小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY 作:つっかけ
「ねぇ、やめようよ。」
「ここまで来て何言ってるの?」
少女の一人が扉を開ける。
ギィィ・・・と重い木製の大きな扉を開いて薄暗い中に入る。もう一人も辺りを見回してから恐々と入って扉を閉めた。
ここは名も知れない古城。何百年も前の石で作られたもので、外壁には苔やツタが絡まり所々が砕けたり穴が開いたりしている。鳥の巣にもなっているのか所々飛び立つのが見える。
まさに棄てられた古城と言うに相応しい風貌である。
そして周囲にはこの城に似つかわしくない桜の木が満開の花を咲かせて花びらが舞い散っている。
ナム孤桜丘(なむこおうきゅう)
この場所の名称で世界でも有数の聖域として知られている。何故聖域とされているのか、それは普通の人間には古城はおろか桜の森すらも見えないのだ。ただの緑が生い茂る森にしか見えず、いつ通ろうがどれだけ探そうが全く見つからない。特別な人間にしか辿り着けない桜の森の中にある古城。そこに二人の少女が立ち入った。
果たしてそれが吉であるのか凶であるのか、誰もお御籤の結果はわからない。
二人はナム孤桜丘の南、7キロメートルも離れた街の子供でこの森を探検しに来た。
言い出しっぺの少女は先日15歳になったばかりで17歳であるもう一人の少女とは姉妹である。普段は寝てばかりなのに興味のあることには活発な妹と、それを世話する弱気な姉は真面目な性格のためか近づいてはいけないと言われたこの森に居ることで後にバレて怒られないかと言う心配をしていた。
何度やめようと言っても気にせず突き進む妹を放っておく訳にもいかず、仕方なく付いてきた。
中に入った二人は暗いホールに少したじろぐ。
異様な雰囲気の薄暗いホールなのだが、恐怖より不思議という感覚の方が大きい。
蟻の足音すら聞こえてきそうなほど静かで、この城の中だけ時が止まっているような錯覚を覚える。
二人は何故か違和感に苛まれた。どこかで見たことがあるような城内。
足元には赤いカーペットがまっすぐひかれていて、ホールの中心で左右にも伸びている。左右に向かうカーペットの先は通路に続いていて暗闇に消えている。
ホールの左右に少し幅広の階段があって2階まで続いている。天井には金色で12個の燭台が付いている大きなシャンデリアが微かにユラユラと音もなく揺れている。
姉は胸に手を当てる。何かが疼くような、だけど妙に苦しいような・・・しかしわからない。
この気持ちが一体どこから来ているのか。何故こんな気持ちになるのか。この古城を調べればそれが解るのだろうか。なんの根拠も保証もないが、進まなければいけない気がした。
隣では妹がカーペットの上を指でそっとなぞる。何十何百年と放置されていたはずの古城のカーペットには土や埃が全く積もっていない。それどころか、外と違い中の老朽がまったく進んでいないように思える。壁の石は冷たくサラサラでひび割れ一つなく、カーペットも昨日ひいたのだと言われたら信じてしまいそうだ。
「どうするの・・・?」
「行くよ。」
そう言ってカーペットの上を歩き出し、すぐに姉もあとを追う。
階段を素通りして、まずは奥へと向かった。階段の間を通って白い扉が姿を現す。何の変哲もない普通の木製の扉で、ドアノブを回してそっと開ける。
