アシエの話によって、この世界のことと、この村に何があったかは大体理解できた。
まず、アシエの話す言葉は聞いたことのない言語だということ。
当然日本語ではないし、フランス語でも、英語でもない。でも理解できる。
うすうす感づいてはいたが、これはこの世界へ来た時のほんのわずかな〝特典〟だろう。
何者かが俺たちを召喚したとき、言語の違いにだけは困らないよう計らった、と考えるのが自然だ。
分かったことの二つ目は、この世界には〝人間種〟と〝亜人種〟がいる事。
アシエの話によると、人間には肌の白いのと黒いの、少し黄色っぽいのがいるらしい。
白人、黒人、黄色人種ってことだ。
亜人種にも種族がある。
アシエは〝エルフ〟であり、ここはやはりエルフの村。
他には〝ドワーフ〟〝リザードマン〟〝セイレーン〟〝モフシー〟〝アルビナ〟〝ダンピール〟という名前の種族が、亜人種らしい。
ファンタジーではなじみの名前もいるが、いくつか聞いたことのないやつもいる。
全部の情報は聞き出せんだろうな……なるべく、教えてもらう方向で行こう。
「アシエが直接見たことあるのは、どいつらなんだ?」
「ドワーフしかないよ。彼らと僕たちは仲良しなんだ」
ん?
…………なんだと!?
「本当か!?」
「ほんとだよ」
ファンタジー作品じゃ、エルフとドワーフが犬猿の仲だってのがよく聞く話なんだが。
「僕たちは、木でモノを作るのが大好きなんだ。ドワーフの人たちは、背が小さくて、髭がぼうぼうで、乱暴で、口が汚くて、ものすごく力が強いんだけど、でもとってもかっこいいモノを作ってくれるんだ」
「ドワーフの連中は怖くないのか?」
「最初見た時はすごく怖かったけど、僕が作った木刀をあげたら、代わりにきれいな鉄の剣をくれたんだ。ドワーフの人たちとは、とっても仲良しだよ」
なるほどなるほど……。
こんな小さな、せいぜい人間でいうところの十歳ぐらいの子が、これほどまでに笑顔で語るということは。
この世界のエルフとドワーフは、仲良しなのだろう。
モノづくりという意味では確かに気質が似ているもんな。
アシエはそのあと、
「ドワーフの人たちが飢えに苦しんでいた時に、僕の曾おじいちゃんたちが助けたらしいんだ。そしたら、ドワーフの人たちは〝一族末代までこの恩は忘れねぇ〟って言いながら、二百年くらいずっと守ってくれてるんだって」
と話してくれた。
粗野で、乱暴で、筋肉ムキムキで、チビで、髭ぼうぼうで、冶金技術に優れている。ここまではよくあるドワーフだ。
人情深く、義理堅く、エルフの木工技術を認めつつエルフを守る種族。これが、この世界のドワーフらしい。
ん? まてよ。〝エルフがドワーフに守ってもらう?〟
なんかえらくエルフが弱い存在に聞こえるぞ。
疑問に思った俺はアシエに訊くと、
「僕たちエルフは、闘いが好きじゃないんだよ。力も人間より弱いし、弓は好きだけど…………木で何かを作るほうが楽しいんだ」
と、しょんぼりした顔で言われてしまった。
「エルフって、魔法とか使えないのか? 手からぶわーって風が出たり、火が出たり」
「魔法なんて使えないし、魔導はもっと使えないよ」
〝魔法〟と〝魔導〟
アシエはわざわざ使い分けて口に出した。
どう違うのかを尋ねて、わかったことをまとめると、ついでにこの世界の人間がいかに強いかまでわかってしまった。
まず〝魔法〟も〝魔導〟も、一つくくりに言うと〝魔術〟というらしい。
まぁ呼び方なんぞ俺にはどうでもいいんだが。
〝魔法〟は日常生活で使う小さな魔術。
