騒がしいルフをジロリと横目で一瞥し、「何があった」と問いかける。そのルフが、遠隔透視魔法で映像を送ってきた。
マグノシュタットの5等許可区のさらに奥。
最深部から、黒い大きな球が浮かび上がり、そいつが雲を貫いて、中から何かを引っ張り出そうとしている。
あ……あれは……。
ーールジク。
「ッッ‼︎」
思わず耳を塞いで、蹲る。
違う。こんなことしても、意味がないのはわかってる。
だってあいつは、僕の頭の中に直接話しかけてるんだから。耳を塞いでも何をしても、声が届くように。
「アルト⁉︎」
「アルトお姉さん、しっかり!」
遠くで誰かが僕の名前を呼んでる。
それは……僕が心地よいと感じる呼ばれ方だった。
「っ……アラジン、アリババ……」
「大丈夫か?」
「あぁ……すまない。少し、取り乱してね……お前達のおかげだ。ありがとう」
笑ってみせるが、二人の顔は晴れない。
自分でも、相当顔色が悪いだろうな、と嫌でもわかった。
空を穿つ、黒い光。それが引っ張る、黒い何か。
マズい。あれが落ちてきたら、今度こそ世界は終わりだ。
耳鳴りを引きずって立ち上がり、紅炎に改めて向き直った。
「……兵を退け、紅炎。こうなっちまったら最後、全員死ぬぜ」
「どういう意味だ」
「説明してる間も惜しい。とにかくこのままマグノシュタットを攻め込んで手に入れても、お前ら全員死ぬだけだ。……煌の連中だけじゃねぇ。この世界に暮らす全員が死ぬんだ。わかったら黙って兵を退け、紅炎……!」
「……………………」
チッ、やっぱ兵を退けっつって、「ハイわかりました」って退いてくれるわきゃねーか。
紅炎の疑問が解消されない限り、こいつが協力することはないだろう。だが僕も、向こうの世界の話をするつもりは一切ない。
だってその話を紅炎が無理矢理聞き出そうとしてくるんだぜ?怖い怖い。
仕方ねえ。こうなったら……。
「アラジン、パス」
「えっ?」
「ジンを呼んでくれ。僕は口下手なんだ。話をジンにさせた方が、説得力もあるだろう。さっ、早く」
「う、うん……」
慣れないことは他人に任せるに限る。
僕は深い溜息をついて、全てをアラジンに託した。
「信じられないなら、直接訊いておくれよ……おじさんの『ジン』達に‼︎」
紅炎の三つの金属器が輝いた、と思った次の瞬間、すぐに三体のジンが現れる。
アガレス、アシュタロス、フェニクス。
いずれも紅炎が攻略した
まぁでも、僕にとってはそんなことは、道端の石ころくらいどうでもよかった。
…………えっ?
ちょっと待てアラジン。
今、紅炎のこと"おじさん"って……?
……ぶわっはははははははははははは!!!
ぎゃはははははははははっ‼︎
ひーっ!は、腹が痛い……っ‼︎
あははははっ!紅炎がお、おじさんだって!ぷくく……っ、ついにお前もおじさんの仲間入りか!
あっははははは!傑作だな!流石アラジンだ!
「オイこのクソ女‼︎いつまで笑ってんだ!」
「あはは、だって紅炎がお、おじ……だーっはははは‼︎ダメだ、ムリ!」
これで笑いを堪えろと言う方が可笑しいと僕は思う。
失礼?知るかそんなもん。
だったらてめーらなんて足元にも及ばないくらい長生きしてる僕に対して、君は尊敬の意も畏怖の気持ちも抱かないと言うのかね、青秀くん。
「お前と会って何年経ったと思っているんだ。歳をとるのは当たり前だろう」
「うわ、その台詞余計おっさんくせえぞ。ぷくく、ついに認めたか」
「お前はあの時と変わらず、凹凸も何もないつまらん身体だがな」
「こっち来い紅炎。しばき回す」
さっきまであんなに笑い転げてたのに、紅炎のたった一言で心が冷え切った。
何なの?あいつは僕を怒らせる術に長けているのか?
僕に言わせりゃ、てめーは今も昔も変わらずクソガキだバーカ!
「アルト様……話を始めてよろしいですかな?時間がありませぬ」
「ん?おお……悪いな、アモン」
いつの間にか、アリババと紅覇のジンも出てきていた。
まぁつまり、アモンとレラージュだ。懐かしい顔が勢揃いだなぁ。
「我らが王達よ……『暗黒点』を塞いでください。さもなくば……この世界は消滅します」
「……⁉︎」
「ど……どういうことだ?」
「………………」
「はるか西方の空に……『穴』が空いてしまった。そこから、悪意の化身が降りてきます……。彼の手は、触れたもの全てから身の内の白いルフを奪い、消し去ります。人も、動物も、草木も……光や音すら死に絶えて、何も動かず何も聞こえない……完全なる死の世界が………………黒い太陽と共に、貴方達の世界に今日、訪れることでしょう…………」
愕然とする者、信じられないと言うように眉を寄せる者。皆、それぞれの反応を示している。
だがアモンの言っている事は本当だ。僕も千年前に、それを見た。
本当にあれは……地獄なんて簡単な言葉じゃ片付けられないような、そんな光景だった。
「みんな死んじゃうんだよ!『アルマトラン』と同じにしないで‼︎」
「レラージュ!それは禁忌だ。『別の世界』の存在すら、こちらの人間達は知るべきではない」
おい何ポロッと暴露してんだアシュタロス!
「『別の世界』だと……?世界の滅び……まさか…………」
ほらァ、お前のせいで紅炎くんが反応しちまったじゃねぇか!
まぁ、僕も大昔こいつにせがまれて、ちょこっとだけアルマトランの話をしちゃったけど!
