小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY   作:つっかけ

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第三章 -世界の分岐-

 

 

私は本を持って丘の上にある桜の木へ向かっていた。あずささんの話を聞いて別れた後、かなりの混乱を強いられた。自室に戻ってあれやこれやと考え込んでいたのだけど、テーブルに置いていた本を目にして桜へと足を向けた。既に午後4時を回っている。

夕食まであまり時間もないが閉じこもっていても気が滅入るだけなのだから外でゆっくり考える方がいいかも知れない。

新校舎からほんの少し距離はあるが、気に入っている場所のためなら歩くのも苦ではない。

桜の根元が見えはじめたとき、そこにはあのリボンの少女がこちらを向いて待っていた。

目を少し擦ってみるが、どうやら今度は夢でも幻でもないらしい。

桜の手前まで歩いたところで足を止めた。お互い5メートルほどの距離で向かい合って数秒、少女が千早に声を掛けてきた。

 

「待ってたよ。千早ちゃん」

 

「・・・どうやら夢ではなかったのね。」

 

「あれは夢だよ。私はあなたの意識にちょっと触っただけ。」

 

「・・・名前聞いてなかったわね。私は―――」

 

「改めて初めまして、如月千早ちゃん。私は春香。天海春香」

 

「春香、なんで私の名前を知ってるの?」

 

「みんなそう呼んでるじゃない。違うの?」

 

確かに千早と呼ばれている。ティーチャー律子からでさえも。ファミリーネームの方は私自身が好きになれないから下の名前で呼んでくれと学院に入ったときに自己紹介で話したからだろうけど。少なくともそのときにこの春香は居なかったし、自分達7人と教師1人しかいないこの学院で見かけたことの無い春香が生徒でないのはわかっている。

何者かわからない彼女のことを警戒してはいたものの、しかし何故か、心のどこかでは不思議と安心している自分もいた。

ゆっくりと彼女に近づいて行く。

 

「・・・いいえ。違わないわ。私は如月千早」

 

「よろしくね。」

 

「えぇ。私に何か用?」

 

「うん。単刀直入に言うとね、千早ちゃんにアイドルになってって言おうと思って。」

 

この言葉を聞いたときに目眩でもするかの様に頭部に右掌を押し当てる。

今日は一体なんだというのか。アイドル候補の発表から伊織を怒らせ、あずさにはアイドルにならないで欲しいと呼び出され、今度は出合って間もない友好的な付き合いも無い目の前のリボンの彼女からはアイドルになって欲しいと言われる。

アイドル、アイドル。確かにアイドルにはなりたいが今日と言う日に同じ言葉をこうも何度も聞くと流石に少し嫌気がさしてきてしまう。いや、正確には『同じ言葉を使った流れの違い』に耳がイラついているのだ。しかし、あずさの話を聞いたあとなのだ。

恐らく春香もそれなりの重い話をするのだろうと察し、額の手を下ろして口を開く。

 

「どういうこと?」

 

「ちょっと長い話だし、ショック受けちゃうかもしれないけど落ち着いて聞いて欲しいんだ。今から話すこと。私達のことを知って欲しい」

 

この丘は時々強い風が吹く。その風が桜の花びらを飛ばし、吹雪のようになって降り注ぐのだ。だがこの桜は季節が変わっても年中咲き乱れ枯れることはない。

その風を浴びながら、まるで二人しか居ない空間にでも入ったような錯覚を起こす。

二人は桜の木の根元に座ると、春香が静かに話を始めた。

春香の身に起こったこと。100年前の学院。星井美希と共にアイドルの道を掴み取ったこと。その道を講師である律子が閉ざしたこと。その時に起こった凄惨な事件の全てを私に話してくれた。

 

「・・・・・・どうコメントしたらいいのかしら。」

 

凄く困った。もの凄く困った。本人は至って真面目に話をしているように見えるから余計にツッコミ辛い。

偽者の律子? 

謎の薬? 

魅力で人を操る? 

