浪人生、飛ばされる。   作:奥の手

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今回だけリコ視点です。


第六話 「リコです!」

この〝ユキ〟という人を、リコはとってもすごい人だと思っています。

 

リコはリヨンという町で生まれてから、お父さんとお母さん、それからおばあちゃんと一緒に暮らしていました。

 

おじいちゃんは戦争で亡くなりました。

お父さんは足にけがをしているので、戦争にはいかなくていいそうです。

 

リコには神様が付いています。

〝イエス様〟は、教会を通してリコたち人間を祝福してくださる、ってお母さんは言っていました。

 

何日かに一回、必ず教会に行ってお祈りをします。

綺麗な服を着た、まるで天使のような人たちが、きれいな歌声で歌っていました。

 

リコは神様を信じています。

 

その神様は、今、遠いところのお家を荒らされているそうです。

〝イスラム教〟という人たちが、イエス様の生まれ故郷を踏み荒らしているそうです。

 

リコはなんだかモヤモヤした気持ちになりました。

イエス様のお家を荒らす〝イスラム教〟なんて、なくなっちゃえばいいと思いました。

 

十二歳になったある日。

 

リコの住む町に、たくさんの人がやってきました。

鎧を着た大きな人もいます。

彼らは、自分たちを〝十字軍〟だと言いました。

 

〝十字軍〟がなんなのかは、お父さんから聞きました。

 

リコは、リコも、その〝十字軍〟に連れて行ってほしいと思いました。

 

お父さんとお母さんとおばあちゃんに、リコの気持ちを正直に言うと、皆泣きながら笑っていました。

それから、鎧と短剣を買ってもらって、リコはその〝十字軍〟について行きました。

 

子供がたくさんいました。

鎧を着た大きな人は、ほんの少ししかいませんでした。

 

リコと同じか、リコより少し年が上の人たちばかりでした。

リコより小さな子供もいました。

 

リコの鎧と短剣は褒められました。

鎧を着た大きな騎士様に、闘い方を教わりました。

 

リコには大きな剣が持てないから、短剣を選んだのはエライと褒められました。

うれしかったです。

 

リコたちはたくさん大変な思いをして、南の町までたどり着きました。

 

皆をここまで引っ張てくれた〝エティエンヌ様〟と一緒に、リコは船に乗りました。

 

――――リコは、そこで、怖いを思いをしました。

目の前で船が壊れました。

 

たくさんの子供と、少しの大人が、まるで紙切れのように海の中へ沈みました。

 

怖い、っと思うのと、

何で、っと思ったのは同時でした。

 

リコたちには神様が付いています。

だって神様のために戦うんだから。

 

神様のために戦うから、リコたちには神様が付いているはず。

 

なのに、どうして。

 

リコの乗っている船は、ひっくり返っているんですか?

 

リコは、まだ船の壁に足が付くうちに。

 

鎧を脱ごうと思いました。

 

大事な鎧。

大切な鎧。

 

お父さんとお母さんが一生懸命働いて、買ってくれた鎧。

 

脱いで捨てるのは、とても胸が苦しかったです。

 

でも、このまま着ていたらおぼれて死ぬのはよくわかりました。

 

リコはまず、頭の鎧を外しました。

 

次に手の鎧を外そうとして。

 

後ろから、押されました。

 

振り返ることはできませんでした。

 

リコはそのまま海に落ちて、とっても、とっても、周りが暗かったのを覚えています。

 

怖くて目をつむりました。

苦しくて目をつむりました。

 

神様が付いていても、リコは、それでも死んじゃうような存在なんだなと思いました。

 

神様は、もしかしたら、本当はいないんじゃないかとも思いました。

 

ぎゅっと目をつむっていたら。

 

――――急に、まぶたの向こうが明るくなりました。

まぶしいくらい明るくなって。

 

ゆっくり目を開けると、リコは、とっても寒い森の中に立っていました。

 

