を巡れるとあって喜んでいた伊織だったが、思わぬハードワークで見事に手のひらを返して執事に文句を連発したものである。
しかし、貧しい町の改革や国に対して口を出したり、民間によって運営され住民の様々な依頼を預り実力に応じた所属者に仕事を斡旋するギルドの設立。その生活の中でやりがいを感じ始めた伊織は、今ではそれが余生における最後の仕事として得られているため大変満足している。
「それから奥様。例の件なのですが、無事滞りなく済みました。」
「あら、思ったより早かったわね。」
「こちらが、今回の費用全額記載書類でございます。」
執事が手に持っていたファイルの中から一枚の紙を取り出す。高級羊皮紙を使ったもので金の装飾が施され、これ一枚で一般家庭が10日間を普通に生活できるだけの値段が付いている。
それを贅沢に使った内容を手にとって一瞥する。
しばらくの沈黙後に高級羊皮紙を紅茶の隣にソッと置いた。
「意外ね。もう一桁くらいにはなるかと思っていたけれど。」
「それが、元々は9桁だったのですがどういう風の吹き回しか唐突にこの額で結構だと申してきました。」
伊織は少し思案する。相手方に一体どんな意図があってこの額で結構だと言ったのか。妙な企みが無ければ良いと思うが相手もそれなりに手腕を持つ。何せ人望と自分や他人に厳しいスタイルで水瀬には及ばずも一財産を築いた人物だ。今では街の統治者である彼が、その街を買収されようとしているのに見合わない額を提示してきた。しかも低く。
「ねぇ、私には一つしか考えられないのだけど・・・あんたはどう思う?」
実際のところ、この執事は伊織とは考え方がかなり違う。伊織が雪を白か黒という2択を迫ってもマジピンクとか言ってしまう天邪鬼だ。人の揚げ足を取るのが大好きな奴ではあるが、ここぞと言うときは伊織よりも適格な言葉を口にする。そのおかげで水瀬ブランドの危機を回避したことは一つや二つではない。その執事が羊皮紙の内容を見て伊織と意見が合わない訳がなかった。
「どう考えても後ろ盾でしょう。こちらの提示した好条件に対して破格とも言える値段で街を売ろうとしている。一見見合いそうではありますが、ただ単にこんなバカなことをしてくる相手ではありません。つまり・・・。」
「万が一、有事の時は良くしてやってくれ・・・と言うことね。バカバカしい。」
伊織は執事から既に差し出されていたペンを奪い、羊皮紙に走り書きでサインした。ペンを置いたところで若干の不機嫌を執事にぶつける。
「もう少し対等に話してくるかと思っていたけれど、とんだ意気地なしね。あの子たちが居なければ即刻破り捨てるところだったわ。」
あの子たち。つまり伊織と縁のある人間がそこには居た。辺境の街道に時代遅れにも追剥ぎが出るとの情報で向かった先。警護強化のついでに息子の依頼で水瀬ブランドの店舗展開をしようと訪れた街にその二人は居た。記憶に残る懐かしい声。目に焼き付いている懐かしい光景。一人の少女が穴を掘って埋まり、その上から笑顔で声をかけて引っ張り上げようとしている少女。古い記憶を鮮明に蘇らせてくれるその光景は伊織の感情を高ぶらせるには十分だった。人が多かったその場でひっそりと物陰に移動し、声を上げたい衝動を必死に抑え咽び泣いた。
そして、その二人の親と掛け合い水瀬ブランドの店舗を作ることと併せて街の買収の話を持ち掛けた。
もちろん最初は統治者も猛反対したのだが、伊織の出す条件は唾を飲み込むほどの好条件だったのだ。
羊皮紙に明記された条件は3つ。
一つ、街の所有権は水瀬にあるも特に口を出さず、街の統治と権限は現状変わらず引き続き行っても良い。
二つ、水瀬ブランド及びギルド設立による街道と街周囲の随時警備強化。費用は水瀬が持つこととする。
三つ、やむを得ない事情がない限り二ヶ月に一度の会合に出席すること。会合は水瀬邸にて行い統治者の家族、並びに子供の友人一人までならば同伴を許可するものとする。
「デメリットが殆ど無い条件なのよ? もはや後ろ盾になっているも同然だと思うのだけど。」
「世の中、ハッキリ言わなければ解らぬ輩も居ります故。」
「面倒くさいわね。今度来たときにキッチリ言ってやるわ。」
会話で少し冷めた紅茶を一気に飲み干しカップを置いて一息つく。
