「う~ん……千葉に来たのはいいけど、手ぶらで行くのもなぁ」
私はキョロキョロ辺りを見回し、何かお店はないか探してみる。今月、お小遣いピンチだしなぁ……雪穂、貸してくれないかなぁ……。
「あの……」
「ん?」
背後から声が聞こえたので振り向くと、中学生くらいの可愛い女の子がいた。その子は心配そうな目でこちらを見ている。
「えっと……どうかしたの?」
「いえ、その……道に迷ってるみたいに見えたので……大丈夫ですか?」
「え?あっ、うん!大丈夫だよ、ありがとう♪あっ、早く比企谷君へのお礼を買わないと!下校時間になっちゃう!」
「……比企谷?」
*******
今日は依頼もなく、部室で読書をするだけの楽なお仕事でした。毎日こうならいいんだが……
「あっ、お兄ちゃん帰ってきた。おかえり~♪」
「比企谷君、おかえり~♪」
「おーう、ただいま」
家に帰ると、いつものように小町と高坂の声が聞こえてきた。
俺はリビングを少しだけ覗き、洗面所へ……って……
「は!?」
「お邪魔してまーす」
「…………お前、何でいんの?」
リビングのソファーには、音ノ木坂の制服に身を包んだ高坂穂乃果が座っている。さっきまで小町と楽しく会話していたような空気の名残が、そこにはうっすら残っていた。
あれ?もしかして部室で寝ちゃって、現在夢の中?頬をつねっても痛いままなんだが……。
高坂はお茶をこくこく飲み、一息ついてから、こちらに駆け寄ってきた。
「いや~びっくりしたよ~。駅で偶然比企谷君の妹さんに会うなんて!」
「いや~私もびっくりですよ~。お兄ちゃんに会いに東京から来る人がいるなんて!しかもこんな可愛い人が!」
「か、可愛いって、そんな……小町ちゃんこそ可愛いよ!」
「いえいえ、穂乃果さんの方が……」
なんか女子特有の面倒なノリになってきてない?一気に夢から覚めたわ。
学校で通りすがりに耳にするだけならともかく、自宅でそんなノリに巻き込まれるのは御免なので、やんわりと遮ることにする。
「つーか、その……ほ、本当にどうした?」
やだ、俺ってば緊張しちゃってる!人生で初めて女子が自宅に上がってるだけなのにね!ピュアにも程がある!これもう「純粋な少年と純粋な少女」でいいんじゃね?
「あっ、そうそう!今日は比企谷君に会いに来たんだ♪えっと……」
高坂はそんな思春期男子の心情などお構いなしに、自分の鞄をがさごそと漁り、見慣れた黄色い缶を一本取り出した。
「はい、これ!この前のお礼だよ」
「マ、MAXコーヒー……」
「うん!比企谷君にお礼がしたくて、小町ちゃんに聞いてみたら、これが一番喜ぶって言ったから!」
「……そうか」
一番ではない。嬉しいけど。
「つーか、お礼って?」
「えと……この前、千葉から来てくれたでしょ?」
「……いや、前も言ったが、あれは俺が勝手にやったことだから、礼なんか……」
「それでも!」
急に真面目な顔になった高坂は俺の言葉を断ち切り、また一歩距離を詰めてきた。ふわりと柑橘系の香りが漂い、普段より近い距離で視線がぶつかり合う。
その瞳は思っていたよりも、ずっと綺麗で……真っ直ぐで……心の奥まで見透かされそうな気がした。
やがて、ゆっくりと薄紅色の唇が開く。
「それでも……嬉しかったよ……」
「……そっか」
小さく頷くと、彼女は微笑み、再び缶を差し出してきた。
そこで、さっきから胸が高鳴っていることに気がついた。
「はい、これ」
「ああ……」
まだひんやりと冷たいMAXコーヒーは、掌の体温に馴染むまで時間がかかりそうな気がした。多分、これはあれですね。さっき鞄の中漁ってた時に、タオル等の私物が見えてしまったのと、そこにMAXコーヒーが入ってたという……うわ、何か背徳感みたいなのが……。
そこで、高坂のポケットから折り曲げた紙が落ち、それを小町が拾い上げる。
「これは……」
「あっ、それ今度秋葉原で開催される花火大会のチラシだよ!」
「へ~~」
小町が含みのある笑みでチラチラこっちを見てくるが、全力で知らないふりをしておく。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、行こうよ♪」
「……いや、俺は……」
「穂乃果さんは誰かと行くんですか?」
「それが……皆用事があって……妹も友達と行くし……」
「じゃあ、三人で行きましょうよ!小町、あまり秋葉原詳しくないですし!」
「あっ、それいいかも♪案内してあげる!」
「い、いや、俺は……」
「お兄ちゃん、せっかくだから行こうよ~」
「いや、何がせっかくなんだよ……」
「そうだよ、比企谷君もおいでよ!お祭りだよ!花火だよ!」
「空に消えてった……」
「打ち上げ花火~♪……って、話逸らさないでよ!」
いつの間にか、MAXコーヒーのひんやりした感触は、掌に馴染んでしまっていた。