説明を聞くにライターとかマッチとか水道の蛇口から出る水とか、そんなレベルの現象を起こすらしい。
ほぼすべての人間が日常的に使うらしく、それも無詠唱。
〝魔導〟は主に戦場で使う魔術らしく、こちらは詠唱が必要な代わりに、数秒で家を焼き落としたりとか、岩が砕けるほどの水流が出たりとかするらしい。
そして、これら〝魔術〟が使えるのは、この世界では人間だけらしい。
アシエの聞いた噂では〝ダンピール〟という正体不明の亜人種だけは、何らかの魔術が使えるそうだが。
そこはひとまず置いといて。
人間だけが使える魔術。
しかもその威力は、聞いていると現代兵器の重火器クラスは出るようだった。
対してエルフは魔術なんぞからっきし。
力も人間の一般男性と同格か、へたすりゃ劣るレベル。
狩猟で使う弓は少し長けているものの、戦う知識も経験も限りなくゼロ。
最弱、と言わざるを得ないだろう。
なんでこれでエルフが生き残れるのかを聞くと、彼らを襲うような亜人種はドワーフが蹴散らしていたらしい。
「人間は? 今まで人間は襲ってこなかったのか?」
「ずっと襲って来なかったんだ。人間は人間同士で争っているから、亜人種の住むところには来ないって、おじいちゃんたちは言ってた」
「…………ちょっと話が飛ぶが、エルフ達の寿命は何年ぐらいだ?」
「えっと、二百年くらいかな」
人間のほぼ二倍強か。
「人間が亜人種に攻めてこなくなって、どれくらい経つかわかるか?」
「曾おじいちゃんたちの時にはもう来なくなったって言ってたから、やっぱり二百年くらい、かな? 僕あんまり、算術は得意じゃないんだ……ごめん」
「いやいや、それが聞けただけでも十分だ。あ、そうだ、ついでにアシエは何歳だ?」
「二十歳!」
年上かよ……。
まぁ、見た目は十歳くらいだから、二年に一歳のペースで身体の成長がある、と考えていいな。
それにしても。
エルフがどれくらいのペースで子を作るのかがわからんから、イマイチパッとしないが、たぶん人間と亜人種との戦争が止まって二百年ほど経つのだろう。
聞けば聞くほどエルフは弱い。
これでは戦争の経験をした連中なんぞ誰もいないかもしれない。
居ても老躯。使い物になるとは思えない。
やばいなぁ……。やばいぞこれ。
間違いなくこの村、いや、エルフの他の村は襲撃を受け続ける。
こんな様子じゃ逃げたところで、部屋の隅に集めた
この世界から〝エルフ〟という種族が消えるか、〝エルフ=奴隷〟というエ○ゲ万歳な図式が出来上がる。
冗談じゃねぇ。それを黙って見過ごせるほど俺の心は広くねぇ。
奴隷になるのは、大人の女性や男性だけじゃない。
年端のいかない子供もなる。少年も、少女もだ。
人間の所有物になった結果がどうなるかなんぞ考えたくもない。
何とか防ぐ手立てがあるなら、全力でそれを活用したいが……。
とにかく今は無理だろう。せめて、エルフの若い連中、戦える連中を集めないとな。
その他、アシエから聞き出せたことは〝魔術の属性〟と〝アルビナの怖さ〟だった。
〝魔術〟のうち、日常的に使うのが〝魔法〟と呼ばれているやつだ。
属性も当然日常生活で使うものに限られる。
すなわち火、水、土の三つらしい。
火と水はわかりやすいとしても、土がよくわからなかった。
アシエは〝ドワーフみたいなことをするのが土属性〟と言っていたので、おそらく土壌や岩盤から成分を繰り出したり、寄り分けたりするための属性だろう。
派生して木の成長を促進させるとか、できるかもな。