こいつ一度火が点くと消火が難しいんだよ。何?それこそもうプロミネンス的な?絶対消火できねぇじゃねーか。
「それを阻止するったって、俺達は何をすりゃいいんだよ、アモン⁉︎」
「『依り代』を、破壊するのじゃ」
「「「よりしろ???」」」
そーそー、あの黒くてバカでかい球を潰しゃいいんだよ。
だがこいつがなかなか硬くてねぇ……。僕の力魔法でも規格外の大きさで圧迫できないんだ。
チッ、ウザい。
「悪意の化身『
「それを壊せばいいんだね」
「そうです。しかし、厳しい戦いになりますぞ……たとえ『ソロモンの移し身』たる貴方様がいてもです」
「……………………………………」
唇を噛み締めるアラジン。言葉には決してしなかったけれど、僕には何が言いたいかがわかった。
不安なんだろう。父親と同じように、この世界を守り切れるかどうか。責任感が強いところも、父親と似てる。
僕はアラジンの小さな頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でてやる。
「わっ」
「心配すんなアラジン。今回は僕も協力しよう。この世界ぶっ壊されて、美味い飯が食えなくなっちまえば困るんだよな」
「……アルトお姉さん……」
見上げてくる視線に、優しく微笑んでやる。心なしか、強張ったアラジンの表情も柔らかくなった気がした。
そんなちょっぴりハートウォーミングなムードを醸し出している僕らに、歩み寄ってくる男が一人。
「おい……」
紅炎だ。
「ソロモンの移し身?何のことだ。それに……まさか……『別の世界』とは……ソロモン王が支配していたという、
な、何か紅炎の目の色が変わってんだけど。
嫌な予感がする。回れ右して帰りたい!世界の破滅なんざ知ったことか!
ダメだ。これに答えたら絶対「全て話せ」っつって脅されるんだよ。
お前は恐喝以外のものの頼み方ってのを習ってねーのか!どんだけ横柄なクソ皇子だ!お前なんか皇子じゃなくて武人だろ!
「えっ?……何で?おじさんが『アルマトラン』のことを知っているの……?」
あ。
気づいた時には遅かった。
紅炎について全くの無知だったアラジンが、質問に対して返答しちまった。いや、正確には返答はしてないけど、まぁそういうことだ。
案の定、次の瞬間には紅炎が乱暴にアラジンの胸倉掴んで、脅しました。「今すぐ知ってること全部話せ」ってな。
あぁ……終わった。色々と。
仕方ねえ、アリババと一緒にとにかくアラジンの解放に尽力するか。ってことで、説得を試みる。
「おい紅炎、相手はガキだぞ。そんなマネすりゃ怯えて何も話さなくなっちまうのがオチだ。やめとけ」
「散々逃げてきたのはお前だろうが。ならばお前が今すぐ全て話せ!」
あ、興奮してらっしゃる。
はぁ……この知識バカを窘めるには、この手しかねぇな。
「あー、わかったわかった。じゃあお前次第だ、紅炎。兵を退いて『依り代』を壊すの手伝え。そしたらお前のお望みのモン、余すとこなくぜーんぶ差し出してやらぁ」
「「「「ええっ⁉︎」」」」
出てきていたジン達が、揃いも揃って同じ反応。アガレスだけは静かに佇んでいる。可愛い。
何とか紅炎から逃れたアラジンも、突然の僕の提案に驚いていた。
「ア、アルトお姉さん⁉︎いいのかい⁉︎」
「別にいいだろ。話したところで世界が終わるわけじゃあるめぇし」
「そっ、そういうことではありませんアルト様‼︎こちらの人間にペラペラ喋っては、ソロモン王の作った『運命』の正常な流れがっ……」
「知るか」
あたふた慌てるアモンを一蹴する。
別に構わねーじゃねぇか。この世界が生まれるまでの経緯みてーな話だぜ?知っててもいいだろ。問題ないだろ。
大体問題っていうなら、あっこのバカでけえ球の方が大問題なんだよ。アレ排除しねぇ限り、ヤバい状況に変わりはねーんだからな。
こちらを見下ろしてくる紅炎が、ニヤッと笑う。
「言ったな。撤回は許さんぞ、アルト」
「安心しろ。僕は約束は必ず守る」
「いいだろう」
あ、ここで叫ぶな、こいつ。
耳塞いどこっ。
「紅明!!!白龍、白瑛、紅玉!!!今すぐ俺の元へ来いッッ!!!」
ぅぐぇっ……あ、頭痛え……。
くっそ、何で耳塞いでんのにこんなにガンガンすんだよ。
訴えるぞ。被害保険下りるよな?
「負傷兵はまだか‼︎重傷者の救護が終わり次第、俺と紅覇は発つ‼︎」
「し……信じるのですか⁉︎今の途方もない話を…………」
「信じるも何も、これこそが俺の求めていた歴史の深淵だ。もし、世界を一つにする前にこの世の謎が解けるなら…………この先、何千と戦を繰り返す必要もない」
紅炎がこちらを振り返って、僕を見る。
ああ……あの目はスイッチ入った時のだ……。
ホント、何でこう練家の皆様はどいつもこいつもギラギラしてんの?しかも男女関係なく。何この家系怖い。
「アルト。今度こそは話すのだな?」
「だからそう言ってるだろ。しつこいぞ」
「ならば、煌帝国全ての金属器使いの力を貸してやろう。その代わり……全てが終わった後には……この俺に、世界の真実の全てを差し出せ‼︎よいな‼︎」
「……はい」
何も聞こえない。
ジン共が「あのアルト様が気圧されてる……⁉︎」なんて言ってやがるけど僕は何も聞こえねぇぞ‼︎