何が起きたのか分からなかったけど、とにかく寒かったです。

でも、ついさっきまであった苦しさが、なくなっていたのも覚えています。

 

不思議でした。海に落ちていたはずなのに、全然濡れていなかったんです。

 

でもあまりそんなことは気にせずに、リコは歩きました。

 

とっても、とっても歩きました。

歩き続けました。

 

すると一本の道を見つけました。

 

リコは、この道を行けば、どこかへ行けるのかなって思いました。

 

リコは、自分が生きているのか死んでいるのかは、その時あまり意識していませんでした。

 

しばらく歩いたとき。

 

馬に乗った、鎧を着た騎士様が、向こう側から走ってきました。

 

見たことのない鎧でした。

旗も持っていません。十字軍の人ではありませんでした。

 

リコは話しかけようとしました。

 

でも、その前に。

 

馬の人たちの、リコを見る、その目がはっきりと見えたので。

 

リコは逃げました。

あの目は人を殺す目です。

 

リヨンから旅立って数日後に、リコたちを襲ってきた盗賊と同じ目をしていました。

 

走りました。リコは走りました。

疲れていたはずなのに走れました。

 

不思議と走れたけど、でも、お馬さんは早かったです。

 

追いつかれて、道の端に追い詰められて。

 

森の中に逃げようとしたけど、背中に木が当たってしまって。

 

リコは、そこで初めて、死ぬかもしれないって思いました。

 

〝神様はいないかもしれない〟

 

海でおぼれた時、リコはそう思いました。

思ってしまいました。

 

きっとこれは、その時の、リコが神様を信じなかった罰なんだと思いました。

 

馬から男の人が下りて。

 

男の人が剣を抜いて。

 

男の人が剣を振り上げた時。

 

――――ユキさんが、助けてくれました。

 

 

 

 

後のことは、あまり覚えていませんが、気が付いたらリコには服がかぶせられていました。

 

ユキさんのコートは温かかったです。

 

ユキさんの見た目は、リコが今まで見たことのないような人でした。

 

髪の色が黒くって。

顔はちょっとだけやつれていて、背はお父さんよりも低くって。

話している言葉はおかしな音なのに、ちゃんとリコには意味が分かって。

 

そして何より、見たことのない珍しい服を着ていました。

 

リコは気になりました。

ユキさんの着ている服も、ユキさんの言っていることも、ユキさんの持っているものも。

 

ユキさんの黒い袋から出てきた食べ物は、本当においしかったです。

今まで食べた中で一番おいしかったです。

 

あ、でも、あの〝サイダー〟って飲み物は、最初飲んだときびっくりしました。

お口が爆発したかと思いました。

 

ちょっとずつ飲むとすごく甘いお水です。

シュワシュワも、慣れたらおいしいと感じました。

なにより飲むだけでお腹が膨れたので、ユキさんはすごい飲み物を持っているんだなぁ、って思いました。

 

そのあとは、リコより小さな子供を、ユキさんは必死に助けてくれました。

 

リコの時もそうでした。

 

ユキさんは頼もしかったです。

ずっと助けてもらいっぱなしで、リコは、なんとなく、このままじゃいけないなって思いました。

 

そのあと着いた村は、とっても荒れていました。

村の様子を見たユキさんは、すごく、すごく、とっても怒っていました。

 

リコはそんなユキさんを見て、この人は本当に優しい人なんだって思いました。

 

リコはユキさんのことを頼りにしています。

ユキさんに助けられてばかりです。

ユキさんに、いろんなことを教えられてばかりです。

 

だからせめてこの〝異世界〟で、リコはユキさんの事だけは絶対に守ろうと思いました。

 

リコは騎士です。

〝十字軍〟の騎士です。

 

イェルサレムには今は行けないけど、必ず、この世界から帰った後で行きます。

 

それまでは。

 

それまでは、リコは〝十字軍の騎士〟ではなく。

 

