小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY   作:つっかけ

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第五章 -脅威-

「はぁ・・・はぁ・・・。」

 

千早が律子と螺旋階段を下りていくのと同時に伊織も『女の子が眠っている』であろう扉の前に辿りついていた。

さっき旧校舎の入り口前での千早との口論から勢い任せに飛び出し、千早が律子に気を取られている間に地下への入り口を開いて閉じた。

頭に血が上り、ただひたすらに階段を駆け下りて封印されている扉の前にまで到着した。

胸の前で鍵を持って、あがった息を整うのを待ちもせずに扉の大きな錠前に鍵を差込み、ぐっと力を入れて回した。

 

両開きの扉は真ん中に巨大な錠前が付けられており、伊織が鍵を回したことで音も無くキラキラと光ながら消滅した。そして伊織の心の準備も整わぬままゆっくりと扉が開く。

その中から出てきたのは。紅い眼をした金髪の美少女だった。

 

「うそ・・・・・・まさか本当に・・・?」

 

無意識に後退りしてしまう。

あの日誌に書かれた少女が本当に実在していたのだ。

監禁されていたにしては服も身体も汚れていないように見える。

出てきた金髪の少女は伊織を見て、無表情からおぞましいほどの笑みを浮かべた。

唖然としていた伊織はその顔を見て言い表せることが出来ないほどの寒気に襲われた。

得たいの知れない何かを受けて反射的に階段方向へ跳び退いた伊織の目が、その攻撃を認識したときには既に遅かった。

 

「しまっ・・・!!」

 

「・・・くすっ」

 

金髪の美少女から放たれた黄緑色の球体が身体に直撃してしまった。

階段近くまで吹っ飛んだ伊織はそのまま意識を失う。

伊織に向かって歩く少女だが、意識を失っている伊織に興味を示さない。

そのまま彼女は階段を上っていく。

出入り口付近に到達した少女は隠し扉の仕掛けも気にせず能力で壁を吹っ飛ばしてしまった。

破壊された隠し扉付きの壁は瞬く間にガレキに変わり、崩れ落ちていく。

そしてガレキを乗り越えた眼前に、畏怖する千早の姿があった。

 

 

 

時が変わって、千早が旧校舎の前で伊織を待っている頃。響はベッドで身体を横にしてずっと考え込んでいた。

自室に戻ってからずっと胸の中がモヤモヤしてちっとも眠れない。

原因はやはりさっきの伊織とやよいのやり取りだ。

 

「いつもはあんなに仲が良いのに・・・やよいどうしちゃったんだ。」

 

やよいが心配だった。伊織はどちらかというと抱えるより相談するタイプの人間だから彼女が悩むとしたら余程のことだろう。

だがやよいの場合はその逆かもしれない。

やよいは伊織の屋敷で産まれた時からメイドとして育てられてきた。当然、使用人としての礼儀作法なんかも学んでいるはずだ。その中にもし、『主人に対して必要以上の会話をしてはならない』と言う決まりがあったとしたら?

やよいには言えるはずもない。

主人である伊織に使用人の自分が泣き言や悩みを相談するなど、本来ならばあってはならないことだ。例え友人として接していても、その一線だけは無意識でも越えないようにしているはずだ。

それが、やよいの学んだ『英才教育』であり主従関係の最後の一線なのだ。

だからやよいはどんなことでも我慢をするし、その術を知っている。

悩みを抱えて友人にすら言わず、ひたすら我慢するなんてことをやりかねない子なのだ。

そして恐らく予想は当たっている。

今思えば態度や雰囲気などから、言えない何かを抱え込んでいることは明白だった。

 

(明日にでも聞いてみよう。伊織に言えないようなことだから自分が相談に乗れるかはわからないけど、何もしないよりずっとマシだからな。)

 

そんなことを思ってもう日付が変わろうとしている頃だった。考えることをやめて眠りに付こうとした時、不意に部屋の外から足音がしたような気がした。

耳を澄ましてみると近づいてきた足音は部屋の前を通って遠ざかっていく。

律子の不定期巡回の可能性もあるけれど、それにしたって巡回時間にはまだ早い気がする。

 

「・・・他の部屋の誰かかな? こんな時間にどうしたんだろう。」

 

こんな時間に出歩く生徒は滅多に居ない。何故なら消灯後にもしも律子に見つかれば連帯責任で全員10日間の早朝掃除をする羽目になるからだ。年に一回の大掃除や授業後の教室清掃と違って、毎朝4時から授業開始の8時までいたるところでみっちり掃除だ。

