浪人生、飛ばされる。   作:奥の手

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プロローグ 「いきなりすぎて屁もでねぇ」

俺の名前は佐藤里幸(さとう さとゆき)

クラスのみんなからは「ユキ」って呼ばれていた。

 

そう、呼ばれていたんだ。一年前は。

最近はめったに耳にしない。

 

俺はいわゆる浪人生というやつで、現在の年齢は19歳と3か月。

ひたすら勉強とゲームとオ○ニーにいそしむ、筋金入りの宅浪だ。

 

クラスの連中とは仲が良かったが、ストイックな受験生活にするために一切の連絡手段を絶っていた。

だからもう、俺の名前を「ユキ」って呼んでくれるのは母さんと父さんだけで、それも極々稀の頻度である。

 

友人たちの顔は一年近く見ていない。

SNSを封印して、一日に触っていいコントローラーとムスコの時間を決めて、あとの時間はひたすら勉強した。

 

そんな禁欲生活(笑)のおかげか、いやはや宅浪の割にはなかなかの成果が出るようになった。

慢心するつもりはないが、自分の力がついているという自負はある。

 

そして、待ちに待ったセンター試験はいよいよ明日に迫っている。

 

そう、明日だ。

この一年間は苦しかった。毎日が平日も同然だった。

 

たとえ自室に一日中籠っていようと、やらなければならないことは変わらない。

解く問題の教科や科目が違うだけ。参考書のページが違うだけ。

それは精神的にかなり来るものがあった。本当につらかった。

 

でも、まぁ、とにかくだ。

明日と明後日の本番で、ひとまずの山場は超えられる。

 

模試通りにいけば成功だ。

 

……一年前はひどかった。

マークするところがずれていて、英語の点数が200点満点中の3点しかなかった。

 

自己採点では132点だったから、受けた大学に片っ端から落ちた時これは誰かの陰謀じゃないかと疑った。

五月の結果発表が返ってきたとき、英語の項目に「3点」と書かれていたのを見てなんというか爆笑した。

 

悪夢だな。思い出したくもない。

思い出したくもないのだがこの悔しさを忘れると明日もやってしまいそうなので、よく言う〝悔しさをバネに〟がんばろう。

バネが強すぎて月までぶっ飛びそうな勢いだが。

 

「……っと、なんか腹減ったな」

 

ふと部屋の時計を見上げると、夜の十時を指していた。

夕方の六時くらいにカップ麺を食べてから、ずっと自室にこもっている。

小腹が空いてきたし、少し外の空気を吸いたい気分でもある。

 

「コンビニでも行くか」

 

おもむろに参考書を閉じてシャーペンを置き、机の上の電気を消す。

 

サンドイッチとチョコを買おう。

サンドイッチはすぐ食べるにしても、チョコは明日に取っておく。

休憩時間が意外と長いんだコレが。頭に栄養を送るためにも、チョコをちょこっとだけ食べておこう。

今日は寒いな。

 

クローゼットからジャケットとコートを取り出す。

下はジーパンだからいいとしても、上は肌着にセーターだ。

一月も半ば。まじめな話、外はドチャクソ寒い。ちゃんと防寒していかないとコンビニまでのお散歩で命を落とす。

 

黒いジャケットに袖を通し、その上からさらに茶色いコートを羽織る。

これだけ重ねれば温かい。これなら大丈夫だろう。

 

玄関へ向かう途中、なにげなくリビングを見ると電気が消えていて真っ暗だった。

寝室へ続く扉が閉まっているので、両親はもう寝ている。相変わらず就寝が早い。

 

俺もサンドイッチを食ったら今日はもう寝よう。

明日に備えてそうするべきだ。

 

「スマホは持ったし、サイフもおっけー……あぁ、そうだ」

 

思い出しざまに、しんと静まり返っている真っ暗なリビングを、足音を立てないように気を付けながら横切った。

廊下の電気にうっすらと照らされているそこで、俺は軽く目を閉じながら両手を合わせる。

 

