捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第118話

 眠れないまま朝を迎えはしたが、不思議と眠気をひきずることなくライブを楽しむことができた。

 艶やかな着物風の衣装で舞う彼女達の姿を一瞬でも逃すまいと、脳裏に焼き付けるように見ながら、これが最後だという切ない気持ちと向き合っていた。

 そう、この時はこれが最後だと思っていた。

 

 *******

 

「はぁ~、ようやく着いた~!我が家のベッドが恋しいよ~!」

「……まあ、たしかに」

 

 空港のゲートをくぐり、伸びをする小町に同意する。ライブを観終わってから、少しずつ千葉の事が気になりだすあたり、俺の千葉愛はやはり相当なものなんだろう。

 

「結衣さんとこにカーくんも迎えに行かないと」

「ああ、そういや……」

 

 ニューヨークまで連れていけないカマクラは、由比ヶ浜の家に預かってもらっていたのだが、大丈夫だったのだろうか。まあ間違いなく追いかけ回されただろう。サブレの奴、カマクラの事大好きだったし。案外滅茶苦茶仲良くなってるかもしれんし。

 

「ん?お兄ちゃん、何あれ」

 

 小町が指差す方向に目を向けると、人だかりができていた。ハリウッドスターでも来日しているのだろうか。

 

「案外穂乃果さん達もサイン貰おうとしてるかもね~」

「……かもな」

 

 μ'sのメンバーは、この後学校に寄らなければならないので、早足で降りていったのだが、まあもしかしたらいるかもしれない。

 そんな事を考えながら人だかりに目をやると、意外な光景がそこにあった。

 

「穂乃果ちゃん!いつも元気もらってます!」

「ことりちゃん、可愛い!」

「園田海未さん、やっぱり美人だよね!」

「花陽ちゃんの歌声大好きです!」

「凛ちゃんのウェディングドレス姿最高でした!」

「真姫ちゃんの作る歌に元気もらってます!」

「にこにーマジ天使!」

「希ちゃんのスタイルに憧れてます!」

「エリーチカにチッカチカにされました!」

 

「……どういう事、あれ?」

「…………」

 

 小町の質問に対する答えを、俺は持っていなかった。

 しかし、すぐにそれは見つかった。

 俺達のすぐ隣にある巨大なスクリーンで、彼女達のライブ映像が流されていた。

 ……おい、マジかよ。

 穂乃果の方に目を向けると、笑顔を浮かべ、手を振ってきた。

 ……いや、だから少しは周りの目を気にしろっての。

 

「そういや親父と母ちゃんは?」

「並んでるよ」

「……は?」

 

 サイン待ちの列に目を向けると、親父は東條さんの列に、母ちゃんは絢瀬さんの列に並んでいた。ニューヨークでもらっとけよ。

 

 *******

 

「はぁ……もう、大変だったよ~」

「……お疲れさん。まだそっちは落ち着かないのか?」

「うん……今日も3回くらい一緒に写真撮ったよ。お店にも結構来てたし。あっ、お小遣いアップの交渉しなきゃ!」

「お、おう……何つーかお前、たくましいな……」

「だって、応援してくれるのは嬉しいもん。……期待に応えられないのは残念だけど……」

「……そっか」

「ねえ、八幡君。私……私達、どうすればいいのかなあ?」

「……わからん」

「即答!?ちょっとくらい考えてよ~!」

「まあ、その辺に関しちゃ俺はあくまで関係者じゃなくファンだからな。仮に俺の意見が反映されたとしても、それは他のファンにとってフェアじゃない」

「八幡君……真面目になったね」

「バッカ、お前。俺はいつだって真面目だろうが」

「…………」

「え?何でそこで黙るの?不安になるからやめてくんない?」

「……昨日、ニューヨークで助けてくれたお姉さんにまた会えたんだ……」

「スルーかよ……って、ニューヨークのお姉さんに会えたのか?お前、ホントすげえな……マイクスタンドは返せたのか?」

「それが……お姉さん、途中で帰っちゃって……話したい事もあったのに」

「そっか……まあ、また会えるんじゃねえの?」

「うん。そんな気がする……よしっ!!あっ、ごめん。びっくりした?」

「もう慣れたからいい……どした?」

「今から皆に会ってくる!八幡君と話してたら、頭の中がすっきりした!いつもありがと♪」

「……どういたしまして。気をつけてな」

「うんっ、じゃあ行ってきます!」

 