大半が6時頃に目を覚ますみんなにとって睡眠時間を削ってまで掃除など勘弁願いたい。

そんな事を思っていたら、部屋の前で見張りをしてもらっている魅力で作り出したハムスターが木製の扉を擦り抜けて入って来た。

この寮の扉には鍵が付いていないことで突然律子が扉を開けて中の様子を覗くことがある。

プライバシーの侵害とも取れるが、消灯を守らないこちらも悪いのだから言い訳できない。

だから律子が来てもいいように、毎日部屋の前に自分の能力で作ったハムスターを生成して見張らせている。

 

響は普段から自分の魅力を動物の形に変化させて遊んでいる。本人の能力は『魅力を物体に形成したり、魅力体を実体化させる能力』で、魅力をハムスターの形に形成したり実体化して、どこからどうみてもただのハムスターに見えるようにする。

 

魅力体は響が眠るとコントロールができなくなるため自動的に空気中に霧散する。

そのハムスターが扉を抜けて響に報告するために部屋に入ってきた。

響は起き上がりハムスターを手に乗せる。

 

「どうしたんだハム蔵? 誰か廊下を歩いてたのか?」

 

するとハム蔵と呼ばれたハムスターは頭を上下に振って明確な意を示した。

消灯後に出歩くことが滅多にないため誰がそんな危険なことをしたのか知りたくなった。だから響はハム蔵に指示を出す。

 

「ハム蔵、さっきここを通った人と一緒に誰が部屋に居ないかを探って欲しい。出来るだけ早く頼むぞ。それと絶対ティーチャー律子に見つかっちゃダメだからな?」

 

そういうとハム蔵は勢いよく飛び出した。

魅力体であるハム蔵は扉をすり抜けて廊下に出る。壁をすり抜けられれば簡単なのだが、部屋の壁には触れれば能力を強制解除する解効石-カイコウセキ-、別名コンタクトブレイクと言われる石が壁に塗りこまれている。もし能力を使って壁から別の部屋に行こうものなら能力を強制的に解除され、下手をすれば壁に埋まってしまうこともあるのだ。

そして窓も換気以外で解放してはならない決まりになっている。前に窓から別の部屋へ遊びに行ったら数分経たずに律子が乗り込んできたので、窓にも何か仕掛けがあると伊織は睨んでいたがついぞ解らなかった。当然連帯責任で掃除をさせられたのでそれ以降窓から外には出ていない。なのでいくら魅力体の動物でも壁抜けは出来ないし、仕掛け不明の窓からも外には出入りできない。必然的に扉一択になるわけだ。

 

同期で魅力体を使えるのは響だけなのだが、実は実体化せず魅力体のままで木製である扉やコンタクトブレイクの鉱石が使われていない場所ならどこでも擦り抜けて情報収集が出来ることを律子は知らない。

一般的な魅力体と言えば攻撃型が使う光弾の類だがそれは障害物にぶつかれば爆発するというもので、能力者の常識的な部分で魅力体は壁などの物体を通り抜けることが出来ないとされている。そのため能力値測定で披露すれば恐らくアイドル候補に名乗りをあげられるかもしれない。だけど例え魅力体であっても可愛がっている動物を諜報活動に使われるのは嫌だった。自分自身が諜報員になることもそうだが、アイドルになって律子のようにアイドルを育てる教師になりたかったからだ。能力を使用した諜報活動員不足は生徒である自分の耳にも届いている。だからこそ、そうならないために隠した。

教師の律子はもちろん、たまに来る外部の人間には絶対に知られたくなかった。

 

生徒全員のフロアはこの階にあるから時間はそんなにかからない。

静かな廊下を靴で歩いたら足音が響いてすぐにわかる。何故廊下は足音が鳴るようにされているのか。これは見回りの教師が音によって違反者を発見するためだ。

裸足で歩いてもペタペタという音や、靴下の摺り足ですら聞かれて捕まった生徒も今までたくさん居たらしい。

最早地獄耳などで済ませられるレベルではない。

封印術の得意な律子は自分から発せられる音を封印して違反外出した生徒に気付かれないよう近づき捕まえるのだ。

そして今もまた足音が聞こえた。律子ではない。またも部屋を抜け出した生徒がいる。

恐れ知らずというか傍迷惑というか。お願いだから見つからないでほしい。

そう願いながら部屋でジッと待っていると3分ほどしてハム蔵が帰ってきた。

手の上まで上ってきたハム蔵が語りかけてくる。

 