何を言っているのだろう。

この天海春香なる少女は今、夢物語か重度の妄想のように現実味のない話を私に聞かせている。

星井美希の暴走の話しは先のあずさの話と合致する部分はある。だけれど、別部分も聴いてみると逆にあずさの話も作り話に思えてきてならない。未来の我那覇さんの手紙がイタズラに作られたと思ってしまうほどに。

 

「・・・だから、信じられないかもしれないけど私は生きた人間じゃない。とっくの昔、100年前に死んだ人間なんだ。」

 

「つまり・・・幽霊・・・ということなのかしら?」

 

「そんな感じかもしれない」

 

そろそろ本当にドッキリか何かではないのかと我慢できなくなってきた。

本当はみんなで設定を考えて、見たことも無い春香をどこかから連れてきてセリフを言わせて陰から笑っているのではと・・・。

だがあずささんに関しては証拠とも呼べる我那覇さんの手紙があったのだ。それだけを根拠にするのもどうかと思ってしまうが、入学当時のあずささんの能力値を考えても物心付いた頃からの訓練ともなれば説明も付く。教えていたのが我那覇さんなら尚更だ。能力の育て方を知らない一般人とは違う明らかな実力。あずささんにはそれが根拠に成り得るのだ。だから未来人というのは信じてもいいかもしれないが、話しだけで特に証拠もないこの幽霊少女の言うことは流石に如何なものか。

タメ息を吐きたい気持ちをどうにか押さえ込み会話を続けようとする。

 

「・・・続けて」

 

「・・・千早ちゃん。今ちょっと”幽霊なんて”と思ってタメ息吐きたくなったでしょ?」

 

「え。い、いいえ? そんなつもりは・・・」

 

「・・・ふふ。」

 

頬を膨らませて見るからに不満そうな顔をしていた春香が、一転して笑った。

まるで心を読まれたのかと思うほどに言い当てられてしまったけれど、どうやらからかわれてしまったらしい。今度は私が少し不満そうな顔をする。

 

「もぉ、ひどいわよ春香」

 

「あはは、ごめんね千早ちゃん。何せ久しぶりにこんな会話が出来てちょっと嬉しくて。」

 

その笑顔は本当に嬉そうだった。髪に括られたリボン。身体の大きさは同じくらいで華奢に見える腕と足。無垢というに相応しい笑顔の背景に散り落ちる桜の花びらがよく似合っていてとても画になる。

こんな会話は私も久しぶりだった。学院に入る前もそうだが、入学したあとでも冗談を言い合うような会話は殆どしていない。

というより出来る相手を作ろうとしなかった。自分自身の雰囲気も性格も冗談が通じないのではと誤解されがちだが親しい友人を作ることで研鑽を怠ってしまうのではないかと不安だったからだ。

萩原さんとたまにお茶をしたり我那覇さんと本の貸し借りをしてはいるが、それは単にリラックスと知らない本の貸し借りをすることが出来るから。友人ではあるものの知り合いレベルの仲だ。

アイドルになるためには遊びを捨てて一心不乱に努力を続け、高みを目指して力を伸ばす。

本を読んで知識も蓄える。結果、主席で入学した伊織や次席の響を差し置いて現時点でアイドル候補に選ばれた。

この状態を維持すればいずれは・・・と考え、今までに比べ一層友人や遊びなどを疎遠にするつもりだ。だからこの春香ともそこまで親しくするつもりは毛頭無いのだが。

 

「まぁ、普通いきなりこんな話をされて更に”私ユーレイ”なんて言われたら信じるわけ無いよ。」

 

「・・・正直に言うと疑ってるわ。あなたの話しも幽霊なのかどうかも。」

 

「だよねー。じゃあさ、私に触ってみて。」

 

春香の腕に恐る恐る掴みかかってみる。すると驚いたことに春香の腕を触ろうとした私の左手がスッと通り抜けて通り抜けた部分がユラユラと揺れて、マーブル模様のように見える。

実体がない。そういう能力も無いわけではないが、もし能力だとしたら通り抜けたときは身体が透けているはずなのだ。だが彼女は透けるのではなくマーブル模様でユラユラしていて元に戻るだけ。こんな能力は自分の知識にはない。

 

「あなた・・・本当に幽霊なの?」

 

春香は立ち上がって2、3歩前へと歩き出す。周囲の桜を見渡しながら空気を思い切り吸い込んで息を吐ききった後に千早へと向き直った。

左手人差し指の先を自分のコメカミに当て付けて考えてみる。

 

「正確には魅力を媒体にした精神体・・・かな? この木に流し込んだ魅力のおかげで私はここに繋ぎとめられてる。この木を中心に周りの桜にも私の魅力が行き渡ってるから、桜のあるところまでなら歩き回れるんだ。」

 

「それより外に出たら・・・?」

 

「私、消えちゃう!」

 

春香は両手をグーにして口元に持っていく。恥ずかしいような仕草をして顔は笑顔。

小芝居がかった言い方だったが、本当に消えてしまうのだろうから冗談じゃない。

彼女の元の性格なんだろうけれど、何とも楽しそうに話す少女だろうと思う。

 

「と、思う。」

 

ズッコケそうになった。

まぁそれはそうだろう。実際に試したら今ここにはいないのだろうし。

 

しかし、可能なのだろうか?

