東方生還記録   作:エゾ末

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漆話 越えるべき壁

 

「巫山戯てるのかい」

 

 

 妖怪犇めく山中で、ある者の低い声が木霊する。

 

 

「なにが?」

 

 

 相対する鬼は心当たりがある様子だが、敢えてしらばっくれ、ある者の怒りを増幅させる。

 

 

「そんな状態で私に勝とうだなんで、流石のあんたでも甘く見すぎじゃないか?」

 

 

 低い姿勢を取り、今にも突撃せんとするある者。

 今にも戦闘が始まりそうな中、鬼は呑気に酒を呷いだ。

 

 

「勝とう? あんた、な〜にか勘違いしてるね」

 

「あん?」

 

「勝ち負けじゃ無いんだよ_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __互いが死力を尽くし合える戦いこそが至高なのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 −−−

 

 

「っ!」

 

「そんなもんかい!!」

 

 

 私の弾幕を物ともせずに肉薄してくる伊吹萃香。

 "隙間"を駆使し、汎ゆる角度から弾幕を張るが、そのどれもが彼女には通用しない。

 

 おかしいわね。並の妖怪なら妖弾一発で致命傷を与えられる威力を有しているのだけれど、鬼の身体にはかすり傷程度しか効いていない様子。なんならその傷も次の一発が着弾する前には完治している始末。

 

 驚異的な生命力と強靭な肉体。

 圧倒的身体能力で他者を蹂躙する妖怪だとは度々聞いていたし相対してきたけれど、彼女ほどそれが顕著に現れる鬼は居なかった。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 伊吹萃香が私の元まで肉薄し、正拳突きを繰り出してくるが、その拳の行き先に"隙間"を開け、彼女自身の蟀谷(こめかみ)へ直撃させる。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 だが、それでも止まらないのが伊吹萃香という鬼。

 自身の殴打で横に一回転しながらも、彼女の腕と黄色玉の分銅を繋いでいた鎖で私の腕を絡ませ、"隙間"による回避を阻害し、回転を終えた萃香は再度私に向かって肉薄する。

 

 

「残念」

 

「!!」

 

 

 "隙間"をただの空間移動するだけの代物だと勘違いしているようだけれど、これは()()()()()()()

 私以外でその境界を繋ぎ止めることは何人たりともできないのよ。

 

 

「くくっ、中々やるね」

 

「どういたしまして」

 

 

 鎖を切断するために自身ごと"隙間"の中へと入り、伊吹萃香から離れた位置まで退避する。

 

 

「(もうこの手は使えないわね)」

 

 

 正直接近戦で彼女を相手にするのは分が悪い。

 "隙間"の開閉を妨げられない事を知られていなかったからこうも容易く距離を取ることができただけ。次からは安易な逃げは確実に狩られるでしょう。

 

 この戦闘において適切な距離で近づけさせない事が肝になってくる。

 相手はその逆。如何にして私の遠距離攻撃を捌き、接近戦に持ち込むかに掛かっている。

 

 私には生斗から聞いた知識がある。

 

 伊吹萃香の妖術__『密と疎を操る程度の能力』。

 自身を含む汎ゆる物質や精神を集め、散らす事が出来る汎用性の高いその能力は、その気になれば生物を触れずに粉微塵にすることも容易だろう。

 

 この戦いは避けられないし覚悟してこの山へと訪れた。

 

 私が掲げる()()()()()を達成するには、此処は避けては通れない道程なのだから。

 

 

「ここで私らが暴れちゃこの山が持たないね」

 

「ええ。そうね」

 

 

 辺りを見回した伊吹萃香が溜息を吐く。

 それもその筈。

 初手で全方位に"隙間"を展開し放った光線群に、伊吹萃香がそれを打ち破る為に妖力と空気を圧縮して放った炸裂弾により天狗の長の根城が崩壊。

 そのまま間髪入れずに弾幕を張りながらある程度距離を移動していたけれど、まだまだ妖怪の山を抜けられていない上、そこまでの通り道は災害でも遭ったのかと錯覚してしまう程酷い有り様。

 妖怪達の住処をこれ以上荒らすのは私とて憚られる。

 

 

「んじゃ! ちょっと離れよっか!」

 

