浪人生、飛ばされる。   作:奥の手

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第九話 「歴史なめんな」

「なぁ、アシエ」

「ユキさん! どうしたの?」

「お前弓は得意か?」

「得意……うん! だって僕、エルフ合同の射的大会で三位だったもん」

「おぉそりゃすげぇな。そんなアシエの腕に期待して一つお願いがあるんだけどな」

「なになに! なんでも言ってよ!」

「俺と一緒にユトピーに乗って、〝移動しながら敵を射る〟練習をしてほしい」

「乗ったまま? 移動中に?」

「そうだ、それも全力疾走しながらだ。なぁに練習すれば案外できるもんよ、どうだ?」

「まぁやってみるのはやってみるけど……」

「よし! 早速今から練習だ。弓持ってるか?」

「うん、昨日アド村のみんなと作った長弓があるよ」

「それ持ってユトピーのところに来てくれ」

「わかった!」

 

 

 

 

「なぁリコ」

「はい! 何ですか?」

「俺の後ろに乗った状態で、ユトピーから飛び降りつつ敵へ攻撃する事って、お前できるか?」

「飛び降りながらでしたらたぶんできます。乗ったままだと短剣ではリーチがないので無理ですけど」

「どれくらい素早く動ける?」

「前にユトピーにこっそり乗って練習したことがあるんです。その時は、あの、足を入れるわっかに足を通さずにやって、それでまぁまぁ素早く降りられましたよ。こう、身体をくねくねさせるように降りるんです」

「ふむ……この後だけどさ、アシエと一緒にユトピーに乗って訓練するんだ。一緒に来てくれないか? フル装備で」

「わかりました! すぐに用意しますね!」

「おう。水分補給忘れんなよ」

「大丈夫です!」

 

 

 

 

「んんー……今日もいい天気だな」

 

青い空の広がるお昼時。

気温は相変わらず低いが、身体の適応能力はなかなかに高いらしく、この世界へ来た当初より苦痛に感じなくなっていた。

慣れてきたってことだな。上々上々。

 

アド村の周辺は、森と村との境界に見事な柵ができていた。

五十センチ四方の隙間を明けて作った格子状の柵。高さは二メートル弱。

 

そしてその外側には、深さ1メートルの溝が、柵を囲うようにしてこれまた全周に掘られている。

穴の中から見れば策は三メートルの高さになるというわけだ。

ただ、これだけでは重装騎兵の突撃を防ぐことはできないだろう。

 

普通はな。

 

「弓はそろったし槍もオッケ―……だいぶ準備ができたな。そろそろ見回りの時間か」

 

俺はユトピーに跨いでアド村から外へ出た。

街道から外れて森の中に入る。

 

偵察だ。

 

アド村へ到着してから今日で一週間が経っていた。

短めに見積もっていたとはいえ襲撃予測までのタイムリミットはすでに過ぎている。

 

村も厳戒態勢だ。いつ攻めてきても俺の指示や〝班長〟の命令が聞こえるような準備をしている。

 

村の人員を俺は班ごとに分けた。12人で1班の計13班が出来上がった。

その班をまとめるのが班長だ。各班に一人決めている。

子供だけの班もあれば男エルフだけの班もある。

だがもちろん、女エルフだけの班がほとんど大多数を占めている。

 

班を作ることで俺がいちいち全員に伝えなくても、13人を集めて話をすればそれで済んだし、いざ戦闘となったら各班の役割を決めているのでこれまたいちいち指示を出さなくて済む。

単純にして明解。わかりやすく、動きやすい。指揮の基本だ。

 

俺の計画は順調に進んでいる。予定通りである。

 

そして偵察は俺が引き受けている。

 

エルフ達は馬に乗れない。あの村で馬に乗れるのが俺しかいなかった。

付け焼刃の乗馬術だが毎日何時間も乗っているとさすがに慣れてくる。

 

偵察には速度が大事であって、現状馬に乗れることが移動速度の最大を示す。ゆえに最適が俺である。

 

ユトピーとの信頼度もかなり高くなっているような気がするしな。

もう命令しなくても前へ進んでくれるし、ちょっと行きたい方向へ重心を変えたり、俺がバランスを崩しかけたりしたときには必ずフォローをしてくれる。

なんて優秀な軍馬だ。いや軍馬としての能力かはさておいても、とにかく優しいお馬さんだ。

 