「千早と・・・やよいと伊織が部屋に居ない?」

 

なんだか凄く嫌な予感がした。千早と伊織が犬猿の仲なのはみんな知っているが伊織とやよいが今気まずい雰囲気なのを知っているのは響だけだ。

それにこの3人がこの時間に出歩くことがまずおかしい。律子に見つかって大掃除など特にやりたくない千早と伊織が揃って出歩いている。どんな理由があるにせよこの異常を見過ごすほど響はのんびり屋ではない。どの道モヤモヤして眠れやしないのだし、念のため他のみんなにも話してみようと移動する。

ハム蔵には引き続き他の生徒を起こしてあずさの部屋に集めるよう指示を出した。

あずさの部屋は響の隣だ。鍵の掛かっていない扉を開いてあずさの部屋に入ろうとする。

 

「・・・・・・誰?」

 

身体がビクッとなった。ドアを開いたところであずさが後ろから声を掛けてきたのだ。

響は『ひっ』という細い声を出して振り向き両手を突き出して待てと手を振る。

どうやら転移で響の後ろに回りこんだらしい。

 

「じ、自分だぞあずささん!」

 

「あら、響ちゃんだったの。ごめんなさい驚かせちゃったわね。」

 

「いや、自分もいきなり部屋に入って悪かったさ。でも、ちょっと話があって」

 

そうしている間にハム蔵に起こされた真と雪歩があずさの部屋まで赴いた。

眠そうに薄目で頭をかいている真。欠伸が止まらないのか涙目で寝ぼけている雪歩は胸の前で枕を抱いている。響はみんなを部屋に入れて話し始める。

 

「それで響ちゃん。話というのは?」

 

「あぁ、千早と伊織とやよいが居ないんだ。この時間に出歩いているらしいんだけど」

 

「え・・・ちょっと待ってよ。もう消灯とっくに過ぎてるよね。ティーチャー律子に見つかったら大変じゃないか!」

 

「・・・・・・ぽぇ~・・・」

 

「もう、ねぇ起きて! 起きてよ雪歩!」

 

未だに寝ぼけている雪歩の両肩を掴んで前後に揺さぶる。

すると雪歩の両目がカッと見開かれ真の瞳を捕らえた。

そしてキリッとした顔で言葉を口にするが・・・。

 

「あ、真ちゃん。今日もカッコいいね!」

 

「ダメだ寝ぼけてる。」

 

「え・・・あのっ」

 

雪歩の肩に乗っていた手を離してあずさに向き直る。

真は両手をギュッとして胸の前まで持ち上げて顔は焦りで涙目になっていた。

 

「とにかく3人を早く見つけないと、また掃除が・・・!」

 

「待って真ちゃん。・・・響ちゃん。3人がどこに行ったか心当たりあるかしら?」

 

「それがわからないんだ。この時間に動物を走らせる訳にもいかないから探せないし」

 

「・・・・・・もしかしたら。」

 

すると突然、待機していたハム蔵が急に暴れだした。部屋を走り回ったと思ったらハム蔵は響の背中から頭に上り、旧校舎の方へと威嚇している。

響が『どうした?』と言葉を発する前にとてつもない地響きが彼女達を襲った。

 

ドゴォーンっ!!

 

爆発音のような音と共に大きな地震でも起きたような錯覚に陥って響は尻餅をついた。

雪歩と真は何とか堪え、あずさは少しだが宙に浮いた状態になっていた。

 

「な、何が起こったんだ!」

 

「これは・・・っ! 『纏え!』」

 

するとあずさは突然、訓練の時に着る戦闘衣装に身を包んだ。

そして小さな光に包まれた右手にハンドマイクが現れた。

 

戦闘衣装は入学と同時に配られた言わば訓練着だ。

壁際に掛かっていた衣装が光に包まれて消え、一瞬であずさの身体を覆っていく。

 

戦闘衣装は入学能力値測定でのプロフィールを元に作られている。プロフィールには身体のサイズを記入する部分があるのだが、主にこの戦闘衣装のためのデータだ。

入学時に手渡されるこの衣装は、特殊な魅力を持つ生物の糸で織られた生地をベースに作られたもので、一般的には戦闘衣装。魔法衣やデュエルフォームと呼ぶ者も居る。一度着た人間は身に纏っている衣装と手に持ったハンドマイクに使用者の魅力を記録し、持ち主が『纏え』と言葉にすることで戦闘衣装は一瞬にして魅力に分解され使用者の着用するために再構成される。