今まで様々な本や資料に目を通してきたけど魅力を物や生物に流し込む能力なんて聞いたことがない。木々に魅力を流し込んで残った精神体だと言ったけれど、それはつまり魅力と精神には何らかの繋がりがあると言うことだろうか?

実際のところ、魅力についてはかなり昔にそのメカニズムが解明されている。だけれど、魅力と精神に繋がりがあるなんて証明は今まで成されていない。しかし目の前には魅力でこの世と繋がった精神体の女の子が今目の前にいるのだ。胡散臭くはあるものの、必要以上に疑う余地もなくなっていた。

 

「でも、木々の中にある春香の魅力はなくならないのかしら?」

 

「うーん。私がこうやって長時間精神体化し続けたら消耗しちゃうかも。」

 

「かもって、私なんかと話してたら春香が消えてしまわないかしら?」

 

「大丈夫だよ。今まで何度か試してみたけど、何故か回復していくみたいだから。」

 

「回復・・・・・・この桜のおかげってこと?」

 

「わかんないけど多分。空気中と陽光の魅力を吸収してるから、同化状態の私も回復するのかも。光合成ってやつ?」

 

この世を彷徨い太陽の光と空気で生きる・・・文字通り植物状態。全然笑えない。

しかし春香の能力事態がかなり特殊なものだから実現できたことだが、そもそも他人や植物なんかに魅力を流し込むなどと言うことが出来ないのだから春香以外にこの状況が分かる人間などいない。春香の話も信憑性が無いにしろ、真剣さが声から伝わってきて・・・あるいは悔しさが見えた。

 

「春香・・・その・・・星井美希って言うのは・・・」

 

「美希とは腐れ縁というか、親友って言うのかな。小さい頃に施設で出会ったの。私より後に入ってきた美希は凄くワガママで、最初はケンカばっかりだった。だけど、お昼寝の時間には必ず私の布団に潜り込んで来て・・・義妹みたいに思ってた。」

 

春香は空を見上げていた。視線の先を2羽の鳥が遊ぶように飛び回り去っていく。

そのまま春香はそっと目を閉じた。かつては、あの鳥達のように二人で遊び、二人で学び、二人で眠った100年前の記憶に思いを馳せているのだろう。

その姿を見て私は世界の残酷さに怒りを覚えた。子供の頃から同じ時間を共にして、ようやくアイドルの資格を掴み取った途端に永遠の別れを告げさせられたのだ。それも家族同然の間柄である者の手によって。そして星井美希も、一番大切な人を手にかけなければいけなかった自らの無力さを呪ったに違いない。それを精神的に耐える事なんて私ならばムリだ。そう断言できる。

瞼をうっすらと開く春香から哀愁を感じた。数秒の間の後にしっかりと目を開き話を再開する。

 

「だから美希が私を殺したとき、凄く心配だった。目を覚ました美希がもしも正気に戻ってたらどうしようって・・・。もしも正気に戻っていたらあの子はきっと、私を殺したことに堪えられない。せめてあの子を迎えに行けたら・・・ずっとそう思ってた。」

 

「あなたって凄いのね。」

 

自然に出てきた感心の言葉が春香には不思議なようだった。

何故そう思ったのかは自然と理解出来たけど、春香は全くわからなさそうな顔をしていた。

 

「・・・そうかな? どういうところが?」

 

「小さい頃からワガママ相手にケンカして、すぐ一緒に昼寝して。殺された後の百年もの時間をずっと美希の身を案じてる。本当に美希が大切なんだって伝わってくるわ。」

 

そう言って私はその言葉を口にした。多分この時、春香はまったく予想していなかったんだろうと思う。そして私も春香の反応を予想していなかった。

 

「まるでお母さんね。」

 

春香の顔には驚きの表情が浮かんでいた。目を見開き口を小さく開けて私を見ている。

何か悪いことを言ったかしら? 

