テーマは、「月見の宴」です。
「シンドバッド〜!」
シンドリアに遊びに来ていた僕は、廊下を歩くシンドバッドの背中に飛びつく。まさかこの僕がこんな風に甘えてくるとは思わなかったらしく、顔を赤くして動揺している。
「あ、アルト!?お前何やって……!」
「なぁなぁシンドバッド、今夜はいい月が出るんだってな」
「は?」
「僕の六十億年の経験上、今夜は月が地球に最も近づく日でな。月見に最適だ」
「随分確信の持てそうなデータだな」
当たり前だ。何でもそうだけど、人生、経験がモノを言う。長年積み重ねてきた経験で得たデータ、勘は案外あてになるもんで、僕も頼りにしてる。
「んで、何をしたいと?」
「月見をしつつ宴をしよう」
「また宴か?」
「この国は宴をしてナンボだろ。ここの王様は酒と女がありゃ取り敢えずはどうにでもなるだろ」
「ちょっと待て。何で今俺を貶す必要があった?」
貶した?バカを言え。僕は事実を言ったまでだ。
そう言うと、思いの外落ち込んだらしい。「いい。もういい」といじけ始めた。何だこいつは。
「シンドバッド、宴をしよう」
「俺に言うな。ジャーファルに提案しろ」
「いやだね。オカンに言えば即却下される。金がねェってよ」
「俺も同じだ!金ならスッカラカンだ」
「やーい金無し貧乏王様〜」
「……………………」
あっ。やりすぎた。ちょっと泣いてる。
「…………あの」
謝ろうか、と声をかけたら、そっぽ向かれてスタスタ足速に歩き去っていく。
ああ……やっちまったな……。あいつ結構泣き虫だからな。
うむ、今日は僕が悪かったな。反省しよう。やりすぎた。うん。
「……さて、どうしたものかな」
太陽が沈むまで、あと6時間ほど。
うーむ。いかがいたしましょうか。
カフェでレモネードを飲みながら、ギンギラギンにさりげなさもなく輝く太陽を睨む。口の中で踊るしゅわしゅわ感が堪らない。愛してる。
シンドバッドにはまず謝るけど……僕としては本来の目的を何としてでも達成したい。月を眺めながら、みんなで宴。
鬼倭国の月見は月を見ながら菊酒を飲むらしいが……アレは建彦とやっちゃいけない。風流もクソもない。
はぁ……一体どうしたものか……。
「あれっ?おー、アルトじゃねーか!」
「……あれっ?おー、シシャモカンじゃねーか」
「シャ・ル・ル・カ・ン、だ!!何だその間違え方は!!」
間の抜けた声で返すと、ぷりぷり怒りながらこっちにやってくる。
あぁ、めんどくせえ奴がやってきた……。
「ったく……何の用だ、シャルルカン」
「王サマがヘソ曲げて会議もすっぽかしちまってんだよ。何か知らねーか?」
「………………………………知らない」
「オイ何だその間は」
「ちょっと過去を振り返ってただけだ」
どうしよう。すっっごい心当たりがあるんだけど。ごめんシャルルカン。咄嗟に嘘吐いた。
んー、どうやってシャルルカンを躱そうか。
「んで、お前は暇を持て余してここに来た、と?」
「いや、ジャーファルさんにお前を探してこいって言われて」
「そうか。じゃあ、野暮用があるっつって帰ったって伝えといてくれ」
「逃がすか!」
あうう、今日は名月の日なのに。厄日なのか。今日に限って厄日なのか。
ああ、これも人生の経験かちくしょう。
「帰る」
「お前帰る所ないだろ」
「じゃあ出ていく!」
「ダメだ、王サマにお前を国から出すなって言われてるんだ」
「おのれシンドバッドォォォォォォォォォォォ!!!」
シャルルカンに俵担ぎで誘拐されている僕は、何とか抵抗しようと足をジタバタさせる。非力な僕は結局何もできないまま、もう諦めた。何だろ、自分で言ってて虚しい。
「……なあ、シャルルカン」
「んー?」
「僕さ、シンドバッドに酷い事しちまったんだ」
「え?」
こういう悲しい出来事は、第三者にぶつけるに限る。
「酷い事言っちまったんだよ。金無し貧乏王様ってな」
「お前ってやっぱ辛辣だよな」
「そんなこと、本当は4分の3くらいしか思ってなかったのに」
「それもうほとんど思ってるぞ」
「あいつ、悲しそうな顔してた。謝りたいけど……どう言えばいいかわからなくて」
なぁ、どうしたらいいと思う?