ハンドマイクは衣装の分解を感知して持ち主のもとに再構成する構造になっている。

どちらも魅力で繋がっている持ち主の元で再構成されて出現するというものだ。

 

魅力は指紋やDNAと同じく十人十色の違いがあるため確実に持ち主の元で出現する。

簡単に言えば、一言だけで着替える手間が省ける鎧と思えば良い。いつ召集を受けるかわからないアイドルからすれば着替えの時間などあるはずもない。そこで迅速かつ確実に衣装を着る方法としてこのシステムが採用された。

初めてこのシステムが生まれたのは凡そ90年前。

ちなみにこの方法を考え付いたのは水瀬財閥、つまり伊織のお婆さんなのだ。

一代にして財閥まで伸し上がった手腕は脅威的で衣装の生成方法は企業秘密。世間には知られていない。水瀬家の秘伝だそうで、もちろん伊織も生成方法については熟知しているがやよいは知らない。一族相伝というわけだ。

そんな衣装を身に纏ったあずさは窓から差し込む月の光を浴びてとても画になる壮麗さだ。

紫と白のコートに近いその衣装は紫の大きな襟から左胸の前を紫色のラインが一番下まで伸び、その横を紫のボタンが上に二つ、下に二つと付いていて、腰にベルトが巻かれている。下の衣装も白地に紫のラインが入ったスカートになっていて、そこからは紫色のフリルがこれもスカート状になっている。靴は白のブーツでこれは履き口のところを紫色のラインが横に入っている。

そして肘まで伸びるパーティグローブ。これらを身に纏ってあずさは焦る口調で指示を出し始める。

 

「私は爆発の原因を調べてくるわ。真ちゃんたちは戦闘衣装を着て旧校舎に来てちょうだい! 響ちゃんは着替えたあとに能力で強力な動物を実体化しておいて!」

 

「ちょっ、あずささん!?」

 

真が声を掛けると同時にあずさは転移で旧校舎へと向かった。呆然とする3人だが、あずさの焦り具合から見て何か重大なことが起こったのだろうと察した3人はすぐさま自室に戻り自分の戦闘衣装を身にまとって、普段決して出てはならない窓から浮遊術でそれぞれに飛び出した。

 

 

あずさは旧校舎の上空に転移していた。さっきから嫌な汗と予感が止まらない。

爆発の原因である旧校舎では1階の窓ガラスが全て砕け散り入り口は吹き飛んでいて所々から白煙が上がっている。

もしも、もしもアレが目覚めたのだとしたら・・・。そう思うと次から次へと恐怖心が競りあがってくる。状況的には最悪のタイミングだ。今は夜中。

一日の疲れが残るこの時間に目覚めたのならまともに戦えない。

しかも彼女達は夜戦の経験など皆無だ。太陽が高い内に行っている授業の戦闘訓練とは訳が違う。暗闇の攻撃に対応するだけの経験が圧倒的に足りていない。

戦力的にもかなり厳しい。未来の響でさえ体力は無いにしても星井美希とは互角の力だった。だがそれは何十年という研鑽の賜物だ。今のあずさ達にそれほどの力は無い。

本来の計画では復活を阻止することが最大の目標だった。

復活して倒すにしても綿密に練った計画があってこそ成功する可能性が出てくるのに。

 

そんなことをグルグルと考えながらあずさは旧校舎の入り口目掛けて降下を始めた。

この爆発が伊織や千早の喧嘩であることを切に願った。そうでなければ災厄の始まりだ。

ある程度降りたら飛行をやめて自由落下で入り口を目指す。そして白煙立ち込める1階ホールエントランスを見て思わず足が止まった。

入り口から入ったいつもの記憶にある眺めとは全く違い、その場所に置かれていた椅子や長い机は原型を止めず木片と化し、見える限りの窓ガラスが割れ、赤いカーペットも埃で黒ずみ、建物の左右にある1階から2階への階段も半ば吹っ飛んでホールは広い空間が出来上がってしまっている。

煙は徐々に外へ出て行き、その奥に立っている人影を見つけた。

薄暗いホールでゆっくりとこっちに歩いてくる人影は・・・。

 

「ぁ・・・・・・。」

 

小さく声が漏れた。そしてあずさの顔から血の気が無くなり一瞬で蒼白へと変わった。

身体が小刻みに震えだす。手から肩、胸から全身に広がり頭。腰から足先まで震えて心臓は激しく鼓動を打ち、恐怖のあまり息が止まった。

視線の先には幾度と無く目にした恐怖の象徴である星井美希が、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

息が出来ない。とうとう涙まで溢れてきて数滴床に落ちるが止まらない。

ぷるぷると震えていた手はやがてガクガクと音がなるかと思うほどに震えた。

 

(逃げなきゃ・・・・・・逃げないと・・・。嫌、死にたくない! 動いて・・・助けて誰かっ!!)

