東方生還記録   作:エゾ末

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拾弐話 穢土の人間

 

 謎の空間で目覚めて一週間。

 おれはここでの異常さに違和感を覚えていた。

 

 

「眠くないし腹も減らない。これ、人として大丈夫なのか」

 

 

 人としての三大欲求が抜け落ちたかのように、身体に変化の起きないある意味異常な状態となっている。

 こんなにもない空間、普通なら精神的にもきつくなる筈。だがそれすらも感じず、ただただ心地の良いふわふわした感覚が続いている。

 

 

「もしかしてグラサンが外れてしまったのにも関係あるのか」

 

 

 命三つ分の霊力も感じないし、どうなってるんだろうな。

 ほんと、ここ自体が夢の世界みたいだ。たまにサグメさんが様子見に来るから夢でないことは確かなんだが。

 

 

「噂をすれば____」

 

 

 眼前に狭間が出現する。

 いつもサグメさんが入ってくる時と同じで、今日も今日とでただ様子見に数分程度ここでじっと見てくるのだろうと考えていた。

 だが、姿を現したのは片翼の美少女ではなく____

 

 

「ツクヨミ、様」

 

「やあ、久しぶりですね。生斗」

 

 

 手を軽く上げ、親しげに挨拶をしながら入ってきたのは、昔おれが家に入り浸るほど親しみを持ち、唯一尊敬する神____ツクヨミ様であった。

 

 

「本当にすいませんでした! ツクヨミ様!!」

 

 

 先程までだらしくなく横になっていた体勢を即座に正し、御神に向けおれは土下座して謝罪の意を述べた。

 

 

「おれは、おれは…………」

 

 

 話したいことが山程あったのに、出てくるのは謝罪ばかり。

 綿月隊長に刃を向けたこと。

 ツクヨミ様の分身を旧都の爆発に巻き込み消滅させたこと。

 月に行くのがここまで遅くなってしまったこと。

 これまで皆に再会することを夢見て、幾度となくシュミレーションをしてきた。

 それなのに、謝罪以外の言葉が栓がされたかのようにでてこない。

 

 

「ふふ、君らしくないですよ」

 

 

 布が擦れる音が此方まで近づいてくる。その音が近づいてくるにつれ、心臓の鼓動が速くなっていく。

 

 ドクンドクンドクン

 

 心臓の音が煩い。

 いちいち動揺する歳でもないだろうに。

 いや……一度は諦め、そして今の今まで探し続けた人が今、眼前まで迫ってきている。

 動揺しないほうが可笑しい。

 

 

「顔を上げてください」

 

「……」

 

 

 布が擦れる音が、下げたおれの頭部の前で止まる。

 

 頭を上げる。

 別れる前のおれであれば簡単にできたであろう。

 だが、今のおれじゃできそうにない。

 まるで数十トンの重りが身体全体に伸し掛かったように、顔を上げることすら拒まれてしまう。

 

 

「____生斗」

 

 

 怖い……そう怖いんだ。

 恩を仇で返してしまった。

 月移住時に自分がした行いに悔いはない。けれども、結果的にツクヨミ様を利用した上で兵士を多く死なせた。

 月の情勢にツクヨミ様が必要以上に関与していないのも、以前におれに託して失敗したことで人間に落胆したからなのかもしれない。

 ここに来たのも、きっとおれとの決別を______

 

 

「おかえりなさい」

 

 

 ____一言。

 心地の良い声色で響いたその()()を耳にした瞬間、おれは顔を上げていた。

 

 映る眼には慈悲深く笑みを零すツクヨミ様の姿。

 そして____

 

 

「もう、待ちくたびれましたよ」

 

「す、すいま、せん」

 

 

 ツクヨミ様の腕に優しく包まれたおれは、年甲斐もなく頬に伝う雫が止まらない。

 

 ____漸く会えた。

 何百年という年月、ツクヨミ様達からしたら億年の年月を経ての再会。

 月を眺める度に思い出していた皆。最早朧げとなったその姿見も、再会とともに鮮明に輝き出す。

 

 

「取り敢えず、離れてもらってもいいですか」

 

「ふふ、良いんですか」

 

「……ツクヨミ様の衣服を汚すわけにはいかないですよ」

 

