数分前……。
まさかここで比企谷君に会うなんて思わなかったなぁ。
この前のライブ終わってから、電話とかしてなかったから、久しぶりに思えてくる。
……ライブ。
何故か、あんじゅさんにデレデレしてる八幡君を思い出してしまった。
……顔赤くしてたなぁ。まったくもう……確かにあんじゅさんは美人だけど……あれ?何で私、イライラしてるんだろう。もう、何日も前の事なのに……。
「ほ~のかっ、早く着替えなよ」
「もしかして、比企谷君の前で水着姿になるの、恥ずかしい?」
「ち、違うよっ、PVで水着着てたから恥ずかしくないもんっ!」
ぼーっと考えている内に、皆既に着替え終わっていた。
ヒデコは白いビキニを、フミコはフリルのついた水色のビキニを、ミカは白いワンピースの水着を着ていた。
小町ちゃんはもう外に行ったみたい。
いけないいけない、私もはやく着替えなきゃ!
慌てて着替えると、さっきヒデコが言ったことを思い出した。
「は、恥ずかしくなんて……ないよね?」
私は自然と、自分の腰や太ももをペタペタ触り、意味のないチェックを繰り返した。
*******
そして今……
「……高坂?」
「わひゃいっ!」
「っ!びっくりしたぁ……お前、何て返事すんだよ……」
「あはは、ごめんね。ぼーっとしちゃってた……」
「そ、そうか……」
比企谷君は視線を前に戻し、ポケットに手を突っ込み、猫背気味に歩き出す。もう少し背筋を伸ばせばいいのに……あっ、でも比企谷君って猫っぽいかも。あんまり触らせてくれない猫。目つきの悪さもちょうど……
「……どした?」
「え?」
比企谷君がこっちを向いた。いつの間にか、横顔をずっと見ていた自分に気づき、慌てて口笛で誤魔化す。
「♪~」
「…………」
き、気まずい……何か新しい話題を……あっ、そうだ!
「比企谷君は夏休みは部活ないの?」
「ああ」
「…………」
「…………」
終わっちゃった……いや、まだまだだよ!
私が必死に頭を働かせていると、比企谷君の方から口を開いた。
「……なあ、高坂」
「えっ、何?」
「もしかして、は……」
「お、お腹空いてるわけじゃないもんっ!」
もうっ、私が食いしん坊みたいじゃん!……その通りかも。でも私、そんなイメージなのかなぁ?
「じゃあ、具合悪いのか?」
「違うよ。何かこう……あっ、そうだ!あれ乗らない?」
私は、たまたま目についたウォータースライダーを指差した。人気があるのか、結構人が並んでいる。
「どうした、いきなり……」
「だって、皆どこ行ったかわからないし、でも探してばかりじゃ時間もったいないから、遊びながら探そうよ!」
「……わかった」
勢いで言っちゃったけど、まあ大丈夫だよね。せっかくだし楽しまなきゃ、ね。皆がこのプールのどこかにいるのはわかってるんだし。
私達はウォータースライダーに向け、ゆっくり歩き出した。
さっきよりは自然にその横顔を見れた……気がする。
*******
「「…………」」
どうしよう……。
ウォータースライダーの列に並んだのはいいけど、周りが……
「さ、才人……これ本当に面白いの?」
「いいからやってみろって、こっちの世界の事知りたいって言ったのお前だろ?大丈夫だって、俺がついてるから」
「うん、わかった。ありがと……」
「悠二、さっきからこっち見すぎ」
「い、いや、その……その水着、似合ってるよ」
「っ!うるさいうるさいうるさい!……バカ」
カップル多すぎるよ!後ろの方には女の子の集団もいるけど……
「カップルばかりだねー」
「私達アウェーだねー」
「マジ引くわー」
……こ、これって、わ、私達もそういう風に見えるって事なのかなぁ?カ、カップルに?
ううん、違うよね!私達はそんなんじゃないもんっ!
「ね、ねえ、比企谷君……」
「な、何だ?」
比企谷君もそわそわして落ち着きがなかった。あれ?少し頬が赤い?
その頬を見た私は、またその横顔を見る事ができなくなった。
*******
喋ったり黙ったりを繰り返していたら、いつの間にか自分達の番になっていた。
2人乗りのボートがセットされていて、係員のお姉さんが手招きしている。
「はいっ、じゃあ彼女さんが前に乗りますか?」
「ち、違います!」
「違います……」
「え?」
「あ、そ、そうじゃなくて。私達は、えと……」
「ふふっ、初々しいですね。でも、ボートの上では程々に♪」
「「…………」」
そ、そう見えるのかなぁ……いや、今はこっちを楽しもう!
私が前に、比企谷君が後ろに座り、準備万端。あとは滑るだけ……だけど。
「「っ!」」
比企谷君の膝が真横に来て、体がびくんと跳ねる。い、意外と近いどころじゃなくて、ほとんどくっついてるよね、これ……。
「「…………」」
どっちも何も喋らない。喋ることができない。う、海未ちゃん達とならこんな事ないのに……当たり前だけど。
さらに、首筋に比企谷君の息づかいを感じ、息がかかってるわけじゃないのに、なんかくすぐったい。
「じゃあ、行きますよ~」
係員の人の声と共に、2人乗りのボートがコースを滑り出した。
風を切り、水しぶきをあげて加速していくボートは、小刻みに揺れ、楽しくてつい声をあげてしまう。久しぶりに味わうジェットコースターみたいなスリルに、さっきまでの緊張が嘘みたいになくなっていた。
体がくっついている事も、今はあまり気にならなかった。
「やっほ~~~~♪」
「……山じゃねえんだから」
「比企谷君も叫んでみたら~!」
「いや、遠慮しとく……」
「ふふっ、楽しい~♪」
やがて、ボートは終着点まで行くと、一際大きな水しぶきが上がった。
キラキラ光る水滴がとても綺麗で、つい見とれてしまった。私に作詞作曲の才能があれば、歌にできたかもしれない。
「あははっ!楽しかったね、比企谷く……きゃっ!」
「っ!」
突然立ち上がった勢いでボートが揺れ、私はバランスを崩した。
そのまま比企谷君の方に倒れ込んでしまう。
その時、優しく受け止められるような感触がした。
「ご、ごめ~ん……」
「…………お、おう」
いたた……気をつけないと……あ。
ゆっくり顔を上げると、至近距離に比企谷君の顔があり、時間が止まったような気持ちになる。
私は比企谷君に抱きついてしまっていた。