 

動けない。身体が動こうとしない。頭の中は未来で起こったありとあらゆる凄惨な記憶が次々とフラッシュバックを起こして吐き気まで催してくる。

あずさまであと10メートルも無いところで美希は止まった。美希は右手を伸ばし、あずさに向かって攻撃を開始しようとしている。

未だに身体は動こうとしない。このまま攻撃されてあっさりと死に絶えてしまうのか。

自分の今までの人生やこの時代に来た3年間は全くの無駄だったのか。

1秒にも満たない時間で頭を過ぎる言葉は無念と後悔。そして懺悔。

とうとう目の前が真っ白になり意識が遠のき始めた、その瞬間だった。

 

「あずささんっ!!!」

 

「―――っ!」

 

星井美希が放つ黄緑色の閃光があずさの顔の横を過ぎ去った。

美希の視線が後ろへと移動する。そこには千早が息を切らせて立っていた。

あずさもまた千早の声で意識を取り戻した。酷い量の汗が頬を伝う。

身体の震えが少し和らぎ、ぼやけた視界が少しずつ鮮明になっていく。

本来ならばこの時、あずさの人生は終わっていたはずだった。

 

この偶然が彼女の運命を大きく変えた。

美希が閃光を放つ瞬間。千早は能力を駆使して美希の足元に氷の針、俗に言うアイスニードルを放っていた。攻撃のモーションに入っていた美希は飛んでくる氷の針に足元を掬われ攻撃を遅らせることに成功した。

ほんの一瞬だが攻撃の手を止めた美希は倒れそうなあずさの頭に再度照準を合わせた。

更にそこへ千早の声で身体を強張らせたあずさは動くはずだった頭の照準からも回避することが出来た。

もし千早が声を張り上げてあずさの名を呼ばなければ、倒れ込む頭に美希の攻撃が直撃していただろう。

そして食事中に見せられないような凄惨な光景が広がったに違いない。

美希を見て冷静さを失っていたが、今は何とか能力を使うくらいには身体が動く。

そうだ、恐怖している場合じゃない。何のためにこの時代にまで来て果たさなければならない使命を未来の皆から託されたのか。未来を変えたい。世界を変えたい。

絶望に突き進むしかない世界を救いたい。その気持ちでここまで来たはずだ。

そのために、この拾った命でなんとしても星井美希の討伐を果たさなくては。

刺し違えてでも止める。心の中で決意を持った彼女は千早の元へと転移した。

 

 

 

その時、千早は何故か動こうとしないあずさを見ながらヒヤヒヤしていた。

地下から出てくる美希と運悪く鉢合わせてしまった千早は、美希が手の上で放出した黄緑色の球体を見て即座に防御壁で身体を包んだ。その途端に周囲を破壊し吹き飛ばすほどの大爆発が起こったのだ。

少しでも遅れていたら怪我程度で済まなかったかも知れない。

爆発した後も攻撃を仕掛けてくると警戒した千早だったが、その素振り無く入り口の方へと歩いていく。そしてその時にあずさが現れた。

あずさは全く動こうとせずただ立ち尽くしている。千早の脳裏にある言葉が浮かんだ。

 

『トラウマ』

 

もしも動かないじゃなく動けないのだとしたら・・・。そう考えた時、今のあずさが非常に危険な状態であることを察した。

美希は既に攻撃する態勢に入っている。右手を前に突き出した彼女はあずさに狙いを定めていた。

 

ーーどうすれば良い。どうすれば助けられる!?

 

攻撃型なら単に能力で攻撃するだけで気も逸らせるだろう。だが千早は防御型だ。

攻撃系統の技は殆ど持ち合わせていない。出来て精々自分の腕の大きさと同じ氷の針。

アイスニードルくらいのものだ。

だがもしも能力を防ぐ何か防壁のようなものを張られていたらとても気を逸らすことが出来ない。物理防御に関してもさっきの爆発で無傷だと言うことは飛んできた破片に対して反射する方法があるということだ。となれば直接攻撃をすると無駄になる可能性がある。こんなとき他のみんなだったら・・・。

その時、伊織の言葉が頭に過ぎった。

 

『そんなことじゃこの先、人を信用して足元を掬われるかもね。』

 

・・・それだっ!

