「本当にあの四人何処に行ったんだろうな……」
「そうだねぇ」
意外と施設内は広く、探せど探せど四人は一向に見つからない。放送を使って呼び出すほどでもないのだが、とにかくこのまま二人だけというのはまずい……またさっきのような空気になったら、八幡倒れちゃう!
「あの、比企谷君」
「どした?」
「比企谷君って、誕生日いつなの?」
「8月8日」
「そっかぁ……ってもう終わってるじゃん!」
「……そういやそうだな」
「反応薄いよっ、自分の誕生日なのに……」
「…………」
思い出してみると、朝母ちゃんから小遣いをもらったり、小町が冷蔵庫にケーキ入れてくれてたり、親父は……まあ、小遣いには親父からの分が含まれてるだろうし。あれ、俺結構リア充じゃね?っべーわ。
高坂は何か閃いたように、パンっと手を叩いた。
「じゃあ、後で皆でお祝いしようよ!ハッピバースデートゥユ~♪」
「……や、やめてくれ」
こんな公共の場で祝われたところで、俺の性格上マラソン大会で最下位の奴が大勢で無駄に熱い声援を送られた時のような複雑な気持ちにしかならないだろう。
「むぅ……比企谷君捻くれてるなぁ」
「むしろ当然の反応だろ。てか、お前はいつなんだよ」
「え?8月3日だよ」
「お前も終わってんじゃねえか……まあ、あれだ。こっちが祝ってないのに祝われるのもあれだから、気にしなくていい。あと……誕生日おめでとう」
「あ、うん、あ、ありがとう……比企谷君も、誕生日おめでとう」
「…………」
「…………ふふっ」
高坂が吹き出し、それにつられ、こちらも微かな笑いが漏れる。何がおかしいのかはわからないが、ポツポツと胸の辺りに温かな何かが灯っていくのを感じた。
高坂は無邪気で無防備な笑顔を見せた。
「じゃあ、今度一緒に誕生日祝わない?」
「……お前は祝ったんじゃないのか?」
「祝ってもらったよ♪でも、お互いに誕生日知らなかったってことで」
「……むちゃくちゃな理由なんだが……お前、俺からのプレゼントが欲しいのか?」
「うんっ♪……あっ、違うよ!比企谷君じゃなきゃダメとかじゃなくて……でも、プレゼント沢山貰いたいとかでもなくて……えと、その……」
一人でわたわたしている高坂は、どこか子犬みたいに見える。猫派の俺でも微笑ましく思えるくらいだ。関係ないか。
「……まあ、その……時間が合えば、な」
あまりそのままにしておくと、うっかり犬派に変わり、カマクラが構ってくれなくなりそうなので、思ったことをそのまま口にした。
すると彼女は、ぱあっと笑顔になる。
「本当!?じゃあ……はいっ、約束♪」
高坂は、白く細い小指をこちらに向けてくる。
俺は小さく頷き、右手の小指の先端を、その小指の先端にくっつけた。
「トモダチ……って違うよ!そうじゃないよ!なんかちょっと違うし!」
「……ち、違うのか?」
いや、知ってたけどね。だって照れくさいじゃん?
とはいえ、高坂はジト目のまま、小指をこちらにしっかりと向けている。
「んっ、早く!」
「…………」
俺は指が震えないように気をつけながら、そっと小指を絡める。
ひんやりした感触が、温度が、優しく混ざり合い、ゆっくりと温もりに変わる。
高坂は何故か不思議そうな顔をして、絡まった小指を見つめている。恥じらうとかそんな感じとも違う、本当に不思議なものを見つめる瞳だった。
そして、その瞳を見ていると途端に落ち着かない気持ちになった。
……何だ、この胸騒ぎ……?
「な、なあ、そろそろ……」
「えっ?あ、うん。そうだね……」
お互いに焦り気味だった割にはゆっくりと小指は離れる。
高坂は右手を胸元に当てながら、やわらかく微笑んだ。
「じゃあ、約束したからね!嘘ついたら針千本刺されるんだからね!」
「飲ますじゃないのか?いや、どっちも嫌だけど……」
「じゃあ、約束守らなくちゃね!プレゼント楽しみだなぁ♪」
「いや、やっぱお前そっちが目的だろ」
「違うもん!比企谷君の誕生日祝いたいだけだもん!」
「そっか、じゃあ今度ほむまん5箱買うわ」
「それ自分が買って帰ってるだけじゃん!」
「いや、店の売上に貢献してる。お前の小遣いも上がるかもな」
「上がらないよっ、比企谷君のケチ!せっかくMAXコーヒー8本奢ってあげようと思ったのに!」
「お前も大概な気がするんだが……しかも8本って中途半端すぎるだろ」
「だって比企谷君、下の名前八幡っていうんでしょ?」
「数字の8が大好きなわけじゃねえよ……ん?おい、あれ……」
「あっ、おーい!ヒデコ!フミコ!ミカ!小町ちゃ~ん!」
全員の名前を呼ぶ必要はない気がするが、それはさておき、名前を呼ばれた4人はしまったと言いたげな顔をしている。まあ、予想通りだ。
そのまま俺達は合流し、残りの時間は、プールサイドではしゃぐ5人を横目にだらだらと過ごしていた。
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「あ~楽しかったっ♪」
高坂は大きく伸びをして、まだ湿っている髪を夏の風に泳がせる。
その満足そうな表情を見ていると、たまにはこんな騒がしい休日があってもいいんじゃないかと思えてくるから不思議だ。ちなみにヒフミトリオは、スマホの画面を確認しながらキャッキャウフフと楽しげにしている。
「お兄ちゃんはどうだった?」
「まあ、お前が楽しかったんならそれでいい」
「またまたお兄ちゃんは捻デレちゃって~」
「捻デレちゃって~」
「…………」
何故か高坂までもからかってくる。やめろ、ただでさえリアクションとりづらいんだから。
何ともいえない感情を誤魔化すように前を向くと、突然高坂が耳元に唇を近づけてきた。
「比企谷君。約束、忘れないでね」
「……あ、ああ」
すぐに彼女は離れ、再び並んで歩き出す。
夏の夕焼けが彼女の頬をほんのり照らし、まだしばらく夏が続くことを教えてくれていた。
そして、一歩一歩駅へと向かう帰り道に響く足音は、この前より重なって聞こえた気がした。
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「けーちゃん、楽しかった?」
「うんっ、また来たい♪」
「いいよ、また来ようね。ん?あれ……比企谷?」