執事が再び空になったカップに紅茶を注ごうとして、それを伊織が右手で制した。二人の間で無言のやり取りが行われ、ティーポットを置いた執事はテーブルと同じ高さのカートの下から100%オレンジジュースの入ったガラスのピッチャーとカップを取り出す。ピッチャーの湾曲した取手と蓋は金で出来ていて腹部分のガラスにもバラの装飾が施されている。新たなカップに100%オレンジジュースを注いで伊織の前に静かに置いた。
それを一口つけて甘く、少し酸っぱい味を楽しむ。
「そういえば、この前のあの子はどうなったの?」
「はい、別宅にて私の監視の許で過ごさせております。」
「そう。」
先日、大きなスラムのある街を訪れた時にその少女は居た。所々が破けて煤や泥だらけの服を着たまま伊織の前で倒れたその子は、伊織の中で歓喜の感情が渦巻いていた。
見つけたのだ。その少女を。
フラフラと歩いてきた彼女は倒れた時に伊織の手を掴んだ。急いで執事につれさせて屋敷に戻り医者とエリクシーを付けたので大事にも至らず、単に空腹と栄養失調であると聞いたときは大きく息を吐いたものだ。
今ではちゃんとした食事と服を着させて体力が回復するのを待っている状態なのだが。
「どうしても、会う気にはなれないのですか?」
「まぁね。会ってどうしろって言うのよ。」
「いえ、どうせまた恥ずかしがっているだけなのでしょう?」
ぐっと声が漏れる。何故なら図星を突かれたからだ。
その青い髪の少女はかつての友人であることが伊織にはわかっていた。少女からすれば初対面になるわけだが、自分は決してそうではない。幼い彼女に会って平静を装うことが難しそうだった。何かと世話を焼いてあれやこれやと買い与えてしまいそうだった。その彼女に会うこともだが孫娘たちに逢わせることも躊躇っていた。
当時の伊織もやはり最初は彼女に好感をもてなかったことで二人もそうなるのではと危惧していたのだ。
「そこまで頑なにならずとも、何なら御自分の孫として育てられたらいかがです?」
一瞬思考が止まる。執事の提案に悪くないと思ってしまった。
もしこの巡り逢わせがあの世界にもあったのだとしたら、伊織は千早と出会ったのは学院で。つまりそれまでは出会うことなく、二人を引き合わせる当時の奥様とも会わなかったということになる。
今ここで会っておくのも悪くはないし、孫として養子にするのも悪くはないと思ってしまったのだ。
「・・・あんた、私があの子と会わなかったらどうするつもり?」
「そうですね。近くの町で一人暮らさせます。いくらかの手助けはするものの奥様とは会わせないようにします。」
「・・・ん~~~。あぁもう、仕方ないわね!」
一人葛藤する伊織をニヤニヤしながら見ている執事に上手く転がされたようで少しばかり腹が立つ。
しかし、この執事が居たからこその葛藤だと思うと強くも言えない。人間性に問題はあるものの、根は優しく意外にも正義感が強い。人をからかいはするものの怒らせるまでは決してしない。だからこそこの歳まで付き合えたのだ。
伊織にはこのような態度でも青髪の少女には頗る優しくしていることだろう。
そして執事の言うことももっともで、その少女に会いたいし別世界の彼女に対しての恩や義理もある。
「・・・後日連れてきなさい。」
「承知致しました。」
その時、コンコンと扉を叩く音がした。
執事に任せて扉を開かせる。
入ってきたのは可愛い可愛い孫娘たちだった。今は9歳になった彼女も礼節をしっかりと弁えている。
伊織が祖母に教わったように、自分の孫娘にも礼儀作法はしっかりと伝えているのだ。
「おばあ様。おはようございます。」
「はい、おはよう。」
着衣であるワンピースの裾を持ち上げて挨拶をしたのは桃色がよく似合う少女。長い後ろ髪は腰まであって、前髪は左右に開いてデコが広く見える。
ウサギのぬいぐるみを持ち歩き、幼さが抜けないのが最近の悩みだったりする。
桃色のドレスチックなワンピースを着ている。どちらかと言うとドレスをあまり好まないこの子は誰に似たのか伊織も同じ趣向があるためドレスを着ろと強く言えない節がある。
言ってしまうと、お婆様も着てないじゃない。と言われてしまいそうだ。
「おはようございまーす!」