〝魔導〟のほうは、これに闇、光が付け足されるらしい。
エルフに伝わる伝承というか、又聞きの又聞きというぶっちゃけ信憑性の薄い情報ではあるが。
要約すると、闇属性は〝幻術関係〟で光属性は〝回復関係〟だろうと推測できる。
アシエの話だけではよく絞り込めない。
闇属性の説明に至っては、
「世界がひっくり返ったり、おっきな化け物がいきなり目の前に現れる魔法なんだって! でも、化け物は消えたり出てきたりするんだって」
という完全に過去の体験談だった。
人間と戦ったのが曾おじいちゃんの代なのだから無理もないがなぁ。
おそらく客観的に考えると、という限定解釈で〝幻術関係〟だろう。
もう一つ、アシエが話してくれたのは〝アルビナ〟という亜人種にまつわる話だった。
聞いたことのない名前だ。少なくとも、俺の知っているファンタジー用語ではない。
曰く、彼らは白い髪に赤い目を持つ。
曰く、非常に好戦的で、ありとあらゆる亜人種と小競り合いをしている。
曰く、人間すらも圧倒するほど強いが、人間の住む領域までは侵攻しない。
曰く、アルビナと戦った者は必ず重傷を負う。
曰く、彼らは狂っている。
これを、エルフの村では子供が悪さをする度に聞かされるらしい。
最後に〝悪さばかりしているとアルビナ達に食べられるぞ〟と。
なんか、いつか読んだ本の、緑の髪に赤い宝石の人たちを思い出すな。
全然特徴は違うけど。
とにかく。
そのアルビナ族という連中は大変危険で、強く、恐ろしい種族らしい。
エルフはだれも見たことがないそうだが、ドワーフは直接見たそうだ。
おとぎ話や伝説の生き物というわけではなく、確かに存在する恐怖として亜人種には共通の認識なのだろう。
…………アルビナよりも先に、人間どもが来てしまったわけ、か。
何百年後かには、アルビナの名前の部分が、人間に変わるかもしれないな。
〝恐ろしい種族代表〟として。
エルフが滅びなければの話だが。
○
「ありがとうアシエ。疲れただろ、今日はもう寝ておくんだ」
「お話はもういいんですか?」
「また明日にしよう。リコも……こっちで寝てる子は、俺と同じ人間で、俺と同じく異世界から来た〝リコ〟っていう」
「リコさん、だね」
「またあした三人で話そう。今後どう動くかも、三人でいっぺんに話し合ったほうがいい。ひとまずアシエが回復するほうが先だ」
「うん、わかった」
柔らかな笑顔でそう言ったアシエに、俺は掛け布団の位置を直してやってから、調理場のほうへ向かった。
火の様子を調整して、井戸から水を汲んで鍋に入れる。
白湯でも飲もう。
そう思い立って数分後、木のマグカップでずるずるとお湯を飲んでいると、ポケットの中でスマホのバイブが鳴った。
三時間たったらしい。が、俺は別に眠たくないし、むしろ興奮して寝付けそうにない。
対するリコはすーすーと気持ちよさそうに眠っている。
この寝顔を崩すのは芸術に対しての冒涜だ。
ぱしゃり。
…………思わず一枚撮ってしまった。
保存保存っと。
○
それにしても。
この世界、思ったよりもファンタジーだ。
緩やかでほのぼのした世界とはまったく反対のようだが、それでも、魔術という概念が存在していて、亜人種なるものも存在する。
魔物、はいないのだろうか。
そういえばその話はしてないな。明日聞こう。
亜人種は全部で七種族。
〝エルフ〟〝ドワーフ〟〝リザードマン〟〝セイレーン〟〝モフシー〟〝アルビナ〟〝ダンピール〟か。
〝モフシー〟〝アルビナ〟ってのが初耳だ。〝ダンピール〟は確か吸血鬼と人間のハーフだったか?
