捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第53話

「穂乃果?どうしたのですか?」

「えっ?ううん、何でもないよ!」

 

 慌てて首を振っていると、けーちゃんがこっちにたったかと駆け寄ってきた。

 

「ほのかちゃんだ~!」

「わわっ……か、かわいい♪」

 

 かわいらしく脚に抱きつかれ、驚きよりも喜びが胸の中を満たしていく。

 お姉さんはその後ろで慌てていた。

 

「こ、こらっ、けーちゃん!ダメでしょ?」

「あはは、大丈夫大丈夫♪えっと……八幡君のクラスメートの人だよね?私、高坂穂乃果です。今日は来てくれてありがとう」

「えっと、川崎沙希、です。こちらこそ……ありがとう。ほら、けーちゃんも」

「かわさきけーかっ!」

「ふふっ、よろしく沙希ちゃん、けーちゃん♪」

 

 それから、沙希ちゃんとμ'sの皆がお互いに自己紹介をし合う。

 お姉さん、すごくいい人そう……妹想いなのが、その眼差しから伝わってくる。

 ……八幡君の彼女じゃないのはわかってるし、いい人そうなんだけど、胸がモヤモヤする。なんか、変だな……ううん、集中集中!

 私は気持ちを切り替え、脚に抱きついたままのけーちゃんの頭を撫でる。

 すると、けーちゃんは嬉しそうに目を細めてくれた。

 

「か、かわいい……!」

 

 さっきと同じ感想が口から零れた。周りからも同じ感想が聞こえてくる。

 はぁ……雪穂にもこんなにちっちゃくてかわいい頃があったなぁ。

 まあ、その頃は私もちっちゃかったんだけど。

 何となく昔の事を思い出していると、不意に八幡君と目が合う。

 八幡君は男子一人なのが気まずいのか、居心地悪そうに身を捩った後、しっかりと頷いてきた。

 私も頷き返し、自然と笑顔になる。

 ……しっかり観ててね。

 開演までもうすぐだ。 

 

 *******

 

 ライブは凄まじい盛り上がりを見せた。

 予想外すぎる音量と熱量に圧倒されたし、何ならうっかりノリノリでコール&レスポンスに参加してしまうところだった。まあ、実際には軽く揺れてただけなんだが。そして、他に気になった事といえば…………高坂がたまにこっちをじっと見てくる。あと絢瀬さんも。ぶっちゃけ変な緊張するからやめて欲しいんだが……。

 まあ、とにかくライブが終わり、小町の提案で、もう一度控え室に挨拶しに行くことになったのだが……

 

「じゃあ、俺は先に外で待っとくから、終わったら……」

「はいはい。いきなりヘタレてゴミぃちゃんにならないの。もしかしてステージでスクールアイドルやってる穂乃果さんが、可愛すぎて照れてるの?」

「てれてるのー?」

 

 小町と京華が可愛らしく小首を傾げながら聞いてくる。そして、そんな二人の様子を川崎が優しい瞳で見つめていた……いや、助けて欲しいんだが。

 ちなみに、ライブ中の川崎のテンションは意外と……いや、何も言うまい。

 

 *******

 

 小町に腕を引かれながら控え室まで行くと、ちょうど高坂が出てきた。まだカラフルな衣装のままで、でも表情はいつもの高坂だった。

 彼女はすぐにこちらに気づき、笑顔を向けてくる。

 

「あっ、皆!」

「っ!」

 

 駆け寄ってきた高坂に、何故か両手を握られ、ブンブンと勢いよく振られる。どうやらライブが終わったばかりで、ハイテンションのままのようだ。

 彼女の手は、じんわりと温かく、ライブの冷めきらない熱を改めて伝えてくれた。

 だがやっと気づいたのか、繋がれた手と手を見て、ピタッと固まる。

 

「あ…………っ!」

 

 すると、パッと手を離し、小町の方に向き直った。い、いや、そういうリアクションされると、こっちの手がめっちゃ汗ばんでるのかと思っちゃうだろ。

 高坂は気まずそうに笑いながら、ライブの熱気で上気した頬をかき、ぺこりと頭を下げた。

 

「今日はありがとうございます!またよかったら来てください!」

「う、うん……ほら、けーちゃん?」

「また来るね!」

 

 しかし、今日の川崎は別人のようなしおらしさだと思う。クラスの誰が見ても驚くぐらいには。その新鮮な表情と、小町と京華の可愛らしさを微笑ましい気持ちで見ていると、高坂が再び目を合わせてきた。

 

「あー、えと……八幡君、その……」

「?」

 

 高坂が口をもごもごさせ、俯く。

 その続きがわからないほど鈍感ではないが、上手く会話に広げてやれるほどのコミュ力もない。

 こちらも同じように口をもごもごさせていると、小町が「あー!」と声を上げた。

 

「私、受験生だから帰って勉強しなきゃ!沙希さん、けーちゃんも眠たそうにしてますよ!」

「え?あ、そ、そう?……じゃあ、比企谷、高坂さん。今日はありがとね」

「あ、ああ……」

「あ、うん!またね!」

「ばいばーい!!」

 

 見た感じまだ元気いっぱいの京華がぶんぶん手を振るのを、高坂と並んで、ポカンと見送る。

 三人の背中が見えなくなると、ふわっとした穏やかな沈黙が訪れた。

 まだライブの余韻のような、非現実的な空気に浸っていると、先に彼女が口を開いた。

 

「気を遣われちゃったのかな?」

「多分、な……」

 

 高坂は胸の辺りに手を当て、続きを言う前に僅かな間を置いた。

 

「あの……後で少し話さない?」

 

 その言葉は、普段とは違う響きで、頭の中でも何度も反響した。

 

「……わかった」

 

 俺は少しだけ噛みそうになりながら返事をする。

 その間、彼女の瞳にうっすら見える何かは、胸の奥をそっとつついた。

 

 


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