中を覗き込んだ妹はそのあまりに壮麗な光景に産まれて初めて身体を動かすことを忘れて見惚れた。
後から入る姉も小さなため息と共にその光景に見惚れる。
桜だ。
樹齢何百年・・・いや、もしくは何千年だろうか。とてつもなく大きな桜の木が吹き抜けの中庭で独り、花びらを散しながら白く光り輝いている。
その周りには色とりどりの花が咲き乱れ、まるで狭い空間に突然現れた天国ではないかと思わされる。
四方を壁に囲われて太陽など当たるはずもないのに、何故か輝くその桜に姉はとても懐かしい気持ちになった。
本人の意思とは関係なく心の中に一つの言葉が生まれる。
久しぶり・・・。
しかし、姉はその言葉を意識せずただただ桜に見惚れた。
それとは逆に我に返った妹は周囲を見回すも、扉も何もなくただ壁があるだけだった。空を見上げると、今日は朝から文句のつけようもないほど晴れていたのに今では曇天が広がっている。一雨来そうな天気に少し気落ちしてしまった。
姉はしばらく桜を眺めて満足したのか笑顔で妹の後を付いていく。
ホールに戻った二人は次に階段を上がった。階段だけは何故か木製で、足を置くたびにギシギシと音を立て、その音を13回踏み鳴らし二人同時に最後の一段を上った。
2階で最初に目にしたのはもちろん石の壁だった。次に左右には通路の入り口と金で出来ていると思われる水瓶の形をした蝋燭を刺す突き出し燭台が目に映る。通路はどっちも北に向かって曲がっているので右の通路を進むことにした。
凡そ30メートルほどの通路で壁や床は四角い石で敷き詰められている。左の壁に中庭を見ることが出来る窓と右の壁に城の外を見ることが出来る窓が付いている。等間隔に3つずつ合計6個の窓が並んでいて薄暗い通路を少し明るくしてくれていた。数メートル歩いたところで最初の中庭側の窓から外を見た。
そしてその景色に二人は酷く困惑する。
位置的にさっきの中庭が見えるはずなのに、目にしているのは全然違う中庭だった。あるはずだった桜の大木がなく、無かったはずの支柱や植物の植え込みがあってそこでは二人の少女が戦っている。
自分たちと同年代か少し下くらいの二人の少女。片やオレンジの服を着たツインテールの少女と片や髪が長く前髪を横に流したデコの広いピンクの服装の少女。
ピンクの少女は防戦一方でオレンジの少女は到底持てるはずもないサイズの支柱を砕いて振り回したり投げたりと戦い方がめちゃくちゃだ。ピンクの少女が何か叫びながら攻撃をかわしているがとうとう電撃で反撃をした後、なんと自分を攻撃してくる相手にわざわざ近づくなどと言う自殺行為に及んだ。
予想通り、見るからに腰の入った強烈な一撃を受けて遠くの支柱まで吹っ飛んだ。
激しく打ち付けられたピンクの少女が腹部を抑えて悶絶している。あれほどの攻撃だと呼吸困難になるのは必至だろう。それを気にも留めずゆっくり近づくオレンジの少女は、ピンクの少女の首を持ってそのまま持ち上げた。
首を締めあげて十数秒、このままでは息絶えてしまうピンクの少女は足をバタつかせて何とか放電した。電撃を受けたオレンジの少女はその衝撃で3メートルほど吹っ飛ぶ。ピンクの少女も地面に落ちて、お互い地面に突っ伏した。
今の攻撃では大したダメージにならないはずなのに今度はオレンジの少女が悶え苦しんでいる様子で地面に頭を打ち付け始める。それを見たピンクの少女がフラフラした足取りでその娘の許へ歩き、必死で彼女を止める。