吸血鬼は不死身だが、唯一ダンピールの称号を持つ者は吸血鬼ハンターとしてそれを狩る能力を持つ。
とかいう映画をどっかで見たな。
亜人種では唯一、何らかの魔術が使えるらしいし。
見てみたいなぁ……。
〝アルビナ〟はさっき聞いたから良しとして。
〝モフシー〟が気になる。気になりすぎる。
全然情報がないところも気になる。アシエが知らないだけかもしれないが。
うーむ。
くそ人間どもの存在さえ知らなければ、今頃たのしいたのしい妄想の世界へ浸れたのになぁ。
あぁ、ちくしょう。
思い出すと腹が立ってきた。
やめだ、やめよう。
いまは、考えるのはやめておこう。
…………明日は、この村の人たちの亡骸を集めて、弔おう。
○
朝になった。
目をこすりながらリコがむくりと起きて、窓際の椅子に座っている俺のほうをボーっと数秒見つめた後。
「…………うあ! ユキさん、ごめんなさい!!」
「いや、起こさなかったんだよ。気持ちよさそうに寝てたし、俺は目が冴えちゃってさ」
リコは口をへの字にして何とも複雑な表情をしたかと思うと、今度はものすごく申し訳なさそうな顔でおずおずと口を開いた。
「……次からは、リコが最初に見張りをします。ユキさんは先に寝てください。絶対です。譲れません」
「あ、あぁ。わかった、そうしよう」
言ってることと表情がミスマッチだが、リコがそういうのなら今晩は先に寝かせてもらおう。
「ところでユキさん、この子は……」
リコは隣のベットですーすーと寝息を立てているアシエのほうを見た。
「起きたんだよ、昨日の夜中に。いろいろとこの世界のことを話してもらって、それからまた寝かせたよ」
「じゃあ、助かったんですか!?」
「無事だな。まだ絶対安静なのは変わらんけど、ひとまず安心だ」
「…………よかった」
ほっと胸をなでおろすリコを横目に、俺は朝食の準備に取り掛かった。
○
「と、言うのが大まかなこの世界だな」
「魔術というものがあるんですね」
「向こうの世界に帰ったら、絶対に魔術の事は口外するなよ?」
「え、どうしてですか?」
「魔女狩りって言って、そういう不思議な力を取り締まろうとする運動がそのうち始まりだす。この世界で見た事、聞いた事は絶対に他の人に言わないほうがいい」
「わ、わかりました」
茹でた野菜に塩をかけて、俺とリコは朝食をとった。
食事がてらその忠告も済ませておく。
実際に魔女狩りが行われたのは15世紀以降だったような気もするが、それは現代の研究で明らかになっただけだ。
隠れた魔女狩りはリコの時代で既に始まっているかもしれない。用心に越したことはないだろう。
食事をとっていると、アシエが目を覚ました。
「う…………あ、おはようございます」
「おう、おはよう。調子はどうだ?」
枕元へきて様子を聞くと、よく眠れたとのことだった。
「痛みは?」
「痛いけど、そんなに痛くなくなってきたよ」
「治癒能力が高いな……包帯を交換するから、ちょっと起こすぞ」
「うん」
服を脱がせ、包帯を外し、傷口を見ると昨日よりほんの少しだけマシになっていた。
エルフ…………いや、もしかすると亜人種は回復力が高いのかもな。
これなら三日もすれば動けるかもしれない。
俺が包帯を取り換えていると、リコが遠巻きにじっと見ているのが視界に入った。
アシエはとっくにリコの存在に気付いていたのか、恥ずかしそうに眼を泳がせている。
おいおい、まさかこいつ、女の子に見られて恥ずかしいのか?
