東方生還記録   作:エゾ末

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玖話 鬼に鬼二人

 

 

 陽の光が大地を紅く染めあげる中、妖怪の山の遥か上空では未だに鬼の頭領と隙間妖怪との激闘が繰り広げられていた。

 

 

「はぁ、はぁ……ふう」

 

「息が上がるのが早いんじゃない」

 

「はぁ……折角の一張羅なのに」

 

 

 自身の怪我よりも、お気に入りの前掛けが破れ去ったことを悔やんでいる様子の紫。

 

 

「そんなもん、これが終わってから縫い直せば済む話だろ?」

 

「あら、生かしてくれるの?」

 

「それはあんた次第だね!」

 

 

 萃香は手元へ岩石を集結させ、そのまま紫へ投擲する。

 その大きさは凡そ百尺を優に超えており、直撃すれば致命傷は必至。

 

 

「こんなものかしら」

 

「まだまだ!!」

 

 

 それを隙間で回避することもなく正面から妖弾で破壊する紫。

 正面突破された萃香は負けじと両手に先ほどと同サイズの岩石を集め、投擲する。

 

 

 紫と萃香の中で選択肢が徐々に狭く、そして深くなっていく。

 

 隙間で避ければ気の起こりを察知でき、且つ大気中に漂う萃香に捕捉される。しかし萃香は紫の手に触れられれば能力が解除される。それは先で戦闘を繰り広げられた中で起きた事柄。

 対策を行わずに隙間で避ければ同様の事が起こったであろう。

 結論から言えばそうなった場合有利に働くのは萃香である。

 逃げ先を捕捉できるのであれば対策は容易。

 その場合紫はダミーの隙間を複数出すという手もあるが、攻撃以外での隙間は逆に利用される恐れもある。

 

 詰将棋の如く、各々の戦略が狭まっていく。

 

 これができ、あれはもうできない。それはまだ応用の余地があり、あの行為は試す余地すら無い。

 

 新しい戦術も、派生させた戦術も、相手を出し抜けなければ意味がない。

 

 それだけこの戦いの領域は至上のものなのだ。

 

 

「バレたか!」

 

「攻め方が雑になってきたんじゃないかしら」

 

 

 投擲した岩石の裏に潜み、紫へ肉薄を試みたが、妖弾の集中砲火を受けたため断念する。

 

 

「雑で良いんだよ。それが通れば立派な上策さ!」

 

「愚策ね」

 

「愚策にさせてくれよ、紫!!」

 

 

 愚直に、ただただひたすらに真っ直ぐに。

 萃香は紫に向かって突進する。

 

 音速を超え、質量を有した萃香の周りにはソニックブームが巻き起こる。

 

 並の妖怪であればその衝撃波だけで祓われることだろう。そして大妖怪とて、突進が直撃すれば同じ一途を辿る事になるのは必至。

 

 萃香の理屈を暴論と評すのであれば、その行為を正当化させる訳にはいかない。

 だから敢えて彼女は自身の理屈を通す為、ましては紫の理屈を捻じ曲げる為に、猪突猛進に打って出たのだ。

 

 

「撤回なんてしないわ。貴女のその行為は、汎ゆる戦術を開発してきた先達者への侮辱でしか無いもの」

 

 

 突進経路上へ隙間を展開する紫。

 その転移先は地面であり、萃香を地表深くまで突き刺す目論見であった。

 しかし、ここに来て紫は一つ、大きな間違いを犯していた。

 

 伊吹萃香は一言も、()()()()()()()()()()()()とは明言していない。

 

 

「!! ____無茶苦茶ね」

 

 

 超スピードを保ったままの霧散。

 紫の隙間を粒子状となって避けた後再集結した萃香はぼろぼろの状態となっていた。

 音速を超える速度。

 粒子状となり耐久力が大幅に低下した状態では、幾ら鬼の肉体と言えども到底耐えられる代物ではない。

 

 それでも尚、肉薄を続ける萃香。

 

 負けじと紫は幾つもの隙間を展開する。

 

 それを又も霧散しながら避け続ける。

 

 全身から血と酒が溢れ、身に纏う衣服が紅く染まっていく。

 

 何故身を捩って避けない。

 何故減速しない。

 何故態々自傷行為とも取れる行動を続けるのか。

 

