捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第63話

 目的地のメロンパン専門店は、歩いて5分もかからなかった。

 白を基調とした清潔感のある外観からは、どこかリア充オーラが漂っていて、一人ならあまり近づくことはないだろう。テラス席とかあるし……いや、今はそれより……

 

「あの……ツバサさん?」

「何?高坂さん」

「えっと……何で離れて歩くんですか?」

「ああ、気にしないで。私いつもこんな感じなのよ」

「そ、そうですか……」

「…………」

 

 どんな感じなんだよ。

 溜め息を吐きながらドアを開けると、店内はそこまで混んでいなかったので、ひとまずほっとした。

 そのまま案内されたテーブルに、二人と向かい合う形で腰を下ろすと、通路を挟んで右側のテーブルからふわりといい匂いが漂ってきた。

 

「シャナ……食べ過ぎじゃない?」

「悠二、うるさい」

 

 ……何だ、あれ。メロンパンの山ができてるんだけど……大食いチャレンジでもしてるのか?

 

「う~ん……今日もパンが美味いっ!!」

「やっぱり美味しいわね」

「……もう来てた……だと……」

 

 それならそうと教えてくれてもいいんじゃないんですかねえ……まあ、いいけど。

 メロンパンを手に取り、一口齧ると、口の中にカリカリとモフモフの食感が混ざり合い、上品な甘味が広がっていく。

 ……これは確かに沢山食べたくなる気持ちはわかる。しないけど。

 

「じぃ~~~……」

「ツバサさん?」

「…………」

 

 綺羅さんが、自分で発する効果音そのままにじぃ~っとこちらを見ている。

 彼女のアレな様子に穂乃果が首を傾げると、何故か彼女も首を傾げた。

 

「おかしいわね……」

「何がですか?」

「デートの時は必ず一回は「あ~ん」って食べさせるって英玲奈が言ってたのだけど……」

「ええっ!?」

「…………」

 

 だからデートじゃないとあれほど……

 

「てか、それどこ情報なんですか?多分間違ってると思うんですが……」

「あら、疑ってるの?心配はいらないわよ。英玲奈の部屋には、甘々な少女漫画が三千冊以上あるんだから。だからあの子はあらゆるシチュエーションに最適な行動をいつでもどこでも引き出せるのよ」

「す、すごい……」

 

 すごい……のだろうか?どこのインデックスさんだよ。つーか、統堂さんの部屋って……

 

「なんか……意外ですね」

「ええ。初めて部屋に入った時は、私も驚いたわ」

「あんじゅさんの部屋はどんな感じなんですか?」

 

 穂乃果の言葉に、綺羅さんは考える素振りを見せた。

 そして、苦笑いしながら口を開く。

 

「それは……企業秘密よ」

「「…………」」

 

 予想外の返事に、穂乃果がどうしたものかと目で問いかけてくる。

 それに対し、俺はふるふると首を振っておいた。聞かれたくないことをわざわざ聞く必要はない。

 

「知らないほうがいいこともあるわよね、それに言ったら怒られそうだし」

「……どうかしたんですか?」

「いえ、何でもないわ」

「…………」

 

 その言い方からして何かはあるんだろうが、遠回しに聞くなと言われている気がした。

 そして、彼女は話題を変えるようにニコっと微笑む。

 

「それより、「あ~ん」しないの?今日はそれを見に来たといっても過言じゃないのだけど」

「いや、だからデートじゃ……「はいっ♪」っ、ん……」

 

 いきなり口に何かを突っ込まれ、目を見開く。

 それと同時に、唇にひんやりとした何かが触れた。

 目を見開くと、それが彼女の指だと気づいた。

 口に突っ込まれたのは間違いなくメロンパンだろう。

 

「…………」

 

 咀嚼しながら抗議の視線を向けると、彼女は頬を紅くして、そっぽを向いた。

 

「だ、だって仕方ないじゃん!ツバサさんが見たいって言うんだもん!この前もお世話になってるし……」

「…………」

 

 なら仕方ない……のだろうか。俺はμ'sのメンバーではないが、一応ファンクラブ会員みたいだし……。

 自分のより甘く感じたメロンパンを飲み込み、顔が熱くなったのを誤魔化すようにコーヒーに口を付けると、穂乃果は指でテーブルをトントン叩き、こちらに何やら言いたそうにしている。

 

「……どした?」

「え~と……八幡君のも食べてみたいなぁって」

「……いや、同じのだろ」

「ち、違うかもしれないよ?それに、さっき私のあげたから、これで……おあいこでしょ?」

「無理矢理口に突っ込まれただけなんだが……」

「……細かいことはいいの。八幡君の、ちょうだい?」

 

 彼女は早くしろと言わんばかりに、目を閉じ、控えめに口を開けた。

 もう観念するしかないと腹をくくった俺は、メロンパンをちぎり、彼女の口にそっと押し込む。

 微かな吐息が指を撫で、それに驚いた拍子に彼女の唇に指が触れた。

 その柔らかさに息が止まるような気分になりながら、そっと指を離し、またコーヒーに口を付け、今度は飲み干してしまう。

 盗み見るように穂乃果に視線を向けると、口元を両手で押さえ、目を伏せていた。

 

「……こっちの方が甘いかも」

「いや、同じ味だろ」

「……そうかなあ」

「そうだろ……多分」

「自分から薦めておいてなんだけど、そろそろいいかしら?」

「「っ!」」

 

 慌てて目を向けると綺羅さんは、窓の外を眺め、ぶつぶつと呪詛のような呟きを漏らしていた。

 

「私、忘れ去られてるんですけど……こ、これが砂糖吐くって感覚なのね……はぁ……」

「「…………」」

 

 この後、綺羅さんを宥めるのにしばらく時間がかかった。

 そして、右手の人差し指には、彼女の唇の感触がひりつくように残っていた。

 


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