「君は今、穢土の人間と同程度の寿命しかない、ただの人間なんですよ」
寿命が、あと数十年しかない……?
ツクヨミ様から受けた衝撃発言に、おれはありえないと反射的に否定の言葉が出かけたが、これまでの御神の発言もとい自身に起きた異変を鑑みるに、完全には否定できない。
グラサンが外れたことを始め、命三つ分の霊力の消失、目を瞑れば見れた蝋燭の光景が見えない、そして何より_____これまで感じていたグラサンの神力が感じられなくなっていた。
この空間によるものだろうと、目を背けていた事象も、ツクヨミ様の発言からここから出た所で解決する話でもないだろう。
でもどうやって。そしてなんでそんな事を……
「生斗、君の能力は生物の理を外れ、そして穢れを多く含み過ぎていました。この地に立ち入るには、こうするしか無かったのです」
「こうする、とは……?」
おれの疑問を見透かすように、ツクヨミ様は淡々と応えていく。
「君のその特殊な能力は魂を変質化させて出来たものです。それだけでは肉体と魂が反発しあい肉体は消滅するのですが、それを君のそのサングラスに宿る神力で無理矢理繋ぎ止めていたんですよ」
「えっ、グラサンがそんな役割が」
この地に転生してこの方、そんな役割があっただなんて知らなかった。神も教えてくれなかったし。
いや、それよりも____
「もしかしてグラサンが外れたのは……」
「順を追ってお話しますよ____サングラスが外れたのは僕がその神力を取り払ったからです」
「えっ、じゃあ一回おれの身体は____」
「はい。一度消滅しました」
頭が痛い。
さっきからおれは現実の話を聞いているのだろうか。
今のこの身体が有るってことは、元々の能力的に一つ命があったから再生されたのか? それでも魂の変質化とやらを繋ぎ止めるための力が無くなったとすればそれが正常に働くとは思えない。
聞く限りじゃ、ツクヨミ様がこのグラサンを外した時点で、おれの能力は破綻している。
「肉体が消えても魂はその場に残り、時間とともに冥土へと誘われます」
「それ、一般的に死と呼びますよね?」
「ええ、だから月の都とは違うこの空間で施術をする必要がありました」
生物学的な死は月の民でいう所の穢れに該当する。
月の都ではないにしろ、そんなリスクを負ってでもおれを一度殺す必要があった。
「……態々このグラサンの神力を取っ払わなければならない理由があったんですよね」
そこまでして、ツクヨミ様が無作為に事に当たっているとは思えない。きっと何か意味があるはず。
「……君の為とはいえ、一度自身を殺めた相手にそう前向きに聞けるところは生斗の凄いところですよ」
「痛みとかは感じてないんでそこのところはどうでもいいんです」
ある意味誰よりも死に慣れてるからな。今生きていれば問題ない。
それよりも真実を知りたい。
ここまでして何故ツクヨミ様はおれの能力を消したのかを。
「____最初に君と僕が出会った時の事を覚えていますか?」
「はい。朧げですけど、やけにイケメンなツクヨミ様に嫉妬した記憶があります」
「非リアの敵とか言ってましたね……それは今いいんです。その時に私は君の霊力を使えるよう施しましたよね」
「あー、そうでしたっけ」
「したんですよ」
あまりにも昔の事を出されるものだから記憶が曖昧だ。
にしてもツクヨミ様はおれと始めて会った時の事を掘り出して何かその時点で今回の件と関係する何かがあるということなのだろうか。
「その時に君の穢れを一緒に取り払ったんです。しかし、この僕の力を持ってしても君の穢れを取り払う事は叶わなかった」
「そ、そんなにおれって穢れてるんですか」
「それだけに自身の命を増やす行為というのは禁忌に触れているということです」
禁忌に触れている____
神の中でも上位に位置するツクヨミ様ですら払えないほどの代物。
