険しい山を降りて、天山山脈を越えたその先には、平原が続く。
そうした先に見えてきたのは、煌帝国の首都・洛昌。
その中央に燦然として佇むのは、皇帝の住まう禁城だ。
……やってきてしまった。煌帝国。
はぁ、酢豚と麻婆豆腐と油淋鶏とエトセトラの誘惑に勝てなかった僕のバカ!
まぁいっか。切り替えてさっさと豚まんでも食べよう。腹減った。
……にしても、何か今日は店じまいが多いな。
そこの商店街なんか、もう全部店の扉が閉まってる。閑古鳥が鳴いているかと思ったが、鳴いているのは風。
おい!どーいうことだコレは!
風に煽られて、一枚の紙が視界を覆う。
「ぶっ」
紙を剥がしてそれに目を落とす。
そこには、「本日、皇帝陛下が崩御されたため、店は休みます」と書かれていた。
……は?え、いや……は?
待って。そんなくだらない事でお休みになるの……?
じゃあ僕がここに来た意味!
皇帝が死のうが腐ろうが僕は毛程も興味ないわッ!
……いや、しかし世界にとっちゃ大ニュースだろう。
大陸制覇を目指して、国内の軍事行動が活発化している矢先に、この訃報。諸国にとって、次期皇帝が誰か、これが鍵だろう。
今のところ、皇位継承権が最も高いのは……第一皇子、紅炎。
あのアホ皇帝の長男ってこともあるけど……あいつ今、征西軍大総督とかいうのやってるんじゃなかったっけ?
まぁでも、この国の裏には、組織がいる。
奴らがこの大きな事件を機に何か動くとしたら……。
急にルフがざわつく。
その理由を尋ねると、黒い気配が忍び寄っている、と。
「……チッ」
ああもう、面倒だ。これだから嫌いなんだ、奴らは。
意を決して走り出すと、ザザザザと足音が近づいてくる。
っ、速い!すぐに影に追い越されて、回り込まれる。
ブレーキをかけて止まると、人形共が前後左右僕を囲んだ。白い布で顔を隠し、皆同じ格好は相変わらず気味が悪い。
この国に足を運んだのがそもそもの間違いだったか……?
仕方ない、食べ物の誘惑には勝てない。腹減って倒れるよりかは幾分マシだと思う。
僕を囲んでいた連中が、ジリジリと近づいてくる。
僕はその場から一歩も動かず、立ち続けた。
「お待ちしておりましたよ、ルジク様。さぁ、我らが父の元へお戻りください」
人形の中の一個が、僕に歩み寄って言う。
僕は近寄ってくるそいつに手をかざした。
「オイ」
パァン‼︎
人形が、破裂する。跡形もなく、粉々に。
僕は魔法を使っただけだ。手をかざすだけで、対象を"拒絶"し、"破壊"する僕だけの魔法。
普段は絶対に使わない。でも、
「今、僕のことを何と呼んだ?」
人形共が一斉に、僕に群がる。
魔法で攻撃してきても、僕の
僕は片膝をついて、軽く握った拳で地面を叩いた。
「『
衝撃波と嵐が吹き荒れる。
人形共は次々と粉砕され、一撃で全てを沈めた。
あんなに大勢いた人形は全て僕によって消され、地面には僕が壊した跡だけが残った。
先程の魔法を全方位型にしたのがコレだ。
拳を打ち付けた場所から、全ての方向に衝撃波が飛ぶ魔法。
なので、この魔法を使うと地面にクレーターができる。これが証拠として残ってしまうのが難点なのだ。
ただし、これについては問題ない。
パチン
指を鳴らすと、地面のクレーターがどんどん小さくなって、最終的に元に戻っていく。
いやぁ、本当に僕の魔法ってご都合主義だなぁ。ま、そんな所が好きなんだけどね!
無残に転がった破片を、冷たい視線で見下ろす。
「今度、僕をルジクと呼んでみろ。お前ら全員ぶっ殺す」
マントを風に靡かせて、残骸を残して歩き出す。
ああ、気分が悪い。
ただでさえ美味しいご飯にありつけなかったというのに、組織に出くわすとか最悪だ。もういっそ潰してやろうかこの国。
はぁ、誰か津波を起こしてくれぇぇぇい‼︎
……なんて言ったら、僕が間違いなく引き起こすだろう。やめとこ。
仕方ない、今度紅炎達に会ったら、煌の美味い飯揃えとけって言っとこう……。
煌帝国・禁城。
「玉艶様……」
皇帝の玉座に座るのは、新たに皇帝の座についた練玉艶。
初代皇帝・練白徳の妻で、白徳の死後弟の練紅徳の元に嫁いだ女。煌帝国第一皇女・練白瑛とその弟で煌帝国第四皇子・練白龍の母。
その正体は、世界の破滅を目論むアル・サーメンの首領である。
彼女に、アルトが潰した人形と全く同じ姿をした魔導士が耳打ちした。
「分身体が、先程連絡を送ってきました。ルジク様が、この国に現れたそうです」
「まぁ……ルジク様が?」
魔導士の報告を受けた玉艶が、妖艶に微笑む。
その姿はまさに、絶世の美女とも言える美しさだった。
「はい。ですが申し訳ありません。取り逃がしてしまいました……」
「そう……。無理もないわね。流石は、"あのお方"の妻となられる方だわ」
「いかが致しましょう、玉艶様」
「……放っておきなさい。いずれ、あのお方が迎えに来られるまで……私達が、お守りすればいいだけのこと」
玉艶は玉座から腰を上げ、バルコニーへと出る。
空には、黒いルフが舞っていた。
「ルジク様は、この世界に本来あらざるべきお方。何としても我々が保護し、我らが父の元にお返ししなければ」
笑みをたたえ、玉艶は空を仰ぐ。
全てはこの空の向こう側にいる、尊敬してやまないあのお方のために。
彼女はこの世界を壊し、ルジク・ヴィ・アルストラトスを闇に突き落とす。
アルトオリジナルの魔法。彼女が手をかざしただけで、特に呪文を唱えなくても使える。力加減によっては世界をも滅ぼしかねない恐ろしい魔法なので、アルトは常に力を最小限に抑えた簡略型を使っている。上記の呪文を唱えると、簡略型から少しだけ力を解放できる。