この時、息を呑んで様子を見守る姉には二人の関係が何となくわかった。自分たちのように姉妹なのか、それとも親友なのか、それほどまでに仲の良い二人が殺し合っていたのだと。
姉は口元を手で押さえ涙が流れる。あまりに悲痛な光景に何が起こっているのかはわからないが心が理解していた。妹の方を見ると口も押えず両目から雫が流れている。
中庭の広い空間で小さくも強く抱き合った二人はいくつかの言葉を交わした後で突然窓全体が真っ白に光り、それ以降は何も映し出さなくなった。
「ちょっと、どうなってるの!?」
妹が真っ黒になった窓の外を食い入るように見ているが何も映らない。
姉は反対側にある窓に近づいて外を見た。
今度は森の中で白い服を着た少女を抱き上げる少年がいる。いや、格好からして少女だろうか。白い少女は腹部が赤黒く染まり、力なく倒れていることから致命的であることが伺える。
黒い少女は必死に腕の中の彼女に呼び掛けている様子で、白い少女がようやく薄っすらと目を開けた。
きっとこの二人も仲がよかったのだろう。しばらく動かない二人を見つめ続け、とうとう白い少女がゆっくりと目を閉じた。少女の命が尽きてしまったのだと姉妹は悟った。
窓の端には大きな犬に乗った少女が反転して離れていくのが見て取れた。
そこでこの窓も真っ黒に何も映さなくなる。
この光景は一体何なんだろう。何故こんなものを私たちに見せるのだろうと、姉は胸やけにも似たモヤモヤを解消したい衝動にかられていた。
妹が次の窓へと走り出すと、姉も急いで妹の後を追う。
中庭側の窓の外に見えるのは真っ暗な空間。銀色の髪の女性と紺色の髪の女性が対面していて、紺色の髪の女性の後ろにさっきのピンクの服の少女とおしゃぶりが異様な存在感を放つ二人の少女。同じ顔をしているところを見ると双子なのか。その横には大きな犬の上に乗っていた少女と眼鏡の女性がいる。
銀色の髪の女性は何か説得しているように見えるが、瞬きをする間もなく紺色の髪の女性が銀髪の女性の胸を右腕で貫いた。その瞬間に姉の胸にもよくわからない痛みが走る。
腕を引き抜いた紺色の女性はそのまま自分の腕の中に銀色の女性を抱き落とした。
この二人も同様だ。前の窓と同じく関係はわからないが、お互いが掛け替えのない人なのだとわかる。
これほどまでに大切な人の死に別れを見せて一体何を伝えたいのだろう。そう思わざるを得ないほど、この光景は悲痛であり残酷であり苦しいものだった。
銀髪の女性が絶命したのだろう。紺色の女性は強く抱きしめて、この窓の光景は終わった。
姉も妹も動けずに数十秒、立ち上がった妹はフラフラと次の窓へ向かう。
次の窓が映し出したのは今までで一番驚くべき光景だった。
古い建物の屋根の上で相対している二人の少女。黒い服を纏い鎌のような武器を持った金髪の少女と頭にリボンを付けて変わった武器を持つ白と桃色の服を着た少女。
「そん・・・な・・・。」
「なんなの・・・何で・・・?」
にらみ合う二人は動き、人とは思えない速さで戦い始めた。
紙一重で避けたり当たらなかったり、必死の表情と武器を打ち合う衝撃で桜の枝がガサガサと強く揺れている。お互い本気で相手を倒す気だということがすぐに分かった。
しかし、窓から視ている姉妹にはこれがスゴイ戦いだと言うことを全く気にしていない。
今二人の頭にあるのはたった一つの事柄だ。
なんで私があそこにいるの・・・?