 到底理解し難い行為に頭を混乱させる紫。

 

 

「(なんて生物なの…………伊吹萃香!)」

 

 

 自らの意思を通す力。

 誰が見ても馬鹿げた理屈であっても___それが例え身を滅ぼす代物であっても、押し通すのが伊吹萃香という鬼の本質。

 その片鱗に触れ、紫は妖怪の山に来て初めて身震いする。

 それは恐怖によるものか。

 興奮によるものか。

 はたまた我儘の究極形に、畏敬を意を評したが故か。

 

 

「貴女の身勝手、討ち破らせて貰うわよ!」

 

 

 ここに来て初めて、紫自らが萃香に対して肉薄する。

 手には生斗から譲り受けた妖剣を携え、覚悟を決める。

 

 

「(剣助かい! 相手にとって不足ないね!!)」

 

 

 旧友の刀を目にし、萃香は数瞬の驚きを見せつつも、肉薄する速度を落とさない。

 

 

 これまで幾度もの強者を屠ってきた妖剣『剣助』。

 

 鍔迫り合いとなれば相手の刀が容易く折れ、触れた相手を豆腐の如く斬り裂く無慈悲の刃。

 

 使用者の力を吸い取り、刃毀れすらも自己修復するその妖剣は、これまで斬れぬもの等存在しなかった。 

 

 

 相対するは、これまた幾度の強者を屠ってきた鬼の頭領の拳。

 加減無しで放たれたその拳は防御不能の必殺の一撃。

 恐らく生斗を打ち倒した綿月隊長でさえ、まともに受ければ一撃で戦闘不能となる恐れがある。

 

 

『最強の”矛“』対『最強の”矛“』

 

 

 互いが最強を持て余してきた称号を掛けた一戦。

 その勝敗の行方が目前まで迫る。

 

 

「「!!!」」

 

 

 その衝突はまるで時が止まったかの如く無音で、事を終えた萃香は減速し、互いが背中合わせとなる位置で静止する。

 

 

「愚策だったかい」

 

「いいえ、上策よ」

 

 

 欠けた刀身を見て、紫は返事をする。

 剣助を握られていた右腕は何重にも砕け、握る力もなく、折れた最強の矛は地へと堕ちていく。

 

 

「それでも、私の勝ちよ。()()

 

「ほんと、生斗の宝物を雑に使ってさ。あいつが知ったら泣く、よ……」

 

 

 声音に覇気がなくなり、その場で動かなくなる萃香。それは紫からの直接的な攻撃が要因である訳ではない。

 

 紫が操ったのは、『夢と現の境界』。

 

 剣助を囮として萃香の頭部へ直接触れ、最大火力で能力を発動させたのだ。

 

 萃香程の実力者であれば瞬時で解かれていたであろう。

 だがそれは紫の能力を知った上で、かつ現実の境に対して想定した場合に限る。

 

 攻撃時に生じた最大の隙を、想定外な精神干渉で無力化する。

 紫が萃香に対して能力を誤認させるように仕向けたのもこの布石にするためだったのだ。

 

 

「……流石としか言い様がないわ。あの一瞬で私の思惑を勘付ついていたのだから」

 

 

 萃香が夢へと誘われる間際の発言。それは紛れもなく紫が能力を発動させた事を認知していたことに他ならない。

 そして、認知していたということはつまり____

 

 

「おはよう」

 

「もう少し寝てても良かったのに」

 

「そうもいかないね。夢よりも楽しい現実が眼前にあるんだから」

 

 

 先程の戦闘で負った傷が今では既に完治し、服に滲んでいた血は空中へと散っていく。

 

 

「お洗濯に便利ね、その能力」

 

「良いでしょ。風呂いらずってね」

 

「風呂には入りなさいよ」

 

 

 軽口を叩きつつ、二人は戦闘態勢へと移行する。

 

 

「知っていると思うけれど、さっきので私の一勝だから」

 

「ああ、分かっているよ。だから早く負債を取り返さなきゃね」

 

 

 夢と現の境に誘われていた萃香は数秒間身動きが取れなかった。

 その隙さえあれば紫は彼女を塵芥にすることが出来る。

 そしてそれに抗う術を萃香は持ち合わせていなかった。

 だからそこの決着。

 だと言うのに二人が戦闘を止める気配がない。

 