私から顔を逸らした春香の顔がどんどん赤く染まっていく。そしてとうとう抱えていた膝に蹲ってしまった。

数秒、具体的には10秒ほどの間の後に少しだけ顔を上げた春香は鼻から下を隠したまま私を見た。耳まで赤くなっている春香は不覚にも可愛いと思ってしまう。

 

「まさかそんなこと言われるなんて・・・」

 

「あ、嫌だったかしら?」

 

私は苦笑いから一応謝る体制になっていた。人間は相手の反応を見て次にどういう行動や言葉が出てくるか予想するという無意識の意識が働いている。

だからきっと地雷を踏んだ様に言ってはいけないことを言ったのだろうと思った。

すると春香の目がどんどん潤んできて、そしてまた顔を伏せた。

更に10秒ほどの間をおいてゆっくりと顔が上がって赤らんでいた顔が少し戻り、こちらに顔を向ける。

 

「ううん。そうじゃないんだ。実は昔、学院の友達にも同じこと言われちゃって・・・。まるで美希のお母さんみたいだって・・・思い出しちゃった」

 

何事もないようにこちらへ笑顔を向けるが、伏せた膝の中で100年前の気持ちが頬を滴ったのだと察した。当然だろう。例え精神体だとしても、常人ならとっくに磨耗して会話することも困難な程の時の流れを独りで居たのだから。笑顔で居ることもきっと奇跡ではないだろうか。

正気を失ってしまった最愛の義妹と戦い、命を落としても尚この場所で眠るように待っている。誰とも話さず姿も見せず、いつか誰かが美希を忌まわしき呪縛から解き放ってくれるその人を。けど、それは私ではない。星井美希と戦える能力もなく、彼女を救う手立ても皆目見当がつかないのだから。今の私は春香とこうして話をするだけ。

私の役目はそれでいい。彼女の心を少しでも軽く出来たのなら少しの会話くらいお安い御用だ。

美希を救うという大きな使命はいつかまた現れる正義感と探究心の強い誰かに任せよう。

きっとそれが私にとっても春香にとっても最善なんだと思い込む。

私は春香が常軌を逸する強固な精神力を持っているのだと思っていたが、そういうことじゃない。春香の心は今でもか弱い少女そのものだ。普通の女の子と何も変わらない一人の少女。ただ美希のために必死に孤独に耐えてきた。それはきっと死ぬ間際から、

いや・・・そのもっと前から覚悟していたのだろう。美希のための覚悟を。

人との付き合いなど私の卒業まで一切絶つつもりだったのだけど、残されたこの学院での時間の中で春香とお話する時間を作ってもいいかもしれない。

馬鹿げた偽善かもしれないけれど私が卒業するまでのたったの1年だが、春香の孤独を少しでも和らげることができるのなら。

そんなことを考えながら、頭の別のところでは新たな疑問が生まれ始めていた。

 

律子のことだ。

 

春香たちが騙されたという偽教師。春香も美希もこの学院の生徒だった。

彼女達は律子の偽者に呼び出され地下へ向かい、美希は怪しい薬を打たれた影響で狂乱してしまった。

春香は美希を殺す決断ができず、致命傷を与えられてそれでも自分の命を散らして美希の命を救った。優秀な彼女達でも見破れなかったティーチャー律子の偽者は、虚を付いたとは言え罠に嵌める力を持っていた。道案内をするほどの余裕を持ちながらとなると、相当な能力者だったに違いない。

相手に化ける能力・・・。

もしそんな能力を使われたら何らかの対処をしない限り簡単に隙をつかれてしまう。

ハッキリさせておかなければいけない。

少しずつ顔の赤みが抜けていく春香に質問をぶつける。

 

 

「いくつか質問してもいいかしら」

 

「もちろん」

 

重い話をしたばかりだというのにそこにはもう吹っ切れたように笑顔で答える春香が居た。目の潤みも完全に消えている。

自身満々に『もちろん』ということは何を聞かれても問題ないほどの答えを用意しているのか。それだけ余裕があるということだ。なら私も心の準備を整えつつズケズケと踏み込んでみるとしよう。

 

「まず、今この時代で私達を教えているティーチャー律子は・・・。」

 

「偽者だよ。この100年、化けてる所しか見てないから正体は私も確認出来てない。」

 

やはり、あの律子は偽者。100年前に偽者として春香達の前に現れられたのは、既に本物の律子は殺されていて入れ替わったということだ。騙すだけなら化けて春香達を騙し実験すればいい。だが、殺したということは本物の律子に見つかるわけにはいかなかったのだろう。

そして春香の話しでは偽の律子は100年この場所に滞在しているという。

長期的に何かの目的でこの場所に居続けるためには律子と入れ替わる必要があった。

今までの話しからすれば、理由は一つしかない。

 

「では、やはりずっと作った薬を試していたのね?」

 

「うん。どれだけの生徒が犠牲になったのかわかんないよ・・・。」

 

「私達は実験材料・・・ということなのかしら。」

 

「そうだけど、そうともいえないかな。」

 

実験材料だと肯定されたくなかったけれど、肯定とも否定とも違う曖昧な答えが返って来た。春香の言うことが何を指しているのかがわからず首をかしげる。

それを見た春香が、中途半端な返答と捉えられたことに気付いたので言い直した。

 

