東方生還記録   作:エゾ末

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陸話 鬼のいる間に

 

 妖怪の山の頂上付近に位置する天狗の長である天魔の根城。

 一見するとただの中規模な屋敷。

 しかし天魔(てんま)の妖術により屋内の面積は優に平均的な町村を超える広さを有している。

 

 天狗の眼を掻い潜り、屋敷に潜り込めたとしても迷宮のように入り組んだ屋内から天魔を見つけ出すことは至難の業である。

 現にこれまで初見で天魔の元へ辿り着いた者はいない____

 

 

 

 

 _____だが。

 

 

「物騒なご挨拶だこと」

 

 

 これまでの実績を踏み潰すが如く、突如として天魔のいる玉座へと姿を現した妖怪がいる。

 

 

「誰だ貴様は。名を名乗れ」

 

 

 侵入した妖怪の周りには、取り囲むように無数の武具が今にも襲い掛からんと待機している。

 侵入者の報は瞬刻のうちに天狗達の耳へと渡っているため、もう暫くすれば天狗の軍勢が押し寄せてくるだろう。

 

 謂わばただの自殺行為。

 にも関わらず侵入者の妖怪は不敵な笑みを浮かべている。

 そんな不気味な雰囲気を醸し出す妖怪に天魔は一種の気持ち悪さを感じていた。

 

 

「急に現れてごめんなさいね。普通に訪れても追い返されるか襲われるだけだって知り合いから聞いてたもので」

 

「わしの質問に答えろ!!」

 

 

 突如として起きた異常事態に天魔も殺気立つ。

 大妖怪である事を隠しもせず妖力を辺りに振りまいている侵入者。

 天魔からしてみれば、その行為は臨戦態勢に入っているとしか見えないのだ。

 

 言わずもがな大妖怪である天魔と、侵入者である妖怪が本気で衝突すればお互い無事では済まないだろう。

 

 天魔は妖怪の山に住まう天狗の長であり、頂点に君臨している鬼との調停者でもある。

 そういったあらゆる重圧が、彼女を殺気立たせているだろう。

 

 しかしその殺気も、侵入者の次の一言で和らぐこととなる。

 

 

「熊口生斗の使いとして来た【八雲紫(やくもゆかり)】と申しますわ」

 

「……熊口、じゃと?」

 

 

 天魔自身の太古のトラウマ。

 圧倒的力量差による幾万もの妖怪を屠った名であり、億年の年月を経て友人となった名でもある。

 久しく聞いたその名に、一言では表せない感情の起伏が天魔の復元した左眼の疼きとなって現れる。

 

 

「そうか、貴様は熊口の使いじゃったか」

 

 

 しかし天魔は冷静な態度となる。

 彼女は今、一個人として動ける立場ではないのだ。

 

 

「奴はこの山を抜けた離反者じゃ。そんな犯罪者の使いがこのわしの元へ不躾な手段で現れた。これが何を意味するか分かるか?」

 

 

 侵入者___八雲紫の背後には既に、数十の天狗達が槍を持って突きつけている。

 

 前方はあらゆる武具の包囲網。

 後方は天狗の軍勢。

 

 絶体絶命という言葉がこれ程似合う状況はそうはないだろう。

 

 

「……天狗の団結力は侮るなかれ」

 

 

 ポツリと八雲紫の口から溢れるのは、いつぞやの恩人の忠告。

 ふと久方振りに思い出す酔いどれたその間抜け面に軽い笑いが込み上がる。

 

 

「___想定の範囲内ね」

 

「……!! なんじゃ____」

 

 

 八雲紫の失言に、天魔が反応しようとした。

 本来であれば侵入者からの舐めた発言を咎めるべきところであった。しかし___

 

 

 

「面白いことやってんじゃん」

 

 

 天魔の固有結界諸とも屋根天井を破壊。果てには配置していた武具を蹴散らしながら降りてきた破壊神を前にしては、出かかった糾弾の言葉が詰まるのも無理はないだろう。

 

 傍若無人とはこの者の為にあるようなもの。

 

 そんな彼女の侵入を皮切りに、乱入者を除いて周りの空気が凍てつくような感覚に陥る。

 紛れもなく乱入者によるものであることは明白。

 そんな彼女を前に、誰もが彼女の一挙手一投足に固唾を呑んだ。

 

 

「萃香殿。これで屋敷を壊すのは何度目になるんじゃ」

 

 

 一時の静寂に包まれようとした中、その均衡を崩そうと天魔が彼女の名を呼ぶ。

 

