「えっ!!お姉ちゃん、比企谷さんと夏祭り行くの!?」
「うん。どしたの?大声出して……」
食後のまったりした時間。ぼんやりテレビを見ている雪穂に夏祭りの事を話したら、ものすごく驚かれた。こんなに驚かれたのは、スクールアイドルを始めた時以来かも。
すると厨房から、ガタンッと大きな物音がした。
「あっ、ちょ、ちょっと、お父さん!いきなりお饅頭を一気食いしないで!」
「「…………」」
お父さん、お腹空いてるのかな?さっき晩御飯食べたばっかりだけど……。
雪穂は「あちゃ~」って言いたそうに額に手を当て、急にヒソヒソ声で話し始めた。
「な、何で急に?も、もしかして……比企谷さんに誘われたとか?デート?」
「違うよ。比企谷君って妹がいるの。小町ちゃんって言うんだけど、その子が行きたいんだって」
「……なるほど、そういう流れか……」
「?」
雪穂は口元に手を当て、しばらく何か考えている。大人ぶっちゃって~。でも、雪穂のほうがしっかりしてるから、高校生の内に……いやいや、お姉ちゃんの尊厳を失わないようにしなきゃ!
やがて雪穂は、こっちに顔を近づけ、真剣な目で見つめてきた。
「お姉ちゃん……当日は……」
雪穂が小声で話す内容を聞きながら、私の頭の片隅には、さっきの言葉がひっかかっていた。
デート……じゃないよね……三人だし。
*******
夏休みが始まり早くも一週間。毎年特に予定のない俺は、さっさと夏休みの課題を全て終わらせ、あとは予備校に通うだけの穏やかで楽な日々を過ごしていた。そう、高校二年となった今、こんな夏休みを過ごせる回数も残り僅かなのだ。
だからこそ俺は、この数少ない夏休みを満喫しようと思う。例えどこかで花火大会があろうと、エアコンの効いた涼しい部屋でゲームを……
「お兄ちゃん、どしたの?」
「いや、そろそろ帰るか」
「はいはい。ゴミぃちゃん発揮しないでね。ていうか、今着いたばっかじゃん」
「いや、逃げるなら早く逃げたほうが次の作戦を立てやすいだろ」
「えーと、穂乃果さんは……」
小町ちゃん。お兄ちゃんをシカトしないでね……傷ついちゃうから……。
まあ、とりあえず……俺と小町は花火を見に、秋葉原へと足を踏み入れていた。
確か高坂とは駅前で待ち合わせしていたはずだ。まあ、あいつの事だから、遅刻は想定の範囲内だ。
すると、小町が何か発見したかのような、はっとした表情を見せた。
「あっ、いた!お~い!穂乃果さ~ん!」
小町が手を振りながら呼びかけると、こちらに駆け寄ってくる高坂が見えた……のだが……
「ご、ごめ~ん……遅れちゃった」
「…………」
「いえいえ、私達も今来たところですし!それより、その浴衣可愛いですね~」
「えっ?そうかな……あはは、ありがと♪」
予想外の彼女の姿に言葉を失ってしまった。
なんと高坂は白い浴衣に身を包んでいた。その白い浴衣は青い水玉と金魚の模様があしらわれていて、夏らしい爽やかな雰囲気がある。さらに、祭りの空気も相まって、より一層華やかに見えた。
そして、髪もアップにされていて、普段より露出した白い首筋が、やけに眩しく見えた。
この時期なら、浴衣を着ることくらい想像がつきそうなものだが、まさかこのタイミングで着てくるとは……。
自分でも知らない内にぼーっと見ていると、小町から肘でつつかれる。
すぐにその意味はわかるのだが、上手く口が動かない。いや、ほら……夏休み始まってから人と話してないからね?会話能力がやや低下気味なんですよ……。
それでも、何とか言葉を紡ぎ出す。
「……あー、その……何だ……いい感じだと、思う」
「「…………」」
街の喧騒が遠くなった気がする。
あれ?やっぱり褒め方間違えたか?
なんて考えていると、やがてポカンとしていた二人の表情に笑みが灯った。
小町は呆れ気味に……高坂は、頬を沈みかけの夕陽に赤く照らされながら、やわらかく微笑んだ。
「えへへ……比企谷君もありがと♪雪穂から無理矢理着させられて、似合ってるかどうか心配だったんだぁ」
「いや~、本当に可愛いですよ。私も着てくればよかったなぁ」
「止めとけ。あんま羽目外しすぎると母ちゃんに叱られるぞ」
「むむっ、確かに……」
「大丈夫だよ、小町ちゃん!お祭りは来年もあるから!さっ、行こう!」
「はいっ」
「……お、おう」
「ん?どしたの?」
「……いや、何でも」
星が瞬き始めた空を見上げ、そこに意識を集中し、思考を切り替える。
中学時代は、この甘やかな胸の高鳴りの扱い方もわからず、恥ずかしい真似ばかりしてきた。
そう、だが今は簡単に扱える。
…………きっと簡単なはずだ。