「わぁ……」
「きれい……あっ!あの花火、比企谷君っぽい!」
「どれだよ、どんなんだよ……えっ、本当にどれ?」
花火は予定通りの時間に上がり始め、夏の夜空を鮮やかに彩っている。
誰もがその一瞬の輝きに見とれ、そこに思い思いの感情を乗せ、記憶の奥底に焼き付けていた。
普段は無邪気というか暢気というか、年より幼めというか、とにかくテンション高めの高坂も、すっかり花火に見とれている。儚げな表情に見えるのは、花火が優しく照らしているからか。
すぐ隣には小町もいて、時折二人で何やら言葉を交わしていた。てか、この二人仲良くなるの早すぎじゃね?兄妹でこのコミュ力の差……まあ、今に始まったことじゃねえけど。
「た~まや~!」
誰かのそんな声も聞こえてきた。
「「た~まや~!」」
お前らもやるのかよ……。
「比企谷君は言わないの?」
「言わない」
「え~、言おうよ~」
高坂が肩をポンポン叩いてくる。ああもう、そういうボディタッチは禁止って学校で習わなかったのかよ。生物の授業とかで。
このままではメモリアルなときめきで花火に集中できないので、俺はとりあえず小さく口を開いた。
「…………たーまやー」
「暗いよ!比企谷君、暗すぎるよ!」
「その分、花火が明るいからいいだろ」
「えっ?あ……確かにそうかも」
えっ?今ので納得しちゃうの?今、かなり適当に切り返したんだけど……。
俺はその純粋すぎる横顔を、少し心配しながら、でも何故か変わらないで欲しいと自分勝手に願いながら、しばらくの間見ていた。
*******
花火大会が終了すると、一斉に帰宅し始めるので当たり前の事だが、行きよりもかなり混雑する。行きはよいよい、帰りは怖い。人混み怖い。
そんな中、俺と小町と高坂は何とか離れずに歩くので精一杯だった。
小町は手を団扇がわりにパタパタさせながら、どんよりと呟く。
「……ふぅ……あ、暑いねぇ」
「小町、大丈夫か?」
「大丈夫?」
小町を気遣うタイミングが偶然にも重なり、そのことに驚いた小町がニヤニヤと笑う。
「だいじょぶだよ!それより、タイミングばっちりだね~♪」
「あははっ、そう?まあ、比企谷君は私の大ファンだからね♪」
「いや、何度も言うが大ファンって程じゃないんだけど……」
「むぅ、まだ言ってる……じゃあ、まだ優木あんじゅさんの「ああ」はやっ!何でそんなにリアクションが違うの!?」
「え?そりゃ、お前……は?あ、え、い、い、いや、べべ、別に?」
「テンパりだした!?」
「ああ……お兄ちゃん、この前A-RISEの水着のPV見てたもんね」
「いや、違うから。うっかり間違えてクリックしちゃって、履歴に残っちゃっただけだから」
「「じぃ~~~」」
俺の馬鹿!何で履歴消し忘れちゃうの?そして、小町も何で見ちゃうの?教えちゃうの?まあ、何というか……ごちそうさまでした。
高坂はぷいっと顔をそむけ、ぼそぼそ一人ごちる。
「まったく、もう!比企谷君はもう!……あっ」
不注意のせいか、誰かと肩がぶつかった高坂が、俺の肩にもたれかかってきた。
浴衣越しに彼女の体温が感じられ、ふわりと甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
さらに、肘の辺りに何やら柔らかい感触が押しつけられてきた。
「ご、ごめん!痛くない?」
「……あ、ああ、気にしなくていい。てか、そっちこそ……大丈夫か?」
「うん……比企谷君が丁度いい位置にいたから。ごめんね、ちょっと今動けないかも……」
「…………」
……俺の肩がお役に立てたみたいで。
ただ、このままなのは非常にまずい。
