生斗との邂逅を期に、私の生活は激変した。
藤原邸を追い出された筈の私は、生斗とその付き添いの紫と共に屋敷へと向かうと、すんなり入門を許可された。
その際、母上からは嫌悪の眼差しを向けられたが、生斗が睨み返して敢え無く視線を逸らされた。
あの時はなんで帰る事が出来たのか疑問であったが、今なら分かる。
近々行われる大きな宴会の目玉であった催し物である模擬戦の参加者であったからだ。
主催者の一人であった父上の事だ。あの場で波風立てるぐらいならば子供一人受け入れる方がマシだと判断したのだろう。
逆に言えば、あの時生斗がいなければ私はその時点で詰んでいた可能性があったのだ。
彼自身も予期していなかっただろうが、私からしたら命の恩人と言っても過言ではない。
____それから数日後に宴会が始まった。
集まるは都でも名を轟かせる歴戦の猛者達。その中で浮いていたのは生斗と父上の選んだ代表者の二名だけであった。
蓑笠を深く被った剣士_____妖忌は、私が家出をする数日前に重症の状態で父上に拾われたが、禄に仕事をするでもなく常に道場に籠もっている変な奴だ。ただ、この屋敷にいる父上の近衛兵を悉く打ち倒している辺り、相当の手練れであることは間違いない。
それで言うとやはり、生斗は周りと見比べると一段と見劣りする。
遠くから見る背格好だけの判断では、そこらの商人と何ら変わらない上、覇気もない。
生斗を選抜したお爺さんにも見る目があるようには見えなかったし、本当に大丈夫なのだろうか。
私では試合中に止めることなんてできない。だから催し物に参加すると聞かされた際に反対した。
だというのに何故か生斗は自信有りげで聞く耳を持ってくれなかった。あまつさえ優勝したら私に自身の名前を呼ばせようとする始末。
小さい村で一番だったとかで成功体験を味わった感覚のまま参加しているような怖さがある。井の中の蛙とはよく言ったものだ。
しかも相手は催し物の中でも屈指の巨躯を誇る異国人。明らかに当て馬にされている。もしくは、ここ最近で頭角を表したお爺さんを晒し者にするためか。
何方にせよ、碌な理由で仕合を組まされていないだろう。
「えっ」
目も当てられないと、期待どころか心配すらしていた私の心情とはかけ離れた、生斗による一方的な仕合展開を繰り広げられていた。
「ナンデ______ガブッ!?」
一矢報いようとする遠謀の一撃を、力の進行方向へ首を回すことにより受け流した生斗。
渾身の一撃を避けられた衝撃に呆然とする遠謀の顎へ、流れるように斬り上げを放つ。
力なく倒れ伏す遠謀。
彼には既に立ち上がる意思は残っておらず、綺麗に意識を刈り取られていた。
「す、凄い……」
思わず、感嘆の声が漏れる。
力による圧殺ではない。素人目からでも分かる、常人では到達できない、磨かれた技術。どの動きにも無駄がなく、一挙手一投足が意味を持つ洗練された体術。恐らく経験則に基づいて避けたであろうその豊かな戦闘知識。
父上の娯楽を覗き見し、幾度となく強者同士の戦いを眼に焼き付け、分析してきた私から見ても生斗の戦闘は群を抜いていた。
一体、あの若さでどれだけの修羅場を……あんなに、平和ボケした顔付してるくせに。
見た感じだと目立った傷もないし、天性の才能によるもの? いや、でもそれだけでは説明がつけられないような_____
「両者、前へ」
「「……」」
「右は〜〜皇子の門番、首狩の___。左は車持皇子の用心棒、流浪の妖忌」
そんな私の考察を余所に仕合は一巡し、二回戦が繰り広げられる。
「ぐふあ!?」
やはり妖忌も強い。
野盗十人を相手に全員の首を狩り取ったと言われる首狩り___を瞬殺するとは。
一回戦の戦いぶりを見れば、誰が勝ち上がっていくかは大体予想がつく。
今回はそれが容易に判るほど、参加者の実力に差がでている。
恐らく、決勝で戦うことになるのは妖忌と生斗の二人。
不慮の事故でも起きない限り、覆ることはないだろう。
「生斗、本当に強かったんだ」
あれだけ大見栄を切っていただけはある。
絡繰は不明だが、そんなことはどうでもいい。
だって私は今、凄く興奮しているのだから。
