「穂乃果?どうしたのですか?」
「えっ?ううん、何でもないよ!」
慌てて首を振っていると、けーちゃんがこっちにたったかと駆け寄ってきた。
「ほのかちゃんだ~!」
「わわっ……か、かわいい♪」
かわいらしく脚に抱きつかれ、驚きよりも喜びが胸の中を満たしていく。
お姉さんはその後ろで慌てていた。
「こ、こらっ、けーちゃん!ダメでしょ?」
「あはは、大丈夫大丈夫♪えっと……八幡君のクラスメートの人だよね?私、高坂穂乃果です。今日は来てくれてありがとう」
「えっと、川崎沙希、です。こちらこそ……ありがとう。ほら、けーちゃんも」
「かわさきけーかっ!」
「ふふっ、よろしく沙希ちゃん、けーちゃん♪」
それから、沙希ちゃんとμ'sの皆がお互いに自己紹介をし合う。
お姉さん、すごくいい人そう……妹想いなのが、その眼差しから伝わってくる。
……八幡君の彼女じゃないのはわかってるし、いい人そうなんだけど、胸がモヤモヤする。なんか、変だな……ううん、集中集中!
私は気持ちを切り替え、脚に抱きついたままのけーちゃんの頭を撫でる。
すると、けーちゃんは嬉しそうに目を細めてくれた。
「か、かわいい……!」
さっきと同じ感想が口から零れた。周りからも同じ感想が聞こえてくる。
はぁ……雪穂にもこんなにちっちゃくてかわいい頃があったなぁ。
まあ、その頃は私もちっちゃかったんだけど。
何となく昔の事を思い出していると、不意に八幡君と目が合う。
八幡君は男子一人なのが気まずいのか、居心地悪そうに身を捩った後、しっかりと頷いてきた。
私も頷き返し、自然と笑顔になる。
……しっかり観ててね。
開演までもうすぐだ。
*******
ライブは凄まじい盛り上がりを見せた。
予想外すぎる音量と熱量に圧倒されたし、何ならうっかりノリノリでコール&レスポンスに参加してしまうところだった。まあ、実際には軽く揺れてただけなんだが。そして、他に気になった事といえば…………高坂がたまにこっちをじっと見てくる。あと絢瀬さんも。ぶっちゃけ変な緊張するからやめて欲しいんだが……。
まあ、とにかくライブが終わり、小町の提案で、もう一度控え室に挨拶しに行くことになったのだが……
「じゃあ、俺は先に外で待っとくから、終わったら……」
「はいはい。いきなりヘタレてゴミぃちゃんにならないの。もしかしてステージでスクールアイドルやってる穂乃果さんが、可愛すぎて照れてるの?」
「てれてるのー?」
小町と京華が可愛らしく小首を傾げながら聞いてくる。そして、そんな二人の様子を川崎が優しい瞳で見つめていた……いや、助けて欲しいんだが。
ちなみに、ライブ中の川崎のテンションは意外と……いや、何も言うまい。
*******
小町に腕を引かれながら控え室まで行くと、ちょうど高坂が出てきた。まだカラフルな衣装のままで、でも表情はいつもの高坂だった。
彼女はすぐにこちらに気づき、笑顔を向けてくる。
「あっ、皆!」
「っ!」
駆け寄ってきた高坂に、何故か両手を握られ、ブンブンと勢いよく振られる。どうやらライブが終わったばかりで、ハイテンションのままのようだ。
彼女の手は、じんわりと温かく、ライブの冷めきらない熱を改めて伝えてくれた。
だがやっと気づいたのか、繋がれた手と手を見て、ピタッと固まる。
「あ…………っ!」
すると、パッと手を離し、小町の方に向き直った。い、いや、そういうリアクションされると、こっちの手がめっちゃ汗ばんでるのかと思っちゃうだろ。
高坂は気まずそうに笑いながら、ライブの熱気で上気した頬をかき、ぺこりと頭を下げた。
「今日はありがとうございます!またよかったら来てください!」
「う、うん……ほら、けーちゃん?」
「また来るね!」
しかし、今日の川崎は別人のようなしおらしさだと思う。クラスの誰が見ても驚くぐらいには。その新鮮な表情と、小町と京華の可愛らしさを微笑ましい気持ちで見ていると、高坂が再び目を合わせてきた。
「あー、えと……八幡君、その……」
「?」
高坂が口をもごもごさせ、俯く。
その続きがわからないほど鈍感ではないが、上手く会話に広げてやれるほどのコミュ力もない。
こちらも同じように口をもごもごさせていると、小町が「あー!」と声を上げた。
「私、受験生だから帰って勉強しなきゃ!沙希さん、けーちゃんも眠たそうにしてますよ!」
「え?あ、そ、そう?……じゃあ、比企谷、高坂さん。今日はありがとね」
「あ、ああ……」
「あ、うん!またね!」
「ばいばーい!!」
見た感じまだ元気いっぱいの京華がぶんぶん手を振るのを、高坂と並んで、ポカンと見送る。
三人の背中が見えなくなると、ふわっとした穏やかな沈黙が訪れた。
まだライブの余韻のような、非現実的な空気に浸っていると、先に彼女が口を開いた。
「気を遣われちゃったのかな?」
「多分、な……」
高坂は胸の辺りに手を当て、続きを言う前に僅かな間を置いた。
「あの……後で少し話さない?」
その言葉は、普段とは違う響きで、頭の中でも何度も反響した。
「……わかった」
俺は少しだけ噛みそうになりながら返事をする。
その間、彼女の瞳にうっすら見える何かは、胸の奥をそっとつついた。