パルテビア帝国。
……やってきたのはいいものの、ここは近年、衰退の一途を辿っている。
まぁ……以前アル・サーメンの魔の手が忍び寄った国でもあるけど。
そういえば、僕がシンドバッドと出会ったのも、ここだったっけ……。
あれは、今から十五年程前か。詳しい年月なんて忘れたけど。
「おい、大丈夫か⁉︎しっかりしろ!」
確か、浜辺で倒れてたと思うんだ。ものすごい空腹で動けなくて、ここしばらくはずーっとぐったりとして寝ていたと思う。
ゆさゆさと体を激しく揺さぶられる。
ぅう〜、僕は疲れてるんだ……そっとしといてくれ……。どうせご飯なんて食べなくても僕は死なないんだから……。
再び意識を微睡みの中に落とそうとすると、ふわ、と体が浮かんだ。
……ん?僕おぶられてる?まぁ、いっか……。
僕はそのまま、目を閉じた。
「…………」
「あっ、目が覚めたか?大丈夫か?」
ぼんやりする視界に映ったのは、紫色の髪の少年。ピョコンと立ったアホ毛が特徴だった。
飴のような目はキラキラしてて、興味津々で僕を見つめている。
体を起こすと、少年もそれに倣って顔を離した。
「……ここはどこだ?」
「俺の家だ。大丈夫か?砂浜で倒れてたから、心配したんだよ」
「ああ、問題ない」
少年は「そっか」と短く答え、湯気の立つスープを渡してくれた。
「これ、飲めよ」
「……毒は入ってないよな?」
「そんなの入れるわけねーだろ!」
「あはは、冗談だよ。じゃあ、いただきます」
うん、やっぱり若い少年をからかうのは面白いなぁ。スープを一口飲む。しかし、味がしない。ユナンのクッキーを思い出した。
……逆にどうやって作るんだ?味のしないスープって。
取り敢えずそれを飲み干して、食器を少年に返した。
「ありがとう。助かったぜ」
「別にいいって。でも、何であんな所で倒れてたんだ?」
「さぁ?」
「知らないのかよっ‼︎」
少年にツッコまれた。
いや……だって、僕もここ数日は倒れるように眠っていただけだもん。あー、なんか疲れたなーって。
まぁ多分、僕の乗っていた船が難破したか何かだと思うけどね。んで、ここに辿り着いた、と。
「まぁ、無事ならいいけどさ……。あ、俺の名前はシンドバッド!お前は?」
「僕の名はルジク・ヴィ・アルストラトス。僕のことは親しみを込めてアルトと呼びなさい」
え?その言い方どこかで聞いたことある?しかも別の出版会社のやつだって?
知らないよそんなの。
「なぁルジク……」
「ルジクじゃない、アルトと呼べと言っただろ。人の話を聞け」
「あ、ごめん。でも、何でアルトって呼ばせてるんだ?それって……苗字、ってやつだろ?お前にはルジクって名前があるんだから、それでもいいじゃないか」
……それ、昔ユナンにも言われたな。
何?お前らそんなにルジクって呼びたいの?
ヤダよ。だって……なんか、嫌なんだもん。
ーー……ルジク。
……あぁ、もう!
思い出したくないことまで思い出しちまったじゃねーか……。
くしゃ、とシンドバッドの頭を撫でる。
「僕はねぇ、この名前が嫌いなんだ。だから、今度僕をルジクと呼んだら怒るぜ?」
「……あぁ……」
「よし、いい子だ。世話になったな、シンドバッド。僕はもうここを出る。助けてくれて本当にありがとう」
「行くのか?」
「あぁ。運命が僕らを導いたなら、その時また会おう、シンドバッド」
短く切って、さっさと家を出ていく。僕にしては珍しく、転送魔法陣を使った。
パルテビアは軍事国家だ。今はレームと戦争中で、軍の圧政が国中に染み渡っている。
そんな国に、
助けてくれた少年を巻き込むわけにはいかないからな。
……まぁ、彼とまたすぐに会えるなんて、当時の僕は思ってもみなかった。
南の国、シンドリア王国。
王宮のバルコニーから、国の全てが見渡せた。
「アルト…………」
そこに立つ、三十路間近の男。多くの金属を身に纏い、紫色の髪を海風に靡かせている。
ボソリと呟いたのは、愛する女の名前。
「元気かなぁ……」