そう、この窓に映し出していたのは他でもないこの二人だった。
月の大きな夜空に映る二つのシルエットが目にも留まらぬ速さで飛び交い、武器を交じらせ、相手の倒すために命懸けで戦っている。他でもない自分と同じ姿をした少女が。
春香はこの時、この窓が何を映し出しているのか直感的に閃き、その閃きがとても納得できたことで確信に変わる。
『前世』
この窓は前世を映し出している。
そして前世の自分たちが関わっていた出来事を映し出している。
もちろん確証など何もないし本来あるかどうかもわからない前世だが、それ以外に今視ているものをどう説明すると言うのか。
奥に進めばこの謎も解けるのか。考えれば考えるほど解らなくなる状況に窓の光景は変化した。
窓の外の戦いは増々激化していく中で黒くフェードアウトしていった。
完全に黒くなった窓の下淵に手をかけて美希はその場にへたりこんだ。
「なんで・・・美希と春香が・・・戦ってたの・・・?」
「美希・・・。」
「何なのこれ・・・何が・・・訳わかんない・・・。」
美希の涙が止まらない。拭っても拭っても涙はただ手を濡らすだけだった。
何とか頭だけでも撫でてあげたかった春香だが、正直なところ彼女自身も精神的な余裕はなかった。他人事から自身の問題に発展したことにまだ気持ちが付いていけてなくて、手を差し伸べてあげられない。
数分してようやく心が落ち着いてきた。頭を働かせて今の状況や自分たちの状態を整理して、春香はここが選択の時だと思っていた。
このまま美希と進むのか、それとも戻ってこの城を出るか。
進めばきっと何かとんでもないものを知ってしまう気がする。
戻ればきっともうこの城に入ることは叶わないだろう。そんな根拠のない確信が春香にはあった。
「進もう。」
美希は進む気だ。
確かにここまで来たのなら最後まで知りたいという気持ちはある。だが春香は、出来ればここで戻る方を選びたいところだった。一度言い出したら誰の言うことも聞かない美希だが、ここで言わなければいけないと思った。
どんな時でも口にするのと口にしないのでは後の影響が変化する。
例えば、危険が迫っている状態で警告するのとしないのとで回避出来る確率が変わるように。好きな相手に告白するのとしないのとで後の人生が変わるかもしれないように。それほどまでに言葉は自己と周りに影響をもたらす。
今の美希にも、もしかしたら思いとどまったりしてくれるのではと淡い期待をしてしまう。
「美希、これ以上は・・・。」
「ダメだよ。」
即座に拒否の言葉がかかる。春香が何を言おうとしているのか美希にはわかっていた。それはつまり、美希自身もここが選択の時であることを意識したと言うことだ。そして春香とは逆に美希はここで戻ってはいけないと思った。
春香が思い至らなかった美希のその理由を聞いて、息が詰まった。
「街の人たち、ううん。他の人たちには見えない桜の森と城が美希と春香には見えた。これって、美希たちがここに入るための特別な何かがあるってことだよね。」
ハッとする。まさか・・・しかしそんなことがあるのだろうか。
美希の言葉を聞いて、2年前の記憶が蘇った。
世界的な文化遺産とされている本がある。完全な形で現存しているのはたったの3冊で、この本によればこのナム孤桜丘は眠り姫と呼ばれる少女の復活よって、世界的な脅威に陥った。しかし今では失われた”能力”と呼ばれる力で応戦した数人の少女と、その中に居たある一人の少女がその脅威を撃退し、世界を変革させ平和へと導いた。
2年前、家族で出かけたその展示場で見た一つの絵画。その絵画には、本に書かれている特徴から描き出した二人の少女が描かれていた。
その画は縦120センチ、横85センチで金色の枠に入った特大の絵だった。
左側にレースの付いた黒いドレスを身にまとい、頭に黒い薔薇を乗せて椅子に座る金色の髪を持つ少女。右側に同じくレースの付いた白いドレスを身にまとう髪の短い少女。頭には桃色のリボンをつけて椅子に座る姿。
下の説明文にはこう書かれている。
