「お兄ちゃん、お兄ちゃん!小町はプールに行きたいのです!」
「……そっか」
「うわぁ……完全にスルーされちゃってるよ……さすがはゴミぃちゃん」
小町ががっかりした表情で、ソファーにうつ伏せに寝そべりゲームをしている俺の背中に座る。おい、手元が狂っちゃうだろうが。可愛いから許してやるけど。
そのままの態勢で小町は話を続けた。
「お兄ちゃん、プールだよプール。お兄ちゃんがプールに行く機会なんてないでしょ」
「さも俺がプールに行きたくてたまらないみたいな言い方するのは止めようね」
「でもでも、ビキニ着たギャルが見れるんだよ。目の保養だよ」
「お前はオッサンかよ……」
「ほら、チケットだって……」
「何でそんなもんが……てか友達誘えばいいだろうが。夏休みだし」
「残念ながら予定があわなかったのです。だーかーら、行こっ♪ねっ?」
「…………」
俺は溜息を吐き、ゲームの攻略を急いだ。
*******
結局電車を乗り継ぎ、炎天下をうだりながらプールまでの道のりをとぼとぼ歩いている。まあ、可愛い妹の頼みだし?ゲームもキリのいいとこまで進んでたし?決して水着姿の女子が見たいとか、そんな男子中学生みたいな理由じゃない。ハチマン、ウソ、ツカナイ。
「あれ、比企谷君?」
「……は?」
声のした方を向くと、そこには……きょとんとした表情の高坂がいた……マジか。
赤のタンクトップに黒いホットパンツと、いかにも夏らしい装いの彼女は、こちらに小走りで駆け寄ってきた。
さっきの進行方向からして、どうやら目的地は同じみたいだ。
さらに、隣にはあの三人組がいる。しかも、やけにニヤニヤしながら。
「あれ、比企谷君ー小町ちゃんー」
「わー、偶然だねー」
「こんなこともあるんだねー」
「穂乃果さん、ヒデコさん、フミコさん、ミカさん、偶然ですねー」
おい、そこの四人。あからさますぎんだろ。演技下手か。てか、いつの間に繋がってたんだよ。
何も知らないであろう高坂は、相変わらずの無邪気な笑顔を見せた。
「この前のライブ以来だね!元気だった?」
「……まあ、普通だ」
「こんなところで穂乃果さんに会えるなんて!やっぱり外に出てみるもんだね、お兄ちゃん!」
「え~比企谷君、ずっと家の中に籠ってちゃダメだよ!たまには外に出て遊ばないと」
「お前は遊びすぎて園田さんに叱られてんだろ」
「うぐっ……そ、そんなことないもん!スクールアイドル活動してるもん!この前ライブやったじゃん!」
「とりあえず宿題はまだ手つけてないんだな」
「うぐぐっ……比企谷君のイジワルっ!捻くれ者っ!」
「はいはい、お二人さん。夫婦喧嘩はその辺で」
「違う」
「そうだよ!比企谷君はただの大ファンなんだから!」
その訂正も違う気がする。てか、まだ言うか。
そうこうしている内に、三人組with小町が話を進めていく。
「じゃあ、せっかくだし一緒に遊ぼっか」
「そうね、せっかくだし!」
「さんせー!」
高坂もその輪に加わり、小町に抱きつく。
「うんうん!人数多いほうが楽しいよね♪」
あれあれ、あっという間に一緒に遊ぶ流れになっちゃいましたよ?ふっしぎー。
……まあ、これで俺の役目は終わったな。
「じゃあ、小町。俺は適当にその辺ブラブラしてるから、帰る時に連絡くれ」
「「「「「…………」」」」」
10の瞳が鋭い視線で突き刺してくる。はっきり言って怖い。ポケモンが『にらみつける』で防御力下がる意味がわかっちゃったんだけど……こりゃ下がるわ。
その場に縫いつけられたように動けずにいると、三人組に両腕を拘束され、背中を押される。
「お、おいっ……」
「あっ……」
「じゃ、行こっか」
「逃がさないよ?」
「レッツゴー!」
気を強く持たないと、うっかり変な期待をしてしまいそうなシチュエーションに、背中の辺りに嫌な汗をかいてる気がする……てかこいつら、もう少しそういうの気にしてもらえませんかねえ
「おい、アイツ……あんな可愛い子達に……」
「神よ、奴に天罰を」
「またかよ、あのボッチ……」
「デス」
なんかジロジロ見られてるんだが……てか、俺の事をボッチだと知ってる奴とはそろそろ決着をつけるべきだ。それと即死魔法やめろ。
「ほら比企谷君、はやく行くよ!自分で歩かなきゃ!」
「あ、ああ……」
そして、何でお前はちょっと不機嫌になったんだよ……。
*******
ふぅ……やれやれだぜ。
まさか裏で手を引いているとは。まあ、高坂があんな感じだから、何も起こりようがないんだが……。
今俺達がいるプールは、去年開園したばかりで、東京と千葉の県境という事もあり、夏休みは連日大盛況だそうだ。
家族連れやカップルや、友達同士でプールではしゃぐ姿。キラキラと陽射しが乱反射する水面を眺めていると、「お~い」と声が聞こえた。
「お待たせ~」
「…………」
まずは小町が姿を見せた。少し前に買い物に付き合わされた時に購入していたやつだ。肌の露出は多めだが、それでも年相応の可愛らしさは少しも損なわれていない。さすがディア・マイ・シスター。すばらしくてナイスチョイス!
「おっ、やっぱ男の子は準備はやいね~」
「お待たせ~」
「わぁ♪やっぱ広いね~!」
ヒフミトリオは……以下省略。
「ちょっとちょっとちょっと!」
「それはないんじゃない?」
「モブ扱いしないで!」
「んな事言われても……」
そりゃあ、どこぞの爆殺卿みたいに「このモブ共が!」とか言ったりしないけどさ。
三人組は……「お、お待たせ」「「「おい!!」」」
三人組の水着の紹介に割り込むように、高坂がやけに静かなテンションで出てきた。
水着は以前見たPVで着用していた物と同じだった。白と黒のボーダー柄で、所々にピンクのアクセントが入っている。こうして直に水着姿を見るのは初めてだが、画面越しに見るよりも細く見える。
ただ問題は水着よりも……
「……えと……あの……」
こいつの事だからてっきり「プールだ~!」とか少年漫画のノリではしゃぎだすかと思えば、やけにしおらしい。
頬を朱に染め、胸の前で手を合わせ、もじもじするその姿は、あまり眺めていたら変な気分になりそうだった。
「「…………」」
どちらも言葉に詰まり、視線をあちこちにさまよわせる。
夏の陽射しは容赦なく照りつけ、彼女の頬に夏の火照りを加え、ぼんやり見ているだけで胸が高鳴った。
周りの雑多な賑わいが、心地よいBGMのように思えてくる。
先に口を開いたのは彼女だった。
「あれ?皆は?」
「…………は?…………あいつら」
い、いつの間に……。
いや、その辺りの意図はわかるんだが、非モテ三原則を遵守する俺は、その企みに乗っかるつもりはない。意地でも合流してやろう。
「……とりあえず、行くか」
「う、うん。そうだね。行こっか」
目を合わせたり逸らしたりしながら、俺と高坂はどちらからともなく、遠慮がちに並んで歩きだした。