攻撃を防ぐために大幅に魅力を使ってしまったが氷の針を作るくらいならば、まだ余裕がある。

 

千早 「『纏え。』」

 

瞬時に千早の服が青色の戦闘衣装に変化する。そして左手に現れたハンドマイク。

このハンドマイクは戦闘衣装と共に配布された魅力を増幅させるための装備。

所持している状態で自動的に体内を巡る魅力の循環を早めてくれる効果を持つ。

簡単に言えば本に出てくる魔法使いの石のような役割だ。

入学当時はまだ魅力が少ない者も居るため全員に配布されるようになっている。

新たな訓練や技などを習得するときなんかにも使い、今この状況で使うことを選んだのは少しでも威力を向上させるためだ。

ハンドマイクは魅力の増幅、能力の使用回数、威力の増加をさせることが出来るという有利点。逆に不利な部分はマイクの破壊や装備を解くことでプラスされたステータスが通常と変わらなくなってしまうということだ。

所持するために片手を封じられてしまうため戦闘の邪魔になることもない訳ではない。

そんな時は一時的に手放して装備を解いて戦う。再び『纏え』と口にするとマイクが手元に戻ってくるのだから、戦況に応じた戦い方をしようと思えば出来るのだ。

だからそういうときは伊織などが羨ましい。伊織の能力は形状などのコントロールが特に必要ないため威力を高めれば使える高火力重視の能力。ハンドマイクでのステータスブーストがなくても充分な威力を持っている。

アイスニードルも魅力をコントロールすることでようやく作り出せるようになったが威力自体は期待できない性能だ。攻撃型ならばもっと強力なものを作り出せるが今はこれが精一杯。贅沢は言ってられない。もうすでに美希は手の先から黄緑色の光を発している。確かに直接攻撃をすると無駄になる可能性がある。

ならば周囲の状況を変化させるしかない。例えば、能力を使って足場を崩すなど・・・。

 

美希の攻撃が放出されようとしている。間に合えっ!と心の中で叫び氷の針を飛ばした。

結果、寸前のところで美希の足の数センチ手前の床を貫き身体の安定を崩すことに成功した。

だが、星井美希の攻撃が一時的に遅れたにも関わらずあずさは動こうとしなかった。それどころか、ふらっと倒れそうになったのを見て大きく叫んだ。

 

「あずささんっ!!!」

 

あずさの動きが一瞬止まったと思えばその顔の横を黄緑の光が光速で過ぎ去っていく。

残光が残るその光景の中で美希はこちらを向き、あずさもこちらを見ている。

そして、数秒もしないうちにあずさが横へと転移してきた。

 

「はっ・・・はぁっ・・・」

 

「あずささん! 大丈夫ですか!?」

 

「ち、千早ちゃんありがとう。助けられちゃったわね」

 

「いえ、それよりもアレがそうなんですね。」

 

「えぇ。あれが・・・眠り姫。星井美希。」

 

一見平静を取り戻したように見えるあずさだが額から頬を伝い滴る汗が止まろうとしていない。

昼間に聞いた話の内容ではあずさは星井美希に少なからずトラウマになるような出来事を経験させられている。死の世界と化した未来の星井美希と重ね合わせて恐怖で身動き出来なかった。と言ったところだろう。

今動けているということは何とか振り切ることが出来たのだろうか。

そして二人を見ていた星井美希は何故かそのまま旧校舎を出て行こうとしている。

まるであずさと千早に興味を示さないようにゆっくりと。しかしあずさはそうさせる気は全く無かった。

 

「ま・・・まちなさいっ」

 

あずさの声に無反応で歩く星井美希が旧校舎の入り口に差し掛かった時だった。

 

「!」

 

外から入ってきたものに美希は後退を余儀なくされた。入り口付近から後ろに飛び退きあずさを攻撃した位置へと戻る。

美希に攻撃したその正体はとても大きな狼にも見える動物だった。白い毛並みにグルルっと威嚇を示す低い声。人が乗れそうなほどの体躯。この周辺で、それどころか世界のどこを探してもこれほどの犬種が居ると思えない。そしてこの場所で動物を操る魅力具現化の能力を持っているのはたった一人。