 

 そうだ。ツクヨミ様は憎たらしい程に美男子で、憎たらしい程に優しい方だ。

 

 おれの汚い涙で己の装束を汚される事を解った上で、抱擁をしてくれているのだ。

 

 

「それじゃあ離れますよ…………これは想定外ですね」

 

「ずびばぜん」

 

 

 ツクヨミ様が離れると、おれの鼻から出てきていた粘膜がべっちょりと糸を引き、未だにおれとツクヨミ様とを繋いでいる。

 

 なんとか拭こうとおれはドテラを脱ぎ、拭き取ろうとするが、ツクヨミ様がそれを制止し、自身のハンカチでおれの鼻水を拭う。

 

 

「これぐらいは想定内ですよ。昔の君ならついでに私の衣服にくしゃみまでしてました」

 

「そこまで失礼じゃないですよ」

 

「神の間でポテチ食べてた無礼者が何を言うんです」

 

 

 あれ、何気に根に持ってたんだ。

 そういえば床にボリボリ食べかすを落として怒られたっけな。

 

 

「そんな話は良いんですよ! なにはともあれ無事再会できたんです。積もりすぎて一つの大陸になるくらい話があるんです! 今日は寝かしませんからね!」

 

「話を逸らしましたね! 君はいつも都合が悪くなると話を逸らそうとする! 積もる話の前にその変わらない性根を叩き直すところから始めますからね!」

 

 

 やってしまった。

 ツクヨミ様の説教とんでもなく長いの思い出した。

 あんな感動的な再会して数十秒で説教タイムに突入するなんて、ほんとは最初からそのつもりでツクヨミ様ここに来たんじゃないだろうか……? 

 

 

「ほら! そこに正座!」

 

「はいぃ!」

 

 

 この後、綿月隊長の件も含めて過去最長の10時間に渡る愛のお説教を受けたのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「そういえば」

 

 

 お説教も一段落終わり、ツクヨミ様は自身が持参した茶菓子に舌鼓を打っていると、何かを思い出したかのように彼が声を上げる。

 

 

「生斗にこの空間の事を話していませんでしたね」

 

「この空間ですか?」

 

 

 茶菓子を食べさせてもらうことすら出来ず、軽く拗ねながら足を揉んでいたが、ツクヨミ様がこれまで謎でサグメさんからもはぐらかされていたこの心地の良い空間について言及し始めたため、揉んでいた指を止める。

 

 

「この空間は綿月司令の別荘である『竜宮城』の原型となった場所です」

 

「竜宮城_____ってなんですか」

 

 

 いや、元の世界でなーんか聞いたことがある気がするんだが、その辺りは何故か記憶が曖昧になんだよな。自分がどのような環境でどのように過ごしたかは覚えているのに、歴史絡みの知識が靄がかかったかのように曖昧で殆ど抜け落ちている。

 恐らく、竜宮城もその類いの代物なのだろう。

 綿月隊長の別荘って言ってたけど、そんな大それた名前の家持ってるのかあのゴリラ。

 

 

「海の楽園、と言えば適切でしょうか。竜宮城は穢土の特殊な磁場が生じた海底にある場所です」

 

「穢土って、地球の事ですか」

 

「気に障りましたか……?」

 

「いえ、そんな事で目くじら立てませんよ」

 

 

 地球の事を穢土と呼ぶのは蔑称でもなく、月の民からしたら事実以外の何物でもないから。生物の営みに溢れた地上は月の民にとっては毒でしかない。だから副総監や輝夜姫の流刑が成り立った。

 環境の違いや特性について違いに対してつっかかたところで暖簾に腕押しでしかない。

 それは妖怪の山で散々味わった。

 

 

「綿月隊長の別荘って地球にあるんですね。その事にちょっと驚いたんです」

 

「よかった。捉え方によっては侮蔑の言葉と成り得ますから____話を戻すのですが、竜宮城は特殊な磁場の影響により、地上との時間の流れが著しく異なります」

 

「具体的には?」

 

「竜宮城内で過ごした時間の100倍の時間が地上では経過しています」

 

「なんですかその馬鹿が考えたような数字は」

 

 

 100倍て。たった4日過ごしただけで1年以上経過する計算になるぞ_____ちょっと待てよ。

 

