捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第116話

 次の日も、家族であっちこっち観て回り、あとは明日のライブを待つのみだった……のだが。

 

「……はぐれた?」

「はい……」

 

 夕食を終えてホテルに戻ってきたところで、園田さんから声をかけられた。話しかけてきた時の切羽詰まった様子で、俺がニューヨークにいる事がバレてたのは気にもならなかった。

 どうやら地下鉄で電車を乗り間違えたらしい……どうやったらそんな事になるんだよ……。

 もう夜だし、早めに探さないとやばい。

 

「……行ってくる」

「ちょっ、アンタどこ探す気?」

「お兄ちゃん、ここニューヨークだよ!」

「…………」

 

 ……確かに。

 しかし、黙って待っているというのも無理な話だ。こうしている間にも、穂乃果が異国の地で心細い思いをしているのだ。

 

「わかる範囲で探してくる」

 

 それだけ言い残し、背後からの声も無視して、全速力でホテルを飛び出した。

 親父の「……俺も手伝う」という声が微かに聞こえたのも気にならなかった。

 

 *******

 

 偶然が生んだ不思議な出会い。

 その人の歌声は、懐かしい雰囲気を漂わせながら、心地よいメロディーにのって、夜のニューヨークの片隅に響いていた。

 初めてなのに聞き覚えのあるような感覚。

 ……何でこんな気持ちになるんだろう。

 切なく胸をしめつける歌をいつまでも聴いていたいと思った。

 その人は今、私の隣を歩いている。

 

「どうしたの?ぼーっとして」

「えっ、あ、何でもないです!」

「ふふっ、もしかして彼氏のことでも考えてた?」

「ち、違いますよ!……たしかに迷子になった時は、八幡君が迎えに来てくれないかなぁ、とか考えましたけど……」

「あははっ、図星かなぁ?顔、赤いよ」

 

 自分の頬に触れながら、あり得ない光景を思い浮かべる。あぁ、もう……皆に心配かけてるからそんな場合じゃないのに!

 そんな私を見ながら、お姉さんは笑顔を見せた。

 

「ふふっ、そういう気持ちは大事にしなきゃね……せっかく出会えたんだから」

「……はい」

 

 お姉さんの何かを思い出すような口ぶりに、私は自然と頷いていた。

 

「ほら、迎えに来てくれたみたいだし」

「え?…………あ」

 

 私は言葉を失った。

 目の前にいるはずのない人がいたから。

 汗だくになって、息を切らせている八幡君がいたから。

 

 *******

 

 よかった……。

 とぼとぼと夜の街を歩く彼女の姿を発見した時、腹の底からせり上がってくるような焦燥感が和らいでいくのを感じた。

 

「……穂乃果」

 

 名前を口にしながら距離を縮めると、彼女はまだ俺がここにいるのが信じられないような目をしていた。まあ、無理もないだろう。ここニューヨークだし。

 彼女は数秒口をぱくぱくさせてから、ようやく口を開いた。

 

「八幡君、だよね?」

「ああ……」

「本当に?」

「本当だっての」

 

 彼女の華奢な体をそっと抱きしめる。ニューヨークでも、その柑橘系の甘い香りは、優しく鼻腔をくすぐってくる。

 

「……八幡君!!!」

 

 ようやく確信を得たらしい彼女が、きつく抱きしめ返し、胸元に顔を埋めた。

 

「怖かったよぉ……!帰れなかったらどうしようって……」

「……もう大丈夫だから」

 

 実際ここはホテルからそんなに離れていない。穂乃果がここまて来ていた事が意外だった。

 すると、彼女は何かを思い出したかのように「あっ」と声を発した。

 

「実はここまでお姉さんに連れてきてもらったんだ!ってあれ?」

 

 誰かに連れてきてもらったと言っているが、俺が見つけた時は既に一人だったのでよくわからない。随分親切な人もいたもんだ。しかも、名前も告げずに去るとか……。

 心の中でお礼を言うと、穂乃果は不思議そうに首をかしげた。

 

「どこ行ったんだろ?さっきまでそこにいたのに……」

「いや、お前一人で歩いてなかったか?」

「違うよぉっ、さっきまで本当に一緒だったもん!あっ、これ返さなきゃ……」

 

 そう言いながら、穂乃果は黒く細いバッグを胸元まで持ち上げた。

 

「何が入ってるんだ?」

「マイクスタンドだよ。一人でライブしてたから」

「そっか。鞄に名前は?」

「え~と……書いてないや。日本の人みたいだし、日本で会えるかな?」

「可能性は限りなく低いが……まあ、日本から来てるなら、なくはないな」

「そう、だよね……ふふっ、また会えるといいなぁ」

 

 こうして、何とか俺達は無事にホテルへと戻ることができた。

 そして、穂乃果は園田さんに、俺は母ちゃんにかなり叱られた。

 ちなみに、親父は外でやたらと金髪女性に声をかけられていたところを母ちゃんに見られ、小一時間説教されていた。

 ……おい親父、アメリカ来てからやけにモテるじゃねえか。どうなってんだ。

 

 *******

 

「でも、本当に驚いたよ~。来たなら言ってくれればよかったのに」

「いや、ほら……ライブが終わるまでは集中したほうがいいかと、ね……」

「あはは、ありがと♪ニューヨークでも一緒にいられるなんて嬉しいなっ」

「そりゃどうも……」

「あれっ?じゃあ、公園で見かけたのも八幡君だったの?」

「っ!」

 

 やましい事など一つもありはしないのに、何故かギクッとしてしまった。ナニソレ、イミワカンナイ。

 

「あ、ああ、そうだけど……」

「……確か、銀髪の綺麗な女の子と話してたよね?」

「え?あ、はい……」

「……すっごくデレデレしてたよね?」

「いや、それは……」

 

 落ち着け、俺。デレデレなんかして……いなかった、よね?

 ちなみに、穂乃果は今すっごい笑顔だ。そりゃもう怖いぐらいに。てか怖い。

 ここはとりあえず話を逸らさねば……。

 

「そ、そういや、明日朝早いんじゃねえの?そろそろ寝たほうがいいだろ……」

「ゆっくり寝るためにはモヤモヤはなくさないといけないよね♪」

 

 そう言いながら、穂乃果は親指でくいっと自分の部屋を指し示す。あらやだ、穂乃果さんったら男らしー……とにかく一から説明するか。

 俺は黙って頷き、穂乃果の部屋の中へと連れていかれた。

 

 

 

 


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