これまで見てきた中でも随一と言って良い二人がこの催し物に参加している。
それが父上の代表者と私を助けてくれた恩人となれば尚更だ。
どちらにも頑張ってほしいし、負けてほしくもない。
だけど知りたい。どちらが強いのかを。
「……」
都でも名だたる猛者達の仕合だというのに上の空といった様子の貴族達がいる辺り、私と同じような考えの連中が一定数いるようだ。
早く観たい。
二人がどう戦うのかを。
どのようにしてそれぞれの猛攻を捌き、どのようにして相手を退けるのかを。
私の拙い戦闘知識では想像すらできないし、確実に超えてくるであろうその期待で、私の頭はいっぱいであった。
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___
_____
「ーー右は造の用心棒、名無しの生斗。左は車持皇子の用心棒、流浪の妖忌」
遂に来た。
時間でいえばそれほど経っている訳でもない筈なのに、普段の一日よりも長く感じられるほど待った。
結局は私の予想通り、二人は圧勝に次ぐ圧勝により、其々の満足のいく戦いを見られなかった。もしかしたら速攻で片が付くかもしれない。
何方にせよ、勝者はこの都でも名を轟かせることだろう。それだけの面子がこの催し物には揃っている。
「!!!」
「な、なんだ。急に悪寒が……」
庭園中に漂う空気が冷たくなったような感覚に陥る。
何故なのかは分からない。
けれども、目元に黒い装飾品を装着した生斗の雰囲気が変わった事だけは分かる。
「……」
「……」
空気が一変したことによりざわついた貴族達も、二人のただならぬ雰囲気にあてられ、一筋の汗とともに固唾を飲む。
誰もが、二人の間にいる主審の合図を待っていた。
「始めぇぇぇええええ!!!」
瞬間、主審の烏帽子が吹き飛ぶ程の衝撃と轟音とともに、強者同士の一騎打ちの幕が開けた。
「はああ、ああ!」
開いた口が塞がらない。
一進一退の攻防。
一つの判断を誤れば何方かが戦闘不能となるやもしれない緊張感。そんな罠を張り、それを看破し合う両者。
「!!?」
「!」
打ち合いでは妖忌に軍配が上がってはいたが、初撃の布石を上手く用いた生斗が形勢逆転。馬乗りとなって妖忌に対して一方的に頭突きを繰り出す。
「ふんっ!」
「___________なっ……」
しかしそのままで終わる妖忌でもない。
眼突きを布石に耳を掴んで引っ張り、生斗の態勢が崩れた所に腰を跳ねらせて馬乗り状態から抜け出すことに成功した。
「ふーっ、ふーっ」
幾度も受けた頭突きにより顔が腫れ上がる妖忌。
なんとも痛々しく、眼を背けたくなるような光景であるにも関わらず、私達は皆、彼等に釘付けであった。
そして直視し続けていたからこそ分かる。
「(笑ってる……?)」
確かに、妖忌の口は笑みを浮かべていたのだ。
そして自身の状況を更に悪くする行為として、抜け出した際に手にしたままであった木刀を生斗へ投げ渡す。
これは……挑発?
大怪我を負ったとはいえ、木刀を手放していた生斗よりは優勢であった筈なのに。
それに対する解答は、詰まる所当事者にしか分からない。
考えても無駄。それよりも私達が享受すべき事は、この二人の行く末を見守る事であり、それ以外のことは全て二の次なのだ。
「妖忌いいぃ!!!」
「熊ああぁぁぁぁあ!!!!」
漢の咆哮。
その合図とともに繰り広げられるは、剣達者同士による災害ともとれる凄まじい剣戟。木刀が重なる音とは到底思えない程の轟音とともに、眼を覆いたくなるほどの風圧が庭園中を駆け巡る。
人間に成せる事象ではない。
人によれば妖の類と勘繰る者もいるだろう。
実際に見た者しか信じられぬ光景が今、眼前にて繰り広げられているのだから。
木刀が霞み、残像のみしか顔を見せない程の剣戟。
凄い。ただひたすらに。感嘆の呻きしかあげられない。
「あ……あがっ……」
「!! せいっ……」
尋常ならざる一幕も、妖忌の一撃により突如として幕を下ろす。
「(生斗が……斬られた!)」
腹部を抑え、蹲る生斗。
そんな、どうして。生斗が敗ける……?