「サチ、行ってくる。目の前のコンビニまでだけどな」

 

漆と金箔で綺麗に作られた仏壇の。

花のような笑顔を浮かべる妹に向かって、俺は一言つぶやいた。

 

 

 

 

「いらっしゃっせー」

 

男性店員の、だいぶ省略された歓迎の言葉を受けながら、俺はコンビニの中を歩いて行く。

 

冷蔵スペースで値引きのシールが張られたレタスサンドを見つけたので、まずはそれをかごの中へ。

すぐ近くにジュースが並ぶ棚もある。ガラスの扉を開けて、500mlのサイダーを取る。

 

続けてお菓子売り場へ行って、板チョコを二枚、

 

「おぉ、合格祈願て書いてくれてんじゃん。縁起がいいな」

 

なんかうれしかったのでもう一枚かごに放り込んだ。

 

さて、ほかに買うものはない……ん?

 

「おぉ……」

 

エ○本の新刊が発売されていた。

この一年のあいだムスコの相棒としてお世話になった、お気に入りの雑誌だ。

好みの絵師さんがたっぷり入っている、お得な一冊。

 

内容的にはロリ系から姉モノまで幅広いカバーになっていて、先月は姉モノが多かったから、たぶん今月号はバランスをとるためにロリ系が多くなるだろう。

実際表紙はそんな感じだ。金髪ポニーテールで甲冑を着た女の子がなかなかの格好と表情をしている。

 

よし買っていこう。

今日の分はもうシてしまっているので、センター試験が終わったら楽しもう。

 

明後日の晩か、待ち遠しいなぁ。

 

一冊手に取ってかごの中へ入れる。

他に客はいないし、店員も男性。こそこそする必要はないだろう。

 

かごをレジへ持っていき、全ての商品をピッとしてもらって、サイフから二千円を出してお釣りをもらう。

 

男性店員はどういうわけかビニール袋を黒いやつにしてくれた。外からは中身が見えないやつだ。

彼なりの配慮なのか店のマニュアルなのか。

しかし今まで買ってきてこの黒い袋に入れてもらった事はなかったから、きっと彼なりの配慮なのかもしれない。

 

別にいいのにな。家すぐそこだし。

 

「ありあしたー」

 

ずいぶん省略された感謝のあいさつを背に受けながら、コンビニを出る。

 

出た、瞬間だった。

 

右側にものすごい光を感じた。

重苦しいエンジン音が聞こえてきた。

 

まぶしい、と思ったのと、

トラックだ、と思ったのは同時だった。

 

目に突き刺さるような明るさでこちらを照らしながら、コンビニの入口のほうへ向かってきていた。

 

マジかよ、と思うのと、

ウソだろ、と思うのは同時だった。

 

きっと数秒後にはこのコンビニの入り口に突っ込んで、ごみ箱とか傘立てとかガムの商品棚とかがめちゃくちゃになる。

そんでついでに俺の身体もぺちゃんこかな。

 

一瞬で頭をよぎったのはそんなどうでもいいことだった。

次に頭を巡ったのは、逃げないと、という気持ちだった。

 

だがそれすらも、まるで大きな滝のように、綺麗さっぱり流されてしまう。

頭の中が真っ白になる。

まぶしさにたまらず目を閉じて、身体が意図せず強張って。

何もできずに足が震えて、どれくらいかわからないけど大きな衝撃を覚悟して。

 

そして、たっぷり、十秒が過ぎた。

おそるおそる目を開ける。

 

「…………」

 

ぼやけた視界が徐々に晴れていき、焦点の合わさった世界がようやく目の前に現れた。

現れてくれたその、それは、茶色い地面と茶色い木、小枝の先の緑の葉っぱ。

 

「…………はぁ?」

 

俺はたまらずひとりごちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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