〝ユキさんの騎士〟になりたいなって、思いました。

 

ううん、なるぞ、って思いました。

 

…………明日は、朝早く起きて、短剣の練習をしようと思います。

 

 

 

 

「それにしても……」

 

よかったよかった。

ユキさんはリコとの約束どおり、ちゃんと寝てくれました。

昨日はずっと見張りをしてくれたんです。

一晩中、寝ずにです。

 

だから今度はリコが見張りの番です。一日くらい寝なくったってどうってことありません。

 

この四角いのが震えたら交代ってユキさんは言いましたが、リコは。

 

「…………うぅぅ、約束破ってごめんなさい」

 

まだ破ってはいませんが先に謝っておきます。

ユキさんを起こしません。このまま安らかに眠っていてもらいます。

 

仕返しです。今朝の仕返しです。

 

もし何か言われたら〝あまりにも気持ちよさそうに寝ていたし、リコは眼が冴えていましたから〟って言い訳してやろうと思います。

 

ゆっくり寝ていてくださいね。

 

「さて…………」

 

リコは、この間にやろうと思っていることが二つあります。

 

一つは、短剣の手入れです。

 

手入れと言っても布で拭くだけですが、それでも手入れは大事です。

あと、村に落ちていた別の短剣も、一本もらおうと思います。

 

黙って持っていくと盗賊みたいで嫌なんですが、〝エルフ〟の人たちをユキさんは助けようとしていますし。

 

リコは、そんなユキさんを守るために動きます。

なので、この短剣を一本もらうのは、遠回しにはエルフの人たちのためです。

 

…………言い訳、ですね。うん。

反省します。いただきますエルフさん。

 

前に、短剣の戦い方を教えてくれた騎士様は

 

〝短剣は複数本持っていたほうがいい〟

 

と言っていました。理由は自分でわかるようになれとも。

 

今はまだわかりませんが、かさばるものでもないですし、二本目をいただこうと思います。

どっちの腰につけようかなぁ。

後で考えよっか。うん、そうしよう。

 

ユキさんの寝ている間にすること作戦、その二、です。

 

ユキさんの持っていた黒い袋の中を、こっそりのぞかせてもらおうと思います。

 

この村へ来てからユキさんは黒い袋に触っていません。

昨日の話ですが、ユキさんが村を見てくるときに、

 

〝チョコは全部食べていい〟

 

と言っていました。

 

チョコ、というのは、あの廃屋を出る朝に少しだけもらって、そのあと道中でも食べた、あのすごく甘い食べ物です。

 

リコはアレが大好きです。

実は、全部食べていいと言われて喜びながら袋を見た時に、まだ開けていない新品のチョコが二枚もあったので、リコは全部食べるのはもったいないと思いました。

 

毎日少しづつ食べようと思います。

 

あれだけ甘いと、なかなか手に入らないとても高価な食べ物かもしれませんし。

 

…………そのあたりも含めて、リコはユキさんが何者なのかをいまだによくわかっていません。

 

素直に聞こうかとも思いましたが。

 

今朝の、ご飯を食べているときに。

ユキさんが言った言葉を聞いて、リコからユキさんのことについて尋ねるのはもうちょっと待とうと思いました。

 

ユキさんは言いました。

魔女狩りが〝始まる〟って。

 

魔女狩り、という単語は初めて聞きましたが、それよりも。

 

どうしてリコの世界で起こること(・・・・・・・・・・・・・・・)を〝始まる〟なんて言い方ができるんでしょうか?

