馬車でも進めない、険しい山道。
アルテミュラで渓谷を越えたと思ったら、今度は山を歩かなきゃならない。
その先に、ようやく見えたのはササン王国。
別名"清浄の地"とも呼ばれるここは、古き神を信仰する敬虔な宗教国家。
こんなクソ高い山麓に国を作るなんざ、この国の祖はバカばかりだったのだろう。そう思う。
「元気にしてるかな……ダリオス」
ガラにもなく、フッと笑む。
個性派揃いの僕の知り合いの王族の中で、この国の騎士王、ダリオス・レオクセスは特にお気に入りなのだ。
あいつほど面倒じゃない奴を僕は知らない。一緒にいて、気の置けない。そんな男なのだ。
例のごとく国を囲む門を飛び越えーーなんてことは、今回はしない。
ササンは異国との国交をほとんど行わない国だ。外界のものを穢れと信じ、他国との交流を断絶している、いわば鎖国状態。
まぁ、シンドバッドの七海連合加盟で、少しは変わっている……と、思うけど。
だから今回、ちゃんとした手続きを経て入国する。
僕の場合は遠隔透視魔法で直接ダリオスに通信して、入国許可をもらう、というものだ。もちろんそれをもらって、国を囲む門を難なく潜る。
ササンは天然の鉱山があるため、良質な金銀が多く採掘される。
なので、騎士が身に纏う鎧も、ササンの国民がお祓い目的で身につけてる金属も、全てササン産。うわ、言いづらっ。
まぁそんなことはどうでもいいのだ。
だって僕は美味い飯にしか興味がないのだから。
とにかく僕が言いたいのは、どこもかしこもギラギラしてる、それがササンだということ。
あと強いて言うなら、みんな同じような髪型してるってことかな。
案内役の騎士に連れられて、迎賓館に向かう。
この国では外国からの客人は皆そこに押し込められるのだ。連れてきてくれた騎士くんを見上げ、懐から手紙を取り出す。
「これを、この国の騎士王に渡してはもらえないかい?僕は騎士王の古い知り合いでね、名前を言えばすぐにわかってくれると思うのだが」
「承知しました。失礼ですが、お名前は……」
手紙を受け取ってくれた騎士くんに、僕は妖艶に微笑んだ。
「ルジク・ヴィ・アルストラトス。アルトと言ってもわかると思うよーー」
星々が瞬く夜。
「どうぞ」
キビキビとした動きで礼をしてきた騎士達。ササンの教義の中でも最敬礼だというのだから、少し気後れしてしまう。
再び案内役の彼に先導されて、ササンの聖堂の奥に入っていった。両脇を騎士が固めた部屋に、彼がノックして何やらボソボソ呟いてから、ギィとドアが開け放たれた。
部屋の奥に、テーブルと二脚セットの椅子。その片方に座って、ダリオスが僕を待っていた。
「来たか、アルト。待ちかねたぞ」
「あぁ……すまないな、ダリオス」
僕が部屋の奥に進むと、ダリオスは視線だけで騎士を促し、外に出させた。
扉がパタンと閉まり、二人きりになる。
「久しぶりだな」
「あぁ。まぁ座れ。土産話を聞かせろ」
ダリオスに誘いを受け、椅子に座る。テーブルにはお茶とお菓子が置いてあった。
ササンの菓子は激甘だ。それこそ、一つや二つ食べただけでも胸焼けを起こすくらい。
それでもここの国民はばくばく食べれるというのだから、本当、文化の違いとは面白い。
「まだ、旅を続けていたのか?」
「まぁな、それくらいしか楽しみがないし……。でも、なかなか楽しいもんだぜ。……おっと、悪い事言っちまったな」
ダリオスは若い頃より、外の世界に強く憧れていた。
僕とダリオスが出会ったのは、そんな時だ。まだ鎖国状態の国に堂々と侵入し、国のあちこちをほっつき歩いていた僕は、当然のごとく捕まった。
ダリオスは外の世界の話を聞かせることを条件に、僕を牢から出すことを当時の騎士王に嘆願して、助けてくれたいわば恩人なのである。
ダリオスは首を振り、カップを傾けた。
「構わん。お前が自由奔放なことくらい、とうの昔から知っている」
「ははっ……そうか」
ダリオスに倣って、僕も紅茶を飲む。
僕の好みの味を把握してくれているのも、ダリオスの気遣いだ。相変わらずいい男すぎて気後れしちまう。
「……ササンを出て行くのはいつだ?」
「もうお別れの話かい?気の早い奴だなぁ」
「止めてもお前は行くのだろう。お前はそういう女だ。昔も今もな……」
あぁ、もう。そんな寂しげな顔をするな、ダリオス。
何か言葉をかけてやりたかったけど、一度開いた口を噤む。
ダメだ。ダリオスは僕を気遣ってくれている。
あの時と同じだ。こいつは年をとっても、昔から何ら変わらない、僕にとってはただの子供だった。
今から30年程前。まだ陽の昇らない時刻。
ササンの門の前で、僕は見送ってくれた青年、ダリオスに別れを告げていた。
「いやー、お前には本当に世話になったな、ダリオス。お前が助けてくれなきゃ、今頃僕の首はスパーッだぜ」
あっはっはっはっ!と笑ってみせるが、ダリオスは黙って俯いているだけ。
まだ見習い騎士の彼は、っていうか騎士の洗礼を受けた者は、この国からは出られない。
だから、ダリオスとは本当にここでお別れなのだ。
ぎゅっと拳を握りしめて、何かに耐えるように歯を食い縛っていたダリオスが、急に僕の肩を掴んできた。
「どうしても行くのか?ここに、残ってくれないのか……?」
「いや、だってここは僕の故郷でも何でもないし……」
「でもお前の故郷はどこにもないのだろう⁉︎」
……えー?何でそこで泣いちゃう?ダリオスくん。ていうか君泣くキャラだったのね?
