時間というのは残酷ではあるが、時として偉大だ。
取り返しのつかない人や物を失っても、時間が経てば冷静になれる。
皮肉なもんだ。時間に支配され、恨みさえ覚えたのに、時間に救われた。
幾度の現実逃避の末、奮起し今後の立ち回りを考え抜いた1年間。
その1年間でおれが今後どうすべきかまで導き出すことが出来た。
この淡い空間は一人でいると思考が鈍り、油断すれば少し考え込んだだけで日付が変わる。
無言ながらも、傍に居続けてくれていたサグメさんには感謝しかない。
「ということでサグメさん、かけうどんと西瓜持ってきてもらえますか」
「……脈絡なさ過ぎない?」
恩人に対してパシらせようとしているおれは間違いなく恩知らず野郎なのだろう。だって仕方ないじゃん、好物なんだから。
うどんは一部の地域でしか食べれない上に出汁も全然で美味しくなかったし、西瓜はそもそもあの地ではまだ栽培されてないから食べることすら出来なかった。
月の都ならあるでしょ、未来都市なんだから。
「寿命幾許かしかない愚かな人間の願いなんです! お願い!」
ピッ「……『愚かな人間に叶える願いはない』」
「ぐうぅっ!」
一日に一度のサグメさんとの面会も口数が増えた。
最初の一週間は話しかけても半分無視されてたからな。
それもこれもツクヨミ様と再会して以降のこと。落ち込んでいたおれに対して、付き合う義理もないサグメさんが態々1年間近く同じ空間に同居してくれた。
深く考えなくともツクヨミ様からの指示なのだろう。でなければ月の賢者ともあろう御方が1年もの不在を許されるわけがない。
ほんと、仕事熱心な事だ。
最早おれの存在自体がサグメさんの足枷でしかないのだが、今のおれはそれに甘えることしか出来ない。甘えることしか出来ないので甘え尽くす所存だ。
そのマインドはおかしいって? ふっふ、分かってないな。おれの性分は本来駄目人間である事をお忘れかな?
神の間でポテチ食べたり神の尖兵にため口吐いたり神を友達呼ばわりしたりする人間がまともなわけがないだろう。
甘えることの出来る状況ならとことん甘えるぞおれは。
流石に立場や他者に不利益が被る場合は自重するけど。
都住みのときはほんとその柵があったせいで自由に動けなかったんだよな。紫達が見てる手前下手な姿も見せられなかったし。
「ならせめてポテチ! ポテチだけでも!!」
「『駄目。この空間で食事を摂る行為は禁止されている』」
「ツクヨミ様は饅頭食べてた!」
「『赤子のような駄々を捏ねないで。月読命様と君が同じ扱いなわけが無いでしょう』」
ですよね〜。
サグメさんはちゃんとノーと言える立派なお母さんみたいだ。熊さんとしてはもう少し甘やかしてほしいな。
「『本当は禁止されてないけれど』」
「あー!!」
「……」ビッッ
タブレットの電源を無理矢理切り、翻訳をシャットアウトさせるサグメさん。
ご飯食べさせたくないからって嘘つきよったぞこの人!
「……はあ、
細く繊細な掌で顔を覆いながら、サグメさんは折れた様子で折衷案を出してくる。これから来るであろうおれからの弄りを予見しての迅速な行動、流石は月の賢者と言ったところか。
その賢者様を持ってしても翻訳機能を扱えこなせてないのは、扱い慣れてない故か。それともタブレット自体の受信波が高感度故か。月の技術ならノイズキャンセルみたくNGワードなり自由に設定できそうなもんだけどーーいや、それもサグメさんが扱い慣れてないで済む話か。
「もしかしてサグメさん、機械音「無礼よ」チイダ!?」
ノータイムで頭ぶたれた!
いつもは少し考えてから話し出すのに、まるでおれが無礼な事を口走るのを予見していたかの如く言い終わる前に頭引っ叩いてきた。流石は月の賢者様。読心術もお手の物ってか。こうも瞬時に下がりかかった名誉を挽回してくるとは……!
「……(八意永琳の気持ちが分かった気がするわ)」
それにしてもさっき気になる単語が出てきたな。
『毒抜き』ってどういう事だ。その時にうどんと西瓜を用意できるよう善処するとも言っていたし、食事の時間のことを指しているのだろうか。
「失言は撤回するとして、毒抜きってどんな事するんだ?」
食事の時間のみで毒抜きと表現するのは些か語弊がある気がする。
頭で考えた所で、すぐ眼の前に解答を知る者がいるのであれば聞いた方が圧倒的に早い。
そんな隠すようなものでもないだろうし。
「……食事、睡眠及び排泄をこの空間の『外』で纏めて行うの」
「あ〜、そういうことね」
この空間は生物の時がゆっくりとだが動いている。食事や睡眠、排泄も例外じゃないし、時が経てばどれも身体の変化として現れるだろう。
空腹も便意も眠気もゆっくりじっくり来るとしたらちょっと嫌だな。
ていうか普通にこの空間でトイレしたくないよ、おれ。なんならサグメさんに見られながらの公開排泄になる恐れもあるし。一石で二鳥にタコ殴りにされるようなもんだ。
「ていうかこの空間から出られるんだな。てっきり刑期が終わるまでここに拘束されるもんだと思ってたんだけど」
「……勿論、両手足の拘束と目隠しをした上で一日過ごしてもらうことになるわ。地下牢で」
「……おれのことシリアルキラーかなにかだと思われてる?」
ていうか両手足拘束されたらお花摘めないじゃん! 漏らせってか! 漏らせっちゅうんか!
