マギ 六十億年生きた女   作:支倉貢

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さようなら、愛してる

モガメットのルフの中。

先に到着していた僕は、座り込んで宙を見つめる彼を見ていた。その目には、深い悲しみが宿っていた。

 

「……………………」

 

それを黙って、見つめることしかできない自分。後悔が滲み、唇を噛み締めた。

彼の周りには、彼を恨む堕転させられた人々のルフがいた。自責の念に苛まれているのが目に見えて、さらに胸が苦しくなる。

その時、アラジンとヤムがこちらにやってきた。

 

「アルトお姉さん!」

「アラジン……ヤムもか」

 

ようやくやってきた彼らを見るよう、モガメットの背中を摩る。

 

「モガメット……しっかりしろ。ほら、お前の娘と教え子が来たぞ」

「……………………」

 

しかし、モガメットは何も答えない。突如蹲って、耳を塞いだ。

 

「……モガメット……」

 

苦しい。今のこいつの心を表すなら、この一言に尽きるだろう。

見ている僕も、辛かった。

 

自分を恨むルフ達の声が、容赦なくモガメットを襲う。

やめろ。お前らがこいつの何を知ってるんだ。こいつはとても優しいいい奴なんだ。

……なんて言っても、ただの戯言にしかならない。

 

だってそうだ。実際、モガメットはここまでのことをした。一生その咎を背負い、許されることのない罪を犯した。

だから、僕がどれだけ過去の彼のことを語っても……それは彼らがモガメットを許す理由にはならない。

 

わかってる。わかってるのに……。

 

「私は……何故……誰よりも正しく生きられるなどと考えたのだろう……。結局は、私の憎しみに駆られた決断で……たくさんの魔導士もそうでない人間達も死に追いやってしまった……。私は…………『非魔導士(ゴイ)』達に望み続けていたのだった…………。身勝手にも、醜い感情を何も持たない非力な……『魔導士に助けられるべき存在』としてあり続けることを……彼らとの間に壁を作り続けていたのは…………私の方であった………………」

「……モガメット…………」

 

ああ……なんて非力なのだ、僕は。

六十億年も生きてきて、たった一人、友にかける言葉すら見つからない。おかしいな、僕はこんなにも不器用だったっけ。

 

アラジンが戻ってきてくれと説得する。

マグノシュタットを救うために。指導者である彼でなくては、この迷える国の行き先は示せない。

彼の隣で引き止める小さな白ルフーーティトスのためにも、戻ってきてくれ、と。

 

しかし、モガメットは首を横に振った。彼は魔力(マゴイ)炉を作るために、多くの人間を堕転へと導いた。その責任をとるために、人々から抜け出たルフと共に、黒き流れへ逝かねばならないーーと。

 

……そうだ。堕転して死んだ人間のルフは、もう二度白いルフへは戻れない。世界を恨み続けたまま、永遠に彷徨い続けるのだ。

そしてそれは、この僕であっても救いようのない事。たとえ六十億年生きた僕であっても、堕転した人々を大いなる流れへは還せない。

 

モガメットは、アラジンに一つ、頼み事をした。

 

「黒いルフを白いルフに戻す方法を……探してはくれないかね?」

「えっ?」

「この世界中の……かつて己を、運命を怨みながら死んでいった者達の命を………………彼らの家族や愛した者達の眠る白い流れへ帰してやることは………………本当に不可能なのだろうか?」

「‼︎」

 

黒いルフを白いルフへ、戻す方法。

僕は思わず耳を疑った。

そんなこと……六十億年も生きてきて、一度も考えたことはなかった。

……まさか、モガメット……。お前、これをずっと考えていたのか……?黒いルフを白いルフへ戻す方法……それを、探していたというのか?

 

「モガメット、お前……」

 

問いただそうとすると、モガメットは小さく笑む。

 

「私がそれを見つけようと思ったのは……アルト、お前がいたからだ」

「え……?」

「私は初めてお前と出会った時、この世にお前に敵う者などいないと思っていた。同じ魔導士として、青い頃の私は、お前を超えたかった……。どの魔法を作っても、お前はあっさりとそれを真似してみせるとんでもない女だった。それは今でも変わらんが……。だから私は、お前の知らない魔法を作り続けようと決めた。私をここまで育て上げてくれたのはアルト、お前がいてくれたからだ。本当にありがとう」

「‼︎モガメット……」

 

礼を述べたモガメットに、僕は何も言い返せない。

何で。どうしてありがとうなんて言うんだ。僕は、お前を救えなかったただの愚か者なのに……。

 

「何を言う。救われたさ……お前に」

「⁉︎」

「お前の決死の呼びかけが、私を迷わせてくれたんだ。アルト」

「決死なんて……僕が死なねえの、知ってるくせに」

「……ああ、そうだったな」

 

穏やかな笑顔を浮かべ、その姿は今にも消えようとしていた。

 

「っ⁉︎モガメット‼︎」

「学長先生‼︎」

「やだやだ、消えないで‼︎」

 

僕が、アラジンが、ヤムが、モガメットに駆け寄る。彼は最期の言伝を、僕らに頼んだ。

 

「『優れた者』など、どこにも存在しないということを。魔導士だろうとそうでなかろうと……………………たとえどんなに他より10倍も100倍も勝る力を持った、眩しい誰かがいたとしても…………………………。委ねてはならない。間違えずに生きられる者など、どこにもいないのだから……」

 

多くの黒いルフ達と共に、モガメットは歩き出す。

 

「モガメット、待て‼︎」

 

もつれそうになる鈍足で、僕はモガメットを呼んだ。

 

「僕からも礼を言わせてくれ!お前と過ごした時間、何物にも代えがたい楽しい時間だった!この恩は一生、忘れねえかんな‼︎」

 

一呼吸置いて、声を限りに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さようならモガメット、愛してるぜッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を覆っていた暗雲は晴れ、光が降り注ぐ。

依り代は今度こそ砕け散り、黒いルフとなって消えていった。

 

アラジンとヤムライハは意識を戻し、仲間達の歓迎を受ける。

 

 

しかしただ一人、ルジク・ヴィ・アルストラトスは、戻ってこなかった。

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