そんなユトピーにまたがって、俺は主に北方面の森を警戒している。

 

理由は北側にエルフの村が集中しているからだ。アド村へ続く街道は北にも伸びている。

人間達はこの街道を使って南下してくるだろう。

馬、人、それも鎧を着ているのだから、腐葉土の上を歩くより踏み固めた道の上を歩くほうがはるかに進軍速度が速い。

 

「この辺にはまだいないか……もう少し進もう」

 

早期に発見できればできるほど、アド村が有利になる。偵察兵の責任は重い。

それに指揮を執る張本人がいち早く敵を見つけて直接その様子を探ったほうが、指示を的確に飛ばせるだろう。

向こうの世界(現代)のように一瞬で情報が伝達できるわけじゃない。

 

伝令の移動時間、伝令の説明、その説明でさえも、伝え間違えば〝誤情報〟となる。それは、場合によっちゃ敗因ともなりうる。

指揮官が直接敵を見れるに越したことはない。リスクは伴うがな。

 

「せめてリコは連れてきたほうが良かったかも……」

 

今さらだな。だいたい見つかったら偵察は失敗だ。その時点で全力で逃げればいいだけ。

 

 

 

 

「いた……」

 

アド村から直線距離にして四時間ほど。

街道を移動する物々しい集団が、木々の間から見て取れた。

 

俺はスマホを構えてカメラモードからズームをしつつ、様子を見る。

 

「馬には鎧が付いていないな……乗っている奴も、鎧の面積が重装騎兵にしちゃ少ない。ありゃ軽装騎兵とみてもいいなぁ」

 

少しスマホを横にずらす。

 

「歩兵は……兜を着けていないのか。エルフ相手にフル装備でかからなくてもいいってか? ナメやがって。武器は……腰の剣と、槍か。三メートルくらいだな」

 

なるほどなるほど。

まぁ、普通のエルフでは確かに、恐怖と混乱で頭がいっぱいになってしまうだろう。

たとえそれがなかったとしても、体のどこを攻撃すればいいのか、

はたまたどうやったら攻撃が通るのかを知らなければ、あんな〝金属鎧〟にパッと見ただけでは勝てるような気はしないだろう。

 

他に兵はいるかねぇ……お?

 

「あのマント付き鎧は、もしかして〝魔導士〟か?」

 

戦場では〝魔法〟ではなく〝魔導〟を使うんだったよな。

そこらの歩兵より鎧をしっかりと着込んでいる。よく見ないと肌の露出したところなんてないだろう。

 

「ふむ……あれを真っ先につぶさないと、下手したら延々回復魔法を使われてキリがないな」

 

重装魔導士、とでも名前を付けようか。ガッチガチの鎧だし。

しかしまぁ、魔導士の単体防御力を上げるというのはなかなか理にかなった戦法だな。

 

魔導士は性質上動く必要がないから機動性は確保しなくていい。

代わりに防御力を上げて生存率を上げるってことか。

 

あとはまぁ、ああやって全身を鎧で包んでいれば安心するんだろう。詠唱には精神力を集中させなきゃいけないらしいし。

 

「でも、せっかく馬を使って機動部隊にできたのに、あんな重い鎧の奴を混ぜてたんじゃ進軍速度は落ちるわな」

 

速さはそれほど重要視していないのだろう。

アド村にたどり着くのは明日の朝方、といったところか。

 

よしよし、いいぞ。

――――帰って、情報をもとに作戦を練り直し、明日に備えよう。

 

 

 

――○○○○○――

 

 

 

「おい、聞いたか?」

「なにを」

「次の村がエルフどもの最後の村だってよ。隊長の命令でわざと女どもをそこへ逃がしてたから、なんかその村、今まで以上に女がたくさんいるらしいぜ」

「マジか。俺らも()れるのか?」

「商品に傷つけちゃいけねぇそうだから、まぁ俺らへ回してくれンのは少ねぇかもだけどよ。いくらかもらえるって話だ」

「うっひょーそいつぁ楽しみだぜ。女ども〝ヒィヒィ〟言わせてやろうぜぇー」

 