こいつめ、こいつめカワイイやつだな。
んん……いや冗談だ。
あまり意地悪してもかわいそうなので、とっと紹介してあげようと顔を上げた時、
頬を赤くしながらアシエは俺に訊いてきた。
「えっと、ユキさん、あの女の子が…………?」
「そうだぞ。彼女がリコだ」
話が自分に振られているのがわかると、リコは笑顔で自分のことを紹介した。
「リコと言います! はじめまして、えっと…………」
「あ! ぼ、僕は、アシエって言います。エルフ族です! 年はにじゅっちゃ……二十歳です!」
リコは〝二十歳〟というところにめちゃくちゃ驚いた顔をしたが、しかしアシエの見た目はまだ十歳。
リコからしても、見た目だけならアシエのほうが年下だ。
言動も幼い。リコはすぐに、どこかお姉さんのような優しい笑顔でアシエとあいさつをした。
「よろしくね、アシエ君!」
「はい! よろし――――痛たた……」
「はしゃぐからだよぉ、もう」
リコが心配半分、あきれ半分の顔でアシエをたしなめる。
うむ、早くもお姉さん面になってきたぞ。
しかしまぁ、見た目の効果というものは事実よりも影響しやすいのかもしれんなぁ。
二十歳って…………俺より一年長く生きているとは思えないもんな、
「さて、包帯も取り換えたし、アシエもなんか食っとけ。座れるか?」
「まだ、ちょっと痛いから、寝ててもいいですか? ユキさん」
「いいぞ。んじゃあ芋とニンジンをつぶしてやるから、それを朝食にしよう」
「ありがとうございます」
調理場へ行く俺にリコもついて来て、リコは芋をつぶすのを手伝ってくれた。
俺はニンジンをすりつぶす。色合いがアレなので近くにあったパセリのようなものも、砕いて上から散らす。
皿に入れて持っていくと、器用に右手だけでパクパクと食べ始めた。
腹が減っていたんだな。食べさせてあげても良かったんだが本人が自分で食べるというので、俺は使い終わった皿を洗うことにした。
「ゆっくり食べていいぞ」
「うん! ありがとう」
○
太陽が一番高いところへそろそろ届くかというくらい。
村中の亡骸を、俺とリコは中央へ運んできた。
服を着ていない遺体には服をかぶせ。
髪の乱れているものは男も女も整えてやって。
それから全員の顔に布をかけてやった。
リコは指と指を組み合わせながら目を伏せて、何やらお祈りをしてくれた。
俺も、合掌だが、仏さんの冥福を祈る。
しばしの間、誰もしゃべらず、物音も聞こえず、ただただ冷たい風が村の中を抜けていった。
静寂を破ったのはリコだった。
「ユキさん、この人たちは、どこへ行きますか?」
答えに悩んだ。
安易に〝天国へ〟などと言うべきではないだろう。もちろんキリストの所なんてのもご法度だ。
この世界に居る神様はキリストなんかじゃないだろうしな。
だから、俺は、俺の思う〝そうであってほしい〟という希望も込めて、
「…………仲間のところ、家族のところだと思うぞ」
そう応えた。
リコは満足そうにひとつ頷いた。
○
午後。
俺はアシエに二つのことを質問した。
この世界には魔物が居るのかどうかと、他のエルフの村の場所だ。
まず魔物の有無だが、そんなものはいないらしい。
亜人種がいるからゴブリンとかキメラとかいるかと思ったが、いないらしい。
念のためスマホに保存していた画像も見せたが、やはりいないらしい。
安心した。この世界には、おおむね地球と同じ野生動物が生息していて、食肉としての狩猟はそういう動物を狩るそうだ。
スマホで画像を探していて思い出したのだが、俺がリコを助けた時に仕留めた人間の写真を、俺は保存していた。
無修正のグロテスク画像がファイルを開いた瞬間に、しかも天使のようなリコの寝顔のすぐ隣にあったもんだから、思わずスマホを叩き付けそうになった。
仕留めた…………いや、もう言い換えなくても大丈夫か。
ぶっ殺した兵士の画像をアシエに見せる。
「村を襲ったのはこいつらか?」
「…………」
アシエは最初固まっていた。
表情が凍り付き、次第に目に涙がたまってきて、肩を震わせ、うつむきながら、
「…………そいつら、だ」
消え入りそうなひどくかすれた声で、やっとそれだけを口にした。
俺は何も言えずにそっと頭をなでるしかなかった。
