捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

34 / 120
第34話

 

 ジリジリと焼けつくような暑さを、少しの間だけ忘れてしまうような、そんな衝撃的な瞬間。ボッチとして訓練されていなければ、間違いなく惚れていただろう。

 しょうもない事を考えていると、割と近い距離から、ぱっちりとした二つの目が、心配そうにこちらを見上げてきた。

 そして、薄紅色の唇がそっと動いた。

 

「君、大丈夫?」

 

 その言葉に、はっと我に返り、何だか気恥ずかしい気分になる。

 

「あ、はい……あー、そ、そっちは……」

「こっちは全然平気よ。ごめんなさいね。急いでたから……」

「…………」

 

 二の句が継げず、視線をあちらこちらにさ迷わせてしまう。

 なんかこう、あれだ。芸能人を生で見た時のような感覚だ。まあ、この人もスクールアイドルの中ではかなり有名人で、雑誌に特集組まれたりしてるからかもしれんが。

 ふわふわした長い茶髪は、夏の風に揺れる度に甘い香りを飛ばし、鼻腔を優しくくすぐってくる。

 お嬢様風の雰囲気とは対照的に、白いTシャツに青いデニムというラフな出で立ちは、その起伏の激しいボディラインが強調されていて、うっかりすると、視線を吸い寄せられそうだった。

 兄の緊張した姿を見かねたのか、小町が背中をちょいちょいとつついてきた。

 

「ちょっとお兄ちゃん、いつまで見とれて……あっ、それって……」

 

 小町が何かに気づいたように、彼女の手元を指差す。

 目を向けると、その手には今日のイベントのパンフレットが握られていた。

 すると、小町が何かを企んでいるのか、急に人懐っこい笑顔になる。俺はその隙に、彼女と少し距離を空けた。

 

「そのイベント今から行くんですか?」

「ええ、そうよ。あなた達も?」

「はい、そうなんですよ♪お姉さん、A-RISEの優木あんじゅさんですよね?」

「あら、私の事知ってくれてるの?」

「はい~、A-RISEの曲大好きですよ!」

「ふふっ、ありがと。二人も喜ぶわ。あなたもスクールアイドル?」

「いえいえ、違います。」

「そう……あなたと、そこのあなたもスクールアイドルやったら人気でると思うのだけれど」

 

 急に視線を向けられた戸塚は、少し緊張気味に俯き、俺の時のようにやんわりと事実を告げた。

 

「えっと……僕、男の子です」

「ふふっ、面白いジョークね」

「いえ、冗談じゃ……」

「冗談じゃないですよ」

「あら……そうなの?ごめんなさい……あまりに可愛い顔してたから」

「だ、大丈夫ですよ……たまに間違えられるんで……」

「…………」

 

 いかん。うっかり戸塚のスクールアイドル姿を想像しちゃったじゃねえか。これは推すしかねえな。

 戸塚の可愛い姿を妄想している内に、二人はドンドン話を進めていた。あら、優木さんがこちらを見てらっしゃる。小町ちゃん。何を言ったのかしら?

 

「君、μ'sの高坂さんの知り合いなの?」

「え?ああ、まあ……」

 

 小町が何を話したかと思い、戦々恐々としていたが、どうやら杞憂だったようだ。

 すると彼女は妖艶な笑みを見せ、また距離を詰めてきた。

 ガラリと変わった空気に、緊張のせいか背中を汗が伝った。

 そして、さっきとは違い、艶かしく唇が動く。

 

「私の動画もたまに見てくれてるんだ?」

「…………」

 

 だから動画の再生履歴は消せとあれほど……。

 しばらく俺の顔を見ていた優木さんは、妖艶な笑みから爽やかな笑みに戻り、俺達を促した。

 

「ふふっ、あなた達もスクールアイドルのライブ観に行くんでしょ?じゃあ行きましょ。早くしないと、遅刻しちゃうわ」

「はいっ♪」

「楽しみだね、八幡!」

「あ、ああ……」

 

 この時の俺は、会場に行くまでの短い時間に、やたらからかわれるとは思ってもみなかった。

 ちなみに、材木座はメイドさんからティッシュを貰い、ホクホク顔で空を仰いでいた。

 

 *******

 

 ライブ開演の30分前。私は会場のエントランスで皆を待っていた。絵里ちゃんも一緒に待とうとしたけど、希ちゃんに止められていた。なんか「自重せなあかんよ」とか「そろそろ最新話やろ」とか言われていた。何の話かな?

 そこで、入り口の方から声が聞こえてきた。

 

「穂乃果さ~んっ!」

「あっ、小町ちゃん!戸塚君に材木座君も!」

「久しぶり、高坂さん。材木座君、何でそんなに挙動不審なの?」

「けぷこん、けぷこん。この建物内には特殊な結界が張られていてな」

「結界?」

「いや、真面目に考えなくていい。スクールアイドルが大勢いて、無駄に緊張してるだけだからな」

「あっ、比企谷……君?」

 

 比企谷君の声がしたので、そっちの方に目を向けると、隣にとっても美人な女の子がいた。あれ?この人、どこかで……

 

「初めまして、高坂穂乃果さん。A-RISEの優木あんじゅです」

「えっ……えええ~~~~!!?」

 

 ア、A-RISEの、ゆ、ゆ、優木あんじゅさん!?

 な、なな、何で比企谷君と!?知り合いだったの!?

 優木あんじゅさんは、私に微笑んでから比企谷君の方を向いた。

 

「へえ、君って本当にμ'sの高坂さんと知り合いだったんだぁ」

「いや、嘘つく理由もないでしょう……」

 

 比企谷君は優木あんじゅさんが顔を近づけると、そっぽを向いた。耳まで真っ赤になってる……ちょっと顔が疲れ気味だけど……。

 

「もしかして、君って結構モテるの?」

「……モテてるなら今頃渋谷でデートしてますよ」

「あははっ、照れちゃって可愛い♪」

「…………」

 

 優木あんじゅさんにからかわれ、八幡君は顔を赤くしている。やっぱり、憧れのスクールアイドルが近くにいるから緊張してるみたい。

 ……でも、ちょっと顔近いんじゃないかなぁ。いや、別にいいけど……。

 

「穂乃果、どうかしたのですか?」

「え?」

「ちょっと怖いというか……不機嫌そうな顔してるかも……」

「ええっ、ウソっ?」

 

 思わず顔をペタペタ触ってしまうけど、もちろん何もわからない。

 でも何だか海未ちゃんの言う通りな気がした。

 何で……いやいや、今はそれどころじゃないよっ。今からライブだもん!皆を笑顔にしなくちゃ!

 私は頭をぶんぶん振って、すぐに気持ちを切り替えた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。