東方生還記録   作:エゾ末

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拾陸話 師事知らず

 

 

 

「頭痛ったぁ」

 

「……?」

 

 

 思考能力の強化特訓を開始した翌日。

 落ちていく思考の波を抗うように奮い立たせるが、幾度も溺れ、気付けばサグメさんとの面会の時間となっていた。

 

 頭には湯気が上がり、意識も少しだけ混濁している。通常の10,000倍の思考を無理矢理しようとするのは、それだけリスクが伴うということか。

 だが、このような思考力を低下させる特殊な空間以外でこの特訓に適した環境はない。

 こうしてサグメさんが来ている間は頭が冴えて休憩にもなるし、地道に続けていれば何れは実感となって現れるだろう。

 

 

「『ここで体調を崩すのは異例ね。何か良からぬことを考えてない?』」

 

「生憎、良いこと以外考えない質でね」

 

「『天網恢恢疎にして漏らさず。下手なことは考えないことね』」

 

「なにそれなにそれ。かいかい?」

 

 

 難しい諺を持ち出して知識マウントとは、この片翼口下手ツンケン美少女め。後悔させてやる。

 

 

「知ってるか。穴の空いた食べ物はカロリーが抜けていくからいくら食べても太らないんだって」

 

「『それってドーナッツも?』」

 

「んなもん真ん中にでっかい穴空いてるんだからカロリーゼロに決まってるだろ」

 

「『そんなわけないでしょ。頭どうかしてるんじゃない?』」

 

「ならなんで一瞬乗ったの!?」

 

 

 もう少しだけ乗せてから梯子落としてやろうと思ったらその前に振り落とされてしまった。

 某芸人のお家芸を引用させていただいたというのに、何たる体たらく……!! 

 

 

「ならこれはどうだ。寝る時四、五回程深呼吸すると眠りやすくなる!」

 

「『知ってる』」

 

「なにぃ! じゃあくしゃみが発射される速度は時速320kmものスピードが出るのは?」

 

「『一般教養よ』」

 

 

 くしゃみの速度って一般教養なんだ。

 知らなかった……月の英才教育ってズレてたんだなぁ。

 

 

「知ったかぶりしおって!」

 

「『知ったかも何も、知ってるのだから仕方ないでしょ。私相手に知識マウントを取ろうとするのがそもそもの間違いなのよ』」

 

 

 完全に思惑がバレてた。

 普通の知識じゃ敵わないからあんまり必要なさそうな知識で勝負に出たが、この調子だと全て看破されそうだから止めときます。賭け事も負け戦も、引き時が大事だからな。

 

 

「『あと、強くなろうと色々錯誤しているようだけど、それよりも君には改善する余地が多分にあるでしょう』」

 

 

 ついでの如くおれが強くなろうと思考力鍛えてることもバレてた。

 時空歪ませた穴に籠もっても良いだろうか。

 上手く誤魔化したつもりだったのに、無理矢理軌道修正されてしまった。

 

 

「改善の余地?」

 

「『ええ、今思いついただけでも巨万とね』」

 

 

 強くなろうとしていることに関して咎められるものだと思ったが、どうやらサグメさんの方が乗り気なぐらい問題なかったらしい。

 

 

「『霊力操作が得意なのに、自身でそれを活かす場面を限定させている。慣れない最初は良くても、今の君は十分過ぎるほど熟達しているというのに』」

 

「……霊力剣の事か」

 

「『今君が用いる全てよ』」

 

「!!」

 

 

 霊力剣に剣術、爆散霊弾に煙幕。後は護身程度の体術ぐらいか。

 並べてみたら結構慣れ親しんだ戦闘技術は少ない。それは一時期手札が多すぎても扱いきれないとおれ自身が判断し、敢えて技の開発を行わず既存の技術を磨いてきた。

 しかしその判断をしたのは随分と昔______おれが部隊長を務めていた時だ。

 

