小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY 作:つっかけ
1時間後。私は授業の終わり自室に戻った後であずささんに呼び出され、教室へと向かっていた。
白い床が50メートルほど伸びる廊下は静まり返り、誰も居ないことがわかる。
教室の前に到着した私は数秒間ドアの前に立って、取っ手に手を掛け無言で開いた。
窓際に佇む笑顔のあずささんがこっちを見て、手招きで合図する。
三浦あずさ。彼女は謎の多い女性だ。入学当初から魅力のコントロールが抜群に上手で昔から能力の訓練は日課として続けていると言っていたが、それ以上のことを話してくれない。訓練してくれた先生や出身を聞いても話さず誕生日すらも知らないと言う。
スラム出身なのかとも思ったが、これほどまでの容姿端麗な女性がスラム産まれとは到底思えない。艶やかな紺色のショートヘアに足も長く女性にしては高めの身長で恐らく男性から見れば大変魅力的なスタイルをしているだろうと思う。
キレイな顔立ちから放つ明るい笑顔におっとりとした性格から想像が付くほどのマイペースなお姉さんだ。そんな彼女が人を呼び出すなんてちょっと意外だった。
断る理由もないので用件を聞いたら、また桜の木の下で本を読もうと思っている。
ドアを閉め、あずささんの元に向かった。大して広くもない教室だが、天井の高さと固い壁のためか音が響きやすい。
呼び出したということはあまり人に聞かれたくない内容なのだろうと予想していたのだけれど、そんな話を教室ですると言うのは寧ろ軽率ではないだろうか。
となれば、特に他人に聞かれても良い話なのか。窓際に到着した私はあずささんの顔を見て妙な感覚に囚われた。
『いつもと雰囲気が違う』そんな感じだった。
「ごめんなさいね千早ちゃん。急に呼び出したりして。」
「いえ、こちらこそお待たせしました。一体、どんな御用なんです?」
黒板を背にしてあずささんの顔を見る。いつもと変わらない笑顔がそこにはあった。
だけど笑顔で話し始めたあずささんが、いきなりとんでもない事を口にしたためにたった今考えていた事が全部吹きっ飛んでしまった。
「千早ちゃん。お願いがあるの。」
「なんですか?」
「アイドルにならないでちょうだい」
「なっ! 何をっ―――」
予想外の言葉に私は一瞬驚き冷静さを欠いた。だけどそういう反応を予測していたのかあずささんは驚いた拍子に後ずさる私を自分ごとカーテンで被って逃げられなくした。
カーテンで注意を逸らした隙に私の口元にあずささんの人差し指が当たる。
「しー。人が来ちゃうでしょ?」
「・・・だからっていきなり過ぎます。どういうことですか」
「ちゃんと理由はあるからそれを今からあなたに話します。信じるか信じないかは千早ちゃんが決めて頂戴。」
「・・・わかりました。」
「まず、私のことを話すわね。・・・私は三浦あずさ。この学院の地下で産まれた戦災児。生年月日は不明。能力は超長距離転移で―――」
「ちょ、ちょっと待ってください。一体何を言ってるんですか?」
この地域が戦火に巻き込まれたのは数百年前と聞いている。その頃はもちろんこの学院は存在していないはず。つまりこの学院の地下で産まれたなんてことは絶対に有り得ない。
その上、生年月日は不明だなんて事は貧困街(スラム)出身以外にありえない。いや、今は貧困街でも生年月日は分かる。
この国外でならば紛争も起きている国があると聞いているけど、まさか・・・。
「ごめんなさいね。千早ちゃんが混乱するのもムリはないわ。簡単に言うとね、私はこの時代の人間じゃないの。80年先の未来から来た・・・未来人。」
「・・・未来人?」
「そう。本来ならこの時代に居てはいけない存在なの。」
私の心に驚きや畏怖は無い。そもそもまともに受け止められていない。