声を押し殺しながら震えるアシエを、今度はリコがベッドの反対側から優しく背中をなでてくれた。
とりあえず落ち着かせるのはリコに任せよう。
その間に俺は、この村を襲った人間の装備を改めて考える。
こいつらの行動、目的、意識を推察する。
が、他のエルフの村の場所がわからないと考えが進まないことに気が付き、アシエが落ち着くのをゆっくり待った。
しばらく待った。
泣き止み、比較的落ち着いたアシエに、俺は他のエルフの村の場所を聞いた。
この村は人間の住む土地からさほど離れていないらしい。
言うならば、人の土地と最も近い場所だ。
北へ続く道を行くと、エルフの隣村へ着く。
東、つまり俺たちが移動していたあの道は、かなり遠いが別のエルフの村と、その先にはドワーフの鉱山街へ続くらしい。
そしてエルフの村は他にもこの森全域に点在していて、全体の数からみると街道上にある村は少ないそうだ。
なるほど、な。
俺はスマホの兵士の画像と、今与えられた情報とを照らし合わせる。
兵士の装備は整っていた。
兵士は馬に乗っていた。
兵士は東の方角へ進んでいた。
これらから察するに、この村を襲った人間は〝野盗・野伏せり〟ではなく正規兵。
つまり本格的に人間が亜人種へ攻め込んできた、その第一波ということになる。
二人の兵が東へ向かっていたのは、おそらく偵察のため。
偵察兵なら鎧を付けていない馬で移動するのも納得できる。
で、ドワーフの街へ続く道の途中に、鎧を着込んだ背の小さい女がいた。
――――リコのことを、もしかしたらドワーフと勘違いしたのかもしれない。
アシエの話では、ドワーフの女性は軒並み小柄で、細身で、まるで子供と同じらしい。
男どもとは大違いだと言っていた。
上等な鎧を着込んでいるとなると、ドワーフと勘違いしても仕方がない。
そりゃ殺そうとするわけだ。
…………じゃあ、この村のエルフの生き残りはどこへ行ったのか?
おそらく、この村を襲った兵士は
エルフの村の大半が街道上に無い事を知っていれば、他の村を自分たちで探すより、逃げたエルフを追ったほうが効率的に見つけられる。
だから北の道に死体がなかった。
おそらく北にある隣村でまた襲い、一定数を
その間、襲った村々の女子供を手にかける。
――――くそったれ。マジでむかつくが、こりゃ敵の指揮官は有能な奴かもしれん。
あの偵察兵ふたりを俺が殺したことにより、ドワーフ、もしくはその手前の村とやらを人間は警戒するだろう。
偵察に出した者が帰ってこなければ、さらなる戦力を集めてもう一度偵察するか、それとも
兵に余力があり、かつ情報を重要視している組織なら追加で偵察兵を出すだろう。
しかしだ。
しかし、エルフの村を簡単に落とせることを知った人間たちは、エルフのことを〝なめる〟だろう。
たやすい、簡単だ、偵察するまでもない――――人間達はそう思う。
俺が殺したあの二人は、この村がエルフとの初戦だったからこその
敵が弱小とわかった今、脅威レベルをわざわざ計ろうとはしない。
ゆえに、敵の偵察兵はこれ以上出ず。
東へ向かう街道に、人間の姿は現れない。
加えて他の村々は楽に攻略できるのだから、一番離れている東の村を襲撃するのは
…………どうだろうか。読み通りなら、あとは奴らの足の速さを計算すれば動きがだいぶ絞れてくる。
村を襲った連中は、数だけはエルフ達より少なかったと聞く。
三十か、四十か。それくらいだ。
そのうち騎乗兵はこれまた半数。
残りは随伴歩兵。
れっきとした一個小隊、機動戦力と言える。
そのうえ隊の人数が少なく、装備も整っていてなにより正規兵である。訓練もされているだろう。
速い。行軍速度はけっこう速い。
自分たちでエルフの村を探し回らず、逃げたエルフを追って村の場所を突き止めているし……。
となるとエルフの村が全滅させられるのに二週間もかからないだろう。
もって十日。最後に残された村がやられるまで、概算で残り八日か。
それまでに生き残ったエルフを集めるか、ドワーフの所まで行って救援をよこしてもらうしかない。
しかし。
エルフが襲われていることはドワーフも承知だろう。二百年の間守っていたのだから。
であれば