 

「ツクヨミ様、さっきこの空間は竜宮城の原型となった場所って言ってましたよね。それってつまり此処も特殊な磁場で外と100倍の差があるってことですか?」

 

「……ええ、半分正解です。確かに此処は特殊な磁場は出ていますが、時の流れ()外と変わりませんよ」

 

 

 ツクヨミ様の回答により、詰まっていた息が勢いよく外に流れ出る。

 あ、あっぶね〜。おれが目覚めて1週間、なんなら目覚める前も含めたらもっと長い期間この空間で過ごしている。

 竜宮城とやらと同じで100倍の時間が流れているのであれば、外はもう2年近く経っている事になる。

 

 

「この空間は世界の時ではなく、()()()()()()()が外界と異なるのです」

 

「生物の時の流れ?」

 

 

 世界の時の流れと生物の時の流れって、何が違うのだろうか。

 

 

「正確には生命活動です。君自信の身体の異常がそれを証明しているはずですよ」

 

 

 身体の異常____めっちゃある。

 眠気も食欲も無く、排泄の気すらしない。そして何よりも、ツクヨミ様やサグメさんのように誰かこの空間にいる時以外、思考が鈍るところだ。

 なにもない空間で寝ることすらしていないのにいつの間にか時間が経過しており、一日に一度のサグメさんの経過観察の時間が来る。

 正直彼女が来なかったら1日が経過した事さえ認識出来ていなかっただろう。

 

 

「……つまり、この空間は地上と比べて100倍の時が流れていると」

 

「いいえ逆です。君の身体は外界と比べて10,000分の1の時しか流れていません」

 

「は、はい?」

 

 

 1、10,000分の1? 

 なにそれ、桁もなにかもインフレさせに来てるじゃん。

 それってつまり、おれの肉体は外だと1週間経過していたとしても1分ちょっとしか経っていないって事だろ。

 道理で食欲とかが湧いてこないと思った。

 ……いやでも待てよ。

 

 

「それじゃあなんでおれはツクヨミ様達とこうして話ができてるんです?」

 

「よく気付きましたね」

 

 

 おれの肉体が現実世界でそんなに鈍くなっているのであれば、普通に話せているのは可笑しい。

 おれの肉体が対象なら、思考を司る脳も10,000分の1しか機能しない筈だ。

 

 

「簡単です。月の技術はこの空間の磁場を操る技術を有しているのですよ。生斗の思考能力と必要最低限の運動能力を残したまま肉体の()()を遅らせる事ぐらい訳ありません」

 

「は、はえ〜」

 

 

 月の科学力ってすげ〜。

 おれの疑問を技術力という暴力で打ち破ってくる。

 

 

「そうか。月の民からしたらこんな非生産的な空間は懲罰房みたいなもの。だからここにおれは罰として幽閉されてるんですね」

 

「建前はそうですね」

 

「建前?」

 

 

 複雑そうな面持ちで、そう語るツクヨミ様。

 建前だなんて、罰であることが全てではないということか。

 でも、それで苦虫を噛み潰したような顔をするなんて、もしかしておれにとって他にも不利益な理由があるんじゃないだろうか。

 

 

「生斗、君はどこまでも穢土の人間としてしか生きられない呪縛に掛かっている」

 

「そりゃそうですよ。おれが神や妖のように見えますか?」

 

「いいえ全く。純粋無垢で無慈悲にも()()()()()でしかないですよ」

 

 

 さっきから含みのある言い回しをして、ツクヨミ様は何を言いたいのか。

 

 

「この空間を閉じ込める罰を命じたのは私です。そしてそれは、君の為だと思っての行動だと断言できます」

 

「ツクヨミ様……?」

 

 

 姿勢を正し、正面にいるおれを真っ直ぐな眼で見やるツクヨミ様。

 含みのある言い方といい、次に畏まってどうしたのだろう。

 

 そうツクヨミ様の言動に違和感を覚え始めたその時________

 

 

「君は今、穢土の人間と同程度の寿命しかない、ただの人間なんですよ」

 

「はっ?」

 

 

 耳を疑うような冷酷な事実を、ツクヨミ様の口から告げられたのだった。

 

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