唐突に何を言い出すのかと思えば未来人という。一瞬にして疑問が噴出する心を抑えて、タイムスリップして来た彼女は何の目的でここに来たのか。本の物語が好きな自分としては少々興味もでるところではあるが、こういう馬鹿げた話しに付き合うつもりは今のところない。
友人として話しに付き合いはするが聞き流す程度でしか対応できないだろう。
カーテンを元に戻し、あずささんは私の眼を見ながら真剣に話し始めた。
「私はこの綺麗な世界とは違う、世界が崩壊した未来から来た三浦あずさ。」
「・・・崩壊。」
「そこは草木は枯れて水も無くて、太陽が見えず舞い上がる粉塵と雷雲に覆われた世界。口元を布で覆わなければまともに呼吸も出来ないほどのね。」
あずささんは話しながら外を見る。暖かい陽光を浴びて穏やかな顔がとても美しく見えた。
今のところ私の読んだ本に該当する内容はない。まだ知らない作品かあずささんが考えた想像の物語なのかとも思える。
崩壊している未来の世界などまったく想像できない。この個人の能力でしか判断しない汚い世界を綺麗と言い、今よりも遥かに生き辛い世界。
少々だが興味が湧き始めていた。
「そして私は今から62年後にこの地下で産まれる赤ん坊。その頃には周りの桜なんて跡形もなく朽ち果てているわ。」
「その、未来ではどんな生活を送っていたのですか?」
真面目に聞いているというフリをしつつ質問形式で疑問を解消していく。
そこまで設定が出来ていないと人に話す意味など無い。主人公はあずささん自身なのだろうけれど他にどんな設定やストーリーが展開されるのか少し興味が出てきた。
あずささんは窓際の壁にもたれ掛かった。顔を見ると、困ったような表情になっている。
「私は物心付いた頃からずっと能力を伸ばすことだけ教えられてきたの。魅力のコントロールや知識。戦う術や能力を生かした攻撃、支援の方法なんかもね。」
卓越した技術。確かにあずささんは入学当初から魅力のコントロールや能力に対する扱い、知識と豊富な経験があるようだった。
しかし、そんな小さな頃から能力を扱っているのならアイドルになっていてもおかしくない。そういえば世界が崩壊したと言っていたがアイドルたちはどうなっているのだろう。
もしも大戦なんかが起こっていたら真っ先に投入されるのは能力者たちと兵器開発のお偉方のはずだ。アイドルは全滅してしまったのだろうか。
「アイドル達はどうなったのですか? 世界が崩壊するような事態ならアイドルも戦争に加わったはずですよね」
「戦争・・・・・・なのかもね。」
一瞬虚ろな目になったのを見逃さなかった。彼女の目や表情から真剣さがあるのが感じとれる。
意味ありげにボソっと呟いたあずささんだったが、すぐに質問の回答をあずささんの口が発した。
「アイドルは全て殺されてしまったわ。今生き残っている人間はもう目でも数えられるほどになってしまっているの」
つまり、目算できるのであれば多くて100人足らず。下手をすればその半分くらいしか生き残っていないことになる。もしその未来があったとして自分が生きて居る可能性など殆どないのではないか。だって並々ならぬ人知を超えた能力を持つアイドルたちが挙って全滅しているというのだから。それに各国のアイドルたちも全滅しているというのであれば国間戦争というわけではなさそうだ。となれば、一体何と戦っているのか。
「そして私の両親も私達を逃がして死んじゃった。13歳のときの話よ。攻めてきた彼女達に両親は私達をおばあちゃんに預けて囮になった。」
千早 「両親も・・・。」
「両親はアイドルだったの。部隊長を勤めるほどの優秀な人たちだった。」
両親はアイドルでしかも部隊長。エリート中のエリートだ。出来すぎた設定だが、本当のようにも聞こえる。演技のレッスン? 真に受けそうなほど切実に話している。
周りの人間も死んでいく中、正気で居られる方がどうかしている。この少なくとも徴兵されることのない世界は確かにあずささんの語る世界からすれば天国と言っていいほどの平和な世の中。欲望や企み渦巻く裏の世界もたいしたことの無いと思えるほどに。