 

「あずさ、千早! 大丈夫かっ!?」

 

人が乗れそうとは言ったが本当に乗っている。

その大きな狼の背中には戦闘衣装を身に纏った響が乗っている。そして入り口から真、雪歩が姿を現した。

狼に怯える雪歩は戸惑いながらも周囲の惨状に目を配らせ最後に美希を見た。

狼が威嚇しているというのもあって美希が安全な相手ではないと言うのは伝わっているようだった。

 

「ふえぇ・・・なに・・・これ?」

 

「・・・あずささん。千早。これはそこに居る金髪の子がやったの?」

 

「真、気をつけて! 彼女から目を離してはダメよ!!」

 

「どういうこと!?」

 

「彼女は星井美希。この旧校舎の地下に封印されていた”眠り姫”と呼ばれる怪物よ。油断しないで!」

 

「・・・眠り・・・姫?」

 

彼女たち3人は眠り姫のことなどまったく知らない。

どんなことであろうと情報が無いというのは危険なことが多いものだ。今、真たちの目の前には『暴れている能力者が居る』という認識だろう。

未来を崩壊させてしまう脅威の怪物とは到底思っていない。

その認識を今改めなければ大変なことになる。

みんなは星井美希に対話を求めるだろう。気が立ってる人間に対して一般的な対応と言えば相手との話し合いで解決しようと試みる。それがダメだった場合は強行手段。

しかし、話し合いの提案などしている間に星井美希は間違いなく問答無用で攻撃してくる。

そうなれば後の祭りだ。誰か一人でも攻撃を受けて倒れたら取り返しが付かない。

みんなで力を合わせても敵うかどうかわからない相手だ。

伝えるなら今しかないと、千早は声を挙げた。

 

「私達が力を合わせて戦っても敵わないかもしれない!! 油断したら死ぬわよ!!」

 

真をはじめ響と雪歩も耳を疑った。自分達が力を合わせても敵わないかもしれない。

それは2年間の教育を受け、一般人には到底及びつかないステータスを持つ自分達でも太刀打ちできない強力な能力者だという意味だ。

そんな能力者は、アイドルと同等かそれ以上の能力者だということになる。

何者かはわからないが千早とあずさが疲労を見せるほどの相手だ。元より油断なんてするつもりは無いが、千早の警告には恐ろしい意味が込められていることにみんな気付いていた。

相手の『動き』を警戒するだけであれば「油断しないで」で済む話だ。だがその後に付けられた「死ぬわよ」という言葉で気付くことが出来た。

この金髪の正体不明の超能力者はここに居る人間を”殺すつもりで攻撃してくる”ということだ。油断したら死ぬというのは『動きを警戒して』ではなく『攻撃されるから気をつけて』という千早の警告。

そして目の前に居る自分達と変わらない少女の、身も竦む程の眼光と驚異的なプレッシャー。

 

「なるほど、話し合いの余地はなさそうだね。」

 

「最初から全力で戦うのよ。そうしないと身を守れない!」

 

「彼女は・・・アイドルなのか? アイドルのような戦闘衣装を着てるけど」

 

「アイドル・・・ではないわ。でもそれ以上の力を持ってる。」

 

千早の言葉が決して過言ではないことは緊迫した声色から感じ取ることが出来た。

真は腕を前に突き出すと手の中あるマイクに魅力を集中させる。マイクが徐々に赤くなりそのマイクの先端からは炎の刀身が徐々に生成されていく。真の属性を使った炎の剣だ。

この炎の剣は真が2年生の時に編み出した攻撃型の具現化生成術で、魅力のコントロールで長さを変えたり温度を変えたり出来る。放射系の能力も訓練してはいたのだが、性に合わないようで接近戦一択という道を選んだ。この剣は常に形状を保っていると魅力を消費し続けるので普段は全く使わない。

つまり手を抜いている余裕が無いことを察してくれたということだ。

 

その真の行動を見て雪歩も、いつもとは違う気の引き締まった顔になった。

雪歩は水属性の補助型で水質や水分水素を変化させることを得意としている。大まかには質を変化させて別のものにするという錬金術のカテゴリーに入る。実戦での使用よりも研究を重ねてどうすれば必要な変化をさせられるかと言うことに時間を費やしているのだ。

水を毒などにも変化させることができるためアイドルに抜擢されれば暗殺専門のスパイに推薦されるかもしれない。それほど貴重であり使い方で国を滅ぼしかねない強力なものなのだ。