なんて現実逃避しながら、僕は苦笑した。
ダリオスは続ける。
「故郷がないから、居場所がないからこうしてあてのない旅を続けているのだろう⁉︎」
ズキッ。
胸が痛む。
……何も知らないくせに。そう言いたくなるのを呑み込んだ。
そうだ。彼は知らないからこそ、こんなにも僕のことを思って言ってくれてるんだ。
それを、無下にしちゃいけない。本当、いつまでもガキだなぁ、僕は……。
「もうそんなのはやめろ!俺がお前の居場所になる!お前の帰る場所になる!だからっ……だか、ら……」
「……ダリオス」
優しく、声をかける。
ダメだ。これ以上言わせたら、ダリオスは一生僕に囚われ続ける。
そんなこと、絶対に許されない。僕はあくまで、冷徹に彼を突っぱねなければならない。
「お前がいくら止めようが、僕はそれを無視して去っていける血も涙もない女だ。悪いね、僕は自由でいたいのさ」
「っ、…………」
「お前には、背負わねばならない重き荷があるだろう。それは、僕よりも軽いものか?胸に手を当て、よーく考えてみろ。賢いお前なら、すぐにわかるはずさ」
トン、とダリオスの胸に拳を軽く当てる。
まぁ、僕は虚弱体質だから、僕が全力で殴っても全く痛くないんだろうな……あれ?自分で言っててなんか悲しくなった。
ダリオスは涙を拭い、懐から何か光ったものを取り出した。
綺麗な銀細工の髪留め。後ろで髪を纏めるものだけれど、細部にまで装飾が行き渡った高価そうなものだった。
元々ササンの金属は良質なものだから、余計そう見えるのだろうが。
「これは……」
「お前に渡そうと思っていた。もしお前がここに残るならば、求婚していたのだが……」
「…………」
思わず頭を抱えた。なんか急に恥ずかしくなって、ダリオスから目を逸らす。
あぁ、予想はしていたがマジだったか……。良かったような、悪かったような……。
いや、良いことか。だって
僕は永遠に死なないバケモノなんだぞ。恋はしたことはあっても、結婚までは絶対に無理だ。
「あの、ダリオス……気持ちは嬉しいんだけど……」
「わかっている。お前は俺などが縛っていい存在じゃない……だからこそ、これをお前に渡したい」
ダリオスは銀細工の髪留めを、僕に差し出した。
「少しでも、お前にとって特別な存在でありたい。そして、今度ササンに来た時は……立派な騎士王になって、お前を迎えてやる」
「……………………」
「……それまで、待っている。ずっと、
朝日が、ダリオスの顔を照らす。厳格な性格の彼が見せる笑顔を、さらに輝かせていた。
……そんな顔されちゃ、またお前に会いに行くしかねぇな。
肩を竦めて、僕は銀細工の髪留めを受け取った。
それで、羽織っていたマントを留める。日差しを跳ね返した銀が、眩しい光を放っていた。
「またな、ダリオス」
「さらばだ、アルト」
互いに短い言葉を交わし、僕は背を向けて山を降りていった。
「……お前と初めて出会ってから、もうそんなに経つか。時の流れは早いな」
「六十億年も生きるお前が言うか」
「ははっ、嫌味に聞こえたかい?悪いねぇ」
ニヤッと笑うと、ダリオスも微笑んで返してくれた。
互いに年をとっても、本当に変わらない。そんな友人でいてくれる人を持てて、僕は本当に幸せ者だと思う。
月光に照らされた銀細工の髪留めが、キラリと光った。