「…………」
「…………」
これは……さすがに自意識過剰とか気のせいじゃないよな。
隣に座った同い年くらいの銀髪女子は、俺と目が合ってもそのままじぃ~っとこちらを見つめていた。
「あ、あの……?」
「…………」
呼びかけてみても返事はない。宝石のような青い瞳が、ただ俺を見ているだけだ。透きとおるような白い肌は作り物めいていて、人形だといわれたら信じてしまいそうだ美少女だった。
やがて、その薄紅色の唇が綻び、そうじゃないという確信が得られる。
「プリヴェート……素敵な、目ですね」
「……え?あ、どうも……」
プリヴェート?確かロシア語だったか……でも、日本語も普通に話せるようだ。いや、それより……。
素敵な……目……だと?
死んだ魚のような目と評判の俺の目だが、まさかそんな評価をされる日が来るとは……いや、これ危険なやつかもしれん。
念のため周囲を見回してみたが、特に人影は見当たらない。ドッキリとかではないようだ。まあ、俺にドッキリを仕掛ける意味もないんだが……。
じゃあ、あれか。とりあえずおだてて、何か変なものを買わせようとしているのか……。
とりあえず怖いので、この場を離れよう。
「じゃあ、俺そろそろ行くんで」
そそくさと立ち去ろうとすると、袖をぎゅっと掴まれた。
「パダジディーチェ……えっと……名前だけでも教えてください」
「な、名前?」
何故?という疑問が沸いたが、その声音からは穏やかな優しさが滲み出ていて、自然と警戒心が和らいでいく。多分変な壺とかは売りつけてこない気がした。
そして、彼女の瞳が不安そうに揺れていることに気づく。
……まあ、名前くらいなら……目的はわからんけど。
「比企谷は……「みんな~、こっちこっち~!」っ!?」
耳に馴染んだ声に振り返ると、穂乃果がこちらに小走りで向かってくるのが見えた。
「……えっ?」
「っ!」
慌ててベンチの下に隠れる。い、今、目合ったよな?合ったよな?
「どうかしましたか?」
銀髪さんがベンチの下を覗き込んでくる。
とりあえず、ジェスチャーで「こっち見んな」と合図を送ると、何事もなかったかのように座り直した。そこには居座るのかよ。
「あれ?今……」
「穂乃果、どうかしたのですか?」
「えっ?ううん、何でもないよ!ほらっ、あそこで写真撮ろうよ!」
「ふふっ、比企谷君でもいたん?」
「い、いるわけないじゃん!あ~びっくりした……」
声がだんだん遠ざかっていく。
ベンチの下から出ると、銀髪さんが首をかしげていた。まあ気持ちはわかる。
「お知り合い……ですか?」
「……あ、ああ」
「そう……ですか」
穂乃果の行った方向をじーっと見つめる銀髪さん。どうしたというのだろうか。
すると、再び足音がこちらに向かうのが聞こえてきた。
「アナスタシアさん」
おそらく銀髪さんの名前だろうか、振り向くとそこにはスーツ姿の大柄な男がいた。
「っ!」
やましい事など一つもないのに、思わず身構えてしまう。てか、目つき怖い……え?もしかして、銀髪さんって危ないお仕事の……
「プロデューサー。もう用事はいいんですか?」
「ええ。お待たせして申し訳ありません」
「……プロデューサー?」
予想外の単語を思わずリピートしてしまう。
おそらく呆けた顔をしているであろう、俺の顔を見ながら、彼女は俺に控えめな笑顔を向けた。
「ダフストレーチ、比企谷さん。今度新曲が出ますので、よかったら聴いてください」
「……新曲?」
「ダー。私、日本でアイドルやってます」
「…………」
目の前にいるのはプロのアイドルだった。
超展開すぎて、正直思考がまだ追いつききっていない。
「アナスタシアさん。そろそろ……」
「ダー。それじゃあ……」
彼女はウィンクした後、照れ気味に投げキッスをして、こちらに背を向けた……耳まで真っ赤にするならやらなきゃいいのに……。
しかし、プロのアイドルか……穂乃果に会った時に教えてやろう。
一人頷いたところで、小町達がこっちに来るのが見えた。
「お兄ちゃ~ん、お待たせ~」
「おお、かなり待ったぞ」
「ま~た、そういう事言う……ん?お兄ちゃん、ちょっと顔赤いよ?」
小町の指摘に、つい頬を触ってしまう。しかし、ほんのり温かいだけで、赤いかどうかは勿論わからない。
「……気のせいだろ」
「も~、海外来て金髪美人に見とれるとか、お父さんじゃないんだから……穂乃果さんに言いつけるよ?」
「バッカお前、違うっての。ほら、行くぞ」
親父何やってんだよ……。
母ちゃんにジト目で睨まれてる親父を見ながら、俺はもう一度自分の頬の温度を確かめた。
*******
「ふぅ……もう私ったら、八幡君がニューヨークにいるわけないのに……会いたいな」