数時間前……。
奉仕部は休むこともなく、かといって忙しくもなく、通常どおりに活動していた。ちなみに奉仕部内の空気は微妙に重い。まだ修学旅行でのあれこれが蟠っているからである。まあ、仕方ない。これでもクラス内よりはマシだ。クラスの方では……いや、今はいい。
とりあえず、今日もこんな空気のまま終わるのかと思っていたら、依頼が一つ舞い込んできた。
内容は、一色いろはという女子生徒が生徒会長になるのを円満に阻止する、というものである。正直、前回のややこしい依頼に比べれば、だいぶ精神的負担は少なそうだが、それでも一色が無傷で回避となると……。
ふとそこで一つの案が浮かんだ。
「ヒッキー、何か案があるの?変なのじゃないよね?」
「まさか、またくだらない作戦を思いついたんじゃないでしょうね」
「おい、お前ら俺を何だと思ってるの?この前のは演技だっての。それより……」
この時の俺は何を考えていたのだろうか。
「……な、なあ、その……」
何故かあいつの顔が真っ先に頭に浮かんだ。
「ヒッキー?」
「比企谷君?」
ああ、そうか……。
「それなら……」
俺はきっと……。
「……俺が生徒会長、立候補してもいいか?」
あいつの隣に胸を張って立っていたいだけなんだろう。
「比企谷……」
さすがに驚いたのか、平塚先生が目を丸くしてこちらを見ている。よく見ると、部室内にいる全員がそうしていた。まあ、それもそうだろう。
次に何を言おうかと考えていると、意外なことに城廻先輩が笑顔でうんうんと頷いた。
「私はいいと思うなぁ。比企谷君が真面目な子なのは文化祭と体育祭でわかってるし。あとはしっかりした人がサポートに付いてくれれば安心だよ~」
城廻先輩はそう言いながら、雪ノ下と由比ヶ浜に視線を向けた。それに対し、俺が立候補したいと言い出したことへの驚きからか、ずっと黙っていた二人はようやく口を開いた。
「……どのような形で協力するかは今後話し合って決めようと思います」
「う、うんっ、そうだね!ヒッキー、応援するよ!」
「……そ、そうか……ありがとな」
二人のやわらかな笑顔は久しぶりに見た気がする。それは秋の夕陽のように、心を優しく穏やかにさせてくれた。
俺は二人に頷き、もう一度自分の中で決意を新たにした。
*******
その日の夜、俺は穂乃果に電話をかけ直した。彼女の下校中に電話をかけたせいで、いらぬ混乱を招いてしまったからだ。
自分自身ようやく昂った気持ちが落ち着いたこともあり、今度はスムーズに話すことができた。
「まあ……そういうわけだ」
「なぁんだ、そういうことか~。帰ってる途中にいきなり電話してきたからびっくりしたよ……」
「いや、悪い。真っ先に言いたくてな」
「ふふっ、ならオーケーだよ。でも八幡君が生徒会長かぁ……成長したなぁ」
「お前はオカンかよ。しかもまだ確定じゃないし……」
「大丈夫!八幡君なら大丈夫だよ!」
「……随分自信満々だな」
「だって……私の……か、か、彼氏だもん」
「そ、そうか……てか、自分で言って恥ずかしがるなっての」
「あはは……八幡君」
「?」
「大好き♪」
「っ……いや、い、いきなりなんだよ……」
「……八幡君はどう?」
「え?あ、いや、その……きだけど」
「聞こえないよ~?」
「……だから、俺も……好きだけど?」
「何で疑問形なのっ?迷わず言ってくれていいのに!」
「迷わずにー……」
「SAY YES~♪って誤魔化した!?八幡君のバーカバーカ!」
こういうところは変わらないのが俺達らしいのかもしれない。
ふと窓の外を見ると、満天の星空がいつもより煌めいて見え、自分と彼女の距離を近く感じてしまった。
それは、二人が交わす言葉の数だけ近づいてる気がした。