捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

27 / 120
第27話

「う~ん……千葉に来たのはいいけど、手ぶらで行くのもなぁ」

 

 私はキョロキョロ辺りを見回し、何かお店はないか探してみる。今月、お小遣いピンチだしなぁ……雪穂、貸してくれないかなぁ……。

 

「あの……」

「ん?」

 

 背後から声が聞こえたので振り向くと、中学生くらいの可愛い女の子がいた。その子は心配そうな目でこちらを見ている。

 

「えっと……どうかしたの?」

「いえ、その……道に迷ってるみたいに見えたので……大丈夫ですか?」

「え?あっ、うん!大丈夫だよ、ありがとう♪あっ、早く比企谷君へのお礼を買わないと!下校時間になっちゃう!」

「……比企谷?」

 

 *******

 

 今日は依頼もなく、部室で読書をするだけの楽なお仕事でした。毎日こうならいいんだが……

 

「あっ、お兄ちゃん帰ってきた。おかえり~♪」

「比企谷君、おかえり~♪」

「おーう、ただいま」

 

 家に帰ると、いつものように小町と高坂の声が聞こえてきた。

 俺はリビングを少しだけ覗き、洗面所へ……って……

 

「は!?」

「お邪魔してまーす」

「…………お前、何でいんの?」

 

 リビングのソファーには、音ノ木坂の制服に身を包んだ高坂穂乃果が座っている。さっきまで小町と楽しく会話していたような空気の名残が、そこにはうっすら残っていた。

 あれ?もしかして部室で寝ちゃって、現在夢の中?頬をつねっても痛いままなんだが……。

 高坂はお茶をこくこく飲み、一息ついてから、こちらに駆け寄ってきた。

 

「いや~びっくりしたよ~。駅で偶然比企谷君の妹さんに会うなんて!」

「いや~私もびっくりですよ~。お兄ちゃんに会いに東京から来る人がいるなんて!しかもこんな可愛い人が!」

「か、可愛いって、そんな……小町ちゃんこそ可愛いよ!」

「いえいえ、穂乃果さんの方が……」

 

 なんか女子特有の面倒なノリになってきてない?一気に夢から覚めたわ。

 学校で通りすがりに耳にするだけならともかく、自宅でそんなノリに巻き込まれるのは御免なので、やんわりと遮ることにする。

 

「つーか、その……ほ、本当にどうした?」

 

 やだ、俺ってば緊張しちゃってる!人生で初めて女子が自宅に上がってるだけなのにね!ピュアにも程がある!これもう「純粋な少年と純粋な少女」でいいんじゃね?

 

「あっ、そうそう!今日は比企谷君に会いに来たんだ♪えっと……」

 

 高坂はそんな思春期男子の心情などお構いなしに、自分の鞄をがさごそと漁り、見慣れた黄色い缶を一本取り出した。

 

「はい、これ!この前のお礼だよ」

「マ、MAXコーヒー……」

「うん!比企谷君にお礼がしたくて、小町ちゃんに聞いてみたら、これが一番喜ぶって言ったから!」

「……そうか」

 

 一番ではない。嬉しいけど。

 

「つーか、お礼って?」

「えと……この前、千葉から来てくれたでしょ?」

「……いや、前も言ったが、あれは俺が勝手にやったことだから、礼なんか……」

「それでも!」

 

 急に真面目な顔になった高坂は俺の言葉を断ち切り、また一歩距離を詰めてきた。ふわりと柑橘系の香りが漂い、普段より近い距離で視線がぶつかり合う。

 その瞳は思っていたよりも、ずっと綺麗で……真っ直ぐで……心の奥まで見透かされそうな気がした。

 やがて、ゆっくりと薄紅色の唇が開く。

 

「それでも……嬉しかったよ……」

「……そっか」

 

 小さく頷くと、彼女は微笑み、再び缶を差し出してきた。

 そこで、さっきから胸が高鳴っていることに気がついた。

 

「はい、これ」

「ああ……」

 

 まだひんやりと冷たいMAXコーヒーは、掌の体温に馴染むまで時間がかかりそうな気がした。多分、これはあれですね。さっき鞄の中漁ってた時に、タオル等の私物が見えてしまったのと、そこにMAXコーヒーが入ってたという……うわ、何か背徳感みたいなのが……。

 そこで、高坂のポケットから折り曲げた紙が落ち、それを小町が拾い上げる。

 

「これは……」

「あっ、それ今度秋葉原で開催される花火大会のチラシだよ!」

「へ~~」

 

 小町が含みのある笑みでチラチラこっちを見てくるが、全力で知らないふりをしておく。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん、行こうよ♪」

「……いや、俺は……」

「穂乃果さんは誰かと行くんですか?」

「それが……皆用事があって……妹も友達と行くし……」

「じゃあ、三人で行きましょうよ!小町、あまり秋葉原詳しくないですし!」

「あっ、それいいかも♪案内してあげる!」

「い、いや、俺は……」

「お兄ちゃん、せっかくだから行こうよ~」

「いや、何がせっかくなんだよ……」

「そうだよ、比企谷君もおいでよ!お祭りだよ!花火だよ!」

「空に消えてった……」

「打ち上げ花火~♪……って、話逸らさないでよ!」

 

 いつの間にか、MAXコーヒーのひんやりした感触は、掌に馴染んでしまっていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。