 

「あ〜? 細かい事は良いんだよ。それより私を抜いて何やら楽しそうな事やろうとしてるよね?」

 

 

 先程まで余裕を見せていた八雲紫から笑みが消えた。

 

 ______こいつはやばい。

 

 彼女の全神経が警告している。

 

 それもその筈。

 先程まで強気となっていた天魔含む天狗達が態度には見せずとも明らかに萎縮している。

 紫の見立てからしても、後方にいる天狗達の大半の妖力は大妖怪並若しくは片脚を踏み込んできているような猛者ばかり。

 にも関わらずまるで怒られた後の大型犬の如く縮こまっているのだ。

 周りの反応何より自身の直感が、眼前に降り立った角の生えた幼女が、化け物以上の化け物である事を証明している。

 

 

「あんた、八雲紫っていうんだっけ。縁起良い姓してるね。自分で付けたの?」

 

 

 警戒する八雲紫にお構いなく、萃香と呼ばれた少女が話し掛ける。

 萃香は態々話し飽きた天魔と無駄話をしに来たわけではない。

 妖怪の山を瞬刻のうちに震撼させた張本人に会いに来たのだ。

 

 

「……ええ。海を越えた地でとある経験を経てから名乗るようにしてるわ」

 

 

 それを理解している八雲紫は警戒しながらも応答する。

 

 

「だ〜から異国の服を着てるのか。もしかして西洋の妖怪?」

 

「いいえ、妖怪となったのはこの地よ。そこで生斗に会ったの。因みにこの前掛けは私が手編みして作ったの。似合うでしょう?」

 

「あっそうだった。あんたの服なんかの事はどうでもいい。それより生斗との出会いを____」

 

「おい、一旦話をやめてくれんか」

 

 

 話が乗りそうなタイミグで、天魔の制止させる声が屋敷に響き渡る。

 

 

「話に耽る前に、奴は天狗の心臓部まで侵入してきた不届き者じゃ。相応の報いを受けさせる必要があるじゃろうて」

 

「あ〜? そんなこと?」

 

 

 面倒臭そうに首だけを捻って天魔の方へ振り向く萃香。

 だが、何かを思いついたのかそれは笑みへと変わり、天魔の不安を仰ぐ結果となる。

 

 

「それじゃあこいつと私がサシで勝負。それで良いよね?」

 

「「「「!!!!」」」」

 

 

 萃香以外の全ての者が驚愕する。

 この山の頂点たる鬼の総大将との一騎打ち。この山にいる鬼以外の生物からすればそれは拷問以上の所業。

 天魔ももしかしたらと危惧していたが、やはりかといった感じで額に手を当てため息を付く。

 

 

「これは天狗とその者の問題。萃香殿が態々出る幕じゃないじゃろ」

 

「この山に侵入してきた時点で私も関係してるでしょ。誰のもんだと思ってんの」

 

 

 苦しい言い訳だったかと苦笑いを浮かべる天魔。

 天狗の長が押し黙った時点で、この場で萃香の進言に申す者は存在しない。

 

 

「そういう事だ。観念しな」

 

「……」

 

 

 皆は想像したことがあるだろうか。

 縛られて怪我している中、獣ひしめく野原へ放り出される恐怖を。

 丸腰の状態で戦艦の砲口を向けられている絶望感を。

 それが他者であったとしても感じるものであろう。

 

 それに類似したこの状況。

 萃香からの投げ掛けに、八雲紫は扇子を取り出し口元を隠し____

 

 

「貴女の名前。改めて伺っても?」

 

「んっ?」

 

 

 ____彼女の名を問い掛けた。

 

 素っ頓狂な質疑に萃香は呆気に取られながらも口上する。

 

 

伊吹萃香(いぶきすいか)。これからあんたをぶちのめす鬼の名だよ!」

 

 

 両拳をぶつけ、臨戦態勢に入る萃香。

 その姿を見て、紫は扇子を隠した口元には笑みを溢した。

 

 

 

「伊吹萃香さん。意気軒昂のところ申し訳ないのだけれど____この八雲紫の手で、無様に這いつくばってもらいますわ」

 

 

 ____瞬間。

 玉座の間を囲い込むように無数の空間の割れ目が発生する。

 

 

 

「くくっ、言うじゃん!!」

 

「ちょ、待つんじゃ____」

 

 

 

 妖怪の山で異常事態が発生した昼下がり。

 

 それから一刻も経たぬ内に、天狗の長の屋敷は跡形もなく破壊された。

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