漸く私の望みは叶いました。
注 新宿のネタバレを含みます。ご容赦下さい。
この身を駆り立てる憎悪の火が消える事は無く、そもそもなんの怨みであったのかすら忘れ去り、帰る場所であった筈の何処かすらも既に分からない。
鼻に付く匂いは炎の匂いと、憎むべき者達の匂い。
ああ、でもーーーー。
分からないならこの憎悪に身を任せてしまっても構わないだろう。
煌びやかで目に悪い街の中で空気を切り裂く遠吠えが響き渡る。
聞くもの全てに恐怖を与える声は夜の闇に消えていき、彼方からは蒼い炎の様な軌跡が首都高を駆け抜けて行く。
その向かう先には灰色の狼に跨る騎士がマントをなびかせ、その胸の中には小さな少女の姿。
ーーー何故だ、何故貴方の様な狼が其方にいる!?
自分を遥かに上回る大きさの灰色の狼、狼であるならば、その巨体であるならば自分の様になった筈だ。
普通に生きれた筈が無い、なのになんで貴方の様な方が人間なんかを護っているんだ?
我等が祖先である貴方が俺の敵なのか?
その勇ましい姿を見せないで欲しい。
自身より大きく気高い姿で現れないで欲しい、酷く自分が惨めに思えてしまうから。
自分と違い、貴方は何処までも誇り高く生きていた事が分かってしまうんだから。
だからそれ以上、視界に入れたくも無かった。
「ワオォオオオオオオオオオオ!!」
遠吠えと共に身体から蒼炎が吹き出し、上体の騎士からは不気味な刃が伸び、一気に加速する。
今直ぐに殺す、此処で殺す、そしてあの人間をーー!
「シフゥ!!」
少女の声が上がる。
「ワオォオオオオオオン!!」
自分とは違った澄み切った遠吠えと共に世界が塗り替えられて、匂いで脚が止まった。
神秘的な黒い森の広場に大きな墓標が立ち、その目の前に灰色の大狼が佇む。
その後ろには騎士に抱えられた少女の姿。
あの荒野では無いと言うのに、酷く心が落ち着いている。
鼻を擽ぐるのは懐かしい大自然の匂い。
そして、何処か分かってしまった貴方の事も。
貴方も誰かを亡くしたのだろう、そんな貴方が最後の最期まで護っていたのはその友の墓。
ああ、本当に自分とは違って何処までも誇り高いその姿に憧れを抱いてしまった。
所詮は復讐者だというのに。
蒼い狼は一瞬だけ落ち着いた雰囲気を出した次の瞬間には、荒々しく吠えた。
それでも憎い、憎いのだ!
自分からーーーーを奪った人間が!
自分からーーを奪っていった人間が!
辞めても良いかと思った次の瞬間には憎悪が湧き上がり思考を染め上げていく。
そう、この炎が消える事は無い。
如何に偉大なる祖先が敵であっても、例え具体的に何をされて憎んでいるかも曖昧だというのに。
止まる事が出来ない、一度堕ちてしまったら二度と這い上がる事が出来ない、憎悪の底から燃え上がる炎が思考を燃やし尽くし身体を燃やし尽くしていく。
どんな想いを抱こうとも。
既に止まる術すら失った蒼き大狼は満月の森の下を駆けた。
ーーーーーーーーーーー
その日、狼は夢を見た。
ーーーーや仲間達と自然の中で生きていた昔の思い出を。
自分達の住む渓谷には子供の頃から狼達に伝わるお話があった。
それは自分の親達から聞かされるお話で、大昔からずっと語り継がれていた事だと言う。
自分達の身体は曰く偉大なる狼の先祖から受け継がれて来た物であり、その証拠に自分達の一族は皆他の狼と比べると巨躯であり賢い。
そして、言われるのだ。
護りたいモノを見つけろと。
遠い先祖はずっと何かを護り続けて死んだと言う、先祖の同胞達は先祖を敬う人を見守り力を貸して共存したのだと。そしてその同胞が残して来た子が我等なのだと。
そして自分達は一族の者達を護るのだと。
どんなに身体が小さい者が産まれようとも見捨てる事は無いのだと、だからお前達も何か護りたいモノがあるならそれを優先しろと教えられてきた。
自分が護りたいモノはなんだったか。
それすらも忘れていたけど、思い出せた。
夢の中の自分は一匹の白い同胞と契りを交わしていた。
ああ、そうか。
自分の護りたかった者は、君だったのか。
でもすまない、もう君の名前も自分は思い出せない。
でも一つ言わせて欲しい事がある、君を護れなくてすまなかった。
自分が怒りに我を忘れなければ君の身体を取り戻す事も出来たかも知れない。
ーーーーーーーーーー
泡沫の夢の中で懐かしい物を見た。
力なく横たわる狼は首を持ち上げて、先祖に尋ねた。
『自分の護りたい者は護れなかった、その者の名前も忘れた。ただ、人間が憎かった。貴方は誰かを憎まなかったのか?』
『憎んだ事は無い。自分を恨んだ事はあるけどな』
『そうなのか』
灰色の大狼は人間に顔を向けて、暫くすると口を開いた。
『お前の護りかった者の名前はブランカだ』
『・・・感謝する』
最後の最後に、自分は大切なモノを思い出せた。
自分の炎を消したのは、祖父や祖母、父や母、それにブランカに自分達が敬愛する偉大なる祖先だった。
その後、カルデアのリラクゼーションルームには2体の狼に挟まれて眠るマスターの姿があったと言う。
自分は人間が憎い、許せない。
それだけは今でも変わる事は無い。
けれど、偉大なる祖先と共にある人間達とならば共存は出来ると思いたい。
願わくばこの身体を燃やしていく炎が再び燃え上がらない事を願っている。