少し気まずい食事時間を終え、風呂に順番で入ることになった。高坂が風呂に入ると、俺は自室に篭り、ベッドに腰かけ、ひたすらゲームの世界に没頭していた。別に、うっかりリビングにいてラッキースケベに遭遇したらどうしようとか、いらん想像を振り払いたいとかじゃない。ハチマン、ウソ、ツカナイ。
しばらくそうしていると、やや強めにドアがノックされた。
「お風呂いただきました~♪」
高坂が、こちらが返事するより先に入ってくる。おい、女子が思春期男子の部屋にいきなり入ってくんな。
そんなデリケートな事情も知らず、彼女は満足そうな笑みのまま、俺の隣に腰かけた。
「何してるの?」
「……勉強」
「絶対に違うじゃんっ、どうせゲームでしょ?」
「わかりきってる事を聞くな。そういや、明日は始発から通常通り運行するらしいぞ」
「そっか。よかったぁ」
頷きながらも、高坂の視線はゲームの画面に集中している。ええい、近いいい匂い近い……あと肩くっついてるんだが。
ふと隣を見ると、意外なくらいすぐ近くに高坂の顔がある。
ぱっちりした無邪気な目はいつも通りだが、風呂上がりで火照った頬や、しっとり濡れた髪はいつもと違い、何だか色っぽく見えた。
さらに、肩には温もりが触れ、鼓動が跳ね上がるのを感じる。この子、ここがベッドの上だと気づいているのかしらん。
すると、いきなり彼女がこちらを向いた。
「「っ!」」
至近距離で見つめ合う状態になり、彼女の吐息が口元にかかる。
彼女も驚きに目を見開いていた。
「…………」
「えと……あの……」
それは数秒の事だった。
しかし、とてつもなく長く感じられ、うっかりするとこの何ともいえないふわふわした時間に、飲み込まれてしまいそうだった。
俺はそうならないよう、そっと立ち上がり、携帯を充電し、あまり足音を立てないよう、ドアへ向かう。
「……ふ、風呂入ってくる」
「あ、うんっ、いってらっしゃい」
本来ならこれで終わるはずだった。
しかし、よりにもよって、このタイミングで足を滑らせてしまう。
「っ!」
「わわっ」
まだベッドに座り、ぼーっとしていた高坂の方へ倒れるが、何とか腕で踏ん張る。ベッドのスプリングが一層強く軋む音がどこか遠く聞こえた。
「……わ、悪い。大丈夫か?」
「平気……だけ、ど」
慌てて状況を確認すると、俺が高坂を押し倒しているような体勢になっていた。
それに気づき、最初はポカンとしていたが、すぐにはっとなる。
彼女の白く綺麗な鎖骨や、浅く上下する胸をなるべく見ないように、すぐ起き上がろうとすると、頬に何かが触れた。
それが、彼女の手のひらだと気づき、微動だにできなくなる。
「「…………」」
そのまま、視線を交錯させていると、意識に靄がかかったような気分になる。
高坂は目を閉じ、体を強張らせていた。
俺は……
すると、その静寂を裂くように、ドアがノックされ、開かれた。
「「っ!」」
「お兄ちゃん、はやくお風呂…………あはは、しっつれいしました~♪」
バタンとドアが閉められ、弛緩した空気が漂う。
ただ、その余韻に浸る余裕など、あるはずもなかった。
「……ふ、風呂入ってくる」
「……あ、うん」
俺は逃げ出すようにその場を後にした。
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……ドキドキしてる。
私、さっき何しようとしてたんだろ。
こんなの初めてだよ…………比企谷君。
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まだ胸は高鳴り、どんなに顔をゆすいでも、落ち着くことはなかった。
ていうか、この湯船にさっきまで……高坂が……。
頭の中に浮かびかけたイメージを、かぶりを振って追い払う。
落ち着け。相手はあの高坂だ。
色気より食い気のスクールアイドル馬鹿だ……しかし……。
……今日は早く寝よう。寝れば落ち着くに違いない。
その後、風呂から上がった俺は、疲れを理由にすぐにベッドに入った。
疲れのせいで眠りがはやく訪れたのが救いだった。
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深夜2時頃……
「ん~~……トイレ……」
「……へや……あぁ……こっち」