右に座しは救済の鍵、天海春香。
左に座しは眠りし姫、星井美希。
その画があまりにも二人に似ていることから周囲の閲覧客から大きなどよめきが上がった。両親も驚き、騒ぎを聞きつけた展覧会の主催がその絵画を背に二人を椅子に座らせて写真を撮らせた。記念に白黒の写真を貰ったが、それ以降特に何かあった訳ではない。
そして窓から見える自分たちが戦う姿。それはまさしく、眠り姫伝説のワンシーンだったのではないかと思わずにはいられない。
ならば、今まで見た光景は全て眠り姫が存在した時に起こった出来事だとでもいうのか。
それを確かめるためには、この先へ進むしかないのだろうけど。
そう思っているところで美希が次の中庭側の窓へ向かう。春香もその窓を覗き込む。
そこでは空中で三人の少女が一進一退の攻防を繰り広げていた。美希は一人で閃光を放ち、それと対峙する春香ともう一人の青い髪の少女は二人でその閃光を防いでいた。
そこで春香は気付いた。自分と同じ顔の隣に立つもう一人の少女の姿と顔を。
「千早様・・・?」
「え・・・まさか?」
美希と相対し、春香の隣に居るのは確かに二人がいつも目にする如月千早だった。
眠り姫伝説の主人公にして街の広場の噴水の上に設置された等身大の石像。その像と瓜二つの少女が春香の隣に居る。
何という因果なのだろう。春香はこれが前世の記憶であることはわかっている。となれば、今となっては伝説となる眠り姫の物語に美希と自分が関わっていたと言う明確な証拠がここで映し出された。
かつての自分が如月千早とどういう関係だったのかは定かではないが、この光景は春香の心を締め付けるには十分すぎるものだった。
窓はただそれだけを映して真っ黒に変わる。
「春香、大丈夫?」
様々な真実が浮かび上がって来てるが、春香は動揺が酷くなる。美希も動揺しているようだが、春香ほどひどいものではない。
胸元を強く掴んで浅い呼吸をする春香の背中をゆっくりと摩った。
残すは後ろの最後の窓。それを見るには大きな覚悟が必要そうだ。現段階ですら精神的な消耗が激しいのに最後まで見ることが出来るのだろうか。
やはり戻ればよかったか。美希の心に迷いが生まれ始める。
落ち着き始めた春香はそのままゆっくりと立ち上がって後ろの窓へと向かう。
「は、春香ごめんなの。もう帰ろう? このままじゃ・・・。」
「美希・・・・・・ダメだよ。」
「・・・え?」
「進まなきゃ・・・これは・・・私たちの。」
まるでうわ言のように呟く春香は美希の静止も聞かず最後の窓を見た。
そして美希も、つられてその光景を見てしまった。
最後の窓から見えたのは、如月千早とおしゃぶりを咥えていた双子がこちらにも伝わるほどの緊迫感を放ちながら話す姿だった。彼女たちは戦ったのか、ただの話し合いではないだろうことは様子から見て伺えた。
その光景だけを映して窓はそのまま黒くなる。
ガシャンガチャリッ
奥の方で鍵でも開いたような音が聞こえた。
二人は立ち上がり、お互いの顔を見合わせて頷く。ここまで来たらもう進む以外に道はない。踏み入れてしまった城も過去も全てを知るまで踵を返す気にはもうなれなかったのだ。
通路はそのまま左へと曲がり、その先に少し広めの空間があって左手にガラス窓があって、そこにはさっき見た光輝く桜の大木と空に広がる曇天が目に入った。普通の窓だったことに少し安心する春香の後方。窓と対面にある扉の前に美希が立った。足元に転がる大きな鎖と錠前から、さっきの音の正体がこれだったのだとわかる。
その扉を開くと螺旋階段が姿を現した。人が一人通れるくらいの幅の石造り階段は灯りもなく、暗闇の中を上がらなくてはならない。
ガラス窓から光が中に差し込んだ。曇天のまま雨が降っていないのに雷だけが激しく轟音を放つ。差し込んだ光はそのまま螺旋階段も一瞬照らし、前が春香で後ろが美希と言う順で上っていく。
足元を確認しつつゆっくり上る二人は、20段を上ったところでやっと広い空間に出た。そこは窓も何もなく、ただ壁とその真ん中に大きな扉があるだけだった。