街道を歩く人間の兵は、隣を歩く仲間とともに下卑た笑いを浮かべていた。

手には槍。腰には長剣。

胴と肩と足を覆う金属製の鎧に身を包み、ここ数日間、エルフの村という村を蹂躙してきた。

 

女と子供は生け捕りにし、男はある程度捕まえるとその場で殺した。

奴隷として売るにはエルフの男は非力なので、あまり商品価値がなかったからだ。

それでも、一部の貴族(・・・・・)には好むものもいるので、とりわけ若い男のエルフはなるべく生かして捕らえられた。

 

たやすかった。楽だった。

いとも簡単に村へ進入でき、男も女も軽く何人か目の前で殺せば、エルフどもは三々五々、散りじりになって逃げだした。

 

人間相手よりも格段に楽な戦争である。街道を歩く兵の誰もがそう思い、疑っていなかった。

 

「にしてもよ、なんでわざわざそんなシチめんどくせぇ事すンだ?」

「エルフどもをわざと逃がしてる、あれか?」

「おうよ。そのまま村ごとパァーっと捕まえられんのによぉ」

「なんかよ、捕まえたエルフどもを一緒に移動させんのが面倒らしいぜ」

「けっ! なんだそりゃつまんねぇ。何人か一緒に引っぱれば移動しながらでも楽しめた(・・・・)ってのに」

「飯が足りねぇよバカ」

「食わせなきゃいい! それか、俺らのションベンでも飲ませるとかな」

 

ギャハハハハ――――品性のかけらも感じさせない笑いが、そこら一体にあふれかえった。

 

 

 

 

その日の晩は街道上に野宿をし、兵たちは仮眠をとった。

明日の朝、最後に残った〝アド村〟を襲撃するつもりだ。

 

エルフ達はこれで全滅する。

否、正確には全滅ではない。

 

純血のエルフ族という種族がこの世から絶え、ただ奴隷として人間世界に溶け込み、蝕まれ、隷属させられる。

 

存在そのものはあるが〝エルフ〟としては存在しない。

パチパチと燃える焚火の前で、人間の兵たちから〝隊長〟と呼ばれる男は考えていた。

 

人の住む土地は二百年の歳月をかけて統一された。

 

戦争で。政略で。統治で。同盟で。

〝ワルト大帝国〟は周辺諸国のみならず、商業同盟、宗教同盟、軍事同盟のありとあらゆる手段を駆使して人間の世界を統一した(・・・・)

 

むろん完全な統一などは不可能だ。人種も信仰も立場も考えも違うすべての人間を一つ手に収めることは不可能。

ワルト帝国のやったことは、ありとあらゆる国に利益をちらつかせ、その傘下へと治める事だった。

 

隊長の所属する小国も、そんな大帝国の傘下に収まった無数の小国の一つだった。

 

「見事、と言わざるを得なかったな……」

 

見張りの兵以外全員が寝静まる中、水筒を傾けて口の中を湿らしつつ、隊長は揺らぐ炎を見つめてぼやいた。

 

ワルト帝国のすることは見事であった。

傘下に収まれば多大な利益となる貿易条件を提示する一方、拒めば絶対の力をもって更地になるまで(・・・・・・・)我が国を攻めると言ってきた。

 

二者択一。繫栄か、滅びか。

 

強大な力を前に滅びを自ら選ぶようなことはできなかった。

 

かくして、我が国はその手の影に入り、属国兼軍事同盟国としてその名を帝国の柱に刻んだ。

 

人の大陸の統一が済んで数年。今度は、亜人種の大陸を攻めると言い出した。

ワルト帝国は言った。〝攻める〟といった。

 

〝仲間にする〟でも〝統治する〟でも〝傘下に収める〟でもなくだ。

 

ただただ、この世界を人のものだけ(・・)にするつもりらしい。

人間を至上の生き物とし、世界を人間だけのものにしたい。

そのためのまず第一歩として、エルフとドワーフを滅ぼす計画が経った。

 

エルフは弱い。亜人種の中でも一位を争うほどに弱く、また人間の武力よりも格段に劣る。

そのうわさは聞いていた。それでも警戒して、最初に襲った村は本気でつぶした。それこそ、人を相手にするのと同じように。

 

だがどうだ。エルフどもは抵抗らしい抵抗もせず、ただただ逃げ、助けを乞い、そして死んでいった。

 

楽な戦争だ。戦争ですらないかもしれん。

 