 今なら脳が正常であれば霊力剣や爆散霊弾は息をするように生成する事が出来るレベルまで達している。

 剣術も妖忌との特訓によりさらなる高みへと進むことが出来た。

 

 これまでおれは有限の中の無限に胡座をかいていた。

 今がその時ではないか。残り少ない命、それを溢さず、全うし、次に繋げるために。

 

 無意識下で敬遠していた新しい技術を。取り組む時が。

 

 

「『といっても私が考えているのは殆ど既存の応用だけど』」

 

「応用かい!?」

 

 

 なんかこう、習得の難しい技術を伝授してくれるとかそういうのじゃないんかい! 

 

 

「既存技術の応用なんて、もう出し尽くしてるんだけど」

 

「『それは君が固定観念に囚われているから。使い慣れているからその想像の域を超えられないのよ』」

 

 

 な、なにぃ? 

 霊力剣を最大限に扱えるよう剣術を磨いたり、爆散霊弾の分子量を調整して爆発の規模を変えたり、剣術を活かす為の体術も汎ゆるパターンを想定した引き出しを幾つも持っている。

 それ以上何をどうすればいいのやら。

 

 

「……例えばこれ」

 

「!!」

 

 

 サグメさんが掌の上に生成した光る霊弾。

 一見ただの霊弾だが、これまで数え切れない程生成してきたおれだから分かる。

 

 ______これは“爆散霊弾”だ。

 

 

「おれの必殺技……」

 

「『原理が分かっていれば誰でも出来る』」

 

「おれの必殺技……」

 

 

 確かに霊力粒子の大きさは疎らだし、霊力膜も破かないように分厚くなっている。これでは木を一本へし折るぐらいの威力しか出ないだろう。一定の実力者なら霊力の塊である通常霊弾を繰り出した方が余っ程威力が出る。

 だからってなぁ。今サグメさん、おれが生成する爆散霊弾とほぼ同じ速度で生成したんだよな。霊力の質によっては生成すら出来ない代物を、だ。

 これ、ちょっとサグメさんが本気を出したらおれと同等かそれ以上の爆散霊弾を生成してくるんじゃないだろうか。

 

 

「『補足するけど、私を含む月の民でも君程の精度と威力は出せない。この技術は余りにも自身の持つ霊力の質に左右され過ぎる』」

 

「それって慰め?」

 

「『事実よ。しかし、出来損ないでもこれぐらいは出来る』」

 

 ババババッ

 

「うおっ!?」

 

 

 サグメさんが生成した爆散霊弾が縦軸に爆発する。

 明らかに爆発の仕方がおかしい。その上爆心地であったサグメさんの掌は無傷のまま。

 

 

「『私が何をしたか分かった筈よ』」

 

「……ああ」

 

 

 一瞬だが、爆発を起こす前に左右と下部の霊力膜の装甲を強化し、爆風の方向を限定させた。

 

 

「『例えばこれを足場に使えば、一気に距離を詰める事が出来て、君の得意な剣術の間合いに持っていくことが出来る』」

 

「くっ!」

 

 

 くそっ、これまで何度も自爆をしたせいで、爆発による推進力を利用するという単純かつ有用な活用法を見出す事ができなかった。

 

 

「『あとこれも』」

 

「うえっ!?」

 

 

 再度生成した爆散霊弾をおれに向け放つサグメさん。

 しかし霊弾の膜が剥がれるとともに展開されたのは粒子同士を紐状で繋げた霊力網であった。

 それに敢え無く囲まれたおれは網の中に囚われてしまう。

 

 

「『霊力の粒子破壊による爆発を一部に限定し、その推進力を利用した霊力網。爆発する霊弾と誤認した相手を捕らえ、次の攻撃に繋げることも出来る』」

 

「いいから解いて……解いて!」

 

 

 普通に凄いんだけど。

 あれ、おれこれまで原始的な使い方しかしてこなかった? 