シーン・・・と言う音がとても耳障りで正直この静けさがなければもう少し楽に進めるのだろうけど。
二人は扉の前に立つ。
鉄の枠が嵌っていてとてつもなく古いその扉はシンプルで特に装飾の類は施されていない。錠前もなく、ただ開かれるのを待っているようだ。
周囲にも中にも音はなく。自分たちの息づかいだけが響くその空間は扉の音がとてもうるさく聞こえることだろうと思う。
春香と美希は扉の取っ手に手をかけて、重い扉を力いっぱい引いた。
ガガガ、ギギっ・・・と長く開かれてなかった扉がゆっくり開ききった。取ってから手を離して中に恐る恐る入る。
「わっ!」
「のっ!?」
中にあった5つの灯火台にボッと炎がともり、その中心には黒い棺が置かれている。
その炎の明るさから棺より手前に2つのシルエットが浮かび上がる。そのシルエットはどうやら人のようで、棺の前に立って春香と美希を見ているようだった。
今まで何もいなかったところに人間の形をしたシルエットが浮かび上がったらそれはビックリもするだろう。
二人は身体が固まってどうすればいいのかがわからなくなっていた。
「やっと・・・来たね。」
「そう・・・だね。」
前方から声が聞こえた。その声は中性的だが喋り方に幼さが残る。
シルエットは春香と同じくらいの身長か。頭部は髪を束ねているようで左右対称のサイドテールに見える。
徐々に目が慣れてきてシルエットの姿もハッキリ見えてきた。
黒いシュシュで髪を右側サイドテールにして左に立つ女の子。黒いドレスを身に纏っている。メイド服にも見えるその風貌は袖や首元、丈が膝まであるスカートに白いレースがついていて綺麗に敷かれた石の床にも拘わらず裸足で立っている。
そしてその右隣には同じく黒いシュシュで左側サイドテールをしている少女。
二人とも全く同じ服装で、違いとしては左の少女よりも少し長い髪の毛であることくらいだろうか。顔立ちは良く似ていて一目で双子であると判る。
この双子はさっきの窓から見た時に居た二人だ。あの窓を見たときにはおしゃぶりをくわえていたのに今はくわえていない。その双子が何故ここに居るのだろう。見る限りどうやら敵意は無い様で身構えを解く。
「はるるん・・・みきみき・・・やっと・・・来たんだね。」
「待ってたよ・・・二人が・・・くるの・・・を。」
双子の少女が自分たちを待っていたと言って目が逢う。その目は何か愛おしそうにみるように、それに寂しそうな表情だったり。
今のこの双子の心中を一言で表すのなら。
『万感の思い』
だろうか。
彼女たちが何故そう感じているのかは定かではないが、どうやらそれを確認している時間は無いらしい。
双子の身体が足先から少しずつ光の粒となってゆっくり消え始めた。
「やっと・・・・・・終わった。これで・・・これで・・・。」
「ちはやおねえちゃん・・・やくそく・・・・・・まもったよ・・・。」
春香が走り出した。それに続いて美希も駆け出し、消えゆく双子に勢いよく飛び込んで強く抱きしめた。
何故そうしたのかはわからない。だけど、何故かそうしなければいけない気がした春香は、考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。
それは美希も同じだったようで、頭では理解できない何かが二人の心に渦巻いていた。
「何でかな・・・でも、こうしないといけないと思ったの。」
「みきみき・・・」
「ありがとう・・・ずっと待っててくれて。もう・・・いいんだよ。」
「はるるん・・・」
双子は消えゆく。
抱き着いた時には脛辺りまで消えていた身体はとうとう腰まで到達し、次第に胸と腕を消失させて次には頭部まで完全に光の粒となって消えゆくだろう。
その中で双子は目から涙を頬まで流し、その儚い雫はすぐに粒となる。
「「ありがとう・・・・・・。」」
そして抱きしめる物質が完全に消滅し、あっという間に双子の頭部も光の粒となって空気に混ざった。
床に膝をついた春香と美希も静かに涙している。
