捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

115 / 120
第115話

「…………」

「…………」

 

 これは……さすがに自意識過剰とか気のせいじゃないよな。

 隣に座った同い年くらいの銀髪女子は、俺と目が合ってもそのままじぃ~っとこちらを見つめていた。

 

「あ、あの……?」

「…………」

 

 呼びかけてみても返事はない。宝石のような青い瞳が、ただ俺を見ているだけだ。透きとおるような白い肌は作り物めいていて、人形だといわれたら信じてしまいそうだ美少女だった。

 やがて、その薄紅色の唇が綻び、そうじゃないという確信が得られる。

 

「プリヴェート……素敵な、目ですね」

「……え?あ、どうも……」

 

 プリヴェート?確かロシア語だったか……でも、日本語も普通に話せるようだ。いや、それより……。

 素敵な……目……だと?

 死んだ魚のような目と評判の俺の目だが、まさかそんな評価をされる日が来るとは……いや、これ危険なやつかもしれん。

 念のため周囲を見回してみたが、特に人影は見当たらない。ドッキリとかではないようだ。まあ、俺にドッキリを仕掛ける意味もないんだが……。

 じゃあ、あれか。とりあえずおだてて、何か変なものを買わせようとしているのか……。

 とりあえず怖いので、この場を離れよう。

 

「じゃあ、俺そろそろ行くんで」

 

 そそくさと立ち去ろうとすると、袖をぎゅっと掴まれた。

 

「パダジディーチェ……えっと……名前だけでも教えてください」

「な、名前?」

 

 何故?という疑問が沸いたが、その声音からは穏やかな優しさが滲み出ていて、自然と警戒心が和らいでいく。多分変な壺とかは売りつけてこない気がした。

 そして、彼女の瞳が不安そうに揺れていることに気づく。

 ……まあ、名前くらいなら……目的はわからんけど。

 

「比企谷は……「みんな~、こっちこっち~!」っ!?」

 

 耳に馴染んだ声に振り返ると、穂乃果がこちらに小走りで向かってくるのが見えた。

 

「……えっ?」

「っ!」

 

 慌ててベンチの下に隠れる。い、今、目合ったよな?合ったよな?

 

「どうかしましたか?」

 

 銀髪さんがベンチの下を覗き込んでくる。

 とりあえず、ジェスチャーで「こっち見んな」と合図を送ると、何事もなかったかのように座り直した。そこには居座るのかよ。

 

「あれ?今……」

「穂乃果、どうかしたのですか?」

「えっ?ううん、何でもないよ!ほらっ、あそこで写真撮ろうよ!」

「ふふっ、比企谷君でもいたん?」

「い、いるわけないじゃん!あ~びっくりした……」

 

 声がだんだん遠ざかっていく。

 ベンチの下から出ると、銀髪さんが首をかしげていた。まあ気持ちはわかる。

 

「お知り合い……ですか?」

「……あ、ああ」

「そう……ですか」

 

 穂乃果の行った方向をじーっと見つめる銀髪さん。どうしたというのだろうか。

 すると、再び足音がこちらに向かうのが聞こえてきた。

 

「アナスタシアさん」

 

 おそらく銀髪さんの名前だろうか、振り向くとそこにはスーツ姿の大柄な男がいた。

 

「っ!」

 

 やましい事など一つもないのに、思わず身構えてしまう。てか、目つき怖い……え?もしかして、銀髪さんって危ないお仕事の……

 

「プロデューサー。もう用事はいいんですか?」

「ええ。お待たせして申し訳ありません」

「……プロデューサー?」

 

 予想外の単語を思わずリピートしてしまう。

 おそらく呆けた顔をしているであろう、俺の顔を見ながら、彼女は俺に控えめな笑顔を向けた。

 

「ダフストレーチ、比企谷さん。今度新曲が出ますので、よかったら聴いてください」

「……新曲?」

「ダー。私、日本でアイドルやってます」

「…………」

 

 目の前にいるのはプロのアイドルだった。

 超展開すぎて、正直思考がまだ追いつききっていない。

 

「アナスタシアさん。そろそろ……」

「ダー。それじゃあ……」

 

 彼女はウィンクした後、照れ気味に投げキッスをして、こちらに背を向けた……耳まで真っ赤にするならやらなきゃいいのに……。

 しかし、プロのアイドルか……穂乃果に会った時に教えてやろう。

 一人頷いたところで、小町達がこっちに来るのが見えた。

 

「お兄ちゃ~ん、お待たせ~」

「おお、かなり待ったぞ」

「ま~た、そういう事言う……ん?お兄ちゃん、ちょっと顔赤いよ?」

 

 小町の指摘に、つい頬を触ってしまう。しかし、ほんのり温かいだけで、赤いかどうかは勿論わからない。

 

「……気のせいだろ」

「も~、海外来て金髪美人に見とれるとか、お父さんじゃないんだから……穂乃果さんに言いつけるよ?」

「バッカお前、違うっての。ほら、行くぞ」

 

 親父何やってんだよ……。

 母ちゃんにジト目で睨まれてる親父を見ながら、俺はもう一度自分の頬の温度を確かめた。

 

 *******

 

「ふぅ……もう私ったら、八幡君がニューヨークにいるわけないのに……会いたいな」 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。