東方生還記録   作:エゾ末

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拾玖話 何が何でも

 イ草の良い香りがするとある和室。

 襖を開ければ汎ゆる星々を一望できる。その中でも一際存在感を示すのは、穢れた大地と呼ばれる地球。

 青く広大に広がる大海。緑や茶色に彩られた大地。それらを叢雲が囲い込むように広がっている。

 こんなにも美しいのに、地上では常日頃から生死の駆け引きが行われる残酷な世界。穢れと呼ばれるその行為を嫌った文明人が、ツクヨミ様を頼りこの穢れなき浄土へと移り住んだ。

 おれのいた地上でも、死後に浄土に行くことが出来ると信仰する者達も沢山いた。

 

 それだけに()()は、美しい大地に住まう者達ですらも魅力的な場所なのだろう。

 

 

「地下牢じゃなかったのか」

 

「……そこが良かったの?」

 

「滅相も御座いません」

 

 

 サグメさんのあれは可愛い冗談だったようだ。

 この人、ほんとに表情変わらないから冗談と本気の境界線が分からないんだよな。おれもそれが面白いからちょくちょくチキンレースして遊んでる節はあるが。それでたまにライン超えてゲンコツくらってる。

 

 何故、おれが今無機質な異空間の外を出られているかと言うと、それは以前よりサグメさんから仄めかされていた“毒抜き"の時期が予定を早めて行われているからだ。

 予定が早められたのは他でも無い____数時間にも及ぶ依姫との立ち合いが原因であり、あの異空間で負った傷や消耗した体力も10,000分の1の早さでしか回復しないからだそうだ。

 

 

「それにしても本当に久しぶりねぇ」

 

「ご無沙汰してます、豊姫さん。元おれの部下達は元気にしてますか?」

 

 

 まるで高級旅館の一室のような空間には、おれとサグメさんだけでなく、綿月姉妹も同席していた。

 

 

 

「元気よ〜。有り余ってよく上層部と取っ組み合ってるわ」

 

「何やってんだあいつら」

 

 

 月移住前からおれの部隊に対して懇意にしてくれていた豊姫さん。未だに接点があるようでよかった。

 よく仕事をサボって二人で依姫にお説教喰らってた記憶ばかりで碌なのがないが、それも良い思い出だ。

 

 

「ほんとに、帰ってこられたのね」

 

 

 しみじみと、おれの顔を見てそう呟く豊姫さん。

 そう顔をガン見されると照れ臭いんだけど……でも、気持ちは分かる。

 遥か遠い記憶の引き出しから探し出そうとするかのように、豊姫さんはおれを見ている。

 おれも同じだ。

 だからおれも豊姫さんの金色に煌めく瞳を見る。

 

 

「……何が始まろうとしているの」

 

「お姉様も会話してるんですよ、熊口君と」

 

 

 会話はしてないよ。ただ見てるだけだから。

 全てにおいて会話が成り立つ訳ではないからな依姫。

 にしても顔面偏差値高いなこの空間。

 

 _____感覚が麻痺してたから忘れていたが、こう改めて顔を見るとあまりにも己が場違いであるかのような感覚に陥る。

 だって整い過ぎてんだもん。顔には一筋の傷もなければ、輪郭も削り過ぎてもエラが張ってる訳でもない絶妙に整っている。パーツはどれも一級品で非の打ち所がない。それでいてそれぞれ個性があるのだから末恐ろしいわ。

 おれの容姿で唯一対抗できるとすればグラサンぐらいか。いや、グラサンあるからギリおれの方が強いな、はい勝ち。

 

 

「私の負けよ〜」

 

「冗談ですから」

 

「……凄いな」

 

 

 いや、違うんですサグメさん。感心しないでください。

 なんかおれの思考を読んだ豊姫さんにノっただけなんです。おれからは一切キャッチボール出来てないんです。

 

「取り敢えずこうして無事再会出来た事ですし、お祝いしましょうか!」

 

 手を合わせて意気揚々と提案する豊姫さんの横で、サグメさんが腕を組んで苦い顔をしている。

 それもそうだ。おれが今こうして外に出られているのは食事や睡眠、排泄といった必要最低限の営みを済ませる為であって再会を祝う為に設けられたわけではないのだから。

 

 

「穢土滞在期間中に起こした不穏行動への尋問及び"毒抜き"を並行して行う。ですよ、お姉様」

 

「あらら、口が滑ったわ〜」

 

「……仕事を増やすような事を言わないでくれ」

 

「皆大変だな」

 

 

 立場上建前を使わないといけないのは、どこへ行っても変わらないようだ。

 ほんと、もっとこう単純に生きられないもんかね……おっと、どっかの怨霊から単細胞野郎と罵る声が聞こえた気がするな。

 

 

美味しいお酒(自白剤)も用意したのよ〜」

 

「では私は話し相手(尋問官)しますよ」

 

「物は言い様を着こなし過ぎじゃない?」

 

 姉妹揃って建前と本音を使いこなしてきおる。

 そんな二人を見て流石のサグメさんも溜め息を吐く。

 

「……私は食事(カツ丼)を持ってくる配達員でもしようかな」

 

「サグメ様にそんな雑用をさせる訳には……」

 

「……いい」

 

 

 席から立ち上がり、後ろの襖を開けるサグメさん。ありゃ、少し機嫌を損ねてしまったか。

 これは一つ小洒落た冗談でこの場を和ませるとするか。

 

 

「それじゃあおれはウン「スイカとうどん」」

 

「……だったわよね」

 

 

 襖を閉め、部屋を後にするサグメさん。

 以前話したおれの好物、覚えてくれてたんだな。

 