「神の助けがあったとは言え、その禁忌を犯した君には汎ゆる代償が付きまとっていたはずです。穢れ然り姿形が変わらない然り___
代償なんて、これまで気にすら止めていなかったな。
地球では穢れのある行為なんて生物として当たり前の行為だったし、不老なのは浮浪な旅をしている分有効に働いていたし。
「生斗が月に来た場合の事をずっと考えていました。穢れを拭えない君を月に置いておけば、月の寿命が早まり、確実に月の民の反感を買う________しかし、僕に君を受け入れない選択肢はない。君は僕にとって英雄であり、友なのだから」
「ツクヨミ様……」
……ツクヨミ様がおれを陥れる為に能力を消した訳ではないことは分かった。
______そして、消した理由も。
「おれを月の都に留めるため、魂を弄ったんですね」
「……そのとおりです」
神がおれの魂を変質化できるのなら、ツクヨミ様に出来ないわけがない。
おれの穢れを取り払う為に、おれの能力を無かったことにする。
それがツクヨミ様が導き出した答えなのだろう。
しかし、気になる点がある。
「ツクヨミ様。ならなんでおれをこの空間に閉じ込めたままなんですか。寿命も、穢れが取り払われたのであればほぼ無限に等しいんじゃないですか?」
「……」
この空間に閉じ込めたのは罰が建前、本音はおれの寿命が一般人と同程度となったからだとツクヨミ様は明言していた。
これではツクヨミ様の言った事とやった事に矛盾が生じているんじゃ______
「穢れは拭えませんでした」
「!?」
ツクヨミ様の口から突如として放たれたその発言は、これまでのおれの考察の全てを破り去った。
穢れが、無くなっていない……? な、なんで……おれの思想や行動がまだ穢れに染まっているから?
「これは僕の誤算でした……ただでさえ魂を変質化させた代償がある中、元の人間の形へと戻したばかりに、代償が残ったまま君はただの人間になってしまった」
代償ってさっきの______
“人間でいること以外を拒む“
「!!!」
先程までピンと来ていなかった事実に、おれは戦慄する。
人間でいること以外を拒むということは、人間以外には無れない事を意味する。
妖怪にも、月人にも、仙人にも、魔法使いにも。
寿命を延ばす術を持ち得ないということ。
ツクヨミ様の事だ。思考錯誤の上、おれをこの空間に閉じ込めたのだろう。
_______それはもう、幽閉以外の手段がないという事実に他ならない。
「つ、ツクヨミ様、またおれの……おれの魂をいじってください。後生です、から」
ツクヨミ様に縋り付くように、おれは懇願する。
しかし、
「……すいません。君の魂は度重なる変質によりボロボロとなっています。次に少しでも魂を弄ろうものなら、その負荷に耐えられず君の存在がなくなってしまう」
申し訳なさそうにツクヨミ様は首を横に振り、不可能である根拠を提示する。
「ぼ、ぼろぼろ……?」
抑えろ。
止めろ。
「なんで……」
おれのせいだろ。
おれ自身が月に行くと決めたんだろ。
「ぐっ……」
輝夜姫だって反対していた。
嫌な予感もどことなく感じていた。
それを振り切って、一方的な約束を果たそうとしたのはおれだろ。
「………………翠」
ぽつりと、もう一つの約束を交わした幽霊の名を呟く。
おれはもう、あいつに会えないのか。
幾歳を重ねようとも、必ずまた一緒に旅に出ようと約束したのに。
こんなの、あんまりだ。
「生斗……」
ツクヨミ様は悪くない。
おれの事を思って最大限に尽力してくれた。
でも、それでも今は____
「一人に、してくれませんか」
尊敬する御神を、おれは突き放すように追い出してしまった。
※補足
月読命にとっては良かれと思っての行動であり、生斗が地球に帰ろうとしているとは微塵も考えていません。
なので能力を失って申し訳ないと思う反面、変則的とは言え月に留まれるのに何故ここまで生斗が落ち込んだのかをまだ理解できていません。