「えっとね、アイドルと実験体は別だと考えればいいかな。」

 

「別?」

 

「うん。この学院はアイドルを輩出したときの褒賞金で運営されているの。つまりアイドルは金銭的に必要だということ。」

 

「なるほど・・・アイドルは資金源になるから成績上位者は狙われなくて、逆に成績が悪い人は能力値も低い訳だから必然的に除外。危険なのは成績の中間順位にいる生徒。今だと高槻さんや萩原さんたちってことになるのね。」

 

「ほぇ~。理解が早くて助かっちゃう。」

 

軽いように話しているけど内容がおぞましいとしか表現できない。

この学院では表向きにはアイドルを養成する学校であり、裏ではアイドルになる見込みのない生徒を使った人体実験の検体育成施設ということになる。

この春香達のように実験に使われ暴走し、表向きには失踪といわれたり、実験に使われた生徒が死亡して表向きには自殺と処理されたのかもしれない。

そんなことを100年もやってきたというのか・・・。

今ではただの推測だし、傍から聞けば頭のおかしい妄想狂の妄言といわれそうだ。

だが、この学院のシステムには前から違和感を持っていた。律子一人しかいない教職員。

たまに来る販売業者とは違う風貌の客。3年に一度の入学。外界から隔離され一般人が滅多に来ることのない場所。

ありえるのかもしれない。

 

「これがこの学院の闇なのね。」

 

「真っ黒過ぎだけどね。」

 

「だけど、もし毎回実験が行われているなら流石に不審に思われるのではないの?」

 

「当然、実験に使われた生徒の親族が押しかけることもあったよ。だけどそんなことは大した問題じゃないの。」

 

どういうことだろう。教師が身勝手にも預かった生徒を使って人体実験を行っているというのに大した問題ではないだなんて。というか人体実験をしているという時点で世間的には大問題だ。例えどんな理由があろうとも世界規模で人体実験は容認されていない。

もしも公になれば死罪は免れないというのに。

まさかそれ以上の問題がこの学院にはあるというのか。確かに、既に美希のことがあるのだから春香からすればそれ以上の問題はないだろう。

だが今も私を含めた生徒全員が危機に晒されているのだ。友好ではない人も居るけれどそれでもやはり、私からすれば美希のことよりも気にしなければいけない問題だ。

聞き捨てる訳にはいかない。

 

「それは私達の生命の危惧を気にすることはないって言うことかしら?」

 

「あ、ごめん。大した問題じゃないと言ったのは千早ちゃんや美希の話じゃないの。」

 

「じゃあ何のことを言っているの?」

 

この時、私は少し強めの口調で春香に聞き返した。

そしてこの後、私は聞くべきではなかったと酷く後悔することになった。

 

「ねぇ千早ちゃん。この学院の運営資金はどうやって調達されているんだっけ?」

 

「それは、この学院からアイドルを輩出することによって・・・運営・・されて・・・。」

 

いや・・・ちょっと待って。

ここはアイドルを養成する学院でアイドルを輩出することによって運営資金が提供されている。そして輩出されたアイドルは国家公務執行統括事務局に所属し、その主体は”軍”。

教師も、警察も、公共移動乗務員も、国の繁栄の為に力を尽くす公務員は全て軍属になる。

つまり・・・

 

「もう・・・解ったみたいだね」

 

「・・・この学院の運営には”国が関わっている”?」

 

国そのものが絡んでいるのなら、それはつまり人体実験が秘密裏に容認されている?

確かにそれなら色々と説明が付く。アイドルという強力な能力者が国に従事することで利益を生み、その利益で私腹を肥やす者が居る。実験の検体は簡単に用意が出来て、死亡すれば容易に処分できる。警察に圧力をかけて保護者達の問題も何もかも揉み消せるし、情報操作でその一族を失踪と言う形で人体実験の検体に出来る。

方や最高の保証国。方や悪魔の国。

 

最悪だわ・・・。

 

これは律子をどうにかすれば良いだけの問題だと思っていたけれど甘かった。

偽律子が国に容認させたという内容は、恐らく重鎮の人間が喉から手が出るほどの条件を出したということ。能力者の育成と卒業後の軍備強化の増員。あわよくば制御可能の眠り姫の贈呈・・・と言ったところか。そもそもその話をしたとしてどうして信用してもらえたのだろうか。私だって今の春香の話を全部が全部鵜呑みにしているわけではない。

今まで話した内容には、何一つとして決定的な確証がない。

 

