捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第104話

 ゴンドラから降りると、冷たい風が頬を撫で、夜の遊園地を吹き抜けていった。

 その冷たさが火照りを冷ましていくのを感じていると、まず穂乃果が口を開いた。

 

「……キス、しちゃったね」

「…………」

 

 俺は何も言わなかった。いや……言えなかった。

 まだ彼女の唇の感触が脳裏に焼き付いて、他の事など考えられなかった。

 何だか本当に世界が変わってしまったかのような感覚。

 ただ間違いないのは……

 

「八幡君……行こっか?」

「……ああ」

 

 さっきよりずっと……彼女が好きになった。

 繋いだ手はこれまでより固く結ばれ、歩く歩幅はこれまでより近い。

 出会ってからの時間は決して長くはないけれど、それでも二人で過ごした時間はそれなりに積み重なっていた。

 帰り道、俺達はその事をもう一度確かめ合った。

 

 *******

 

 少し時間が流れて、世間は元旦を迎えていた。

 普段なら炬燵にミカンのコンボでだらだら過ごしてしまいがちな日だが、今日は穂むらでμ'sのメンバーが応援感謝の餅を配るというイベントがあるので、真っ昼間から電車に揺られ、秋葉原に到着していた。そして、今日は一人じゃない。

 

「元旦からお兄ちゃんが出かけるなんて、何だか雪が降りそうだよね」

「……いや、今の時期なら雪は普通に降るだろ」

「あはは、でも本当に僕も行っていいのかな?」

「ああ、当たり前だ。何ならアポ無しでウチに遊びに来てくれてもいいぐらいだ」

「は、八幡よ……我を忘れておらんか?」

「…………おう」

 

 いや、本当にお前いつからいたんだよ……。

 材木座から文句を言われながら歩いていると、穂むら周辺に人だかりが見えてきた。

 

「穂乃果さ~~ん!!」

 

 小町が大声で呼びかけると、何人かがこちらを振り向き、その中から穂乃果が飛び出してきた。

 

「小町ちゃ~~ん!!」

「こんにち殺法!」

「こんにち殺法返し!」

「…………」

 

 えっ……何、今のやりとり?イミワカンナイ……。

 首を傾げていると、戸塚は楽しそうにうんうんと頷いていた。戸塚にはわかるのだろうか……今度試してみよっと。

 ちなみに、材木座は何故か俺の背後に立っていた。多分、大勢の女子に気圧されたからだろう。まあ、気持ちはわかる。

 

「は、八幡君……」

 

 さっきまで小町と女子トークをしていたはずの穂乃果は、俺の前に立って、上目遣いでもじもじしていた。

 

「……お、おう」

 

 その仕草につられるように、こちらも照れくさくなってしまう。元旦からこんなの反則可愛いすぎるだろ……。

 クリスマスデート以来、これまでと同様に毎日連絡はしているのだが、やはりこうして顔を合わせると思い出してしまう。

 俺は、噛まないように気をつけながら、ひとまず新年の挨拶をした。

 

「……明けましておめでとう」

「うんっ、明けましておめでとう!今年もよろしくね。それと……」

 

 彼女は背伸びして、そっと耳打ちしてきた。

 

「来年は一緒に年越ししようね」

「……来年、受験なんだけど」

「むぅ……八幡君、素直じゃないなぁ」

「いや、素直じゃないとかじゃ……まあ、善処する」

「ふふっ、楽しみだね」

「気、早すぎだろ……それに、一緒にいたほうが受験勉強さぼらないか監視できるからな」

「え~!八幡君まで海未ちゃんみたいなこと言わないでよ~!」

「ほらほら、いつまでも二人だけの世界作ってたらあかんよ~」

「ヒューヒュー♪」

「見せつけてくれちゃって~」

「私達がいること忘れてない~?」

「ちっ、元旦早々……ボッチだったくせに」

 

 ……正月からお前が出てくんのかよ。

 

 *******

 

 しばらく餅の味を堪能したり、ヒフミトリオに絡まれたり、東條さんにからかわれたりしていると、店の中から出てきた穂乃果が手招きしてきた。

 

「八幡君!ちょっと追加のお餅運ぶの手伝ってくれない?」

「わかった」

 

 店の中に入ると、カウンターには誰もおらず、穂乃果の姿はそこになかった。さっき入っていったばかりだが……。

 

「……穂乃果?」

 

 すると、横から何か飛び出す音、視界を埋め尽くす何かが同時にやってきた……だが、それを不安に思うことはなかった。

 

「っ…………」

「ん…………」

 

 そう、彼女が唇を重ねてきたのだと気づいたから。

 甘やかな感触が絡み合い、さっきまで外の気温が嘘みたいに体が火照る。

 頭の中が真っ白になり、どちらも息が苦しくなるまで、じっくり口づけあった。

 

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……」

 

 息苦しさすらも心地よく感じていると、彼女は顔を上げ、紅潮した頬を見せつけるように優しく微笑んだ。

  

「ふふっ、今年初めての……キス、だよ?」

「……ああ」

 

 二人して、そんな事実に笑い合い、確かな幸せを感じる。

 そうこうしているうちに、外から俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「……戻るか」

「うんっ」

 

 彼女と出会ってから初めて迎える元旦は、とても賑やかで、やけに甘かった。

 

 *******

 

「あ、あの子達……びっくりしちゃったじゃない」

「お姉ちゃん……もう少し周りを確認してよ、もう……」


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