話しながら伺えるあずささんの表情は笑顔ではいるが、どことなく寂しそうにも見える。
気持ちを堪えているのだろうか。例え本当でも作り話でも、こんな話は赤の他人である私にするようなものじゃない。なのに呼び出してまで聞かせることになんの意味があるのか。それがとても気がかりだった。
「私がこの時代に来たのはパラドックスを起こすため。未来では今でも、二人の眠り姫が破壊と殺戮を繰り返しているの。」
”眠り姫”。知らない言葉だった。聞いたことがないが、あずささんの話しではこの正体不明の生き物が敵なのだろうということだ。
だから私は質問する。それはどういったものでどういった生物でどういった行動をするのか。
「・・・眠り姫というのは?」
「恐ろしい能力者よ。誰がそう呼び始めたのかは定かではないけど、その二人があの世界をめちゃくちゃにした。」
「能力者!? では、その敵はアイドルだというんですか!?」
突如強大な力を得た能力者が世界を滅ぼし他のアイドルや能力者、ましてや一般市民を殺戮して破壊の限りを尽くしているというハチャメチャな内容だ。だが、ありえない事ではない。昔から能力に溺れた輩が弱者をいたぶる身の程知らずや犯罪者は後を絶たない。
一般市民でも少しなら能力を扱えるのだから、突如アイドルの中や一般から強大な力を得て反逆に出たと言っても今の世界ではありえない話ではない。
そしてあずささんの口からとうとう敵に関しての話が出ようとしていた。
「あれはアイドルなんて生易しいものじゃない。死神・・・。そう呼んでもいいかもしれないわ。」
「その二人と言うのは、今もこの世界に・・・?」
そういうと、あずささんの目が細くなった。そして私を睨み付ける様に見る。
なにか悪いことでも言ってしまったのか?
少し気圧された私に向かって産まれてこの方、最も衝撃的な話を聞かされた。
「えぇ、この世界に居るわ。一人は、星井美希と呼ばれる金髪の少女。もう一人は・・・あなた」
「・・・・・・え?」
「あなただと言ったわ。そのもう一人は・・・。」
私は凍りついた。息をするのも忘れた。今あずささんはなんと言った?
あなた?
あなたとは誰のこと? あずささんが未来の人間だというのも中々に信じられない話なのに80年先の未来は崩壊していて二人の眠り姫と呼ばれる能力者が暴れまわっている。
そして星井美希と呼ばれる少女と・・・・・・もう一人は・・・。
「あなたよ、如月千早。あなたが未来で暴れ、私の家族を殺し、世界を崩壊させる眠り姫の一人」
睨みつけていた眼が据わって無表情のようで憎しみが含まれた表情をしている。
こんなあずささんは見たことがない。怒っている。あの三浦あずさが。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 未来人というだけでも信じがたいのに私が未来で暴れまわって人を殺してるなんて、そんなのただの妄想から来る言いがかりじゃないんですか!? 星井美希なんて知らないし証拠もないのに人聞きが悪いです!」
さすがに動揺を隠せない。言葉通り憤慨した。こんな事を言われて黙っていられない。
自分が未来の世界をめちゃくちゃに荒廃させてしまって人を殺しまわっている?
人聞きが悪いにも程があるし信じろという方が無茶だ。私にはそんな能力はないし度胸もない。例え本当だとしてもどうしてそうなったのか全く想像できない。
混乱し始めている額に手を置き俯く。情報の処理が追いつかない間もあずささんは話をやめない。
「今この時代で、一人の眠り姫が復活してしまうの。その眠り姫は星井美希。この学院の生徒はその星井美希と戦い、命を落としてしまう。」
俯いた顔を上げゆっくりとあずささんの顔を見る。この時の表現で一番適切なものは間違いなく『蛇に睨まれた蛙』だった。
人間とはこんなにも冷たい眼をすることが出来るものなのか・・・?
