捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第117話

「そっかぁ、疑ってごめんね?」

「いや、いい」

 

 何とか身の潔白は証明できた。まあ、穂乃果も本気で疑っていたわけではないのだが……。

 俺の話を聞いた彼女は、やたら瞳をキラキラさせ、公園で出会ったアイドルに思いを馳せていた。

 

「はぁ、綺麗な子だったなぁ……でも、ニューヨークの公園で見かけた美少女が実はプロのアイドルだったなんてすごいね!」

「まあ、あれだ。真実はいつだって稀有なものなのですって言うからな」

 

 時計に目をやると、もう10時を過ぎていた。寝るには早い時間だが、明日ライブがあることを考えたら、もうお暇したほうがいいだろう。

 

「じゃあ、俺はもう戻るわ」

「あっ、ちょっと待って!」

「……どした?」

「今、にこちゃんからメールが来たんだけど……」

「?」

 

 穂乃果に差し出された携帯の画面を確認すると、『今ババ抜きが盛り上がってるから、あと一時間くらいイチャついててもいいわよ』と書かれていた。

 何かの間違いかと思い、もう一度文章を確認してみる。おい、マジか。いいのか?いいのか?

 

「は、八幡君、なんかちょっと顔こわい……」

「……いや、気のせいだろ。それよかもうしばらく話でもするか」

 

 気持ちを落ち着かせ、もう一度ソファーに腰を下ろす。せめて紳士ではいたいよね。

 一旦窓の外に目を向けると、やはりここはニューヨークだった。当たり前だけど。

 そして、もう一度目を向けると、穂乃果は何故かうつむき、何事かブツブツ呟いていた。

 

「…………」

「……どした?もしかして眠いのか、っ……」

 

 突然抱きついてきた穂乃果に唇を塞がれる。柔らかな感触が一瞬で脳内を埋めつくし、俺はそれにつられるように、彼女をさっきより強く抱きしめた。

 甘やかな空気に包まれた気がして、まさに天にも昇るような気分だ。

 唇が離れると、彼女は上目遣いで視線を絡めてきた。

 

「……八幡君、好き」

「あ、ああ……」

「何でかな。急に言いたくなっちゃった」

「……まあ、その……俺もたまにある」

「ふふっ、気が合うね。……えっと、八幡君……今から私、とってもすごいこと言うよ?」

「?」

 

 ……すごいこと、だと?

 期待と不安が渦巻くような言葉を吐き出した穂乃果は、今度は耳元で囁いてきた。

 何故か、ニューヨークの地を初めて踏んだ時より心はざわついていた。

 

 *******

 

「…………」

 

 まさか、こんな急展開が待ち受けていようとは……。

 俺は泡風呂に体を沈めながら、ぼんやりと綺麗な天井を見つめていた。

 

『今日探しに来てくれたお礼に……一緒にお風呂、どうかな?』

 

 まさか穂乃果の口からあんな提案が出てくるとは思わなかった。海外の空気が開放的な気分にさせているのだろうか。いや、ていうか……冷静に分析してる場合じゃないっ!!!穂乃果、本気で裸で来るのか?いや、水着くらいはさすがに……。

 

「お、お待たせ……」

「…………」

 

 穂乃果がカーテンを開き、その姿を見せる。

 その細い体にはバスタオルがしっかり巻かれており、安心したような、がっかりしたような……。

 

「な、何か言ってよ……」

「ああ……やっぱり風呂とトイレが一緒って落ち着かないよな……」

「そ、そっちっ?も、もっと別の事ないの!?」

 

 穂乃果は「もう……」と頬を膨らませてから、タオルを取り、泡の中にゆっくり体を沈め……俺に寄りかかってきた。

 

「……あの、穂乃果さん?」

 

 彼女の体の感触が直に伝わり、頭の中は沸騰しそうなくらいに熱くなっていた。

 これまでで一番接触して、密着して、このまま一つになってしまいそうな感覚に、さっきまでのあたふたやドタバタ、ニューヨークにいるという事実さえも遠く感じた。

 

「ほんとはね……」

 

 穂乃果がぽつりと話し始めたので、そっと抱きしめ、耳を澄ませた。

 

「私、ヤキモチ妬いてたんだ……」

「……何にだ?」

「えっと、公園の……」

「いや、あれは……」

「うん、わかってる。自分でも驚いてるよ。私ってこんなに八幡君が好きなんだって。だから……」

「?」

 

 穂乃果はこちらを見ないまま、さらに体を押しつけてきた。

 そして、甘い囁きを紡いだ。

 

「八幡君が私の事好きって気持ち、強く感じさせて」

「……ああ」

 

 脳がとろけるような甘く熱い空気の中、俺は彼女を抱きしめ、その首筋にそっと口づけた。

 

「ふふっ、なんかくすぐったいよ~」

「……その、笑顔になるならいいんじゃねえの?」

 

 穂乃果がこちらを向き、ほんわかした笑顔を見せた。やはり可愛いと思いながら、鼻についた泡を親指で拭ってやると、今度は優しくやわらかく口づけてきた。

 

「…………ん」

「…………」

 

 やがて、どちらも抱きしめ合い、激しく舌を絡めていく。どろりとざらついた感触が心地よく、呼吸すら忘れてしまいそうだった。

 しかし、そんな瞬間も終わりが来る。

 

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……」

 

 荒い呼吸が混ざり合い、さらなる熱を生んでいく。もこもこの泡がぽつぽつ消えるのが、何だか切なく思えた。

 それにつられるように、まだ呼吸が整わないうちに唇を重ねる。

 合間に言葉を重ねる。

 

「ねぇ……八幡君……大好き」

「……ああ、俺もだ」

 

 *******

 

「今日はありがと。……じゃあ、おやすみ」

「……ああ、明日のライブ楽しみにしてる」

 

 そろそろ時間なので、自分の部屋に戻ることにした。

 穂乃果の顔はまだ火照りを残していて、まださっきの余韻が見られた。

 

「八幡君」

「?」

「また、ここに来ようね。次は二人っきりで」

「ああ……絶対に」

 

 どちらからともなく小指を差出し、指きりを交わす。

 遠い未来が近くにあったような、そんな気持ちが一晩中胸の中をくすぐり、眠れないままにいつの間にか朝を迎えていた。 


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