眠れないまま朝を迎えはしたが、不思議と眠気をひきずることなくライブを楽しむことができた。
艶やかな着物風の衣装で舞う彼女達の姿を一瞬でも逃すまいと、脳裏に焼き付けるように見ながら、これが最後だという切ない気持ちと向き合っていた。
そう、この時はこれが最後だと思っていた。
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「はぁ~、ようやく着いた~!我が家のベッドが恋しいよ~!」
「……まあ、たしかに」
空港のゲートをくぐり、伸びをする小町に同意する。ライブを観終わってから、少しずつ千葉の事が気になりだすあたり、俺の千葉愛はやはり相当なものなんだろう。
「結衣さんとこにカーくんも迎えに行かないと」
「ああ、そういや……」
ニューヨークまで連れていけないカマクラは、由比ヶ浜の家に預かってもらっていたのだが、大丈夫だったのだろうか。まあ間違いなく追いかけ回されただろう。サブレの奴、カマクラの事大好きだったし。案外滅茶苦茶仲良くなってるかもしれんし。
「ん?お兄ちゃん、何あれ」
小町が指差す方向に目を向けると、人だかりができていた。ハリウッドスターでも来日しているのだろうか。
「案外穂乃果さん達もサイン貰おうとしてるかもね~」
「……かもな」
μ'sのメンバーは、この後学校に寄らなければならないので、早足で降りていったのだが、まあもしかしたらいるかもしれない。
そんな事を考えながら人だかりに目をやると、意外な光景がそこにあった。
「穂乃果ちゃん!いつも元気もらってます!」
「ことりちゃん、可愛い!」
「園田海未さん、やっぱり美人だよね!」
「花陽ちゃんの歌声大好きです!」
「凛ちゃんのウェディングドレス姿最高でした!」
「真姫ちゃんの作る歌に元気もらってます!」
「にこにーマジ天使!」
「希ちゃんのスタイルに憧れてます!」
「エリーチカにチッカチカにされました!」
「……どういう事、あれ?」
「…………」
小町の質問に対する答えを、俺は持っていなかった。
しかし、すぐにそれは見つかった。
俺達のすぐ隣にある巨大なスクリーンで、彼女達のライブ映像が流されていた。
……おい、マジかよ。
穂乃果の方に目を向けると、笑顔を浮かべ、手を振ってきた。
……いや、だから少しは周りの目を気にしろっての。
「そういや親父と母ちゃんは?」
「並んでるよ」
「……は?」
サイン待ちの列に目を向けると、親父は東條さんの列に、母ちゃんは絢瀬さんの列に並んでいた。ニューヨークでもらっとけよ。
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「はぁ……もう、大変だったよ~」
「……お疲れさん。まだそっちは落ち着かないのか?」
「うん……今日も3回くらい一緒に写真撮ったよ。お店にも結構来てたし。あっ、お小遣いアップの交渉しなきゃ!」
「お、おう……何つーかお前、たくましいな……」
「だって、応援してくれるのは嬉しいもん。……期待に応えられないのは残念だけど……」
「……そっか」
「ねえ、八幡君。私……私達、どうすればいいのかなあ?」
「……わからん」
「即答!?ちょっとくらい考えてよ~!」
「まあ、その辺に関しちゃ俺はあくまで関係者じゃなくファンだからな。仮に俺の意見が反映されたとしても、それは他のファンにとってフェアじゃない」
「八幡君……真面目になったね」
「バッカ、お前。俺はいつだって真面目だろうが」
「…………」
「え?何でそこで黙るの?不安になるからやめてくんない?」
「……昨日、ニューヨークで助けてくれたお姉さんにまた会えたんだ……」
「スルーかよ……って、ニューヨークのお姉さんに会えたのか?お前、ホントすげえな……マイクスタンドは返せたのか?」
「それが……お姉さん、途中で帰っちゃって……話したい事もあったのに」
「そっか……まあ、また会えるんじゃねえの?」
「うん。そんな気がする……よしっ!!あっ、ごめん。びっくりした?」