あんなに強い生斗が……
「!! (そうか、私は……)」
父上の代表者である妖忌にも勝ってほしい。その気持ちも確かにあった。
でも、生斗が瀕死に追いやられたことにより、気付いた事がある。
「……見事であった」
私は、生斗に勝ってほしい。
初めて私を一人の人間として、同じ目線に立って接してくれた生斗に、父上の体裁を軽んじても勝ってほしいのだ。
「生斗、敗けないで!」
妖忌の木刀が振り下ろされる瞬間、私は半ば無意識に叫んでいた。
貴族達の手前、私が目立つ様な行為は御法度。後に辛い仕置が待っているだろう。
けれども、今はそんな後のことなんて考えていられない。
「(勝って生斗! 勝って私に名前呼びされたいんでしょ!)」
叫んだ時点でその理論は破綻していたが、そこまで回る頭をしていたらこんな愚行は犯していない。
「えっ……」
「なっ!」
私と妖忌はそれぞれ驚愕の声をあげる。
それもそのはず、もう動けないと確信していた生斗が身を捩り、最小の動きで妖忌の一振りを避けていたのだから。
そしてその、あまりにも滑らかに行われた体勢移行は、既に斬り上げの体勢を取っていた。
「がふっ!!?」
真向斬りに完全に合わされた斬り上げに、妖忌は対処しきれず、顎に木刀が直撃する。
軽く浮き、仰向きに大の字で倒れる妖忌。
そして生斗もまた、力尽きたように顔から地面に倒れる。
こ、これは……
「両者とも戦闘再開不能により、引き分けとする!」
両者気絶による引き分けの判定が、主審により告げられた。
ーーー
宴の催し物の熱が冷めぬ中、私は母上のみならず腹違いの兄上達に裏方で袋叩きにされた。
覚悟はしていたが、流石に応えた。
不幸中の幸いは、周りの眼を気にしてか顔や肌の露出しやすい箇所は避けられたところか。
……いや、妾の子が出しゃばって催し物を台無しにする所だったのだから、罵詈雑言と暴力だけで済んだのも幸いなのかもしれない。
「……」
そんな私は今、生斗が眠る客間まで退避していた。
「散々な眼にあったわね」
「わっ!!?」
現実を逃避するように虚空を眺めていると、音もなく現れた女性の声が耳元に届く。
「あ、あんたは……」
「紫よ。この前振りね」
振り向くと其処には以前生斗と一緒に居た女性___紫の姿があった。手には木箱と水桶を携えている。
恐らく、生斗の看病に来たのだろう。
「悪かったね。出てくよ」
「何言ってるのよ。早く脱ぎなさい」
「へっ?」
立ち上がって部屋を出ようとする私の手を掴み、脱衣を要求してくる紫。
「何を勘違いしているようだけど、私が労ったのは貴女によ。妹紅」
「!!」
紫が最初に言い放った散々な眼と言うのは、現在意識不明の重体を負っている生斗にではなく、私に……? いや、まさか____
「……もしかして、見たの?」
「ええ、バッチリとね」
まさか、目撃者がいたとは。その辺りは兄上達が巧妙に隠していたというのに。
一体、紫はどこから目撃していたのだろう。
「ごめんなさいね、助けられなくて。彼処で私が首を突っ込んだところで、お互いの立場が悪くなるだけだったの」
「……いいよ、それぐらいは私にだって分かるし」
彼処でもし紫が私を助けようとしても、権力者である兄上達に刃向かえば、例え力でねじ伏せられたとしても、この都では生きていけなくなる。それだけの力を、藤原家は持っている。
「そう、理解が早くて助かるわ。ほら、手当するから早く……それとも部屋を変える?」
「いや、ここでいい」
紫は見て見ぬふりをした罪滅ぼしなのか、私を手当してくれようとしている。
別にそんなこと気にしなくてもいいのに、律儀な人だ。
「生斗が見たら怒って貴女の兄上とやらの顔面を殴っていたでしょうね」
着物を下ろし、上半身を露わにする。
流石の私でも少し恥ずかしいけど、サラシはしているから問題ないだろう。
「そんな短絡的じゃないでしょ。それになんで生斗が怒るの」
「貴女が思っているほど、この人は論理的ではないってことよ」
私の感じた生斗の印象は、お人好しだけれど自身の立場を理解し、主であるお爺さんを尊じ、重んじる良い従者であった。
「ここで問題。何故生斗のような実力者がこれまで埋もれていたのでしょう」
「……? 運がなかったとか」
「残念、不正解。正解はこの人は今の世の中が嫌いだから」
「っつう……世の中が嫌い?」
身体中の傷に消毒を施され、痛みに悶えながらも私はそれ以上に不可思議な解答に意識が持っていかれた。
「悪く言えば社会不適合者ね。この都のように、大きい都市、国は利権争いが絶えない。政には必ず裏で泥化した人間関係が付き物なの。それは貴女にも分かるでしょう」
「……うん」
散々見てきた。
