幼女戦記 外伝   作:ククルス

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彼女の独白

此処、首都ベルリンでも砲声が止まなくなり

どれ程の時が経過したでしょう。

ただの通信兵だった私が博士の護衛を任じられ、

訓練でも数える程しか握ったことの無い短機関銃を構えながら

屋根を失った美術館の片隅に身を潜めていると、

小さな物音にも敏感になってしまいます。

 

ああ、どれだけの時間をこうしているのでしょうか。

時間が引き延ばされている様な感覚に襲われてしまい、

懐中時計を頻りに確認していると自覚はしているのです。

 

パパパッ

 

短い連射音、あれは友軍の銃声…友軍の銃声ですよね。

自らに言い聞かせる様に手の震えを抑えます。

 

銃声や悲鳴が聴こえているというのに、

博士は実に落ち着いて応えてくれました。

 

「少尉、時間が長く感じるのかね。

心拍数や思考力に比例するというのが通説らしいが

私は時間を意識する行為が原因だと考えるよ。

例えばだ。嫌な事ほど長く感じ記憶に残るだろう?

あれは……」

 

知ったことではありません。

嫌な事ほど、長く?そんな事は当然でしょう。

 

我が偉大なる帝国は盛大に傾き、

今やまるで切り取られるパイの如く連合王国に合衆国、連邦や

半ば敗退した筈の共和国まで攻め上がっているのですから。

帝国は既に風前の灯で、残ったのは未だに諦めない軍に

戦えない非戦闘員位なものでした。

 

つまるところ、私も生きるか死ぬか…。

いえ死ぬならまだマシでしょう。

私の様な若い娘が捕まればどうなることか。

 

最後の最後まで博士と運命を伴にするなんて、

あの時の私は思いもしませんでした。

 

 

 

 

私が工廠で通信兵として任じられ、

早いもので3年が経ちました。

軍学校に入った時は我が身を呪いましたが、

こうして後方の物資補充の優先度が高い工廠に配属されたのは

幸運と言って差し支えないでしょう。

何せ食事は暖かい3食に、夜はゆっくり睡眠を取れるのです。

ああ、今日も今日とて神様に感謝を。

 

とまぁ、いま私が居るのは軍が管理する食堂でして、

実験の行われない夜間はこうして気の合う同僚と集まり

遅めの夕餉を食べながら談笑するのが唯一、

とまでは云いませんが楽しみなのです。

 

特に仲の良い2人は軍学校時代から私の同期でもある、

短めの髪につり上がった瞳、そして学生時代から変わらぬ

小柄な身長が特徴のスザンネ・ヴェーバー少尉。

それと髪を両側で結って可愛らしい顔立ちでありながら、

女性らしい肉つきをしたマリー・アイヒホルン少尉。

 

嫌な記憶ばかりが目立つ軍学校で唯一の宝とも思える彼女達。

運良く配属先が同じだったことは敬虔な教徒として、

やはり神様に感謝せずにはいられません。

 

そんな女子が3人も集まれば話題にも尽きない訳でして…。

 

最近の必ず出る話題と言ったらやはり、イカロス(95式)です。

私達の印象は既に"無駄に意欲的"で"無駄に高性能"な"無駄死に製造機"という失敗作のイメージしかありません。

それは何故か…ですか?

 

そんなこと、理由は簡単です。

単純に死傷率が高いから。

それも凄く。

いいえ敵、ではなく味方の、です。

 

幾ら専門外でも誰しもが理解する魔道飛行士の有用性、

そして平均化を好む体質を持つはずの軍が血眼になってまで

適性検査を義務化し探す貴重さ、と言えばご理解頂けるでしょうか。

 

特別を嫌い、無駄を憎む軍隊が諸手を挙げて歓迎する魔道飛行士が此処では何十人も"戦死"するか、良くて病院生活に半生を捧げる羽目になってるのです。

 

ある時、マリーが笑顔で呟いた「あら、まるでイカロスの羽根みたいですね」何て言葉がどういう訳か工廠内に広まり結果的に付いたあだ名がかの有名なイカロス。

私、怒らせたら一番怖いのはきっとマリーだって思いました。

 

ええと、つまりこの仮称イカロスくんが専らの肴という訳です。

 

「でさ、どうな訳?実際のところさ」

 

「えっと…今度の来る魔道飛行士の事かな」

 

「そーそー!確か軍始まって以来の最年少何でしょ?」

 

「ああ、うん。博士の話通りの人物なら凄そうだよね、確か名前は…た」

 

「ターニャ・デグレチャフ様ですね!」

 

「ま、マリー…?」

 

「それそれ、ターニャ何某さまよ。」

 

「ですから、ターニャ・デグレチャフ様です!」

 

「あーっ、分かったから!その様々はイカロスの担当になるんでしょ、大丈夫な訳?」

 

「……あ。」

 

そうです。

未来溢れ貴重かつ薫陶精神溢れる少女が、

あのイカロスくんを扱うのです。

どう考えても死亡宣告としか私達には思えません。

 

気まずい沈黙が辺りを包みます。

飛べればまだいい方で、大半が試運転中に爆発四散し

飛び立てても目標高度に至るまでにやはり爆発。

良くても意識を失い硬い地表にキスをするのです。

 

普通なら、そう普通なら、テスト要員が改善点を見つけ提出。

実験し改善を…そうしてより良い物へ作り替えていくことを指して試験運用というのです。

それがです。

あくまで博士からすれば、誰ひとり改善点を出す前に

居なくなってしまうので改善されないのです。

じゃあ問題はちゃんと扱えない軍人に問題があるんじゃないの?

何て勘違いさせてしまう始末。

 

私達も当然、座して見ているだけではありません。

助手の方々や整備員、はては私たち観測員までもが指摘しても

博士は決して首を縦には振っては下さいませんでした。

 

博士たちは「またか」で済むのでしょうが、

堪らないのは整備員や私たちです。

彼らテスト要員と死ぬ間際まで言葉を交わすのは私たちで、

遺体を収容するのは整備員の方々なのですから。

 

「私、流石に自分より幼い子が目の前で死んじゃったら…流石にクるかも。ほら、私の家って妹が多いからさ…アハハ。」

 

「……私も正直、自信はありません。」

 

「私だって嫌だよ…うーん。無事を祈るしかない、かな。」

 

「はい、ターニャ様のご無事を祈って。」

 

「あー…。明日か、明後日かはわからないけどターニャ何某様の無事を祈って乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 


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