「……あと猿轡も」
あっ、食事もさせる気無いのね。
何の為に外に出すんだよ。嫌がらせか?
「……ふふ、楽しみにしておいて」
おれの感性とサグメさんの感性に齟齬があるようだ。
サグメさんにとってはこれがご褒美に当たるらしい。
凄いな。今日だけでサグメさんが機械音痴でドMである事が判ってしまった。
「この変態が!」
「……いい度胸ね」
あれ、これ言ったら喜ぶと思って言ったのに怒らせてしまった。
ドМではなくドSの方が性癖だったようだ。
「違うんですサグメ様。決して貴女の事をドMだろうと思って口走ったわけじゃないんです」
「……口は災の元」バシンッ!
「いやん!」
逃げようと後ろを向いたおれのプリティなお尻を引っ叩かれました。
そりゃサグメさんの言う口は災いの元程説得力のある人はいないだろうけどさ。すぐに暴力を振るうのはよくないと思うんです。まるで当てつけに危ない薬持ってこようとしてきた某薬師のようだ。
もしかして月の賢者って皆手が出るの早い?
「にしてもサグメさん前と比べて____」
「それは君が____」
その後、サグメさんと何の生産性のない無駄話に興じてこの日の面会は終わった。
今日は意外と収穫があったな。
サグメさんの性格然り、毒抜きの件然り。
ツクヨミ様の命令もあるだろうが、過度に干渉しないと最初に明言していたサグメさんとここまで打ち解けられたのはやはり、時間の流れによるものも大きいだろう。
流石は時間。時間は良いことも悪いことも平等に風化させ新たなものを作り出してくれる。
不変なモノなどこの世には存在しない。
それがこの世の理、か。
それを破ってきたおれも、今ではその仕組みの一部となった。
だからこそ、見えてくるモノもある。
その見えてきたモノを最大限に活かし
それがおれが導き出した答えだ。
「____よし」
この空間から人がいなくなると、思考は落ちていくが、それには段階がある。
実は10分程度思考がクリアなままでそれから徐々に思考能力が落ちていき、気づけば面会時間まで時間が進んでいる。
猶予は少ない。けれどもやれる事は幾らでもある。
肉体的成長は人間の枠から出ないおれでは底が見えている。
鍛えるのは思考能力。
幸い此処は鍛えるのに適した環境だ。思考能力が落ちるのはこの空間元よりおれの脳が身体の成長と同じく10,000分の1まで落ちていくから。ならばその落ちていく思考能力に身を委ねるのではなく、兎に角抗うように思考し続ける。
言葉にすれば簡単だが、並大抵のことではないのは重々承知。
それでもやる。やらなければならない。
『穢土』に戻った時に後悔しないように。
ーーー
「イチャイチャしてるわあの二人!」
異空磁場操作室のモニターにて黄色の声を上げるのは、先日月の使者として拝命を受けたばかりの令嬢____綿月豊姫。
その妹である依姫の背中を興奮鳴り止まぬ掌でバシバシと叩く。
『……ふふ、楽しみにしておいて』
「え〜なにも〜、あの女神様ったら楽しそうに〜!」
普段は見せないサグメの柔和な姿にあらぬ想像に胸を膨らませる豊姫。
そんな姉の姿に目を向けることもなく、依姫はただただ、モニターに釘付けとなっていた。
「熊口、君」
「依姫?」
真剣な眼差しでモニターを眺める依姫に気付いた豊姫は、はっと口に手を当てる。
「もしかして、嫉妬?」
「違います!」
依姫は、生斗がこの月に赴いてからずっと、どう顔向けすればいいか分からなかった。
会うことすら罪が拭われるまで出来ないとも思っていた。
しかし先日、月の賢者であるサグメより月保安管理局の業務の一環として名指しで拝命され、ここに来るまでに至った。
月移住前までは親友として、そして剣術の師弟として共に研鑽を積んできた仲。
会いたくないわけがない。けれども、そう単純な話でないことも確か。
その事は豊姫も理解し、今回で五度目の来訪にも関わらず付き合い続け、その度にサグメへ謝罪していた。
「……今日も無理そう?」
そう問い掛ける姉に、依姫は俯いて考え込む。
このままではいけない。
私情で職務を怠慢している現状に、自身が許せない彼女は歯を食いしばりながら覚悟する。
「1日ください。明日こそ必ず入ってみせます」
「まあ!」
漸く決心した妹に歓喜する豊姫。
彼女は知っている。妹が月移住時に力になれなかった無力さを悔いていたことを。
そこから血の滲むような努力をして、今の地位まで登り詰めた事を。
「(遂に会えるわね、二人とも♪)」
親友同士の再会に心躍らせる豊姫は、さながら朝ドラを楽しみにしている主婦のようではあるが、本人は特に気にしていないのだろう。それが彼女の性分なのだから。
「熊口君、覚悟してくださいね。これまでの事、洗いざらい話してもらいますから」