父上に気に入られるために尊厳をかなぐり捨て媚び諂う家臣。私を利用しようとして近付き、利用価値がないと知った途端私の顔に唾をかける下級貴族。
そんな大人が皆、私は嫌いだった。
……そうか、生斗もなんだ。
「前に嫌な眼に遭ったのでしょうね。権力を振りかざし他者を踏み躙る事に罪悪感のない者を毛嫌いしているの」
「だからこれまで表舞台に立ってこなかったっつこと?」
「そ。まあ他にも幾つか要因があるのだけれど、一番の理由はそれよ___はい、終わり」
「う、うん」
手当が終わり、私は崩した着物を直す。
前から判っていた事だが、つくづく生斗はそんな生き方をしている。
あんなに強いのなら、どこの貴族からも引く手数多だろうし、少し立ち回りを考えれば悠々自適な生活が手に入るというのに。
「あれ、それならなんで今回の催し物に生斗は参加したの?」
「ふふっ、なんでかしらね」
今回の件については教えてくれないんだ。
まるで紫が画策したかのような含みのある笑いに疑いの眼を向けようとしたが、手当してくれた恩人に対して余りにも無礼である為、中断した。
「次は生斗ね」
「ねえ紫……さん」
「紫でいいわよ」
静かに寝息を立てる生斗の姿勢を起こし、包帯を解いていく紫。私の時もそうだが、かなり手慣れている。何処でその技術を身に着けたのだろう。生斗の身体も、そんなに傷だらけって訳でもないからそれで慣れてるとは思えない。
「ゆ、紫は、生斗とどういった関係なの?」
「生斗と?」
ずっと気になっていた。
夜遅くに帰宅した生斗を門前で待っていたり、上半身裸の生斗をまるで見慣れているかのように振る舞うその姿。
それってつまり、そういうことなのではないのか。
「旅の連れ____というより私がこの人に拾われたの」
「拾われた……?」
「そう見えて私、貴女とそんなに歳は変わらないのよ。そしてこの人は見た目よりずっとおじさんなんだから」
「え、えっ、紫って今十代前半なの!?」
明らかに二十代にしか見えないし、十代前半が出せる色気の域を超えている。
生斗が紫に拾われたと言われた方がまだ信憑性があるくらいだ。
「紫ちゃんって呼んでも良いのよ」
「いや、やめとく」
「そう……」
聞けば聞くほどに二人は摩訶不思議な存在だ。
生斗がおじさん? もしかして父上と同じぐらい歳を取っていたりしているのだろうか──いや、流石にないか。甘く見積もっても二十代半ばぐらいだろう。
どちらにせよ、その存在のおかげで私は救われている。
こんな息の詰まる状況でも、生斗の戦いを見て吹き返すことができた。
傷んだ心と身体も、紫が和らげてくれた。
「ありがと」
「……! ふふっ、どういたしまして」
今、私に返せるものはないけど、口にすることならできる。
この恩をいつ返せる日が来るかは分からない。
でもいつか、必ず返したい。
「はい、生斗も終わり。私は戻るけど、妹紅はまだここにいる?」
「うん。他に行くとこもないし」
「食べられそうなもの、後で宴会場から拝借してくるわ。食事を取らないと貴女の怪我も治らないわよ」
「何から何までありがと___でも遠慮しとく。一応今お仕置き中だし」
「あらそう。じゃあ勝手に私がここで食べようかしら。誤って貴女の口に放り込むかも」
「本当にお節介焼きだなぁ」
二人揃って心配性なのだろう。いや、どちらかというと紫が生斗に似たって感じなのかな。
「それじゃあね。それを枕にしても良いから睡眠は取るのよ」
「紫も気を付けて。助平貴族に捕まらないようにね」
まるで母親のような口振りだ。
歳はそんなに変わらないって言っていたのは嘘なんじゃ?
そんな思考とは裏腹に紫は木箱と水桶を持って部屋を後にする。
先程まで辛かった心も、今は穏やかになっている。
こんなのは二人に出会うまでは一度として無かったことだ。
「……夢じゃ、なければいいな」
これが夢で、本当の私は追い出されたまま路地に横たわっているのではないか。
一抹の不安が私の脳裏に過る。
「いや、大丈夫……なのかな?」
夢でないことを確かめるように、静かに寝息を立てている生斗の頬を引っ張る。
あっ、なんか苦しそうな顔になった。
ということは夢ではないってことか。
それなら、起きたらまず生斗にお礼を言おう。
優勝こそ引き分けという形で逃してしまったが、生斗は懸命に応えてくれた。
私の声を聞いてくれた。
まだ形では返せないが、紫のときと同様に感謝の意を伝える。
形として返せる日がくる、其の時まで。
それから半日後、無事目覚めた生斗にお礼を伝える事が出来なかった。何を恥ずかしがってるんだ私は!
でも、なんやかんやあって生斗のいる屋敷へ今度遊びに行くことになった。
その時こそ、絶対に伝えなければ!