「あなたは今日も元気で結構なことね。」
次に入ってきたのは孫娘のメイドになる少女。オレンジ色がよく似合う彼女は髪を左右に結んでツインテールで髪を括るのに伊織がプレゼントしたオレンジ色のシュシュを使っている。
衣服は何故か重みのあるオレンジのパーカーを着ることが多い。公の場でなければ衣服は自由にさせているが、キッチリした服より一般的な格好の方が好みだと言ったこともある。
オレンジのパーカーに薄紫のスカートを履いているこの子はとても明るく元気のいい子だ。毎日孫娘と遊んではしっかりと屋敷の手伝いもするとてもいい子に育っている。
この子が執事の孫娘だと言うことが未だに信じられないほどの天真爛漫さだ。
「えへへ、私って元気だけがとりえですから!」
「ちょっと、おばあ様の前なのよ? もう少し落ち着きなさい」
「あ、そうだね。すみませんでした大奥様。」
「いいのよ。言葉遣いや気遣いなんて無用だから、もっと私とお話しましょう。」
その言葉に少女はパァっと明るい笑顔を見せる。それを見て嘆息する孫娘は仕方ないわね、と言った顔で片目を瞑り微笑んでいる。
「おばあ様。またお母様に叱られますよ?」
「大丈夫。本気で怒れやしないわよ。二人ともこっちにおいで。」
二人が伊織に近づいた。両方の頭を優しく撫でる。笑顔いっぱいの少女とは対照的に自分の孫娘は何故か少し暗い笑みを浮かべていた。
その顔を見て伊織は少し考える。自分自身がこういう顔をしたときは一体どういうことを思っていたのか。そんな考えをしていると孫娘が一歩引いて伊織の顔を見ながら両手を胸の前で組んだ。
「あの・・・おばあ様。」
「持っておいで。」
「・・・え?」
一瞬何を言われたのかを認識できなかったのか、若干の間のあとに何とも間抜けな声が孫娘の口から発せられて伊織は思わず苦笑いしてしまう。
すぐに気を取り直して微笑みながらもう一度、今度はちゃんと言いたいことを伝えた。
「本を持っていらっしゃい。読んで欲しいんでしょ?」
ようやく何が言いたいのかが伝わったようで、理解した瞬間の目の輝きが何とも可愛らしく若さを感じさせる。
孫娘のメイドである彼女も両手を上げて喜んでいた。どうやら伊織に本を読んでもらうつもりで二人はこの部屋を訪れたのだと、この時に伊織もようやく思い至っていた。
本を読むだけで大はしゃぎする二人を愛おしく見守る。
「は、はい!」
「うっうー! うれしいかもー! ハイターッチ、いえい!」
「もう、ハイタッチ! にひひ、今日もいっぱい遊ぶわよ!」
「大奥様に能力の使い方も教わらないとだね!」
「そうよ。私だっておばあ様みたいに凄い能力者になるんだから。負けないわよ!」
「私だって! あ、でもー。ちょっとだけやりかたを教えてほしいかなーって・・・えへへ。」
「仕方ないわねぇ。じゃあ御本の後でね!」
「うん!!」
「・・・あぁ、お嬢様。そんなに走っては転んでしまいますよ。お前も少し落ち着きなさい。」
賑やかしい少女たちと何故か執事も部屋の外へ行き、ガチャンッと扉が閉まる。少しの静寂が訪れ、外には春の強い日差しと窓際を訪れる複数の鳥たちが室内を見てチュンチュンと会話を楽しんでいる。
数秒して飛び立った中に、見慣れない青い鳥が一匹混ざっていた。少しの驚きと安らかな気持ちが伊織の中で温かく留まる。
千早、響・・・。私はちゃんと、夢を叶えたわよ。あなたたちはどうかしら。
近々みんなのところに逝くことになるかもしれないけど、あなたたちと交わした日々と言葉は永遠に私の宝物。
あのときのようにこの桜の花吹雪が、ずっと私の背中を押してくれる。
また会いましょう。
賑やかな声と共に扉が開いた。二人の少女が入ってきて、かつての自分の親友であり家族であり妹だった少女と同じ顔の彼女が両腕に本を抱えて走ってくる。まるで太陽のように輝く二人の笑顔は不思議とあの青髪の少女と仲良くなれるだろうと思わせてくれた。
「大奥様、持って来ました!!」
「お願いします。いおお婆さま!」
「はいはい。じゃあ今から読みますよ。伊織、やよい。お座りなさい。」
「「はーい!」」
「じゃあ始めるわね。『眠り姫』ここは異能の能力を持つ者たちが・・・」
眠り姫 THE @FTERS BE@UTY-水瀬伊織-
終