「つまらん」
____欠伸を一つ。
妖怪の山に来て早六百年。
最早この山で出来る娯楽はし尽くした。
玉遊びに天狗転がし、河童の掬い取りに鬼相撲。他種族の娯楽を取り入れた多種多様な暇潰しを発案し、巻き込んだがどれも鬼の圧勝に終わってしまう。
特に天狗共。彼奴等はてんで駄目だ。露骨に手を抜いて鬼を立たせようとする。
八百万の神を除いて唯一私達に対抗できうる種族だっていうのに情けないったらありゃしない。
「つまらんつまらんつまらーん!!」
暇を紛らわせるが如く、床を壊さない程度に地団駄を踏む。
この家は手入れされてはいるが既に廃屋。吹けば倒壊する程度にまで老朽化している。
昔はよくここで皆で馬鹿騒ぎしてたっけ。
それで何度か倒壊させてよく“あいつ“に怒られた。
あーあ。あの時は楽しかったな。
「……」
にしても本当にこの屋敷もよく持ってるね。改修に改修を重ねてはいるが、木造で今日まで倒壊もせずに残ったもんだ。
「ま〜た此処にいたのかい」
呆れたと言わんばかりの口調とともに居間の奥から現れたのは、古き友人であり同種の星熊勇儀。
無遠慮に私の元へと近付いてくる。
「あいつはもう来ないよ。此処へ戻ってこなくなって百年も経ったんだ。諦めな」
「分からないでしょ。それまでは遅くても十年に一度はこの山に来ていたんだ。それに百年なんて歳月、私達やあいつからしたら眼を瞑るよりも短い時間じゃないか」
縁側で大の字になりながら反論してみるが、現にあいつは過去最長で顔を出してない。
そろそろ、私達にも限界が近付いている。
「もう総大将のあんただけだよ。この山を出るのを反対しているのは」
「……」
大の字になって寝転がる私の隣に腰を掛け、私の瓢を勝手に使い自身の盃に注ぐ。
「私にも頂戴」
「はいよ」
お互い盃から酒を飲み交わし、燦々と照りつける太陽に目を向ける。
「最近鬼達の不満が高まってきてる。何時までもこの地に留まっちゃ何れ崩壊するよ」
「出たい奴は出れば良い。元々私らは群れるような種族じゃないだろう」
「そうだけどねぇ」
不満なんて鬼とは無縁だ。好きな時に酒を飲み、好きな時に喧嘩して、好きな時に床につく。
私を頭として立てて不満があるのであれば、私の意向に不満を持たない奴だけが残れば良い話さね。
「皆、今の仲間達が好きなんだよ。妖怪は基本群れをなさない。ましては私ら鬼はその中でも別格。群れる必要もない」
「それなら____」
「そして、そんな私らをぶっ飛ばした上で、皆で飲む酒の楽しさを教えたあんたが好きなのさ」
反論しようと口を開くが、勇儀の発言のおかげで見事に詰まってしまった。
あんたら、そんな風に私のことを思って……
「す、好き勝手言ってくれるね。なら私の意図を汲み取ってほしいもんだね」
「好きで付いてきてるのは私らの勝手さ。でもあんた、本当に好きで此処に居座ってるのかい?」
分かったような口を。
なんで勇儀は私が無理してこの地に残ってると思っているんだか。
私はこの山に、私がいたいからいる。他者に左右されるような揺らいだ気持ちでいる訳じゃないよ。
「さっきつまらんって散々喚いてたのにかい?」
「ぶぅっ!?」
心外と言わんばかりに瓢箪の中の酒を喉に流し込んでいたら、予想外の一言を耳にしたせいで吹き出してしまった。
「……聞いてたのかい」
「そりゃあんな大声出してたらね。玄関前まで響いてたよ」
自身の意思でこの山にいると言った手前、矛盾ともとれる発言を拾われていたとはね。
「はあ……分かるよ。あんたと文がこの家を大切に管理してるのも、あいつが帰ってきたときの居場所を残す為だってね」
「べ、別にそれだけが理由で残ってる訳じゃ……」
「分かってるって。あんたが意固地になってるって事ぐらい」
「なあにぃ!!」
勇儀の発言に思わず私は声を上げる。
私が意固地になってるだって?
「まさか私が、あいつが全然帰ってこない上に皆がなんか諦めだしてる事に対して腹立てているだけだって言いたいのかい!?」
「言語化出来て偉いじゃないか」
スパアアアアアン
妖怪の山全域に鳴り響く肉と肉が弾ける快音。
遅れてくる衝撃波に並木はどよめきを見せる。
「ちっ」
舐めた態度を取る勇儀の顔面を殴ろうと拳を振るったが、片手で止められてしまった。
流石は怪力乱神と評されるだけはあるね。
「喧嘩を売ったつもりはないんだけどね」
「それが本当ならあんたの口を矯正しなきゃならないよ」
拳とそれを握る手がミシミシと嫌な音を立てながら震える。
勇儀から喧嘩を売ってくるなんて珍しい。
売り言葉に買い拳。
鬼に二言はない。
久々に鬱憤が溜まってたんだ。一時的に解消するにはもってこいの相手ではある。
多分勇儀もそんなところだろう。
「おーい! 二人共!」
瞳孔が開いたままお互いを見つめ合う一触即発の雰囲気の中、遠くから呑気な声で私と勇儀に声を掛ける赤鬼。
「あんたらだろ。今さっきけつを引っ叩いたような爽快な音立てたのは」
「下品だね。頭転がされたいのかい」
「あんたから憂さ晴らしの相手をしてやっても良いんだよ」
赤鬼は舌舐めずりをして腕を鳴らすが、ふと我に返ったのか頭を横に振る。
「二人の提案は魅力的だが、それよりも耳寄りな情報を手に入れたんだ。今さっき入った新鮮ピチピチだぜ!」
「……何さ。下らなかったら覚悟しなよ」
苛立ちを隠しもせず、赤鬼の方を見ずに応答する。
こんな余興に茶々入れたんだ。それ相応じゃないと何処かに八つ当たりしてしまいそうだ。
正直特に期待なんてしていなかった。
そんなことよりも、今から始まる勇儀との殴り合いに胸を膨らませていたから。
けれども、赤鬼から発せられた“情報“は、私の興味の一切をその情報が奪い去った。
「“萃香“喜べ! 生斗の使者と名乗る輩が天魔の根城まで侵入してきたらしいぜ!」
「はっ?」
今話から少し短めになります。
もしかしたらそれで更新早まるかもです。