 

まだ起きていないだろうことを、です。

 

リコは、頭で考えるのは苦手ですがあんな言い方をされればさすがに気が付きます。

 

もしかするとユキさんは、遠い未来の人なんじゃないかって。

リコたちの世界で何が起きるのかを知っている人なのかもって。

 

もしくは、偉大な予言者かもしれません。

未来が見える人かもしれません。リコには想像のつかないようなすごい人かもしれません。

 

とにかく。

ユキさんのことについてリコから何か聞くのは、今は怖いです。

ユキさんは幸いにも、リコに対して悪い感情は持っていないみたいですし。

〝信頼感〟…………って言うんでしょうか。

それが壊れてしまうのが、リコは嫌です。

 

なので聞きません。今は。

一番いいのはユキさんから話してくれることなんですが…………どこか、リコには内緒にしたがっているようにも見えます。

 

気になりますが、とても気になりますが。

ユキさんのことを深く聞くことはやめておきましょう、今は。

 

さて、とりあえず、それはおいといて。

床下に隠したユキさんの黒い袋を、取り出しましょう!

 

「よっ……と!」

 

えへへ。

床板の隙間がここだけおかしかったから、ちょっとめくってみたらこんなスペースがあったんですよ。

せいぜい壺が三つ入るか入らないかぐらいの大きさで、なにも入っていませんでしたが。

袋を隠すにはちょうどいい大きさです。

 

お楽しみのチョコの時間、です

 

「あ……チョコをちょっことだけ食べる☆ とかどうだろ」

 

なんでかな少し寒気がしたぁ……。

 

袋の中から、食べかけのチョコを取り出して。

 

ユキさんがやっていたように、パキッ! とひとかけら摘まみます。

 

これをそのまま口へ。

 

「~~~~~~」

 

おもわずその場で飛び跳ねたいくらいおいしいですが、そこは我慢です。

足音を立ててユキさんとアシエ君を起こしたら大変ですからね。

 

今日の分はこれくらいにしておこうっと。食べすぎるとなくなっちゃうし。

 

「…………あ」

 

そう、そうです。

 

この黒い袋、チョコ以外にもサイダーと、あと、本が入っているんです。

本ですよ、本。

間近で見たのは初めてです。

 

ずっと気になっていました。なんなんだろう、これ?

 

「…………」

 

うー…………。

 

いまなら?

 

いまなら、ユキさんは寝てるし?

 

見ても、いい、かな?

ちょっとだけ。最初だけでも、見ていいかな。

 

どうせリコは文字読めないし。

でも本っていうのにはすごく興味があります。

 

「…………ちょっとだけ、見ます! ごめんなさいユキさん」

 

バレなきゃいいよね。

 

かさ。こそこそ。

 

「――――騎士、さま? でも女の子だなぁ」

 

リコと同じくらいの年の騎士様が、どういうわけか胸をはだけさせて、素肌に鎧を着ています。

 

こんな着方したら肌と金属が擦れて痛いのになぁ……。

 

「この白いのなんだろ……水、かなぁ?」

 

行水してるのかな。

鎧ぐらい外しなよぉ……錆びちゃうよ。

 

でも。

なんだか、きれいな絵だな。

 

これが〝芸術〟なのかな。

お金持ちの人は、こういうのが家にいっぱい飾ってあるって、お父さん言ってたっけ。

こういうのが、家に、ねぇ……いいなぁ。

きれいだなぁ。

 

「ってもしかして、これやっぱり」

 

ものすごく高価なものが詰まった袋なのかも。

だめだ。なんか、これ以上見ちゃいけないような気がしてきた。

 

中は見ないでおこう……高価なものに、傷でもつけたら大変だし。

うん。しまっておこう。そうしよう。

 

リコはチョコだけで満足です。

これ以上の贅沢は、あんまりしちゃうと神様に怒られそうですし。

 

袋は大事にここへ隠しておこう。

もし出発するときになったら、ちゃんとユキさんへ渡します、うん。

 

「ふぅ…………あ、鳥さんだ」

 

窓の外。

月と星が照らす青白い空に、一匹の鳥さんがゆっくり飛んでいるのが見えました。

 

「……寝ないでいいのかなぁ。昼間もいたよね、あの鳥さん」

 

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