「……月読命様」
月読命様の命により“外”の見張りをしていると、気まずそうに出てきた御神を目視する。
「ああ、サグメ君。長い時間待たせてしまったね。ご苦労さま」
かなり長い時間を過ごしていた辺り、積もる話をしていただろうに、何故____もしかして、熊口生斗が月読命様に無礼を働いてしまったのではないだろうか。
「御命令とあらば……」
「いや、僕が悪いんです。彼は何も悪くない」
「……御意」
仕置きをと思ったが、どうやら私の見当は外れていたらしい。
「サグメ君。どうか生斗を気にかけてもらえませんか? 彼は今酷く落ち込んでいる」
「……御意」
気にかける、か。
正直適任は他にもいるだろう。それこそ綿月家の依姫は熊口生斗と親友の仲だと聞いてる。依姫ならば落ち込んでいるという熊口生斗の心も、赤の他人の私より確実に癒せる筈。
それでも私にこの任を託した。
月読命様がこの場にいたからという理由だけで任せる程浅はかではない。きっと赤の他人だからこそ、都合の良い何かがあるのだろう。
「あと、空間の事はもう秘密にしなくても良いですよ。僕の口から
……だからか。
熊口生斗の能力の抹消。
私も監視者となって暫くしてから知らされた事実であったが、正直聞いた時は妥当の判断だと納得していたが、彼にとってはそれがかなり応えたようだ。
穢れの拭えぬ身体。魂の改造。生物の理から逸脱した禁忌の行為。
普通に考えれば浄土に立ち入ることすら許されぬ存在だ。それを月読命様自らが手を施し、穢土の人間と同程度まで穢れを軽減し、禁忌の力を葬ったのだ。
破格の待遇にも程がある。
穢土に住まう全ての人間が拝むことすら許されぬ存在に、ここまで手厚い加護を受けているのだから。
「それでは、後は頼みます」
どこまでも熊口生斗に甘い御神だ。
彼と間に何があったかは知らないが、月読命様が自身を悪く言うことなんて本来ではあってはならない事態であり、公の場であれば舌を抜かれる覚悟で進言する所だ。それは月読命様も理解した上で、私しかいないこの場だから申された。
「……」
月読命様のいなくなった異空磁場操作室で、私は近くにあった椅子に腰掛け、一つ溜息をつく。
「珈琲を飲んだら、もう一仕事ね」
ーーー
「一人にしてくれって言ったんですけど」
「……ええ」
体育座りで蹲る熊口生斗を前に正座し、私はただただ彼の惨めな姿を傍観していた。
「……おれから話すことは一つもないからな」
「……そうなのね」
最初は気にする素振りを見せていた彼も、何も言わない私を前に諦めたのか、顔を伏せ一人の世界へ閉じ籠もり始める。
「……」
相当落ち込んでいるようだ。
能力など呪縛のようなものだというのに。私自身どれだけ能力に翻弄されてきたことか。
「……」
それでもこの男にとっては特別であったのだろう。
神に魂を弄ばれ、不変の肉体に有限の不死を手に入れた。
まるで蓬莱山家の令嬢と八意永琳が開発した禁忌の霊薬【蓬莱の薬】のようだ。
確かあの薬も肉体の主軸を魂に移し替え、実質的な不老不死を得る代物。
もっとも、魂の消えかかっている今の彼がそんな薬を服用しようものなら、正常に肉体を復元出来ずに永遠に死に続けることだろう。
「……」
何かを得るために費やした代償は、他者が介入することは出来ない。縛りとはそういうものだ。
彼が月移住時に得た膨大な力を得るために命を代償にしたように、命を増やすという禁忌に見合った代償は、破れば熊口生斗自身に何が起こるかは計り知れない。
それは他者の介入によっても同じことが言える。だから月読命様は命を増やす代償ではない行為以外の処置を施さなかった。
「……」
今と前の彼の状態を比較するならば、前の彼は自身の命を複数所持並びに増やす事が出来たため、それによる多大な穢れが生じていた。そしてその代償により姿形含め人間以外に成れなくなった。
今の彼は命を複数所持できなくなり、増やすことも出来ないただの人間となった。だが、先述した代償により一定の穢れを常に保持する穢土の人間と同程度の寿命しかなくなってしまった。
なんなら魂を弄った代償として他にも彼の身に起きているかもしれない。
「……」
月の都へ迎うことを祈願し、これまで生きてきたというのに、このような空間に閉じ込められ、能力も失った。
彼にとっては無念かもしれない。
だが、君がこの地に足を踏み入れるとはつまりこうなる事はいわば必然であったのだろう。
「……」
月の都へは刑期が終われば時より顔を出すことぐらいは許される。
この空間にいれば少なくとも50万年は生きられる上、私達がいなければこの空間は10,000分の1とまではいかないが思考能力は落ちる。瞬く間に刑期は満了する筈だ。
「……」
さて、これからは根気の勝負。
こう見えて私は我慢強いんだ。
熊口生斗が私が音を上げるまで押し黙り続けるか、根負けするか。
「……」
「……」