自分の顔が青ざめていくのがわかる。
入学から共に学び、過ごしてきた友人達をまるで会ったこともない他人のような扱い。
彼女は簡単に命を落とすなんて言葉を選んだ。元々信憑性などかけらも無い。証拠も無い。
作り話と思って聞く意外にない。だが、もし本当だとしたら、彼女にとって私達は何・・・?
「そして、その星井美希を止めようと必死に一人で戦うのがあなた。しかし、星井美希に敗れてあなたは最後の賭けにでる。ある女性から薬を貰ったあなたは周囲の人間の声も聞かずその薬を使った。でも、その薬は罠だった。それは・・・」
「バケモノになる薬だった・・・・と?」
「その通りよ」
「それが、これから起こると?」
「えぇ。」
「・・・・・・バカバカしい。ふざけないでください。」
さすがに付いていけない。どんな物語を書いたのか知らないがこんなくだらないことに付き合わされたのかと思うとイライラしてくる。さっさと立ち去ろう。このままだとあずささんを怒鳴り吐けてしまいそうだ。
失礼します、と立ち去ろうとした時だった。あずささんが封筒を差し出してきた。
その四角い封筒は所々破れて黄ばみがかり、表の文字は擦れて読めない。しかし、封はしっかりされていて一度も開封されていないようだった。
「最後にこれを読んで頂戴。お願い。」
「・・・・・・」
私は差し出された封筒を手にとって開いた。ペリペリっと音を立てて封をしていたシールが開く。中には2枚の便箋が入っていた。どうやら手紙のようだがこれが何だというのか。手紙を開いて文字を読み始める。
『―――前略、如月千早殿。あなたに手紙を書く日が来るなんて思ってもみなかった。
今これを読んでいるということは、その時が近づいて来たということなのでしょう。
未来では本当に凄惨な日々が続いています。愛するものを奪われ、思い出の場所を破壊され、生きる希望が日に日になくなるこの世界はまさに地獄。この世界をどうにか変えたい。そのために、そこに居る三浦あずさを信じて下さい。それがまず始まりであり、未来を変えるための一つの希望なのだから。
あなたとはまた本の貸し合いをしたかった。もっとあなたの読んだ本を読みたかった。
あなたは自分の読んだ本には必ず桜の花びらを目次に挟んでいたわね。山桜の花言葉の話をしたときのあなたはとても楽しそうだった。今では何もかも懐かしい。高尚でいたいと話してた志はとても立派だとそのときは思ったものさ。
だけど、あなたはあんなに変わってしまった。もう本を読むこともないんだろうね。
自分の夢が叶わなくても、せめて子供達の夢だけは叶えたい。平和な未来を。平和な世界を、託します。無茶なお願いだけど、どうか信じてほしい。
よろしく頼むさ、千早。
1×××年 ◯月△日』
「・・・我那覇・・・・・・響より。」
ドサっという勢いで床に尻餅をついてしまった。足の力が抜けてアヒル座りになって震える手で手紙を見た。1×××年・・・今から80年後の未来。手紙も古く、きっとこれを書いてから何年も経っている。ボロボロの封筒に黄ばんだ手紙。例えうまく作ったとしてもこれだけは書けようがない。書ける訳がない。だって・・・
「どう? 信じてもらえるかしら?」
そう。私は我那覇さんと本の貸し借りをしている。別におかしくはない。
彼女とは友人同士なのだ。周知の事実が書かれていてもおかしくはない・・・・・・
だが、あり得ないのだ。
私は山桜の花びらを目次に挟んで常に志を忘れないようにしている。
山桜の花言葉に高尚というものがある。学問や技芸、言行など程度が高く上品であること。気高く立派であること。この花言葉を忘れないかぎり私は向上し続けられる。
だが、花言葉のことを知るというのは普通の生活の中ではまずないだろう。私が誰かに話さない限り東洋の知識である山桜の花言葉を知り得はしない。この手紙の中にその内容が出てくる。
私は話していない。山桜の花言葉も私の持つ全ての本の目次に桜の花びらを挟んでいることも・・・。
