目的地のメロンパン専門店は、歩いて5分もかからなかった。
白を基調とした清潔感のある外観からは、どこかリア充オーラが漂っていて、一人ならあまり近づくことはないだろう。テラス席とかあるし……いや、今はそれより……
「あの……ツバサさん?」
「何?高坂さん」
「えっと……何で離れて歩くんですか?」
「ああ、気にしないで。私いつもこんな感じなのよ」
「そ、そうですか……」
「…………」
どんな感じなんだよ。
溜め息を吐きながらドアを開けると、店内はそこまで混んでいなかったので、ひとまずほっとした。
そのまま案内されたテーブルに、二人と向かい合う形で腰を下ろすと、通路を挟んで右側のテーブルからふわりといい匂いが漂ってきた。
「シャナ……食べ過ぎじゃない?」
「悠二、うるさい」
……何だ、あれ。メロンパンの山ができてるんだけど……大食いチャレンジでもしてるのか?
「う~ん……今日もパンが美味いっ!!」
「やっぱり美味しいわね」
「……もう来てた……だと……」
それならそうと教えてくれてもいいんじゃないんですかねえ……まあ、いいけど。
メロンパンを手に取り、一口齧ると、口の中にカリカリとモフモフの食感が混ざり合い、上品な甘味が広がっていく。
……これは確かに沢山食べたくなる気持ちはわかる。しないけど。
「じぃ~~~……」
「ツバサさん?」
「…………」
綺羅さんが、自分で発する効果音そのままにじぃ~っとこちらを見ている。
彼女のアレな様子に穂乃果が首を傾げると、何故か彼女も首を傾げた。
「おかしいわね……」
「何がですか?」
「デートの時は必ず一回は「あ~ん」って食べさせるって英玲奈が言ってたのだけど……」
「ええっ!?」
「…………」
だからデートじゃないとあれほど……
「てか、それどこ情報なんですか?多分間違ってると思うんですが……」
「あら、疑ってるの?心配はいらないわよ。英玲奈の部屋には、甘々な少女漫画が三千冊以上あるんだから。だからあの子はあらゆるシチュエーションに最適な行動をいつでもどこでも引き出せるのよ」
「す、すごい……」
すごい……のだろうか?どこのインデックスさんだよ。つーか、統堂さんの部屋って……
「なんか……意外ですね」
「ええ。初めて部屋に入った時は、私も驚いたわ」
「あんじゅさんの部屋はどんな感じなんですか?」
穂乃果の言葉に、綺羅さんは考える素振りを見せた。
そして、苦笑いしながら口を開く。
「それは……企業秘密よ」
「「…………」」
予想外の返事に、穂乃果がどうしたものかと目で問いかけてくる。
それに対し、俺はふるふると首を振っておいた。聞かれたくないことをわざわざ聞く必要はない。
「知らないほうがいいこともあるわよね、それに言ったら怒られそうだし」
「……どうかしたんですか?」
「いえ、何でもないわ」
「…………」
その言い方からして何かはあるんだろうが、遠回しに聞くなと言われている気がした。
そして、彼女は話題を変えるようにニコっと微笑む。
「それより、「あ~ん」しないの?今日はそれを見に来たといっても過言じゃないのだけど」
「いや、だからデートじゃ……「はいっ♪」っ、ん……」
いきなり口に何かを突っ込まれ、目を見開く。
それと同時に、唇にひんやりとした何かが触れた。
目を見開くと、それが彼女の指だと気づいた。
口に突っ込まれたのは間違いなくメロンパンだろう。
「…………」
咀嚼しながら抗議の視線を向けると、彼女は頬を紅くして、そっぽを向いた。
「だ、だって仕方ないじゃん!ツバサさんが見たいって言うんだもん!この前もお世話になってるし……」
「…………」
なら仕方ない……のだろうか。俺はμ'sのメンバーではないが、一応ファンクラブ会員みたいだし……。
自分のより甘く感じたメロンパンを飲み込み、顔が熱くなったのを誤魔化すようにコーヒーに口を付けると、穂乃果は指でテーブルをトントン叩き、こちらに何やら言いたそうにしている。
「……どした?」
「え~と……八幡君のも食べてみたいなぁって」
「……いや、同じのだろ」
「ち、違うかもしれないよ?それに、さっき私のあげたから、これで……おあいこでしょ?」
「無理矢理口に突っ込まれただけなんだが……」
「……細かいことはいいの。八幡君の、ちょうだい?」
彼女は早くしろと言わんばかりに、目を閉じ、控えめに口を開けた。
もう観念するしかないと腹をくくった俺は、メロンパンをちぎり、彼女の口にそっと押し込む。
微かな吐息が指を撫で、それに驚いた拍子に彼女の唇に指が触れた。
その柔らかさに息が止まるような気分になりながら、そっと指を離し、またコーヒーに口を付け、今度は飲み干してしまう。
盗み見るように穂乃果に視線を向けると、口元を両手で押さえ、目を伏せていた。
「……こっちの方が甘いかも」
「いや、同じ味だろ」
「……そうかなあ」
「そうだろ……多分」
「自分から薦めておいてなんだけど、そろそろいいかしら?」
「「っ!」」
慌てて目を向けると綺羅さんは、窓の外を眺め、ぶつぶつと呪詛のような呟きを漏らしていた。
「私、忘れ去られてるんですけど……こ、これが砂糖吐くって感覚なのね……はぁ……」
「「…………」」
この後、綺羅さんを宥めるのにしばらく時間がかかった。
そして、右手の人差し指には、彼女の唇の感触がひりつくように残っていた。