 

「雪歩。君は魅力の消費がボクより激しいんだ。ムリしちゃいけないよ」

 

「わかってるよ真ちゃん。ペース配分は大丈夫。」

 

「わかった。じゃ・・・・・・行くよっ!!」

 

真が真っ先に飛び出した。

炎の剣が一閃。残光を残して美希の身体を襲う・・・と思われた。

 

「・・・なっ・・・」

 

いつの間にか美希の右手には大きなスタンドマイクが握られていた。

そのスタンドマイクと美希は微動だにすることなく真の炎の剣を受け止めている。

だがこのくらいの力量差はハッキリ言って予想は出来ていた。

受け止められていた炎の剣が弾き返され真も急いでその場を離れて元居た位置に戻った。

みんな、そして千早自身が驚いていたことは他にある。美希の右手に持つスタンドマイクの方だ。

 

「千早、どういうことなんだ!! 彼女、アイドルじゃないか!!」

 

美希の持つスタンドマイクはアイドルの資格を持つ者しか扱うことの出来ない武器だ。

千早たちが持つハンドマイクの性能は魅力の増幅。それと違いアイドルとして認定された者に届けられる実戦用の戦闘衣装とそれに付属するスタンドマイクは所持者の魅力を物理攻撃に変換させる性能を持っている。魅力の絶対値がまだ少ない学院生には到底扱えない。扱おうにも物理攻撃に変換したところで5分も持たず疲弊して倒れてしまうだろう。

魅力を循環させて使用するスタンドマイクの種類は多く、選定するのは新人アイドルの最初の仕事と言われている。

先端から魅力で作られた湾曲の刃が出現する、威力を重視した大鎌型。

先端から鋭く突き出る刃でバランスを求めた槍型。

真ん中から分かれて両の手で切り裂く速さを求めた双剣型などの代表的な種類がある。

アイドルになってから訓練するのでは遅いため、学院の訓練メニューや授業自体に実戦的な武器の使い方。スタンドマイクに模したモノでの戦闘訓練も千早たちは散々こなして来た。そのため美希の持つスタンドマイクがどの型であるかも既に頭の中で判別している。

大鎌型。威力重視のマイクだ。

アイドルが相手というだけでも厄介なのに威力重視となると真では分が悪い。

真も威力を求めた戦闘スタイルだが美希と本気で戦うとなると威力負けしてしまうのは明らかだ。

実戦経験は恐らくそれほど差はない。差があるとすればステータス。あずさが敵わないのであればこの場の誰よりも高いステータスを持っている。流石に真も分が悪いため受け止められた剣を引いて真は再び雪歩の近くへと戻った。

 

「真ちゃん! 大丈夫!?」

 

「大丈夫さ。だけど思ったよりもマズい状況だよ。」

 

「え?」

 

「あずささんと千早は疲労で動きが鈍ってる。伊織とやよいはまだ来ないし、戦おうにも相手は火力型のアイドル。束になっても敵うかわからない」

 

「でも・・・やるしかないぞ。」

 

響も真と雪歩に近付き目の前の眠り姫を見据える。

声に少しの恐怖が混ざっていた。初めての実戦なのだから当然だ。響の微かな覚悟に二人も苦笑しつつも賛同する。

 

「・・・だよね。雪歩は回り込んであずささんと千早の回復を。響はいぬ美と一緒に僕と攻撃。サポートよろしく。」

 

「わかったぞ!」

 

「気をつけてね二人とも」

 

雪歩は入り口から壁沿いにあずさと千早の元へ移動する。

真はさっきと同じ炎を纏う剣を身構える。

響も跨っている巨大な狼、いぬ美と共に美希の動きに集中している。

いぬ美と呼ばれた狼はハム蔵と同じ魅力体の動物だ。今は戦闘のため響の能力で魅力体を実体化している。攻撃を受けて霧散する魅力体とは違い、実体化することでダメージを受けても霧散する事はない。体躯は人を余裕で跨らせるほどの大きさで、飛行の能力を兼ね備えている。いぬ美は響が実体化し得る中でも特に戦闘向きの動物で攻撃の威力とスピードを兼ね備えた頼もしい存在と言える。そのいぬ美がグルルルと威嚇しながら美希を見ている。

当の美希は立ったまま動かない。

薄暗い建物の中では表情も見えない。

緊迫した状況が続いた。

 

 

 

第五章

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