「!!?」

 

 

 眼前には突如として現れた巨大な掌。

 軽く私の背丈を凌駕する程大きなその掌は、私を包み込んだかと思えば、既に私は途轍もない衝撃波と共に宙を舞っていた。

 

 ____これは……投げ飛ばされた!? 

 

 

「成長期かしら!!」

 

 

 地上へと眼を向けると既に私を追い空へ浮遊している伊吹萃香が視界に入る。

 だが先程までの幼女のような背丈とは違い、二十尺程の大きさにまで巨大化していた。

 

 

「捕まえた!!」

 

「うっ!」

 

 

 自由落下はさせじと"隙間"を落下先へと展開し空間移動する。

 

 しかし、やはりというべきか伊吹萃香は対応策を練っていたようだ。

 

 ___八十五年前。月の民が私の能力の残穢を辿ろうとしていたように、相応の実力者は気の起こりを察知できる。

 

 伊吹萃香も言わずもがな歴戦の実力者。

 

 突如として起きた事柄に焦って安易な隙間避けにて移動した直後、伊吹萃香の分身体三人に身体を拘束されてしまった。

 

 ここまで密着されてしまったら、"隙間"での遮断は出来ない。

 

 

「あんたはこの攻撃が耐えられるかい?」

 

 

 分身体を巻き込むように巨大萃香が私に向け殴打を繰り出す。

 

 ……この攻撃を受ける訳にはいかないわね。

 

 これはもう少し手札として温めておきたかったけれども、そうも言ってられる状況でもない。

 

 

「あれ?」

 

 

 伊吹萃香の攻撃が空を切る。

 私が避けた訳では無い。彼女自身の()()()()()()()からだ。

 

 

「こりゃあんたの仕業だね。何をした?」

 

「貴女程の実力者相手だから少し苦労したわ」

 

 

 密と疎。なんて分かり易い境界なんでしょう。

 恐らく彼女は能力を操って自身を巨大化と分身をしていた。

 密と疎を同時に繰り出す高等技術である筈。けれども、その境界を無くせば一つの生命体へと戻るのは当然の摂理。つまり、彼女は能力を使う前に戻されたと言うこと。

 

 

「(触れることによって能力の解除が出来る……? まあ、いいや。取り敢えずそういう事が出来るって事だけ分かったのは収穫だ。それに___)あんたの能力、効果範囲に制限があるでしょ」

 

「どうかしらね」

 

 

 卒無く返答したが、内心私の心情は穏やかではない。

 ……何故分かった? 

 まさか彼女は他でも能力を発動していた? 

 

 私の能力の唯一の弱点。

 効果範囲は年々伸びてはいるが、私の能力が干渉できる範囲には限りがある。条件を満たせば擬似的に効果範囲を伸ばせることは出来たりもするが、その条件も常日頃から戦闘で使えるような代物でもない。

 勿論効果範囲内でしか"隙間"での移動も出来ないし、相手が自然現象以上の実力者相手だと直接触れるか触れられていないと干渉する事も出来ない。

 

 そこまで把握されたとなると殴られた方がまだマシだったかもしれない。

 

 

「……面白くなって来たわね」

 

「ああ、私も今思ってたところだよ」

 

 

 こんな短時間での戦闘でこうも考えさせられるのは初めての経験だ。

 これはお互いがどれだけ相手に有利な手札があるかの勝負。

 何方かがその手札を尽きた時、敗北を喫することになるだろう。

 

 

「さあ、酒池肉林を超える甘美な闘争を続けようじゃないか!!」

 

「冷酷無情な死闘の間違いでしょう!」

 

 

 有利はまだ私にある。

 ここで敗けないために私は海を渡って修行してきたのだ。

 生斗からは海を渡る前に妖怪の山を訪れた方が良いと言われたが、話を聞いた限り明らかに私の方が正しかったわね。

 

 こんな相手、昔の私じゃまず相手にならなかったもの。

 しかし、今の私なら乗り越えるだけの力がある。

 

 

 伊吹萃香。貴女を超えてさせてもらうわよ____

 

 

 

 

 ____だが、この時の私はまだ知らない。

 

 伊吹萃香が、あまりにも傲慢な切り札を隠し持っていたことを。

 

 

 

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