捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第36話

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!小町はプールに行きたいのです!」

「……そっか」

「うわぁ……完全にスルーされちゃってるよ……さすがはゴミぃちゃん」

 

 小町ががっかりした表情で、ソファーにうつ伏せに寝そべりゲームをしている俺の背中に座る。おい、手元が狂っちゃうだろうが。可愛いから許してやるけど。

 そのままの態勢で小町は話を続けた。

 

「お兄ちゃん、プールだよプール。お兄ちゃんがプールに行く機会なんてないでしょ」

「さも俺がプールに行きたくてたまらないみたいな言い方するのは止めようね」

「でもでも、ビキニ着たギャルが見れるんだよ。目の保養だよ」

「お前はオッサンかよ……」

「ほら、チケットだって……」

「何でそんなもんが……てか友達誘えばいいだろうが。夏休みだし」

「残念ながら予定があわなかったのです。だーかーら、行こっ♪ねっ?」

「…………」

 

 俺は溜息を吐き、ゲームの攻略を急いだ。

 

 *******

 

 結局電車を乗り継ぎ、炎天下をうだりながらプールまでの道のりをとぼとぼ歩いている。まあ、可愛い妹の頼みだし?ゲームもキリのいいとこまで進んでたし?決して水着姿の女子が見たいとか、そんな男子中学生みたいな理由じゃない。ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 

「あれ、比企谷君?」

「……は?」

 

 声のした方を向くと、そこには……きょとんとした表情の高坂がいた……マジか。

 赤のタンクトップに黒いホットパンツと、いかにも夏らしい装いの彼女は、こちらに小走りで駆け寄ってきた。

 さっきの進行方向からして、どうやら目的地は同じみたいだ。

 さらに、隣にはあの三人組がいる。しかも、やけにニヤニヤしながら。

 

「あれ、比企谷君ー小町ちゃんー」

「わー、偶然だねー」

「こんなこともあるんだねー」

「穂乃果さん、ヒデコさん、フミコさん、ミカさん、偶然ですねー」

 

 おい、そこの四人。あからさますぎんだろ。演技下手か。てか、いつの間に繋がってたんだよ。 

 何も知らないであろう高坂は、相変わらずの無邪気な笑顔を見せた。

 

「この前のライブ以来だね!元気だった?」

「……まあ、普通だ」

「こんなところで穂乃果さんに会えるなんて!やっぱり外に出てみるもんだね、お兄ちゃん!」

「え~比企谷君、ずっと家の中に籠ってちゃダメだよ!たまには外に出て遊ばないと」

「お前は遊びすぎて園田さんに叱られてんだろ」

「うぐっ……そ、そんなことないもん!スクールアイドル活動してるもん!この前ライブやったじゃん!」

「とりあえず宿題はまだ手つけてないんだな」

「うぐぐっ……比企谷君のイジワルっ!捻くれ者っ!」

「はいはい、お二人さん。夫婦喧嘩はその辺で」

「違う」

「そうだよ!比企谷君はただの大ファンなんだから!」

 

 その訂正も違う気がする。てか、まだ言うか。

 そうこうしている内に、三人組with小町が話を進めていく。

 

「じゃあ、せっかくだし一緒に遊ぼっか」

「そうね、せっかくだし!」

「さんせー!」

 

 高坂もその輪に加わり、小町に抱きつく。 

 

「うんうん!人数多いほうが楽しいよね♪」

 

 あれあれ、あっという間に一緒に遊ぶ流れになっちゃいましたよ?ふっしぎー。

 ……まあ、これで俺の役目は終わったな。

 

「じゃあ、小町。俺は適当にその辺ブラブラしてるから、帰る時に連絡くれ」

「「「「「…………」」」」」

 

 10の瞳が鋭い視線で突き刺してくる。はっきり言って怖い。ポケモンが『にらみつける』で防御力下がる意味がわかっちゃったんだけど……こりゃ下がるわ。

 その場に縫いつけられたように動けずにいると、三人組に両腕を拘束され、背中を押される。

 

「お、おいっ……」

「あっ……」

「じゃ、行こっか」

「逃がさないよ?」

「レッツゴー!」

 

 気を強く持たないと、うっかり変な期待をしてしまいそうなシチュエーションに、背中の辺りに嫌な汗をかいてる気がする……てかこいつら、もう少しそういうの気にしてもらえませんかねえ

 

「おい、アイツ……あんな可愛い子達に……」

「神よ、奴に天罰を」

「またかよ、あのボッチ……」

「デス」

 

 なんかジロジロ見られてるんだが……てか、俺の事をボッチだと知ってる奴とはそろそろ決着をつけるべきだ。それと即死魔法やめろ。

 

「ほら比企谷君、はやく行くよ!自分で歩かなきゃ!」

「あ、ああ……」

 

 そして、何でお前はちょっと不機嫌になったんだよ……。

 

 *******

 

 ふぅ……やれやれだぜ。

 まさか裏で手を引いているとは。まあ、高坂があんな感じだから、何も起こりようがないんだが……。

 今俺達がいるプールは、去年開園したばかりで、東京と千葉の県境という事もあり、夏休みは連日大盛況だそうだ。

 家族連れやカップルや、友達同士でプールではしゃぐ姿。キラキラと陽射しが乱反射する水面を眺めていると、「お~い」と声が聞こえた。

 

「お待たせ~」

「…………」

 

 まずは小町が姿を見せた。少し前に買い物に付き合わされた時に購入していたやつだ。肌の露出は多めだが、それでも年相応の可愛らしさは少しも損なわれていない。さすがディア・マイ・シスター。すばらしくてナイスチョイス!

 

「おっ、やっぱ男の子は準備はやいね~」

「お待たせ~」

「わぁ♪やっぱ広いね~!」

 

 ヒフミトリオは……以下省略。

 

「ちょっとちょっとちょっと!」

「それはないんじゃない?」

「モブ扱いしないで!」

「んな事言われても……」

 

 そりゃあ、どこぞの爆殺卿みたいに「このモブ共が!」とか言ったりしないけどさ。

 三人組は……「お、お待たせ」「「「おい!!」」」

 三人組の水着の紹介に割り込むように、高坂がやけに静かなテンションで出てきた。

 水着は以前見たPVで着用していた物と同じだった。白と黒のボーダー柄で、所々にピンクのアクセントが入っている。こうして直に水着姿を見るのは初めてだが、画面越しに見るよりも細く見える。

 ただ問題は水着よりも……

 

「……えと……あの……」

 

 こいつの事だからてっきり「プールだ~!」とか少年漫画のノリではしゃぎだすかと思えば、やけにしおらしい。

 頬を朱に染め、胸の前で手を合わせ、もじもじするその姿は、あまり眺めていたら変な気分になりそうだった。

 

「「…………」」

 

 どちらも言葉に詰まり、視線をあちこちにさまよわせる。

 夏の陽射しは容赦なく照りつけ、彼女の頬に夏の火照りを加え、ぼんやり見ているだけで胸が高鳴った。

 周りの雑多な賑わいが、心地よいBGMのように思えてくる。

 先に口を開いたのは彼女だった。

「あれ?皆は?」

「…………は?…………あいつら」

 

 い、いつの間に……。

 いや、その辺りの意図はわかるんだが、非モテ三原則を遵守する俺は、その企みに乗っかるつもりはない。意地でも合流してやろう。

 

「……とりあえず、行くか」

「う、うん。そうだね。行こっか」

 

 目を合わせたり逸らしたりしながら、俺と高坂はどちらからともなく、遠慮がちに並んで歩きだした。

 

 

 


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