 *******

 

 数日後……。

 

「いや~、やっぱり男手がいるとこういう時助かるわ~」

「……そうか」

「じゃあ、次はこのお米お願いできる?花陽ちゃん考案のお米スムージー、かなり売れちゃって」

「へいへい」

「比企谷君。私、ソフトクリームね」

「はいはい……っておい。まだ休憩には早いんだが……」

「バレたかー」

 

 現在、俺は清々しい晴天の秋葉原でスムージーやソフトクリームを売っている。

 バイトとかではなく、完全なボランティアだ。休日出勤のボランティアとか……帰りたい。

 

「はいはい。帰りたいって顔しないのー」

「愛しの穂乃果のためにがんばって」

「ファイト~」

「お、おう……」

 

 そう。あの後、μ'sは全国のスクールアイドルを巻き込んだライブを開催することになった。さらに、その前日に何故か出店までやることになり、俺はその手伝いをさせられている。しかも、結構忙しい。

 まあ、ボランティア自体は構わんのだが、この男女比率は何とかならないのだろうか。しかも穂乃果は用があり、どっか行ったし……。

 

「おー、まさか秋葉原で君を見かけるとはな」

「いらっしゃいま……って、先生?」

 

 聞き覚えのある声だと思ったら、先日総武高校を離れた平塚先生がそこにいた。なんでここに先生が!?

 

「ど、どうしているんですか?」

「たまたまだよ。なんか賑やかにやってるから立ち寄ってみたら、まさか君が働いているとはな。感心感心」

「先生はやっぱり一人ですか?」

「やっぱりとはどういう意味だ。久々に一発食らうか?」

「いえ、冗談です……」

 

 どうやらボンキュッボンはまだ誰のものでもないようだった。はやく誰かもらってやってくれよぉ……。

 

「ふむ、そうか。スクールアイドルのイベントか。何なら私も一緒に歌って踊ってやろうか」

「……先生も相変わらず冗談が上手いですね」

「そう真顔で返されるとこちらも辛いんだが、まあいい。では、しっかり励みたまえ。じゃあまたな」

「あ、はい……」

 

 平塚先生は、いつものようにカッコよく去っていった……と思いきや、誰かに話しかけられている。あれは……確か南さんの母親だったか。知り合いなのか?

 ……今は気にしても仕方ないので、俺は再び作業に戻った。

 

 *******

 

「八幡君が来てくれて助かったぁ~」

「そりゃどうも……」

 

 今度は、スクールアイドル達の大量の衣装を、穂乃果達とライブ会場近くのUTXの体育館まで運ぶ手伝いだ。むしろ自分がやっていいのかとさえ思えてくる。

 

「てかどの部屋に運べばいいんだ?部屋多すぎてわからないんだけど……」

「えっと、部室に置いていいって言われたんだけど、場所忘れちゃって……皆どこ行ったんだろ」

「はあ……じゃあ、片っ端から開けてくか」

「うんっ、じゃあまずはここから!」

 

 穂乃果が前向きな笑顔で、勢いよくドアノブに手をかけた。

 

『あ……』

 

 扉を開くと同時に声が重なる。

 そこには……少しアダルティなスクールアイドル達がいた。

 ええと……端から平塚先生、穂乃果母、園田母、南母、小泉母、星空母、矢澤母……何人か当てずっぽうだが、多分当たっているだろう。どうしてこうなってる。

 

「「…………」」

 

 気まずい沈黙。

 平塚先生だけは、「何も言うな」と言いたげな視線をこちらに向け、穂乃果はスクールアイドル衣装の自分の母親に、冷めた視線を向けていた。

 そして、そのまま大したリアクションもできずに、俺達は黙って扉を閉めた。

 

「なあ、今の……」

「八幡君、忘れて」

「でも……」

「忘れて」

 

 穂乃果にしては冷たい雰囲気だが、まあ仕方ない。

 俺だって自分の母ちゃんがスクールアイドルの格好してたら、1ヶ月くらい口をきかない自信がある。

 だがさっき見たものは……ぶっちゃけアリかナシかでいえば……かなりアリでした。

 


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