隊長はそう考え、また、同じ頭でこうも考えた。

 

〝弱い者が悪い〟

 

弱いから攻められる。

弱いから滅ぼされる。

 

これは自明の理だ。力がないからつぶされる。反せず黙してただただその手中に捕らえられる。

自分の祖国がワルト帝国に対してそうであったように、エルフもまた我々の国にそうされる。

 

「しょうがない世界だ。そういう世界だ。弱いお前たちが悪い」

 

隊長は低い声でそううめくと、身体を横にし、自分も浅い仮眠へ入った。

 

 

 

 

翌朝。

朝食を配給し、準備を整えさせ、隊を整列させて進軍する。

 

予定ではもうすぐにでもアド村へ着く。

エルフの最後の村だ。わざと逃がしたエルフ達が、その村へ集まっている。

 

他の村でもいくらかのエルフを捕まえている。

兵を少数ながら配置しておき、捕まえたエルフは小屋に押し込め、本国からの輸送隊の到着を待っている。

 

だが自分の隊の主な任務は襲撃だ。別で動いているもう一つの部隊が、そうやって捕縛したエルフ達を村へ押し込んでおくのを主任務としている。

ただまぁ、押し込むだけではとどまらんだろうな。商品として出荷するエルフはとらえた時点で定めておいたし、その他のエルフがどうなろうが知ったことではない(・・・・・・・・・)

 

どうでもいい。

 

数々の戦場を渡り歩いてきた男は、捕らえたエルフのことなど頭の片隅にも考えておらず、ただただ、この退屈な戦いを早く終わらせたいと思っていた。

 

しばらく進むと、何かが見えてきた。

 

「む?」

 

街道に木の杭が打ち込まれている。膝に届くくらいの杭が、土を踏み固めた街道に乱立している。

 

――――エルフどもの、わけのわからん抵抗か。

 

エルフ達に戦いの知識が無いことはとっくの昔に気が付いていた。

この杭も、せいぜいそのつたない脳みそで必死に考えた〝時間稼ぎ〟だろうと、そう隊長は判断した。

 

「へへへ、なんだこれぇ!」

「エルフちゃんたちは掴まるのが怖いのでちゅかねぇ!!」

 

馬に乗ってついて来ている、後ろの兵たちの中からもあざけ笑うような声が上がっている。

 

「なぁおい! もしかしてこの杭はよぉ、〝これを一人一本持って刺しに来てください〟っていうエルフのメスどものお願いじゃねぇか!?」

「ぎゃはははは! そいつぁ傑作だ! んじゃあ全員これを一本ずつ引っこ抜いて持ってかねぇとな! 隊長、持って行ってもい――――」

 

ニタニタと下品な笑みを浮かべながら、隊長の意見を訊こうとしたその兵の首に、一本の矢が突き刺さっていた。

 

「――――あ?」

 

首から矢を生やした兵はその下品な笑みのまま、馬から崩れ落ちる。

隊長は馬を止め、何があったのか確認しようと振り返り。

 

全員の進行が止まった、その瞬間。

 

「――――放て」

 

風に乗って、何者かの号令が聞こえてきた。

直後、列の後方から悲鳴。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「な、なんだ! 何が起きて――――ぎゃあああ」

「あぁぁぁぁいてぇ! 痛てぇぇェェっっっ!!!」

 

矢が、街道をはさむ左右の森からすさまじい密度で飛んでいた。

 

(襲撃、だとッ!)

 

隊長は一気に心臓が高鳴るのを自覚しつつ、瞬時に何が起きているのかを判断、次の瞬間には指示を出していた。

 

「全員走れ! 我に続き、村へ突撃せよッ!!!」

 

うあぁぁぁぁぁ――――!!

ぎゃあぁぁぁぁぁぁ――――!!!

 

後方の魔導士部隊(・・・・・)と、中央の歩兵部隊から悲鳴が上がるも、体長の指示を聞き取った残りの兵は全力でその場から走り出した。

 

が。

 

「む!」

 

――――地面に打ち込まれた杭が、馬の進む道を邪魔している。

 

いかに軍馬とて足に木が刺さることを気にしないわけがない。その上法則性もなく打ち込まれた杭は、造作もなくその進行を鈍らせる。

 

そして先頭を行っていた騎兵部隊が速度を乗せられなかったことにより、その後ろをついていた歩兵部隊もまた、詰まるようにして走ることができなかった。

 

(こ、このための、杭か!)