何故私がこんな事を、と微かに感じてはいるが、これは私が月読命様からの勅命である。手抜きは許されないしするつもりもない。
「……」
「……」
「……」
「……」
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〜二日後〜
「……」
「……」
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〜一週間後〜
「……」
「……っ」
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〜一ヶ月後〜
「……」
「……………………」
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〜一年後〜
「いや居過ぎでしょ流石に!?」
「……私の勝ちね」
「負けたよ畜生!!」
遂に痺れを切らした熊口生斗が頭を掻きむしりながら漸く口を開いた。
肉体的には一時間にも満たない疲労は感じていなくとも、私がいることにより精神はきっちり一年が経過している。
穢土に住まい瞬く間に変わる営みを過ごしてきた熊口生斗には酷であったかな。私はもう五十年は耐えるつもりだったのに。
「はあ……おかげで色々整理できたよ。途中からサグメさんにどうツッコんでこの我慢比べを終わらせるかばかり考えてたわ」
「……にしては当たり障りのないツッコミね」
「ええい! 一年も何もない空間にいたらボキャブラリーも退化するんだよ!」
「……そういうものなの?」
「月の賢者様には凡人の苦悩が分からないでしょうね!」
なんだか酷い言われようね。
誰の為にこんな愚行をしたと思っているのか。
私が勝手にした事だから熊口生斗からしたら知ったことでも無いだろうけれど。
「……それで、もう大丈夫なの?」
「おかげさまでね。本当はもっとなにかアクションが起きて、それを経て立ち直るのが王道なのに、サグメさんの荒療治のおかげで独りでに解決できちゃったよ」
「……それはどうも」
この空間にいる限り何かしらのアクションが起きる事は限りなく低い。
強いて言えば私が傍に居続けた事ぐらいか。
最初に彼が突き放してしまった手前、私から起こすかもしれなかったアクションも潰れて自分で考えて解決するしかなくなったのだろう。
まあ、【大人】としてそれが普通なのだけれど。
「サグメさん」
「……どうしたの」
「おれの幽閉期間はどれぐらいか教えてくれないか」
熊口生斗の刑期。そういえばまだ教えていなかった。
月読命様の件もあり、本当に必要最低限の事しかタブレットに記載していなかったから彼が気になるのも当然と言えば当然か。
月読命様からは熊口生斗の事を一任されている事だし、それぐらいの事は教えても問題ない。
「1,313年と8ヶ月」
「とんでもないなおい!?」
私がこの場にいなければ体感1ヶ月半程度で済む期間なのだから少ない方だろう。
「あれ、でもその年月って……」
「……?」
刑期について何か違和感を覚えたかのように熊口生斗は首を傾げるが、気のせいだ言わんばかりにと横に振った。
「取り敢えずその期間を乗り越えればおれは此処から出られるんだな」
「……」
そうとも限らない。
彼に寿命と穢れがある限り、数日程度なら露知らず常日頃から月の都で生活することは出来ない。そもそもそれを月読命様が許さない。御神は少しでも長く熊口生斗に生きてもらう事を所望しているのだから。
「それまでの間、ツクヨミ様以外の面会とかは出来たりしない?」
「……『面会はできない。けれども、経過観察というテイであれば、
「あっ、タブレット」
下手な問答は現在の状況を壊しかねないため、タブレットの思考型翻訳機能を用いて彼の疑念を解消する。
もし面会が出来ないと発言すれば、場合によってはこの空間が壊れるどころか月の都自体に危機が訪れ、意図せずして彼の友人らとの面会が叶う可能性がある。それはお互いに望むものではないだろう』」
「全部翻訳されてるんだけど」
「……」ピッ
私としたことが。
思考型翻訳機能は時折伝えなくてもいい事まで勝手に翻訳される。
「サグメさんって頭の中では結構饒舌なんだな。ずっとつけっぱなしでも良くない?」
「……馬鹿を言わないで」
他者に常に思考が読まれる等、正気の沙汰ではない。頭がイカれてしまう。
「そういうもんか(その方が楽なんだけどな)」←一時期思考を常に読まれ続けたイカれてる人
自身の失態を取り繕うように、私は二、三度程咳込み、姿勢を整える。
「それで、
「……ええ」
私の翻訳機能による発言から出てきていた
それは月の都でも防衛職務上の一環として取り扱うことが出来るレベルの階級、熊口生斗が犯した罪並びにこの空間に幽閉されていることを知り、そして彼との旧知の仲にあたる人物。
それは____
「……綿津見大神が実娘____綿月姉妹よ」