『ティーチャー律子に偽者ですか?』 と直接聞くわけにもいかないし、もしも春香の話が事実だったとして偽者と気付いた私を放っておくほど甘い訳がない。

資金が必要ならば現在のアイドル候補を実験に使うとはとても・・・。

・・・待って。その理屈だとあの話は。

 

「あの・・・成績優秀者が実験体にはならないというなら、何故春香や美希が実験体に?」

 

この問いに春香は首を横に振った。

 

「・・・それは私にもわからない。それは多分、ティーチャー律子にしかわからないと思う。」

 

「・・・そう。でも直接なんて聞けないし、永遠の謎かも知れないわね」

 

「そうだねー。聞く機会があれば聞いてみたいかも」

 

左手の人差し指を自分のこめかみに付けて苦笑している。

わからないのなら仕方が無い。春香が言うように、いつか謎を解いてみたいものだ。

その春香の顔が一変して目を細め、無表情に、にらまれてるような、まるでさっきの未来の話をしている時のあずさの顔を思わせる。

嫌な予感がした。そしてその予感は一瞬にして的中することになった。

 

「ねぇ千早ちゃん。”眠り姫”って知ってる?」

 

私は驚いた。

私は今まで眠り姫のことを伏せながら星井美希のことを聞いていたのに。

あずささんに聞いた眠り姫の事と世界崩壊の未来を、美希と私が引き起こす。この誰にもわからない未来の話を自分の溺愛する家族に向かって”あなたの義妹は世界を崩壊させる”などと言ってしまえば、私の時と同じく機嫌が悪くなるのは当たり前だ。

星井美希をこと細かく知っている”死に証人”が居るのだ。情報のためにも、この先に待ち受ける困難のためにも、眠り姫のことを伏せて話すのは当然の選択だと思った。

けど、彼女は眠り姫のキーワードを口にした。

知っていたんだ。美希が眠り姫と言うことを。

 

「・・・・・・。」

 

「やっぱり知ってたんだね。眠り姫のこと。」

 

「・・・えぇ。」

 

私は私で美希の情報を探っていたが、春香は春香で私がどこまで知っているのかを探っていたのだ。

非現実的でしかない会話の中で春香は常に情報を探っていた。

全く知らないレベルではないにしろ齧った程度だなと思い至ったからこそ、この話を切り出した。私が興味を持って質問をすることも全て読みつくした上で。

 

「千早ちゃんがどうして眠り姫を知っているのか・・・は大体想像付くけどね。・・・三浦あずさでしょ?」

 

「・・・何でもお見通しね。」

 

「彼女だけ異常だったからね。入学してから何度か見ただけだけど、あの魅力のコントロールは身内や知り合いによっぽど精通した人がいない限り、まず到達出来ない域だったからね。何かあるとは思ってたの。」

 

確かに屋外における最初の浮遊術のレッスンでいきなり飛んで見せたのがあずささんだった。

今だから分かるが、あの頃の彼女の能力値は今の私と殆ど変わらない。もし本気を出したら私でも足元に及ばないかもしれない。入学したてから彼女は既にアイドルの有力候補だった。

あずささんの次に早く浮遊術を覚えたのが伊織だった。まだ飛べない私達を見て伊織は勝ち誇った顔をしていたが、その直後にあずささんが浮遊しながら転移したのを目の当りにして開いた口が閉まらないようになっていたのは今思い出しても少し笑えてしまう。

そんな彼女が恐れるという眠り姫こと星井美希。アイドルを全滅させてしまう世界崩壊のキッカケとなる人物は一体どれほどの力を有しているのか。

 

「眠り姫のことはどこまで知ったの?」

 

「驚異的な能力者で無差別っていうくらいかしら。ねぇ、律子はその眠り姫を作り出そうとしていると言うことなのよね?」

 

「多分そうだと思う。本当の目的はわからないけれど。」

 

眠り姫を作って何か成し得たいことがあるというのか。その疑問は今は解消できそうにない。情報が少ないと言うのもそうだけど、春香ですらわからないことなのだから私が分かるはずもない。予想することは出来ても確信も無いのにそれに合わせた対策なども立てられない。

 

「予想の範疇を超えないけど、偽律子の目的は”眠り姫”。それも制御できる・・・ね。」

 

「制御なんてできるのかしら。未だに制御された眠り姫が作り出されていないように思えるのだけれど?」

 

「眠り姫を作り出しても制御できなかったのが美希なのよね。逆に眠り姫自体を作り出すことには成功しているわけだから、後はその課題なの。まぁあれ以降、美希ほどの眠り姫を作り出せていないというところを見ても成果が停滞しているのは明らかなんだけど。」

 

絶対的な力を持つと言われている眠り姫を完全に制御できればどうなる?