 

エルフの意図を察した隊長は、しかし馬を止めることはせず、後ろに向かって叫び飛ばす。

 

「歩兵は森へ散開しろ! 村を包囲し、男どもを皆殺しにしてしまえ! 騎兵は我に続いて正面から突撃せよッ!!」

 

指示を聞いた歩兵は森へ散開し、騎兵はそのまま街道を進んだ。

 

(魔導士部隊はもうだめかもしれんな)

 

縦に長い隊列の先頭が詰まった場合、その列の最後尾は長時間移動できないことを意味する。

 

最後尾に後方支援として配置されていた回復役の魔導士たちは、隊長の予想どおり全滅(・・)であった。

 

矢は、軒並み重装甲であったはずの魔導士たちの()へ刺さっていた。

 

鎧の首元は厚い革が覆っている。

革は斬撃には強い。その理由から首周りの稼働を邪魔しないように、金属ではなく厚くした革を使っていたのだが。

 

いかな金属の重装鎧でも、弱点を点で突かれては意味をなさなかった。

厚い革は、一点に力を集中した長弓の矢の前には、いともたやすく貫かれてしまった。

 

 

 

 

「突撃ィィィィィッッッ!!!!!」

「オオォォォッッッ!!!」

 

街道の杭を避け、出せる限りの速度を出した隊長を含む騎兵部隊は、その目に村の入り口をとらえた瞬間そう叫んだ。

 

目に映るのは粗末な柵。

木を格子状に結んで立てただけの、騎兵突撃の前では何の意味もなさない浅知恵の結晶。

 

(道の杭と弓撃の強襲には驚いたが、しょせんエルフは弓が使える程度の弱小種族ッ!)

 

「こんな棒切れを重ねたところで、我々王国騎兵隊が止まるものかァァッッ!!」

 

大音声で叫び、槍を構え、一気に柵をぶち破ろうとした、その瞬間。

 

隊長の視界全てを、迫りくる地面が襲ってきた。

 

「な――――」

 

次の瞬間、乗っていた馬の胴体に尖った木の杭が刺さっているのが見え。

そして自分は溝の中に落ちていた(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「柵の、前に……溝と、杭、だと……」

 

先頭を行っていた自分はその溝に馬の脚を取られ。

馬から放り出されて溝へ落ち。

馬は、溝の中に設置されていた鋭い杭の餌食となった。

 

それだけではなかった。

後続の騎兵隊もすぐには止まれず、隊長めがけて突っ込んできた。

 

慌てて這いずり回った彼は間一髪で後続の馬を避けられたものの、馬もその上の男も鋭利な木の杭に身体を貫かれていた。

 

「くッ!――――怯むな! 穴は死体で埋まる! そのまま突撃しろ!!」

 

隊長は叫びながら溝から這って脱出し、立ち上がるや否や腰の剣を抜いて振り返る。

 

瞬間。

 

槍で、左肩を貫かれた。

槍は、エルフの村を囲う柵の向こうから飛び出していた。

槍は、その持ち主がどこに居るのか見つけるのに戸惑うほど、長かった。

――――槍は、やっとのことでその持ち主がわかったその槍は。

 

「おん……な……だと……?」

 

口元と目元を布で覆い、視線を下げた女エルフが持っていた(・・・・・・・・・・)

 

 

――○○○○○――

 

 

予測通りの時間。

予測通りのルート。

予測通りのマヌケさで、人間の兵は馬鹿正直に突っ込んできた(・・・・・・・)

 

「騎兵は怖いよなぁ。軽自動車とおんなじぐらいの重さがあって、槍持って、鎧着て、すごい速さでこっちに向かって突っ込んでくるんだもん」

 

俺はゲームで騎兵突撃をされた時の、イベントシーンを思い出していた。

 

そこらの自動車と同じぐらいの速度で、バカみたいにでかい図体をして、バカみたいに長い槍をもってこっちへ向かってくる騎兵突撃。

 

怖いぞぉ。そりゃぁ怖い。

 

だから、速度を削いでしまえばいい(・・・・・・・・・・・・)

だから、直前で止めてしまえばいい(・・・・・・・・・・・・)