 紫は理解していたのだ。

『萃香が満足するまで、この戦いは終わらない』のだと。

 

 

「ここからは小細工は無し。これから能力を貴女だけでなくこの遍く環境にも利用させて貰うわ」

 

「どうぞご勝手に。その全てに適応してみせるから」

 

 

 紫が扇子を構える。

 手の内を晒し続け、能力の隠蔽も恐らく萃香に露呈した。

 ならばもはや制限する必要もない。

 

 空と地。地と海。空と海。固体と液体。液体と気体。

 汎ゆる分子にも境界が存在する。

 

 そこに境界が無くなった時、それは一つの新たな空間が生まれることであろう。そしてその空間に生物が生きていられる保証は無い。

 それでもきっと、萃香なら事もなしげに適応するのだろう。

 それ程までに彼女には”凄み“があった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 一触即発な最中、一時期の静寂が訪れる。

 だがそれは、遥か低空から吹き飛ばされてきた()()()()()()()によって破綻することとなった。

 

 

「うわっと!?」

 

 

 勢いに留まることを知らないもう一人の萃香をなんとか受け止め、体勢を整えさせる萃香。

 

 

「いやぁ、流石に()()だけじゃあんたには敵わないか」

 

「!!」

 

 

 半身。

 その発言を聞き、紫の顔は驚愕の色に染め上げられる。

 

 

「(先程まで戦っていたのは、半身だけだったというの……?)」

 

 

 紫自身、能力の制限をしていたとは言え、妖力を使い切る勢いで事に挑んでいた。

 だが相手は力の半分を別に割いていた事実に、軽い立ち眩みさえ覚える。

 そして理解する。何故萃香が能力の範囲に限りがある事を瞬時に見抜いたかを。

 

 

 ”萃香は私とは別に、他の誰かと戦闘を繰り広げていたのだ。“

 

 

「この私に、半身で勝てる道理なんてないだろう」

 

 

 そしていつの間にか姿を現し、腕組みをしていたのは、額に立派な一本角を生やした鬼の四天王が一人_____星熊勇儀であった。

 

 

「にしてはボロボロじゃないか」

 

「服が軟弱なだけさね____んで、もう一人の相手はその嬢ちゃんって訳かい」

 

「紫っていうんだ。強いよ」

 

 

 意図せず三竦みとなったこの状況。

 その中で唯一理解の遅れた紫は、その失態を隠すように扇子で口元を覆う。

 

 

「八雲紫と申しますわ」

 

「へえ、紫ね。少なくとも萃香の半分の力に抗えるだけの力はあるんだね。こりゃあ期待できそうだ

 

「ねえ、挨拶なんてその辺でいいでしょ」

 

 

 萃香の発言とともに、二人は瞬時に異変を察知し、発言主の元へ視線を向ける。

 半身と合体し、本来の力を取り戻した鬼の頭領。

 それを見せつけるように、禍々しい妖力が妖怪の山を包み込む。

 

 

「(いつ見ても化け物だね……!!)」

 

「(……)」

 

 

 紫は、圧倒的な妖力を前に一時の記憶が生起されていた。

 

 

『済まないが、私は君を退治しなければならない』

 

『では、さらばだ。紫君』

 

 _____

 ___

 _

 

 

『紫、すまん。来るのが遅くなった』

 

 

 成す術なく討ち破られ、自信の無力さを痛感したあの日。

 二度とあのような雪辱をしまいと努力してきた。

 その集大成を見せる機会が、今眼前に現れたのだ。

 

 

「ふふっ」

 

 

 場違いとも取れる笑みが紫の口元から溢れる。

 

 その姿を見て、萃香は満面の笑みで返した。

 

 

「さあ! 盛者永劫を生きる強者共よ。私を超えてみな!!」

 

「汎ゆる驚天動地を見せてあげるよ!」

 

 

 其々が戦い冗句を口にしていく。

 

 そして____

 

 

「無間を生きる鬼達よ。貴女達の常識、一切合切を今、この場で覆してあげるわ!」

 

 

 

 紫の口上を口にした瞬間、再び妖怪の山の上空で大爆発が巻き起こった。

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