異変を感じ、マグノシュタットへ
ザァ……
「……………………」
流れる風が、ふと変わった気がした。そんなことを感じながら、女は足を止めて夜の空を見上げる。
彼女の名はルジク・ヴィ・アルストラトス。通称アルト。
艶やかな栗色の髪を靡かせ、漆黒を切り取ったその眼は、どこか憂いを帯びている。
細く美しい肢体を袖の広いワンピースと背丈ほどあるマントで隠し包み込んでいる彼女は、流れる雲を眺めていた。
ピィピィ、と周囲のルフがざわつく。
何かがおかしい。嫌な予感がした。
そう思うや否や、アルトは転送魔法を使って、異変を感じた先へと飛んだ。
視界に広がったのは、黒いジンと戦っている何か。人の姿をしていないところを見ると、眷族か……と納得する。
黒いジン達をバッタバッタと倒していくこいつらのルフが、一人の男のに惹かれていた。
あぁ……。あの眷族ども、どこかで見覚えがあると思ったら……お前のだったか、紅炎。
なるほど、この軍隊はマグノシュタット侵攻のものか。
……ということは、あの黒いジンはマグノシュタットが……。
モガメットの野郎……こんな禁忌にまで手を出していたのか。
チッ、と舌打ちをする。
やはりあの時、アル・サーメンを殲滅しておけばよかった。
過ぎたことをグダグダ言っても仕方ない。とにかく、この黒いジンを一匹一匹嬲り殺しにしていけばいいんだな。
ウン、ならば簡単だ。
「『
グッと両の拳を握ると、黒いジンが二匹、グシャッと潰れる。
簡単に言えば、黒いジンのいる空間に働きかけて、圧迫して潰しただけだ。
原理はとても簡単。もちろん魔法式も、大体五百ちょいで成立する至極単純な魔法だ。
「邪魔だ。どけよ」
脅威を
その一匹一匹を潰して、僕は紅炎の元へ歩み寄った。それに従って、眷族達も僕に注目する。
「んん〜?何者ですかな、あの女は?」
「なんと圧倒的な強さ……魔導士にしては、凄まじい……」
「あれっ?この女……もしかして、紅炎様が仰っていた、あの女じゃないっすか⁉︎」
はぁ、うるせぇ奴らだ。
パチン、と指を鳴らし、黒いジン達の動きを止める。
「『
そして、今度はーー手を叩いた。
「『
パァァンッ‼︎
拍手の音と共に、黒いジンが砕け散る。その様はそれなりに美しかった。
まぁ、あんな気持ちの悪い化け物をこれほど美しく散らせてやったんだ。感謝してほしいね。
しかし、黒いルフがマグノシュタットへ戻っていくのを見ると、恐らくもうしばらくすれば、また同じようなのが来るだろう。
チッ、めんどくさい。
周囲の驚愕の視線を集めながら、中心へと歩んでいく。
小麦色のマントを揺らして、へらっと笑ってみせた。
「よぉ、久しぶりだな。お前ら」
「アルト⁉︎」
「アルトお姉さん‼︎」
目を見開いてこっちを見つめる紅覇。
それとは別に、もう一つ声が聞こえてきた。それに振り返るとーーマグノシュタットの黒い学生服に身を包んだ、アラジンの姿が。
「あれ?アラジン。何でここに?」
「こっちの台詞さ!どうしてアルトお姉さんがここに?」
「何でも何も、ルフがざわついたのが気になってな。それを辿って来てみれば、ここだったというだけだ」
よく見てみると、アラジンの隣には魔装した青年がいる。
僕とアラジンとの間でキョロキョロして、忙しそうだ。からかったら面白そうだなぁ。
にしても剣に宿る八芒星は……アモンか。
懐かしいな、アモンは長寿な種族で、僕といつまで生きられるか競争!なんてよく言ったものだ。
しかしアモンはジンになったため、もう不死なんだがね。
「アラジン、誰なんだあの美人?」
「あ、アリババくんは知らなかったよね。あの人はアルトお姉さん。マグノシュタットに行く途中で会った不思議な人だよ」
二人の会話を聞くところによると、どうやらあの青年はアリババというらしい。
美人だなんて、正直な子だ。僕が褒めてつかわそう。
「やぁ青年。僕の名はルジク・ヴィ・アルストラトス。君も気軽にアルトと呼んでくれて構わんよ」
「あ、あぁ。俺はアリババ。よろしくな、アルト!」
爽やかな青年の笑顔に、微笑を返す。
そして、くるりと紅炎と紅覇を振り返る。
「久しいな」
「…………」
ははっ、相変わらずこけしみてーなツラしやがって。
まぁでも、僕を見つめてくるその目だけは鋭い。
ははーん、お前今絶対公私の狭間で揺れてるだろ。
「安心しろ、敵は一体残らず殲滅した。……妙だけどな」
「妙?」
紅炎の眉が、ピクリと動く。
すかさず、紅覇が口を挟んできた。
「どういうことなの?アルト」
「あの黒いジン……奴は大量の
空を睨みつけ、遠く果てに見えるマグノシュタットを見据える。
「……これは……あの時と同じ……」
「アルトお姉さん……?」
アラジンのこちらを見上げてくる視線に、思考を一度中断する。その目を見て、僕は全てを察した。
なるほど、お前もアルマトランのことを知ったのか。「ソロモンの知恵」で。
ウーゴ……お前はこの子に、どれほどのものを背負わせるつもりだ?
……まぁ、この子なら、という考えの下だろうが……。
アラジンに微笑を送って、彼の頭を撫でる。
柔らかくて気持ちいい髪だ。
「心配するな、アラジン。大丈夫だ」
「お姉さん……」
アラジンの表情が柔らかくなるのを見てから、僕は紅炎に向き直る。
その時、再びルフがざわついた。
規定範囲内の空間にある対象物を圧迫し、潰す力魔法。アルトオリジナルの魔法で、その魔法式は簡単にコピーされないように、複雑化されている。