8月に入り、暑さも増し、なるべく家から出ないよう、細心の注意を払う毎日。てか、もうこんな暑いなら9月も夏休みでよくない?
そんなことを考えながら夏の夜の読書に勤しんでいると、珍しく……いや、最近はそうでもないが……スマホが震えだした。
俺は、相手が誰か何となく予想がついたので、相手を確認することもなく、スマホを耳に押し当てた。
「もしもし、比企谷君っ、今大丈夫?」
「……ああ、どうかしたのか?」
「ふっふっふっ……聞きたい?」
「いや、別に。じゃあ俺そろそろ寝るわ。じゃあな」
「ちょっと寝ないでよ!聞いてよ!比企谷君のイジワル!」
「じゃあ、勿体ぶらずに早く言ってくれると助かる。まあ、その感じだと悪い話じゃなさそうだな」
「そうだよっ、実は……比企谷君!ライブだよ、ライブ!」
「いや、俺、プロデューサーじゃないんだけど……」
「プロデューサー?何の話?」
「いや、こっちの話だ。まあ、あれだ、よかったな……じゃあ、行けたら行くわ。用事もあるし」
「えっ!?比企谷君、用事あるの!?」
「当たり前だ。夏休みだから色々あんだよ。予備校とかゲームとか読書とか」
「予備校以外は用事じゃないじゃん!しかも夏休み関係ないし!」
「いや、だらだらゲームすんのも夏休みの特権だろ」
「むむむ……あっ、そういえば優木あんじゅさんも参加するイベントなんだよ」
「…………いつのイベントだ?一応、聞いておく」
「……こ、これはこれで……納得いかないような……ていうか、ごめん。嘘なんだ……」
「……悪い。そろそろ寝るわ」
「ご、ごめん!謝るからぁ!今度新曲やるから、やっぱり比企谷君には一番前で見て欲しいの!」
「…………」
「あれ、どうかしたの?」
「い、いや、何でもない。とりあえず戸塚にも声かけとくわ」
「ありがとう!でも、もう一人の友達は?えっと……そうだ、材木座君!」
「……誰だっけ?」
「忘れてる!?ほら、もう一つの名前が剣豪将軍の……」
「そんな恥ずかしい名前の奴は知らない」
「そんなこと言っちゃダメだよ!もう……ん?お、お母さん!?いつからそこにいたの!?雪穂まで!もう、あっち行ってよ!」
「…………」
「ふぅ……まったくもう!……ごめん、何の話だったっけ?」
「ライブの開催日を聞こうとしていたところだ」
「そうそう、忘れるところだった。今週の日曜日だよ。……あれ?何か忘れてるような……」
「いや、そんなことないぞ。もう大丈夫だ。それよか、明日も早いんじゃないのか?」
「あっ、うん、そうだね。じゃあ、おやすみ」
「……おう」
あっさりと通話は途切れ、数秒後には耳が疼くような静寂がやってくる。
スマホを枕元に置き、窓の外に目をやると、さっきより夜は深まって見えた。
「おやすみ……か」
最近は割と聞き慣れた感があるが、改めて考えると不思議な感じだ……いや、今は考えるのはよそう。
俺は深呼吸をし、気持ちを切り替え、再び文字列を追い始めた。
時計が日を跨いでも、眠りはやってこなかった。