世界の破滅。あずささんが言っていたように復活してただ暴れているだけなら世界が死ぬまでおよそ80年。しかし、何者かがその力を制御した場合は世界の破滅か征服のどちらかと言えよう。そしてもっと短い時間でそうなってしまうだろう。

これはあずささんの言う美希の復活とは別にして、とんでもないことに首を突っ込んじゃったわね。

今更だけれど。

 

「でも100年も成果なしでよく国が黙ってるものね。」

 

「それなんだよねぇ私が特に疑問視してるのは。現在もこの制度が続いているのはかなり妙なのよ。国側の関係者はもう高齢か、または亡くなってるはずなんだけどね。」

 

「確かに・・・。」

 

確かに、春香の疑問はもっともだ。私が疑問に思ったのだから誰にだって考えうることだし、もしこの計画が引き継がれているにしたって100年もまともに結果が出ていないモノに投資すると言うのはリスクが高すぎる。続けさせるメリットがあるのか・・・。

もしくは続けさせなければいけないものなのか。その答えを知るのは最早律子以外にいないでしょうし。今は気にしても仕方が無い問題かもしれない。

 

それより、彼女は未来のことも知っているのだろうか。

いや、今の彼女にとってはこの時代ですら未来なのだ。その未来を彷徨い、彼女は一体何を見たのか。星井美希が復活するとただ察知したわけではないだろう。もっと直接的な要因があったに違いない。だから私に声を掛けた。この件に巻き込まれるであろうことを予想して。

 

「・・・春香。あなたは何故この時代に美希が復活すると思ったの? 何かを知ってしまったんでしょう?」

 

「うん。原因は二つあるんだけど、決定的だったのがね・・・ある生徒が『鍵』を見つけてしまったから」

 

「鍵?」

 

ある生徒とは誰のことなのか。そしてその鍵が何かの比喩なのかそれとも本当に扉に使う鍵なのか。その鍵が美希の封印を解く鍵なのだろう。

まだわからない部分が多いので春香の話を続けて聞くことにする。

 

「その鍵は地下の、美希が封印されている部屋の鍵なの。その鍵を水瀬伊織ちゃんが持ってるみたい。」

 

「・・・また、厄介な人が持ってしまったものね。」

 

伊織の名前を聞いて少し顔を顰めた。恐らく春香にも伝わっただろう自分の態度と顔をすぐに元に戻す。

つまるところ、二人から鍵を回収して星井美希を復活させないのが私のこれからの行動なのだろうと予測する。偽律子の問題はとりあえず後回し。今私が何か行動を起こしたところで抗えずに偽律子と国に消されるのがオチだ。

その前に万が一にでも星井美希の封印が解かれればみんな揃ってただではすまない。

自分達も、世界の未来も。

 

「もし水瀬伊織が扉を開けなくても、他の誰かが開けてしまうかもしれない。そうなる前に、鍵を手に入れて欲しいの。鍵を旧校舎の資料室に戻してくれれば、それでしばらくはまた大丈夫だと思う。」

 

「破壊してはダメなの?」

 

「それが、鍵に使われてるのは同調金属なの。」

 

同調金属。200年前に採掘された当時は普通の鉱石だったが、一つの塊を溶かして一度に二種類以上の物を作ったら耐久度が同調することが判明した特殊な金属。

錆びる事が無いとされているその金属は上流階級の人間にしか手に入れることが出来ないとされている世界的にも希少で高価な物の一つ。

つまり鍵と錠前に同じ金属が使われているため、鍵を壊せば錠前が壊れて錠前を壊せば鍵も壊れると言うことね。

 

「水瀬さんが持っているというのは確実なの?」

 

「多分ね。この前、我那覇響ちゃんが水瀬伊織ちゃんに鍵を渡してるところ見ちゃったの。」

 

「どこで?」

 

「自室で。」

 

・・・ん? つまりどういうこと? 自室で我那覇さんと水瀬さんの鍵の受け渡しを見ていたとすると、ずっと一緒に居たのかしら・・・。

いや、そもそも一緒に部屋にいたと言うより・・・。

 

「・・・まさか、ずっと覗いていたのかしら?」

 

「ホントに鋭いよね千早ちゃん。なんでわかっちゃったの?」

 

「・・・まぁいいわ。春香は『見ちゃった』って言ったでしょ? もしその場に居たのなら、あなたなら『見ていた』と言うと思ったのよ。見ちゃったは偶々とか遠くから見た人が使う言葉だからそうじゃないかとね。」

 