簡単だ。ドワーフも人間に攻められている。
自分たちの命と家族を守るのに精いっぱいで、エルフのところまで手が回らないとしたら。
いよいよやばいぞ…………めちゃくちゃやばいぞこれ…………。
考えがある程度まとまると、俺は額に嫌な汗をかいていることに気が付いた。
リコが心配そうにのぞき込んでくる。
「ユキさん、大丈夫ですか? 顔色が……」
「あ、あぁ、ちょっと、思ったより背筋が冷える状況だったから、汗を流してバランスをとってたんだ」
「何言ってるのかよくわからないのでとりあえず椅子に座りましょう」
「おう……サンキュー…………」
ふー…………。
とりあえず、落ち着こう。
いや初めから落ち着いてはいるがとりあえず深呼吸しよう。
すー…………はー…………。
よし。
問題は山済みだが、ひとまずポイントだけ整理しよう。
一、エルフの生き残りを集める方法を考える。
二、ドワーフの救援は望めないのでエルフ達だけで何とかする。
三、エルフの村全滅までおそらく八日。最悪もっと早い。
こんなもんか。うん、超絶難易度高い。
数々の戦略ゲームを愛してきた俺でもこうなると放り出したくなるな……。
おまけに
剣も鎧も馬もない。
唯一使えるのは弓矢だけ。
弓兵ユニットオンリーで、対する敵は騎馬+重装歩兵ときた。
いや、魔法も使う。となると騎馬+重装歩兵+鉄砲隊みたいな感じか。
詰みゲーだろ…………いやなんとかするけどさ。
とりあえずエルフを集めにゃ話にならん。
どうすっかなぁ。うあぁぁ。
どうすんだぁぁぁー……………。
○
結局。
その日は必死にエルフの生き残りを集める方法を考えたが、なにも思いつかないまま夜が来てしまった。
日が落ちる前にとりあえず、この村への侵入者対策として、釣り糸を周辺の森と道に張り巡らせた。
俺たちのいる小屋へつなげておいて、もし糸をどこかで引っ掛ける存在が居たら、小屋の中の枝が床に落ちるシステムだ。
簡易的かつ初歩的な警戒線だが、何もしないよりははるかに安全だろう。
村への侵入者をいち早く察知できるからな。
警戒線を張る作業中、リコにも生き残りのエルフを集める策を考えてもらったが、残念なことに何も思い浮かばなかった。
のろし、のようなものも考えたが、夕方に空を確認するとかなり離れたところでいくつかの煙が上がっていた。
あれではのろしを上げる意味がない。
そしてあの煙の足元ではやはり、人間による殺戮が行われているのだろう。
分かっていてもどうしょうもない。
八方手詰まり。どん詰まりだ。
今日はもう寝るしかないな。
明日また、朝一で策を練ろう。
アシエはすでに寝ている。落ち着いた調子の寝息が小屋に響いている。
「ユキさん、先に寝てくださいね?」
「あぁそういえばそんな約束してたな」
思い出すと確かにそうだ。
不思議なことにあまり疲れは感じてないけどな。
そんなことを思っていると、おずおずと、リコが両手を差し出してきた。
「あの、その…………ポケットの中の、あの四角いやつ、貸してもらってもいいですか?」
「ん? あぁそうか。時間がわからないもんな」
「はい。ユキさんが使っているのを見て、なんとなく〝ユキさんの言っている時間〟っていうものもわかってきました」
ん? あぁ、なるほど。
13世紀ヨーロッパに〝時計〟そのものは普及していないが〝時間〟という概念はあるもんな。
教会の鐘が知らせるんだっけか。
鐘の音で朝起きて、鐘の音でお祈りして、鐘の音で食事をとる。
だがしかし、自分で〝三時間〟なんて区切ったりはしないのだろう。
ちょっとだけ、俺の思っている時間とリコの思っている時間は違ったというわけだ。
おぉそうだ時間で思い出した。
ストップウォッチを起動したままだった。
どれどれ。
…………うんやっぱり、おおむねこの世界の一日も二十四時間だな。
となると惑星そのものの大きさや自転速度も地球と同格。
季節とかあるかもな。今は寒いけど、数か月後に過ごしやすくなってくれたら御の字だ。
「ほら。ちょうど三時間経ったらぶるぶる震えるようになっているから、震えたら起こしてくれ」
「わかりました」
おやすみ、というお互いのあいさつで、俺は二日ぶりの眠りについた。