 

 

「『推進力を利用した使い方は他にもあるけど、それ以外にも、手元から離れた状態での霊力付与に吸収、遠隔での霊力集結技術、その応用となる必中爆撃。形状変化による______』」

 

 

 淡々と爆散霊弾の活用案を示していくサグメさん。

 言葉で矢継ぎ早に並べ立てられているから話の半分も理解できていないが、そのどれもが霊力操作で成し得る応用であることは分かる。

 さっきまでこれ以上の応用は見込めないとのたまった数分前のおれに往復ビンタをかましたい。

 

 

「『____ざっとこれぐらいね。分かった? 君が自身の技術を使いこなせきれていないことが』」

 

「お、お、お見それしました、サグメ様……」

 

「……ふん」

 

 

 霊力網を解き、晴れて自由の身となったおれはその場に蹲る。

 

 

「『偏った戦闘技術は君の戦闘スタイルに合った師事する相手がおらず、自身のみで考え抜いた表れ。落ち込む程のことではない』」

 

「……いや、そうじゃない」

 

 

 確かに自身の無知さに嫌気が差した。

 そして今更かという落胆も。

 けれども、そんな負の感情よりも圧倒的なものがある。

 

 

「おれ、まだまだ強くなれるのか……!」

 

「……」

 

 

 これまでのおれは、素の状態で中堅妖怪と大妖怪の強さしか無かったのに、自身に刻まれた能力に胡座をかき、既存の技術の精度向上にしか目を向けていなかった。

 

 素で対応できなければ命を使えば良い。

 

 逃げ道を作り、考える事を放棄していた。

 敵の技術を盗み、模倣し、自身の戦闘技術に昇華させることはあったが、既存の技術を新たな高みへと導いてくれる師はいなかった。必要とさえ、思ってなかった。

 

 能力という逃げ道が途絶えた今。

 死ねばそのままあの世行きである今。

 だからこそ、切望していた『生き抜く力』が目前に広がっている。

 これに興奮するなという方がおかしい。

 

 

「それにしても、なんでこんな気前よく色々教えてくれるんだ? 一応罪人だろ、おれ」

 

「『一応ではなく立派な罪人よ』」

 

「それは置いといて」

 

「『置けるほど軽い物ではないんだけど』」

 

「まあまあ。それよりもさ、ほら」

 

「……時間よ。もう行くわ」ピッ

 

「あー!!」

 

 

 サグメさん、昨日のことを反省して余計な事を口走る前に翻訳機能切りおった。

 そんな隠すようなことなのか。サグメさんも月の賢者だから下手な事を言える立場じゃないのは分かるから言及まではしない。けど、罪人であるおれに修行の機会を設けて黙認するのは問題ないのだろうか。

 まあ、考えても仕方ないか。おれはただ、今置かれている環境を享受し利用するだけだ。

 

 

「(ただ、不憫に思っただけよ)……それじゃあ」

 

「はい、十数分後ね」

 

 

 そそくさと空間を出て行くサグメさん。

 時間が押していたのかもしれないが、そんな逃げるように出なくてもいいのに。

 

 

「にしても」

 

 

 掌に小さい爆散霊弾を生成する。

 見慣れたこの霊弾には、おれの頭じゃ発揮しきれないほどのポテンシャルを秘めていた。

 サグメさんの口ぶりからして、霊力剣もまだまだ応用の余地がある筈だ。

 とりあえず今日は強化案を中心に思考力を鍛えるとするか。

 

 

「んっ?」

 

 

 物騒な爆散霊弾を仕舞い、座禅の姿勢を取ろうとしたその瞬間、新たに空間の裂け目を目視する。

 

 ……速すぎる。まだ2分と経ってないぞ。

 サグメさんが何か言い忘れていた事でもあって戻ってきたのだろうか。

 

 しかし、空間の裂け目から姿を現したのは________

 

 

「変態?」

 

 

 両手に刀を携え、僧兵の姿で般若のお面を被った変質者であった。

 

 

 

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