捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第29話

「えっ!!お姉ちゃん、比企谷さんと夏祭り行くの!?」

「うん。どしたの?大声出して……」

 

 食後のまったりした時間。ぼんやりテレビを見ている雪穂に夏祭りの事を話したら、ものすごく驚かれた。こんなに驚かれたのは、スクールアイドルを始めた時以来かも。

 すると厨房から、ガタンッと大きな物音がした。

 

「あっ、ちょ、ちょっと、お父さん!いきなりお饅頭を一気食いしないで!」

「「…………」」

 

 お父さん、お腹空いてるのかな?さっき晩御飯食べたばっかりだけど……。

 雪穂は「あちゃ~」って言いたそうに額に手を当て、急にヒソヒソ声で話し始めた。

 

「な、何で急に?も、もしかして……比企谷さんに誘われたとか?デート?」

「違うよ。比企谷君って妹がいるの。小町ちゃんって言うんだけど、その子が行きたいんだって」

「……なるほど、そういう流れか……」

「?」

 

 雪穂は口元に手を当て、しばらく何か考えている。大人ぶっちゃって~。でも、雪穂のほうがしっかりしてるから、高校生の内に……いやいや、お姉ちゃんの尊厳を失わないようにしなきゃ!

 やがて雪穂は、こっちに顔を近づけ、真剣な目で見つめてきた。

 

「お姉ちゃん……当日は……」

 

 雪穂が小声で話す内容を聞きながら、私の頭の片隅には、さっきの言葉がひっかかっていた。

 デート……じゃないよね……三人だし。

 

 *******

 

 夏休みが始まり早くも一週間。毎年特に予定のない俺は、さっさと夏休みの課題を全て終わらせ、あとは予備校に通うだけの穏やかで楽な日々を過ごしていた。そう、高校二年となった今、こんな夏休みを過ごせる回数も残り僅かなのだ。

 だからこそ俺は、この数少ない夏休みを満喫しようと思う。例えどこかで花火大会があろうと、エアコンの効いた涼しい部屋でゲームを……

 

「お兄ちゃん、どしたの?」

「いや、そろそろ帰るか」

「はいはい。ゴミぃちゃん発揮しないでね。ていうか、今着いたばっかじゃん」

「いや、逃げるなら早く逃げたほうが次の作戦を立てやすいだろ」

「えーと、穂乃果さんは……」

 

 小町ちゃん。お兄ちゃんをシカトしないでね……傷ついちゃうから……。

 まあ、とりあえず……俺と小町は花火を見に、秋葉原へと足を踏み入れていた。

 確か高坂とは駅前で待ち合わせしていたはずだ。まあ、あいつの事だから、遅刻は想定の範囲内だ。

 すると、小町が何か発見したかのような、はっとした表情を見せた。

 

「あっ、いた!お~い!穂乃果さ~ん!」

 

 小町が手を振りながら呼びかけると、こちらに駆け寄ってくる高坂が見えた……のだが……

 

「ご、ごめ~ん……遅れちゃった」

「…………」

「いえいえ、私達も今来たところですし!それより、その浴衣可愛いですね~」

「えっ?そうかな……あはは、ありがと♪」

 

 予想外の彼女の姿に言葉を失ってしまった。

 なんと高坂は白い浴衣に身を包んでいた。その白い浴衣は青い水玉と金魚の模様があしらわれていて、夏らしい爽やかな雰囲気がある。さらに、祭りの空気も相まって、より一層華やかに見えた。

 そして、髪もアップにされていて、普段より露出した白い首筋が、やけに眩しく見えた。

 この時期なら、浴衣を着ることくらい想像がつきそうなものだが、まさかこのタイミングで着てくるとは……。

 自分でも知らない内にぼーっと見ていると、小町から肘でつつかれる。

 すぐにその意味はわかるのだが、上手く口が動かない。いや、ほら……夏休み始まってから人と話してないからね?会話能力がやや低下気味なんですよ……。

 それでも、何とか言葉を紡ぎ出す。

 

「……あー、その……何だ……いい感じだと、思う」

「「…………」」

 

 街の喧騒が遠くなった気がする。

 あれ?やっぱり褒め方間違えたか?

 なんて考えていると、やがてポカンとしていた二人の表情に笑みが灯った。

 小町は呆れ気味に……高坂は、頬を沈みかけの夕陽に赤く照らされながら、やわらかく微笑んだ。

 

「えへへ……比企谷君もありがと♪雪穂から無理矢理着させられて、似合ってるかどうか心配だったんだぁ」

「いや~、本当に可愛いですよ。私も着てくればよかったなぁ」

「止めとけ。あんま羽目外しすぎると母ちゃんに叱られるぞ」

「むむっ、確かに……」

「大丈夫だよ、小町ちゃん!お祭りは来年もあるから!さっ、行こう!」

「はいっ」

「……お、おう」

「ん?どしたの?」

「……いや、何でも」

 

 星が瞬き始めた空を見上げ、そこに意識を集中し、思考を切り替える。

 中学時代は、この甘やかな胸の高鳴りの扱い方もわからず、恥ずかしい真似ばかりしてきた。

 そう、だが今は簡単に扱える。

 …………きっと簡単なはずだ。

 


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