「えっと……じゃあ、よろしくお願いします」
「どうぞどうぞ♪」
「…………」
いまいち現実が呑み込めない。
高坂がウチに泊まる、だと?
いくら電車が運転見合せになったからって……なんか色々やばい気がするんですよ。何がやばいって、やばすぎてやばい。戸部並の語彙力になってる時点でやばいってばよ。
ふと高坂に目をやると、あっちも同じタイミングでこちらを見たので、視線がぶつかる。
「「…………」」
何か声をかけるにも、何も思いつかない。
それどころか、屋上での手の温もりが鮮明に蘇り、気恥ずかしさすら覚える。
高坂は、やや頬を染めながら、「いやー」とか「えーと」とかもにゅもにゅ口を動かしていた。
その様子を見かねたのか、小町が手をパンっと叩き、割って入ってくる。
「ほら、お兄ちゃん。何ぼっとしてんの?ほら、早く」
「えっ、何?俺もう寝たほうがいいの?」
「どうしてそうなるかな~、馬鹿なの?……穂乃果さんと一緒に買い物行ってきて。急なお泊まりで何も準備してないだろうから」
「あ、ああ。なるほど」
さすが小町ちゃん、気が利く!そこにシビれる、憧れるゥ!!確かに、鞄には教科書やら女子特有のあれこれしか入ってないだろう。まあ、女子の鞄の中身事情は知らんけど。
高坂も今さら気づいたのか、うんうんと頷いている。
「……じゃあ、行くか。金無いなら貸すけど」
「あっ、大丈夫大丈夫!お小遣い貰ったばかりだから」
「じゃあ小町は晩御飯作ってるから、いってらっしゃ~い♪」
*******
「「…………」」
もう日も暮れかけた空を見上げると、今日一日であれだけの出来事があったことが不思議に思えてくる。
さらに、これから……
「あの、いきなりごめんね?比企谷君、疲れてるのに……」
「いや、別に……それよか、家に電話したか?」
「あっ、うん!お父さんには、海未ちゃんの家に泊まったことにしてくれるって」
「……そ、そうか」
「あと、お母さんと雪穂から「頑張れ!」って言われちゃった。別に東京と千葉ってそんなに離れてないのに」
「…………」
それはそういう意味ではないような気が……じゃあ、どういう意味かって?まあ、考えるのは止めとこう。
ぽつぽつと会話をしている内に、いつものスーパーが見えてきた。
こいつと話していると、不思議と時間が経つのが早い。
……多分……本当に多分だが、いつの間にか、高坂と他愛のない話をする時間を居心地よく思ってるのかもしれない。
「どしたの?私の顔、何か付いてる?」
「……口元にソースが付いてる」
「えっ、嘘!?」
「いや、気のせいだった」
「もうっ、何なの!?」
「悪い。後でパン奢ってやるから」
「また食べ物で釣ろうとしてる~。子供じゃないんだから、そんなんじゃ騙されませんよ~だ」
「……そういや、秋葉原に美味いメロンパンの店がオープンしたって小町が言ってた」
「あっ、知ってる!今度海未ちゃん達と行くんだぁ♪」
「そっか。まあ、本当に美味かったら、今度そっちに行った時にでも……」
「…………」
言い終える直前ではっとなる。自分の口から自然と出てきた言葉が信じられなかった。
その驚きのせいか、彼女の目を黙って見ることしかできなくなる。自分が自分じゃないような、不思議な感覚が胸の奥を叩いていた。
そんな緊張がピークを迎えた時、最初はきょとんとしていた高坂だが、やがていつもの笑顔を見せた。
「…………じゃあ、海未ちゃん達と行くのは、もうちょっと先でいいかな」
高坂は俺より少し先を歩き、くるっと振り返った。
「楽しみにしてるからねっ」
夕陽がほんのり赤く照らす笑顔は、穏やかに輝き、今日までの疲れやら何やらが、どうでもいいことのように思えてきた。
油断していると、このまま見とれてしまいそうになる。
だが、ずっと直視するには眩しすぎて、つい目を逸らしたまま返事してしまう。
「……ああ」
何を誤魔化そうとしたのか、俺は首筋に手を当て、数秒瞑目し、すぐに彼女の隣に並んだ。