「・・・・・・信じるわあずささん。あなたを信じる。」
「よかったわ~。一時はどうなるかとヒヤヒヤしちゃった。」
ヒヤヒヤする顔というのは困った顔に近いと思っているけど、彼女の眼はそんなヒヤヒヤとは到底いえない眼で私を見ていた。
もし拒否して出て行こうものなら後ろから刺されてもおかしくないほどに冷徹な眼をしていた。是非とも鏡で見せてやりたいところだ。だけど、もしかすると私はこの手紙に救われたのかもしれない。
それにしてもだ。急いで作ったにしてもたったの1時間と少しくらいで、これだけボロボロの紙に言ってもいない事すら書かれれば信じないわけにもいかない。
「ついさっきの彼女との出来事がこの手紙に書かれてるんだもの。仕方ないわ。」
響が本の貸し借りを提案して来たのは数日前。いつもみたいに湖の畔で本を読んでたらその本読んだことあるぞ。と話しかけられ、その本の内容や別の本の話で盛り上がり、本の貸し合いを提案された。自分も読んでみたい本がまだまだあるし我那覇さんの本は自分とは趣味が違っていて知らない本ばかりだったから都合が良かった。だけど、目次に挟んだ花びらの意味は我那覇さん以外に教えていない。先日、鼻の上に落ちてきた花びらを新しい本の目次に挟んだ。その本をオリエンテーションの後。水瀬さんが出て行った後に話しかけられて貸した際、我那覇さんに質問されて初めて人に花びらのことを教えたのだ。それからたった1時間。その時間でこの手の込んだ工作をする意味など考え付かなかった。
「響おばあちゃんからね、今日の放課後に呼び出して手紙を渡して欲しいって言われていたの。どうやら効果があったみたいね」
「でも・・・ほ・・・本当に・・・?」
「信じて」
冷たい眼から一転してジッとこちらの眼を見つめてくる。真剣さがすごく伝わってくる。
未来人ということも未来が絶望的だと言うことも本当なのかもしれない。
だって『信じて』という一言にこんなにも心を感じたことはないのだから。
「・・・わかりました。信じます。でも、私の質問には答えてください。」
ようやく確信を持てたのか私の信じるという言葉を聞いて、笑顔を振舞ういつものあずささんに戻った。冷ややかな雰囲気や怒り、憎しみの感情は一切消えてしまっている。
胸の前で両手を組んで頷く。
「うふふ、何でも聞いてちょうだい。」
そういってあずささんは教室の机に腰からもたれ掛かる。
私も窓際から離れてあずささんの隣にもたれ掛かった。
確かに、こんな内容だと人には聞かれる訳にいかないわね。
そう思ってあずささんに近づき質問を開始した。
「・・・じゃあまず、どうやってあずささんはこの時代に来たんですか?」
「・・・私の能力は超長距離転移。過去に跳んだ後での行動のしやすさも含めて都合がよかったから、時の魔女にここへ送られたの。私は位置移動だけで時間転移まですることができないから彼女達にお願いしたの。」
確かに、あずささんは長距離転移という能力を持っている。国を跨ぐほどの距離を一瞬で転移、つまり移動することが出来るという稀な能力だ。そしてあずささんだけでは時間移動も空間移動も出来はしない。新しく出てきた『時の魔女』とやらの話を聞く。
「時の魔女とはどういった人物か教えていただけますか?」
「難しいけれど、答えるわね。彼女達は昔も、今も行き続けている魔女・・・というのは大げさなのだけれど。能力で自分の身体の時を止めたせいで、外的要因以外で死ぬことがない不老不死の持ち主。特質の能力を持つ双子の子供。一人は時間操作で時間を操り、一人は空間操作で文字通り空間を操る能力を持ってるの。二人揃って初めて発揮できる時間時空を操る能力者。まぁそれ程の能力だから当然、発動には膨大な魅力が必要なのだけど。」
なんとなくだけれどわかってきた。つまり、未来ではその時間や空間を操る能力者を見つけたことによって、原因であるこの時間に転移してきた。それに選ばれたのがあずささんだった。未来をいい方向に改変することが目的なのであって、そのためにはこれから目覚めるであろう星井美希を目覚めさせないこと。もしくは倒さなければいけないということになる。でもそれならば・・・。