さっきから、肘の辺りが温か柔らかくてヤバい。
こ、この状況を可及的速やかに打破する為には……
「……おい、小町。はぐれるぞ、ほら」
「えっ?……ああ、はい」
俺は小町に手を差し出した。
小町は「ええぇ……」というような表情を見せたが、すぐに手を握ってきた。その表情、傷つくからやめようね。年頃の反抗期の娘を持った父親の気持ちになっちゃうから。
とにかく、これで解決とは言わないまでも、意識を左手に集中しておけば、右側の感触は忘れられる……多分。
結局、人混みを抜けるまで、柔らかな感触が離れることはなかった。
*******
「送ってくれてありがとう。二人も帰り気をつけてね!」
「……おう」
「穂乃果さん!次のライブよろしくお願いしますね!あと兄も!」
「うんっ!ライブの連絡と、比企谷君のイジワルなとこ直せばいいんだよね!」
高坂の返事に、小町は「そこじゃないんだよなぁ……」と言いたげな顔をする。ナイス高坂。しかし……
「おい、待て。俺はイジワルなんかじゃない。むしろ人から遠ざかり、誰にも危害を加えないし、嫌な思いさせないんだから、ノーベル平和賞もんの優しい奴だろ」
「お兄ちゃんお兄ちゃん。そういうとこだよ」
「うんうん。そういうとこ。でも……」
「?」
「たまに優しいところ、私好きだよ」
「っ……!」
こ、こいつ……いや、間違いなく恋愛的なアレじゃないとはわかってはいるんだが……それでも心臓に悪い。中学時代の俺なら、翌日から彼氏面して、周囲からドン引きされてるところだ。
「どしたの?」
「……いや、何でもないでしゅ……」
「あははっ、何でいきなり敬語なの?しかも、噛んでるよ!」
「……うるせえよ、じゃあ帰るぞ、小町」
「はいはい♪」
やけに上機嫌な小町が隣に並んだところで、高坂の声が響く。
「またね~!」
俺は振り返り、軽く会釈だけしておいた。彼女の表情を見ないようにしながら。
いや、正しくは見れなかっただけなのだが……。
そのあと、電車の中でも、ベッドの上でも、しばらく頬の熱さが気になった。
*******
家に帰り、お風呂に入ってから、部屋のベッドに寝転がると、絵里ちゃんから電話がかかってきた。希ちゃんとにこちゃんと一緒に、三年生用の勉強合宿に参加しているらしいけど……私も来年は……はあぁ……。
私は体を起こし、ケータイを耳に当てた。
「絵里ちゃん?どうかしたの?」
「いきなりごめんね、穂乃果。比企谷君達との花火大会はどうだった?」
「うん、楽しかったよ!……あれ?絵里ちゃんに言ったっけ?」
「何となくそんな気がしただけチカ」
「ん?絵里ちゃん?」
あれ?今何かが違ったような……。
絵里ちゃんは咳き込んで、何かぶつぶつ言ってる。なんだぁ、私の気のせいかー。
「それで……何かあった?」
「何かって?」
「例えば……ちょっと勢いあまって手を繋いじゃったりとか、うっかり間接キスしちゃったりとか、なんかもう胸がドキドキしたりとかキュンキュンしたりとか、やっぱり目がカッコいいなーとか「エリチ」はい」
え、絵里ちゃん、どうしたのかな?すごい早口……。
「絵里ちゃん、大丈夫?」
「いえ、何でもないわ。じゃあ、帰ったらゆっくり話し合いましょう」
「え?あ、うん……」
話し合うって……何を?ま、いっか。
私はもう一度仰向けに寝転がった。
そのまま目を閉じると、さっきまで夜空を照らしていた花火を思い出して、頬が緩み、胸が踊った。
そういえば帰り際、うっかり転びかけて、比企谷君にしがみついちゃったな……なんかこう……背中、おっきかったな……。
頬に手を触れると、お風呂から上がってしばらく経ったのに、まだ頬が熱かった。