確かに今の双子とは初対面だったはずだ。でも、あの窓の光景から過去に自分たちと何か接点があったのだろうと言う予想はつく。何より、自分たちの心が彼女たちの想像も出来ない頑張りを褒め称えてあげなければ、きっと満足に消えることも出来なかっただろう。
人では絶対に不可能である頑張りをしたであろう二人を何もなしにただ消えさせてしまうのはあまりに可哀想ではないか。
それが春香と美希には理解できたからの行動だった。
一体どれだけの時間をこの場所で過ごしたのだろう。
自分たちを待つために・・・いつ来るかもわからないのに・・・。
それまでこの場所と棺をずっと守ってきた。彼女たちにももし後世があると言うのなら、何かの使命や運命に囚われず自由に生きてほしい。そう心から願う。
春香と美希は棺の横に移動した。
黒い棺は成人の男性が入るには小さく、ならば入っているのは女の子だろうか。
もしあまり見たくもないものが入っていたらどうしようとも考えるが、開けないことにはきっとこの城に入ってから起こる様々な謎の答えがわからない。
棺の右側に立って蓋に手をかける春香と美希は、力いっぱい押した。
重い蓋はズズズとゆっくりズレはじめ、半分を開けたところで自重により床へと落ちる。
押すだけで息の上がる二人は棺の中を見た。
知っている。
この棺で眠っている少女を知っている。
青い髪、透き通るような白い肌、水玉の乗りそうな長い睫毛、閉じた桃色の唇、胸の前で組む細い指と手。
膝近くまである白いブーツ、足首の青いリボン、ピンクと白と黄色の六重層フリルスカート、腰部にピンクのリボン、ピンクのラインが縦に入った服。上中下と並んだボタン留め、首元にはみ空色のスカーフ、同じ色でバラの形をした左頭部の花飾り。
そしてその身体の周りに敷き詰められた桜の花びら。
間違いなく、毎日祈りを捧げる噴水の上に立つ像と同じ姿。
その彼女を知っている。像ではなく、彼女自身を。
「・・・千早・・・ちゃん。」
「・・・千早・・・さん。」
「「おはよう、眠り姫。」」
棺の中で眠る少女はゆっくり、ゆっくりと目を開き。
二人の顔を見て、微笑んだ。
THE SLEEPING BE@UTY
完
あとがき!!
この度は、小説~眠り姫~THE SLEEPING BE@UTYを読んでいただいてありがとうございます。
思い起こせば昨年2月に初めて投稿してからもう1年以上の時間が経ってしまいました。
一話一話、どうやって書いたものか、どう表現したらいいだろうかと大いに悩み、アドバイスもいただき書き上げた本編。
そしてどうしても書きたかったアフターストーリーを発表させてもらい、最後にこの完結の物語を書かせてもらえて本当にうれしい限りです。
これが皆様の目に留まって読んでいただけたのならこれほど幸いなことはありません。
とは言え、文章の書き方もまともに勉強していない自分が書いたものを本当に読んでもらえるのかと言う不安が常に付きまとっていました。
そう思えばコメント一つでも凄く励みになりましたし、頑張って書き終えようと思っていました。
ただ物語を書いてる上でやはりキャラクターの死と言うのは全員が大好きな自分としては何とかして生かせないかとも思いましたが、やはり最初に思い描いた路線を変更する気にはなれず、やよいP様と雪歩P様、そして貴音P様には申し訳ないと思っておりました。この場でお詫び申し上げます。
これにて私の思い描く眠り姫は完結と致します。
もしまだ眠り姫関連での創作、並びに外伝を書くかもしれませんが、それはいつになるのやら。まだまだ謎や秘密もありますし、いつか書ければと思います。
後日、出演者と私との対談形式の座談会の様子を書かせてもらおうと思ってますので、どうぞお楽しみに(笑)
今まで下手な小説を読んでいただいた皆様、そしてコメントなどで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
そしてギリギリになったけれど、千早!
誕生日おめでとう!!
2018/2/25
つっかけより。