 

そしてこっちに向かってくるのが目に入って怖いのなら、見なければいい(・・・・・・・)

 

俺は隣で驚愕の表情を浮かべているアド村の村長、パシクに向かって低い声で呟いた。

 

「俺の故郷にな、むかし〝織田信長〟って人がいたんだわ。その人も軍を率いてたんだけど、配下は弱兵でさ。臆病だし力は弱いしすぐ逃げた」

 

「で、その織田信長はどうすればいいか考えたんだ。弱い兵で勝つためにはどうすればいいか。強いやつを挫くにはどうすればいいか」

 

「答えは〝めちゃくちゃ長い槍〟と〝相手を見ない事〟だ」

 

俺は、アド村を守るために使う人員を三種類に分けた。

 

一つは〝弓兵隊〟。

周囲の茶色い景色に溶け込むようギリースーツ(・・・・・・)を作らせ、少数しかいない男エルフの全員をこれにあてた。

最初の一撃で確実に魔導士どもを葬れるよう首だけを狙わせ、その副次結果として敵の進撃そのものを鈍らせるよう道に杭を打ち込んだ。

 

二つ目は〝支援隊〟

老人と、子供たちで作った組織だ。村の中央から食料や水、武器を運ぶ役割を担わせている。

 

三つ目は〝槍足軽〟

この村で最も多い女エルフを全員戦力とするために(・・・・・・・・・・)これを作った。

 

村の周囲は溝と柵。

敵の騎兵はもちろん、歩兵であってもこの溝を飛び越えようとすれば〝隙〟ができる。

そこへ、格子状に作った柵の隙間から六メートル以上ある槍で突き刺してぶっ殺す。

 

女エルフは臆病だ。当たり前だ。エルフでなくても普通の女に最前線を張らせるなんぞ尋常じゃない。

 

でも、だ。女エルフを使わなければこの村を守ることはできないのだ。

 

どうすればいいか考えた。臆病で非力で体力のない女を使って前線を張るためにはどうすればいいか。

その答えがこれだ。

 

〝柵と溝で敵を止め〟

〝長い槍で敵を遠ざけ〟

〝目深に下した布で敵を見ない〟

 

そしてそれ以上に、彼女たち女エルフを頑張らせる(・・・・・)ものがある。

 

〝後ろで支援してくれている子供達〟だ。

 

女エルフがやられたら、今度は後ろにいる子供達がやられてしまう。

その認識が彼女たちを強くした。

 

そして彼女たちは一人じゃない。

彼女たちの左右には、仲間が同じように槍を握っている。

 

共に必死で歯を食いしばり。

共に必死で柄を握り締め。

恐怖に耐えながらもそれ以上に〝皆を守りたい〟という気持ちで戦っている。

 

――――そんな彼女たちが、エルフをナメきった人間どもに負けるわけがねぇ。

 

 

 

――○○○○○――

 

 

 

「なん……でだ……」

 

左肩からどくどくと血を流している人間。

兵たちからは〝隊長〟と呼ばれていた男は、肩だけでなく右足も刺され、よろよろと足を引きずりながら街道を歩いていた。

 

兵はことごと全滅だった。

 

何が起きているのかわからなかった。

溝に足を取られ、馬から落ち、槍で刺され、しかしそれでも指示を出そうと周りを仰ぎ見た時に。

 

森の中からは、どこからともなく矢が飛んできていて。

溝を飛び越えようと進んだ歩兵は、バカみたいに長い槍に串刺しにされていて。

仲間の死体を踏みつけて突撃しようとした騎兵は、速度が乗らず何本もの槍に刺されていて。

 

戦いから逃げ出そうとする者もいた。

背を向けたものは、しかしやはりどこからともなく飛んできた矢によってその命を刈り取られた。

 

「なんで……こんな……」

 

これでは、まるで。

――――敵に将が、いるようではないか……。

 

痛む左肩を右手で抑え、穴の開いた右足をずるずると引きずり、それでも男は、近くにいた誰も乗っていない馬にまたがった。

 

右足は踏ん張れないが手綱は片手でも操作できる。

男は大至急本国へこのことを通達し、捕らえている他の村のエルフだけでも持ち帰らなければならないと思い至った。

 