「もう慣れたからいい……どした?」
「今から皆に会ってくる!八幡君と話してたら、頭の中がすっきりした!いつもありがと♪」
「……どういたしまして。気をつけてな」
「うんっ、じゃあ行ってきます!」
*******
数日後……。
「いや~、やっぱり男手がいるとこういう時助かるわ~」
「……そうか」
「じゃあ、次はこのお米お願いできる?花陽ちゃん考案のお米スムージー、かなり売れちゃって」
「へいへい」
「比企谷君。私、ソフトクリームね」
「はいはい……っておい。まだ休憩には早いんだが……」
「バレたかー」
現在、俺は清々しい晴天の秋葉原でスムージーやソフトクリームを売っている。
バイトとかではなく、完全なボランティアだ。休日出勤のボランティアとか……帰りたい。
「はいはい。帰りたいって顔しないのー」
「愛しの穂乃果のためにがんばって」
「ファイト~」
「お、おう……」
そう。あの後、μ'sは全国のスクールアイドルを巻き込んだライブを開催することになった。さらに、その前日に何故か出店までやることになり、俺はその手伝いをさせられている。しかも、結構忙しい。
まあ、ボランティア自体は構わんのだが、この男女比率は何とかならないのだろうか。しかも穂乃果は用があり、どっか行ったし……。
「おー、まさか秋葉原で君を見かけるとはな」
「いらっしゃいま……って、先生?」
聞き覚えのある声だと思ったら、先日総武高校を離れた平塚先生がそこにいた。なんでここに先生が!?
「ど、どうしているんですか?」
「たまたまだよ。なんか賑やかにやってるから立ち寄ってみたら、まさか君が働いているとはな。感心感心」
「先生はやっぱり一人ですか?」
「やっぱりとはどういう意味だ。久々に一発食らうか?」
「いえ、冗談です……」
どうやらボンキュッボンはまだ誰のものでもないようだった。はやく誰かもらってやってくれよぉ……。
「ふむ、そうか。スクールアイドルのイベントか。何なら私も一緒に歌って踊ってやろうか」
「……先生も相変わらず冗談が上手いですね」
「そう真顔で返されるとこちらも辛いんだが、まあいい。では、しっかり励みたまえ。じゃあまたな」
「あ、はい……」
平塚先生は、いつものようにカッコよく去っていった……と思いきや、誰かに話しかけられている。あれは……確か南さんの母親だったか。知り合いなのか?
……今は気にしても仕方ないので、俺は再び作業に戻った。
*******
「八幡君が来てくれて助かったぁ~」
「そりゃどうも……」
今度は、スクールアイドル達の大量の衣装を、穂乃果達とライブ会場近くのUTXの体育館まで運ぶ手伝いだ。むしろ自分がやっていいのかとさえ思えてくる。
「てかどの部屋に運べばいいんだ?部屋多すぎてわからないんだけど……」
「えっと、部室に置いていいって言われたんだけど、場所忘れちゃって……皆どこ行ったんだろ」
「はあ……じゃあ、片っ端から開けてくか」
「うんっ、じゃあまずはここから!」
穂乃果が前向きな笑顔で、勢いよくドアノブに手をかけた。
『あ……』
扉を開くと同時に声が重なる。
そこには……少しアダルティなスクールアイドル達がいた。
ええと……端から平塚先生、穂乃果母、園田母、南母、小泉母、星空母、矢澤母……何人か当てずっぽうだが、多分当たっているだろう。どうしてこうなってる。
「「…………」」
気まずい沈黙。
平塚先生だけは、「何も言うな」と言いたげな視線をこちらに向け、穂乃果はスクールアイドル衣装の自分の母親に、冷めた視線を向けていた。
そして、そのまま大したリアクションもできずに、俺達は黙って扉を閉めた。
「なあ、今の……」
「八幡君、忘れて」
「でも……」
「忘れて」
穂乃果にしては冷たい雰囲気だが、まあ仕方ない。
俺だって自分の母ちゃんがスクールアイドルの格好してたら、1ヶ月くらい口をきかない自信がある。
だがさっき見たものは……ぶっちゃけアリかナシかでいえば……かなりアリでした。