「この世界の双子を見つけて原因である星井美希を別の時間や空間に跳ばしてしまえばいいのでは? この時代にも生きていたのであれば、その双子の居場所も知っているんですよね?」
「それが、この時代に来てから必死に探したのだけど見つからないのよ。」
「この時代の居場所をその双子に聞かなかったんですか?」
「もちろん詳しく教えてもらったわ。でもその場所には居なかったの。」
居なかったなんて、そんなことが有り得るのだろうか。確かに80年も前の事だと、まず覚えている方がおかしな話だけれど・・・。覚えていてあずささんに断言したのだとすると、まず間違っているとは考えにくい。他に情報が無いあずささんはそれを頼りに動いていたはずなのに。
何故居なくなってしまったのか、私には想像すらもつきそうに無い。
「・・・一体何故。」
「それはこの世界が、既に改変されてしまった世界だから。」
「!!?」
正直に言うと今日ほど驚かされる日は今までも、そしてこれからもきっと無いだろうと思う。それほどまでに衝撃的なことが多すぎて頭がパンクしてしまいそうだ。
だがパンク寸前の頭でもハッキリとわかることもあるものだ。疑問の答えを言った時点で双子に何が起きたのかが私にもハッキリとわかった。
認めたくは無いけれど、もし本当に過去から現在に至って改変された世界なのだとしたら、それはこの時代の双子の行動が変わっているということになる。予め教えられた場所に居なかったことがその証拠と言ってもいい。
でも、じゃあどうして・・・。
「じゃあ、何故もっと前の時間に跳ばなかったんですか! そうすれば時間もあったはずです! 改変された原因だって突き止められたかもしれないのに。」
もたれ掛かった机を勢いよく離し身体ごとあずささんの方へ向けて強い口調で言い放った。
改変された世界だというのなら改変前に転移して原因を排除すればそれで解決ではないか。なのに何故改変されてしまったこの世界のこの時間に転移したのかわからない。
いや、予想は出来る・・・。人を別の時代に転移させるという大掛かりな計画でそんな穴があるとは到底思えない。ということは、転移の計画実行時にトラブルが起こったと思うほうが自然。荒廃した世界で用意周到に練っていた計画を土壇場で変更せざるを得ないトラブルといえば、一つしか思い浮かばない。
「本当はこの時代から更に100年前に転移するはずだったけど、未来であなた達に邪魔されてしまったから。」
「・・・・・・転移にはどんな準備が必要だったんですか?」
「時間転移には双子の魅力を最大まで高める必要があったの。そうしないと、180年という時間を遡ることができなかった。もしも無理やり180年前に転移してたら彼女たちは命を落とし転移した私も時空間に閉じ込められていたでしょう。奇跡的に時空間から出られてもどの時代でどの場所かもわからないし、きっと精神が無事ではなかったはず。当然、そんな奇跡をいくつも重ねないといけない賭けに出るわけにはいかなかった。そして追い込まれた私達は、双子たちの能力が安定する範囲での転移を行ったわ。この時代にもっとも近い時に跳ぶ事が出来た。それが3年前。」
かなり複雑な内容で、言葉だけだと理解が追いつかない。出来る限り頭の中で整理をする。
元々第1候補だった今から100年前、つまり180年前に転移する直前で眠り姫に襲われて時の魔女達の魅力が足りず転移できなかった。仕方なく予め用意していた第2候補である3年前に緊急転移。何とかこの時間まで跳ぶことが出来たが、既に改変が行われたこの世界で時の魔女を見つけることに困難を強いられているということ。
