捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第31話

「わぁ……」

「きれい……あっ!あの花火、比企谷君っぽい!」

「どれだよ、どんなんだよ……えっ、本当にどれ?」

 

 花火は予定通りの時間に上がり始め、夏の夜空を鮮やかに彩っている。

 誰もがその一瞬の輝きに見とれ、そこに思い思いの感情を乗せ、記憶の奥底に焼き付けていた。

 普段は無邪気というか暢気というか、年より幼めというか、とにかくテンション高めの高坂も、すっかり花火に見とれている。儚げな表情に見えるのは、花火が優しく照らしているからか。

 すぐ隣には小町もいて、時折二人で何やら言葉を交わしていた。てか、この二人仲良くなるの早すぎじゃね?兄妹でこのコミュ力の差……まあ、今に始まったことじゃねえけど。

 

「た~まや~!」

 

 誰かのそんな声も聞こえてきた。

 

「「た~まや~!」」

 

 お前らもやるのかよ……。

 

「比企谷君は言わないの?」

「言わない」

「え~、言おうよ~」

 

 高坂が肩をポンポン叩いてくる。ああもう、そういうボディタッチは禁止って学校で習わなかったのかよ。生物の授業とかで。

 このままではメモリアルなときめきで花火に集中できないので、俺はとりあえず小さく口を開いた。

 

「…………たーまやー」

「暗いよ!比企谷君、暗すぎるよ!」

「その分、花火が明るいからいいだろ」

「えっ?あ……確かにそうかも」

 

 えっ?今ので納得しちゃうの?今、かなり適当に切り返したんだけど……。

 俺はその純粋すぎる横顔を、少し心配しながら、でも何故か変わらないで欲しいと自分勝手に願いながら、しばらくの間見ていた。

 

 *******

 

 花火大会が終了すると、一斉に帰宅し始めるので当たり前の事だが、行きよりもかなり混雑する。行きはよいよい、帰りは怖い。人混み怖い。

 そんな中、俺と小町と高坂は何とか離れずに歩くので精一杯だった。

 小町は手を団扇がわりにパタパタさせながら、どんよりと呟く。

 

「……ふぅ……あ、暑いねぇ」

「小町、大丈夫か?」

「大丈夫?」

 

 小町を気遣うタイミングが偶然にも重なり、そのことに驚いた小町がニヤニヤと笑う。

 

「だいじょぶだよ!それより、タイミングばっちりだね~♪」

「あははっ、そう?まあ、比企谷君は私の大ファンだからね♪」

「いや、何度も言うが大ファンって程じゃないんだけど……」

「むぅ、まだ言ってる……じゃあ、まだ優木あんじゅさんの「ああ」はやっ!何でそんなにリアクションが違うの!?」

「え?そりゃ、お前……は?あ、え、い、い、いや、べべ、別に?」

「テンパりだした!?」

「ああ……お兄ちゃん、この前A-RISEの水着のPV見てたもんね」

「いや、違うから。うっかり間違えてクリックしちゃって、履歴に残っちゃっただけだから」

「「じぃ~~~」」

 

 俺の馬鹿!何で履歴消し忘れちゃうの?そして、小町も何で見ちゃうの?教えちゃうの?まあ、何というか……ごちそうさまでした。

 高坂はぷいっと顔をそむけ、ぼそぼそ一人ごちる。

 

「まったく、もう!比企谷君はもう!……あっ」

 

 不注意のせいか、誰かと肩がぶつかった高坂が、俺の肩にもたれかかってきた。

 浴衣越しに彼女の体温が感じられ、ふわりと甘い香りが、鼻腔をくすぐる。

 さらに、肘の辺りに何やら柔らかい感触が押しつけられてきた。

 

「ご、ごめん!痛くない?」

「……あ、ああ、気にしなくていい。てか、そっちこそ……大丈夫か?」

「うん……比企谷君が丁度いい位置にいたから。ごめんね、ちょっと今動けないかも……」

「…………」

 

 ……俺の肩がお役に立てたみたいで。

 ただ、このままなのは非常にまずい。

 さっきから、肘の辺りが温か柔らかくてヤバい。

 こ、この状況を可及的速やかに打破する為には……

 

