ようやく解放された俺達は、やや疲れ気味に駅までの道を歩いた。まさかあんなに質問攻めにされるとは思わなかった……。
「ツバサさんって……結構……お茶目、なんだね」
高坂が珍しく慎重に言葉を選びながら、苦笑いする。お茶目……まあいい。それ以上言うまい。ああなったのは、正直すぎた俺にも原因はある。
「まあ、よかったんじゃねえの?お前、結構仲良く話してたし」
「そう、かな?八幡君のほうがずっとお喋りしてた気がするけど」
「いや、あれをお喋りとは言わんだろ」
威圧感の消し方とか聞かれても、威圧感どころか存在感のない俺にはちっともわからない。性格良ければいいとか、そんなの嘘だと思いませんか?
まあ、とにかく……本当に何だったんだ、あのテンション……。
そうこうしている内に駅に到着し、どちらからともなく立ち止まる。
それと同時に、まだ夏の名残りを感じさせる陽射しの強さに、改めて気づいた。
「……暑いね」
「ああ。今さらだが……てか、さっきの……」
「だ、大丈夫!また今度でいいから!」
「そっか」
「うんっ、じゃあまたね!今日はありがと!」
ひらひら手を振ると、高坂は身を翻し、早歩きで来た道を戻り始めた。
俺はその背中に……声をかけた。
「じゃあな…………穂乃果」
「っ!」
聞こえなくても仕方ないくらいの声だった。
しかし、彼女は立ち止まり、こちらを振り返った。
その表情は、信じられないものを見ているようだった。いや、驚きすぎだろ。さっき言いかけてただろうが。
「えっと、今……」
「じゃあな、もう行くわ」
何だか気恥ずかしくなり、こっそり逃げるように改札に向かうと、高坂が駆け寄ってきて、俺の真正面に立った。その頬はやけに紅く、目は少し泳いでいる。
「……な、何だ?」
「…………い」
「?」
「もう一回……言ってくれないかな?その……聞こえなかったから」
「…………」
まあ、実際声が小さかったし、嘘ではないのかもしれない。
俺は顔が徐々に火照っていくのを感じながら、もう一度口を開く。
「……じゃあな」
「えっ、そこだけ!?違うよっ!その後だよ~!」
「あー、記憶にございません」
「今時そんな言い訳誰も使わないよ!」
「いや、めっちゃ使うぞ。俺とか」
「八幡君のイジワルっ!もう知らないっ」
高坂はそっぽを向きながら、ちらちらこっちを見てくる。
……今、一瞬だけ可愛いとか思いかけた気がしないでもない……。
俺はかぶりを振ってから、彼女の横顔に声をかけた。
「……ほ、穂乃果」
彼女は目を見開き、それからゆっくりと頷いた。
「……はいっ……えへへ」
ただ呼び方が変わっただけなのに、彼女はにへらと笑い、今度は距離を詰めてくる。いつもの柑橘系の香りと共に、やわらかな笑顔に心を溶かされた気分になった。
「じゃあ、念のためにもう一回♪」
「いや、言わないから。大体念のためって何だよ……」
「念のためは念のためだよっ、さっ、今の感覚を忘れないうちに!ねっ?」
「だから言わないから……」
「え~~!?八幡君のケチ!」
それはほんの些細な事だと思う。
大抵の奴は、意識せずに自然とできている事だと思う。
ただ、それでも自分の中では大きな一歩には違いなくて。
俺と高さ……穂乃果の間では、確かに何かが変わり始めていた。
そして、それを後押しするように、微かに秋めいてきた夕暮れの風が、二人を包み込んだ。