さらに考えると、あずささんには気の毒ではあるけれど、未来ではもう眠り姫を食い止める手段や戦力が尽きてしまっていると思っていい。魅力を練る時間稼ぎも出来ないほどの戦力差だとすると、転移したあずささん以外の未来人達の生存は絶望的かもしれない。
その魔女達も、我那覇さんも・・・。
「・・・・・・大体は把握できてきました。・・・それでその、我那覇さんは・・・生きているの?」
恐る恐る質問してみる。日差しに雲がかかり窓から差し込む春の日差しが一瞬にして遮られた。そしてあずささんの視線が落ち、寂しそうな瞳を私に向けて声を発した。
その答えは、私の予想通りの答えだった。
「響おばあちゃんは、死んだと・・・思う。」
「・・・私のせい・・・ですよね。」
「改変計画実行のときにね。眠り姫の襲撃を食い止めていた響おば・・・我那覇響は、私が転移する直前にあなたに胸を貫かれたの。未来には、怪我を治せる能力者や医術者は居ない。きっと・・・助かってないと思うわ。」
「・・・。」
何故か悔しい。未来の出来事だ。今の自分には何の関係もないはずで、未来のことを想像したところでわからない。だけど悔しい。そんな気持ちが湧き上がってくる。
どんどん険しくなる私の顔をこの人はどんな気持ちで見ているのだろうか。
春でも涼しいくらいなのに汗が止まらない。
次から次へと聞かされるのは未来の自分が起こす悪行。未来の私はどれほどまでに残酷で無慈悲なのだろう。例え眠り姫であろうとも、かつての友人にまで手をかけるほどに残虐非道になってしまったのか。目の前にいる彼女はどれほど私の顔を憎んでいるのだろう。家族を殺され、慕っていたであろう人を殺され、未来を奪われて今ここにいる彼女は、一体どれほどの修羅場と悲劇の中をくぐって来たのか。
もはや普通の人間が想像も出来ないほどの苛烈極まる死線に居たに違いない。
どうすればこの人に許してもらうことが出来るのか。いや、きっと永遠に許されないだろう。今の自分ではなくても未来の自分が彼女の全てを奪ってしまったのだから。
「協力してください。」
ビクッと身体が跳ねて彼女を見る。笑顔のままで居てくれる彼女の顔があった。
きっと今の自分の表情や態度を見て気持ちを察してくれたのだろう。
「私や響さんに詫びたい。報いたいと思うのであれば、未来が良くなる様に協力してください。私の望みはそれだけです。・・・お願いします。」
頭を下げられた。頭を下げなければいけないのは私の方だ。きっと許されはしない。
今でも彼女は激しい葛藤の中に居る。仇の顔に頭を下げるという、常人ならば胸が張り裂けそうなほどの屈辱と激昂の最中なのだから。だけどあずささんはそれでも頭を下げ続けた。その時、私は唐突に理解した。彼女の中では既に優先順位が決まっているのだ。だから例え仇の顔でも頭を下げるのだろう。
強い。
恐ろしいほどに強い。そして同時に哀しい。ここまで来てしまった以上突き進むしかないのだろうけど、それでも目的のために周りの全てを犠牲にすることを躊躇わない彼女の心が。これほどの覚悟で頭を下げる彼女を、無碍にすることが出来るだろうか?
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
深々と頭を下げる。その下げた頭の先にあずささんから手を差し伸べられた。頭を上げてその手をギュッと握る。力強く。彼女の期待に応えられるように。
手を放し、そろそろ自室へ戻るためにあずささんは話を終わらせ教室を出て行こうとする。
寸前にこの疑問はやはり聞いておこうとあずささんを呼び止めた。
「あずささん。・・・もう一つだけ聞いても?」
「何かしら?」
「この世界は既に改変されてしまった世界だと言いましたね。ということは、未来から今よりも過去に飛んだ人間が・・・?」
「・・・・・・居るわ。一人だけ・・・。」
あずささんは教室のドアの前で振り返った。その顔に笑みはなく、眼は冷たくもなく普通だったが、触れていい話ではなかったらしいことは雰囲気で伝わった。
「その人の名前は、貴音。・・・・私の・・・妹よ。」
第二章
終