「……おい、小町。はぐれるぞ、ほら」

「えっ?……ああ、はい」

 

 俺は小町に手を差し出した。

 小町は「ええぇ……」というような表情を見せたが、すぐに手を握ってきた。その表情、傷つくからやめようね。年頃の反抗期の娘を持った父親の気持ちになっちゃうから。

 とにかく、これで解決とは言わないまでも、意識を左手に集中しておけば、右側の感触は忘れられる……多分。

 結局、人混みを抜けるまで、柔らかな感触が離れることはなかった。 

 

 *******

 

「送ってくれてありがとう。二人も帰り気をつけてね!」

「……おう」

「穂乃果さん!次のライブよろしくお願いしますね!あと兄も!」

「うんっ!ライブの連絡と、比企谷君のイジワルなとこ直せばいいんだよね!」

 

 高坂の返事に、小町は「そこじゃないんだよなぁ……」と言いたげな顔をする。ナイス高坂。しかし……

 

「おい、待て。俺はイジワルなんかじゃない。むしろ人から遠ざかり、誰にも危害を加えないし、嫌な思いさせないんだから、ノーベル平和賞もんの優しい奴だろ」

「お兄ちゃんお兄ちゃん。そういうとこだよ」

「うんうん。そういうとこ。でも……」

「?」

「たまに優しいところ、私好きだよ」

「っ……!」

 

 こ、こいつ……いや、間違いなく恋愛的なアレじゃないとはわかってはいるんだが……それでも心臓に悪い。中学時代の俺なら、翌日から彼氏面して、周囲からドン引きされてるところだ。

 

「どしたの?」

「……いや、何でもないでしゅ……」

「あははっ、何でいきなり敬語なの?しかも、噛んでるよ!」

「……うるせえよ、じゃあ帰るぞ、小町」

「はいはい♪」

 

 やけに上機嫌な小町が隣に並んだところで、高坂の声が響く。

 

「またね~!」

 

 俺は振り返り、軽く会釈だけしておいた。彼女の表情を見ないようにしながら。

 いや、正しくは見れなかっただけなのだが……。

 そのあと、電車の中でも、ベッドの上でも、しばらく頬の熱さが気になった。

 

 *******

 

 家に帰り、お風呂に入ってから、部屋のベッドに寝転がると、絵里ちゃんから電話がかかってきた。希ちゃんとにこちゃんと一緒に、三年生用の勉強合宿に参加しているらしいけど……私も来年は……はあぁ……。

 私は体を起こし、ケータイを耳に当てた。

 

「絵里ちゃん?どうかしたの?」

「いきなりごめんね、穂乃果。比企谷君達との花火大会はどうだった?」

「うん、楽しかったよ!……あれ?絵里ちゃんに言ったっけ?」

「何となくそんな気がしただけチカ」

「ん?絵里ちゃん?」

 

 あれ?今何かが違ったような……。

 絵里ちゃんは咳き込んで、何かぶつぶつ言ってる。なんだぁ、私の気のせいかー。

 

「それで……何かあった?」

「何かって?」

「例えば……ちょっと勢いあまって手を繋いじゃったりとか、うっかり間接キスしちゃったりとか、なんかもう胸がドキドキしたりとかキュンキュンしたりとか、やっぱり目がカッコいいなーとか「エリチ」はい」

 

 え、絵里ちゃん、どうしたのかな?すごい早口……。

 

「絵里ちゃん、大丈夫?」

「いえ、何でもないわ。じゃあ、帰ったらゆっくり話し合いましょう」

「え?あ、うん……」

 

 話し合うって……何を?ま、いっか。

 私はもう一度仰向けに寝転がった。

 そのまま目を閉じると、さっきまで夜空を照らしていた花火を思い出して、頬が緩み、胸が踊った。

 そういえば帰り際、うっかり転びかけて、比企谷君にしがみついちゃったな……なんかこう……背中、おっきかったな……。

 頬に手を触れると、お風呂から上がってしばらく経ったのに、まだ頬が熱かった。


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