シャルルカンと
「お前って本当に不器用だよな。六十億年の人生もあんま役に立たねえんだな」
「……ああ、そうだな」
自嘲気味に、笑う。それもそうだ。六十億年なんて長生きしても、結局僕は何一つ器用にこなせないバカな女だ。……なんかちょっと悲しくなったな。泣きそう。
「……あ」
「ん?」
「そういや、今日いい月が見えるんだってな」
「ああ……」
「…………それなら……」
ふと思い出したように呟いたシャルルカンは、足を止めて僕を降ろした。どうしたのかと見上げると、白い歯を見せてシャルルカンは笑っていた。
「俺にいい考えがある」
一日の職務が終わり、風呂から上がった俺は寝室へと向かう。
ドアノブを回して部屋に入ると、そこには。
「よっ、おかえりシンドバッド」
何食わぬ笑顔で、アルトがベッドに座っていた。
ただ、その格好もいつもと違っていた。いつものマントとワンピースではない。真っ白なシルクのネグリジェに身を包み、ふんわりしている栗色の髪も綺麗に手入れしてあった。
「……………………」
何というか、気まずい。いじけて好きな女にあたったのは俺なのに、何か上手い一言が思い浮かばない。
押し黙ってドアの近くで立往生していると、アルトが柔らかく微笑んで、ポンポンと自分の隣を叩いた。
「ほら、おいで」
「…………あ、あぁ……」
月の光に照らされて、アルトがより美しく見える。
(…………月…………)
ああ、そうか。今日は月が綺麗な日だった。ふと思い出しながら、言われるがままアルトの隣に腰を下ろす。
俺が座ったのを見たアルトは、すぐに俺にグラスを差し出した。
「お疲れさん。ほら、飲むか?」
「ああ……。ありがとう」
アルトがワインのボトルを傾けて、酌してくれる。
……なんというか、距離が近い気がする。こうして近くで見ても……アルトはやっぱり綺麗だ。
「ん。それじゃあ」
アルトが一言呟いたのに気づいて、ハッとする。アルトはワインが既に注がれたグラスを持って、俺に差し出してきた。
「いい月夜に。そして、シンドリアの栄光に……乾杯」
「……乾杯」
カチン、と小さな音と共に、グラスを合わせる。くいっとワインを呷ってから、月を眺めた。
本当に、綺麗な月だ。月光が窓から差し込み、体の芯まで浄化されていくようだ。月の光には汚れを浄化する力があるというが、一体どこの誰が考えたのだろう。
チラリと隣に座るアルトを一瞥する。
ああ、なんと神々しいことか。月の光に照らされて、その白い肌が、黒い眼がいつもより輝いて見える。
(……そういえば)
古い言葉で、愛する人に思いを伝えるものがあったはず。それも、月に関する言葉が。
「…………アルト」
「ん?どうした」
「"月が綺麗ですね"」
誰より永く生きてきた聡明な彼女が、この言葉を知らないはずがない。
"月が綺麗ですね"……それは、"貴女を愛しています"ということ。
月が輝く美しい夜のムードを崩してはいけないとか、このまま流れに任せていけたらいいなとか、どうでもいい考えを頭から放り出し、アルトを真っ直ぐ見つめる。
アルトは一瞬惚けたような顔をしてから、にこりと頬を緩めた。些細な変化にここまで喜んでしまうとは、俺はつくづく単純な人間らしい。
「お前も懲りない男だね」
ふふっ、と笑う彼女が、妖艶に見える。
スルスルと細い手を俺の手や腕を伝い、肩に置かせた。その手に体重をかけられ、背中からベッドへと落ちていく。逆光になり、アルトの表情があまり読み取れない。
ふと、詰めていた息が漏れる。
好きな女に押し倒された。これだけの高揚感は、なかなか味わえない。
「……シンドバッド」
ポツリと囁き、アルトが俺の頬に手を添える。慈しむかのような手つきに、俺はゆっくり目を閉じた。
その時。
ぶにっ
頬が、摘まれた。
「…………は?」
キョトンと目を開くと、アルトはくつくつと笑っていた。
「ククク……馬鹿だねぇ、お前も」
それは、先程までの慈しむような柔らかい微笑ではない。人をコケにするような、揶揄うようなそれ。高鳴っていた俺の鼓動も、一気に冷え切る。
あぁそうだった。忘れていたよ。コイツはこういう女だった。
怒りがふつふつと煮え滾ってきて、仕返しに両頬を思いっきり抓ってやる。
「いででででで!!はにゃせ!」
「こ、のッ、女は……ッ!!」
「いひゃい!わりゅかっひゃ!ほくがわりゅかっひゃかりゃ!はにゃせ〜!!」
涙目になってジタバタと暴れるアルトは、思ってもないだろう言葉を吐く。
力では俺に到底敵わない、非力な女だ。このままこいつを襲ってやろうかとも思った。
でも、いくら好きと伝えても、キスをしても、彼女の気持ちは永遠に手に入れられないんだろう。
わかっている。わかっているのにーー。
「はぁー、はぁー……何だよ、ちょっと揶揄っただけでムキになりやがって。ガキか」
「もう一回抓ってやろうか?」
「ごめんなさい嘘です冗談です」
でも、この関係も、悪くないと思えるんだ。
綺麗なオチが思い浮かばず、ふんわりとしたものになってしまいました。
この後二人がどうなったかなんて私の知ったこっちゃない。
無責任?何とでも言え。全てはこのバカな頭のせいだ。