作戦は失敗。エルフは、戦いの知識も力もないのではなく、これまで使っていなかっただけ――――そう、生きて本国に、それだけでも伝えなければならない。

 

男は馬に合図し、街道を走った。

 

そんな敵の将の動向を、日本という土地からやってきた黒髪の青年は、四角い薄型の電子機器で、村の中からとらえていた。

 

 

 

――○○○○○――

 

 

 

「最後のしめ(・・)だ! リコ! アシエ!」

「はいっ!」

「うん!」

 

俺はユトピーに飛び乗り、アシエを前に、リコを後ろへ乗せると、パシクのほうへ叫んだ。

 

「後は頼む! すぐ戻るぞ!」

「わかりましたぞい!」

「行くぞッ!!」

 

北の道へ続く柵を一時的に開けてもらい、瞬時にそこを出る。

出た瞬間、左側に敵の人間がいたが、

 

「そらッ!」

 

アシエの弓によって見事その首に矢が生えた。

 

馬上射撃の訓練はしっかりと生きているようだ。

 

「逃げた敵の大将を追うぞ! 抵抗されるかもしれん、リコ、その時は頼む!」

「任せてください!」

 

全速力で、俺はユトピーを走らせた。

 

 

 

 

走る先、同じく馬に乗っている人物を視界にとらえることができた。

こちらの馬のほうが早いが、途中で気付かれて速度を上げられたら追いつけないかもしれない。

 

子供とはいえユトピーには三人も乗っている。向こうは一人。常識的に考えて向こうの方が速い。

 

「アシエ、この距離で狙えるか?」

「くぅぅ…………外したらマズいよね?」

「あいつに気が付かれたら終わりだ。これ以上近づくのもマズイ」

「――――わかった。やる。やってみせる!」

 

静かに、しかし並々ならない決意の声を挙げると、矢を一本、自分の身の丈ほどもある長弓へつがえた。

 

エルフは非力だ。腕力がない。

そんな種族がなぜこんなバカでかい弓を引けるのか俺は疑問だった。

 

その疑問を今、目の前にいるエルフの少年の、ほれぼれするような美しい姿勢から解くことができる。

 

腕だけではない。肩、胸、腰の筋肉をそれぞれ最大限使いつつ、少ない筋力で最大の効果が出せるよう洗練された引き方をしていた。

 

俺は体術に関してズブの素人だ。本で読んだくらいの知識しかない。そんな俺でもわかるほど明確に、アシエは一切無駄のない(・・・・・・・)フォームで弓を引いた。

 

「――――フッ!」

 

短く鋭く吐いた息と同時に、アシエに放たれた矢はまっすぐ飛んだ。

土で踏み固められた地面の上を。

冷たく乾燥した空気の中を。

 

ひらひらと舞う一枚の落ち葉を、放たれた矢が粉々にしつつ突き進んだ先は。

 

前を行く敵将の左足、その膝裏だった。

 

「当たった!! 当たったよユキさん!!!」

「グッジョブだアシエお前最高だッ! 次のエルフの射的大会では優勝できるぞッ!」

「いやっほーい!!」

 

敵の将はバランスを崩したのか馬から転げ落ち、砂埃をあげながら地面に突っ伏した。

まだ死んではいないだろうが、それでも虫の息だ。腕ひとつ動かそうとしない。

あとはトドメだけ。

 

そう思いながらユトピーを全力で近づけ、あっという間に男との距離が十メートル以下になった時。

 

――――敵将は、憎悪の目で腰から短剣を抜いて、それを俺めがけてぶん投げた。

 

俺は男の動きを予知できなかった。

落ちたその場からピクリとも動かなかったこいつに、まさか、短剣を投擲できる力が残っているとは考えられなかった。

 

――――迂闊だった。ここにきてヘマをやらかした。さんざんこいつら人間を〝エルフをナメている無能集団〟とバカにしておいて。

 

最後の最後にナメていたのは俺も同じだったことに気づかされた。

 

いつか見た、ひどくゆっくりとした世界で、短剣の切っ先が俺の頭にめがけて飛んできている。

 

――――あぁ、なさけねぇ。どんくせぇ。

――――俺、こんなあっけなく死ぬのか?