「・・・恐ろしい。とんだ名探偵が近くに居たものだよワトトン君。」

 

誰のことを言っているのやら。

とりあえず、今のでは私の質問に対する答えになっていないので改めて訊きなおす。

 

「それより、何故鍵が見つかったのかの答えがまだなのだけれど・・・。」

 

「あぁ、実は私達が殺されて間もない頃にこの木に言い残していった人が居たの。99年後の冬に旧校舎の旧資料室を見張っていて欲しいって。その頃の私はまだこの木と同化し始めていたからこれ以上は覚えてないんだけど。」

 

「その人・・・何者なのかしら。何だか気になることばかりだわ。」

 

「それでここ2年ほどは毎日のように旧校舎を見張ってたんだけど、この前の大掃除の時にとうとう・・・ね。」

 

なるほど、と言って頷く。その人が何者なのか?

答えとしては預言を扱う能力者か。滅多に無いが迷い込んだ旅人か。

しかし、今となってはその人も生きては居ないのだろうから確認なんて取れっこない。

考えを頭の隅に追いやって話を切り替えることにした。

 

「春香、眠り姫について詳しく教えてくれる?」

 

「・・・私が知ってる限りのことなら」

 

あずささんとの話ではまともに知り得なかったけど、今度はちゃんと説明を聞けそうね。

眠り姫とは一体どんな存在なのか。とんでもない能力を使う化け物としか認識できていないため少しでも情報が欲しいところだ。

 

「眠り姫っていうのは、能力者の性質と魅力が変化した状態のことらしいの。強制的に特質に変化させて元の能力とは全くの別物にしてしまう。本来は消費される魅力が永続的に損なわれない状態だからずっと能力を使い続けられるんだって。以下、黒ずくめのお兄さん達参照。」

 

「黒ずくめに関してはどうでもいいとして、能力を強制的に変化させられてしかも魅力が永遠に続くと言うことは寿命もなくなるし衰退もしないってことよね? 実質上の不老不死と言うことになるのかしら?」

 

春香は首を縦に振る。

眠り姫と言うのがどれほど厄介なのかを理解した。

一般的な人間に照らし合わせれば、魅力が無くならないと言う事は睡眠を一切とらずに活動し続けられることと同じこと。

人間は能力を使わなくても移動や労働をすることで魅力を消費してる。睡眠や食事を摂ることで消費した魅力も回復するわけだけど、老いていけば行くほど魅力は回復しなくなっていき最終的には魅力を全て無くして人生を終える。それが一般的な魅力の原則だ。

だが眠り姫はそんな原則ですら超越する。寿命が無いのであれば未来で大暴れしているのも頷けると言うものだ。

 

眠り姫もこの春香も普通では有り得ない。

強い意志と奇跡を起こして警告するために現れた春香。

眠り姫の復活を阻止するために未来から来たあずささん。

100年の眠りを経て目を覚まそうとしている眠り姫、星井美希。

何も知らず復活の鍵を見つけてしまった水瀬さんたち。

偶然なんかで終わらせるには少しムリがある。あずささんの話も春香の話も事実となれば、そう遠くないうちに美希が復活して戦いになり、私も眠り姫として世界を崩壊に導くことになる。もしも運命が変わるのだとしたら、これから先は何に対しても注意して過ごさないといけない。例え戦いになるとしても、せめて私が眠り姫にならないように。

そして私の話を何とかみんなにも信じてもらい、律子の企みの証拠も掴んで拘束しないといけない。

律子を制すると言う状況は想像できないが、やらなければいけない時が来る。

そのためにはまず、秘密裏に水瀬さんに話を聞いてもらって鍵のこととこれからの未来の話を信じさせること。そして順を追ってみんなに理解してもらう。

水瀬さんの鍵、次にあずささんを交えて説得。そして律子の企みの破綻。

大まかな目的はこんなところね。

 

「難しい顔してるね。やっぱり難しいかな?」

 

「そうね。だけど、やらなければいけないのでしょう?」

 

春香が笑った。その笑顔は自分の話を理解してくれたことと、私が動いてくれると言う言わば期待の現われ。やることが決まったのであれば後は時間の問題だ。

 

「とにかく、みんなに協力してもらえるようにお願いしてみるわ。最善策としては美希や律子と戦うことよりも扉を開けない努力をしないと。」

 

「本当に勝手な話しだけど、お願い千早ちゃん。何よりもこれからの未来のために。」

 

「全力を尽くすわ。」

 

立ち上がってスカートに付いた土を払い、千早は走って伊織の元へ向かった。

その後ろ姿を春香は願いをこめて見送った。

 

 

 

第三章

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