 

そんなことが頭をよぎった直後。

澄んだ金属音があたりに響き、俺をめがけてまっすぐに飛んでいた短剣は、大きく逸れて横にあった木に突き刺さった。

それを認識したのと、俺の後ろから〝白い影〟が翻ったのは同時。

 

「…………ユキさんを殺そうとするなんて、このリコが許しません」

 

静かに響いたリコの声を、耳に聞いたとき。

リコの足元に居た男の首には、彼女の短剣がすでに突き刺さっていた。

 

白地に赤十字を刻んだマントが、わずかな冷たい風の中、やけに大きくなびいていた。

 

 

 

 

男の死体を漁ると伝令書のようなものが見つかり、それによって〝他のどの村でエルフが生け捕りにされているのか〟を知ることができた。

男から装備丸ごとを剥ぎ取って死体は森の中へ隠し、男の乗っていた馬に俺とアシエが乗り、ユトピーの手綱はリコに握らせた。

 

リコはいつの間にかユトピーに乗れるようになっていた。

ほんの数日前は涙目で俺にしがみついていたこの子がだ。信じがたいことだが、よくよく考えると〝こっそり練習した〟と言っていた気がする。

ユトピーに乗れるよう、影ながら練習していたのだろう。

 

リコと並んで村へ帰ると戦闘は終了しており、アド村からは歓喜の声がひっきりなしに上がっていた。

 

「ユキさん! ユキさん!!」

 

入口へ近づくとエルフの女性が走ってきた。

彼女は……あぁ、北の街道方面を守ってくれていた(ひと)だ。

 

「終わりました! 勝ちましたよユキさん! 私たち、人間に勝てたんですッ!」

「あぁ、そうだ。そうだな……よく頑張った。ありがとな」

 

エルフの女性は目に涙を浮かべながら、満面の笑みで「ありがとうございました」と深く頭を下げ、走って村のほうへ帰っていった。

小さな男の子と、しっかりと抱き合っているのがここからでもよく見えた。

 

「…………英雄、ですね。ユキさん」

 

隣でユトピーにまたがっているリコが、肩をすくめて微笑みつつ俺のほうを見て言った。

 

「まぁ、悪い気分じゃねぇなぁ。くそ人間どもに一発かましてやったのは、スッキリした」

 

俺もリコのほうを見ながら、しかしあくまで不敵な笑みを意識して(・・・・・・・・・・)

 

「――――英雄ついでにこのまま突っ走る。さっきの(ひと)は〝勝った〟と言ったが、まだ俺たちは勝ってねぇ」

 

勝利の余韻に浮かばれる村へ、まだ戦いは終わっていないことを伝えるべく、俺は馬を歩かせた。

 

 

 

 

アド村へ入ると、中の人たちはさっと左右に分かれて道を作りつつ、皆その顔に笑みを浮かべながら口々に叫んだ。

 

〝ありがとう〟

〝あなたのおかげで人間に勝てた〟

〝あきらめなくてよかった〟

〝ユキさんのおかげでエルフは助かる〟

〝勝たせてくれてありがとう〟

〝助けてくれてありがとう〟

 

――――嫌な気分には、ならなかった。

でも、だからと言ってこれで浮かばれてはいけないし、調子に乗ってもいけない。

俺はまだ大事なことを彼女たちに伝えていない。

 

防衛戦は三倍の兵力まで相手にできる(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ということを。

 

今回は人間がこの村を襲ってきたのを撃退するという〝典型的な防衛戦〟だった。

兵のほとんどが女子供であったことを差し引いても、俺は負ける気がしなかった(・・・・・・・・・・)

つまり、この戦いは…………勝って当然だったと言い換えてもいい。

 

だがこれからは。

今後エルフ達がやらなければならないことは。

 

人間相手に逃げ隠れし。

徹底的に情報をつかみ。

情け容赦なく、全力で戦う。

 

――――〝ゲリラ戦〟を、やらなければならない。

 

たくさん死ぬ。たくさん殺される。

人間の兵の恨みも買うだろう。もし生きて捕まることがあったら、それは今捕まってされる仕打ちより何倍も凄惨なものになる。

それこそゲリラ戦の代名詞、ベトナム戦争のような。

あんな地獄がここでも広がることになる。

 

「…………どうやって、それを伝えるかねぇ……」

 

誰にも聞こえないように呟いた俺は、喜びと希望にあふれる歓声の中。

再び思考し続けた。

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