 

「サグメ様……」

 

「あらら、気を遣わせてしまった様ね」

 

「そうみたいですね」

 

 

 部屋を出る前、顔を覗かせていたサグメさんの顔は穏やかであった。

 恐らくおれと綿月姉妹に気を遣って席を外してくれたのだろう。

 でなければ、監視者であるサグメさんが態々雑用でいなくなる理由が立たない。

 

 

「さて、サグメ様の計らいを無下にする訳にもいかないわね」

 

「そうですね」

 

 

 依姫と豊姫さんが何かを企んでいるかの様に顔を見合わせる。

 え、なに、もしかして本当に尋問を開始するつもりなんじゃ。

 

 

「熊口君、本当の事を言ってくださいね」

 

 

 ガチもんで尋問の可能性が出てきたな。

 どうしようか。別に隠す事なんてないし洗いざらい話しても良いが、ドン引きされやしないだろうか。ほら、此処って生殺からかけ離れた浄土である訳だし、二人にはちょっと刺激が______

 

 

「熊口さんの恋バナを聞かせてくださいな♪」

 

「恋、バナ?」

 

 

 予想から何斜め下の質問が来たな。

 なんか二人の鼻息が荒い。どうやら本気で気になっている様だ。

 まじかよ。サグメさんが気を利かせて席を外してくれたのに、一番最初に聞く質問が恋バナ? 

 いやほらさ、これまでどうしてたとか、なんで妖怪である紫と行動を共にしていたとか、他に聞く事いっぱいあるんじゃないか? 

 幾ら娯楽が少ないからと言って、そういうのは良くないと思います。

 

 

「あれ、もしかしてあまり触れない方が良かったかしら」

 

「ま、まあ熊口君は昔からシャイでしたから……」

 

「あるわい! 恋愛経験なんて両手で数えきれないほどありまくりだわい!!」

 

 

 どうしよう、普通に嘘ついちゃった。

 あまり色恋沙汰にならないよう立ち回ってきたから、まじでそういう浮いた話には疎いんだよな。

 いや、ほんとはモテるんですけどね? 輝夜姫の屋敷にいた時なんていっぱい書状届いてたし。野郎どもから。

 

 

「確かに、輝夜姫からだいぶ好意を寄せられていたわよね〜。分からないふりしていたけれど、本当は気付いていたんでしょ?」

 

「……見てたんですか」

 

 色恋沙汰ありまくりであるという戯言を流してくれたのはありがたいが、此処にきて輝夜姫の話か……

 輝夜姫から懐かれていたのは知っていた。

 晩酌によく付き合ってくれていたし、知りたい情報を可能な限りおれに不利にならないよう立ち回って教えてくれた。

 正直、勘違いしてしまうような場面も幾つかあったが、気付かないふりを続けていたのも事実。

 だっておれにあの子は余りにも不釣り合い過ぎる。一時の感情であの子の人生に泥を塗るような真似はしたくない。

 おれには毒舌で馬鹿な怨霊ぐらいがお似合いだ。

 

 

「いるんですよね! 奥方が!」

 

「豊姫さん、なんで依姫はこんなに興奮してるんですか?」

 

「依姫も乙女なのよ〜」

 

 

 ほほほと笑う豊姫さんは置いといて、依姫がこんなに俗世にまみれているとは知らなんだ。

 

 

「そういう依姫はどうなんだよ。流石にもう結婚してるんだろ」

 

「私の息子と結婚してるわよ〜」

 

「え゛っ」

 

 

 豊姫さんの子供と、結婚? 豊姫さんにお子さんがいたことにも驚きだったが、まさか依姫が実甥と近親婚してるなんて……や、やるなぁ。

 

 

「因みに生斗さんが頭を垂れていた帝は依姫の遠い子孫よ」

 

「依姫……様?」

 

「も、もう私の事はいいんで! 熊口君のことを教えてください!」

 

 

 おれ、改めてとんでもない奴と親友なんだなぁ。帝の先祖が依姫て。それぐらいの年月は経っているとはいえ、こうして若々しい姿を見ると、実感が微塵も湧いてこない。

 あれ、親友である妖忌の復讐相手であった帝の先祖が同じく親友の依姫って、意外に複雑な関係図が出来上がってない? 

 

 

「依姫、取り敢えず妖忌ごめんなさいって呟いてやってくれ」

 

「へっ? な、なんでですか」

 

「まま、言ってくれたら知りたい情報を教えるからさ」

 

「? まあいいですけど……妖忌ごめんなさい?」

 

 

 妖忌、奥さんの仇取ったぞ。

 後は妹紅のこと頼む。

 そう親指を地上に向けていると、妖忌が満面の笑みを浮かべて親指を突き返してくれたような気がした。

 歯茎まで見せて喜んでからにあいつ。

 

 

「ほら、約束は守ってくださいね」

 

「はいはい、おれの下着の色知りたいんだろ」

 

「変態さんだわ〜」

 

 

 何を言ってるんだとおれの肩を叩く依姫。

 流石に女性相手に下ネタは御法度だったか。

 

 

「なんでそんなに隠したがるんですか?」

 

「それは……」

 

 

 依姫の質問に言葉が詰まる。

 小っ恥ずかしいっていうのもあるが他にも理由がある。

 それは______

 

 

「死人の話をしてもつまらないだろ」

 

「!! そ、そういうんじゃ……」

 

 

 依姫が言いたい事は分かる。二人はおれがあいつとの出会いや馴れ初めを聞きたかったんだろう。

 でも、行き着く先は死別であることに変わりはない。

 どうせしんみりするのなら最初から話さない方がマシだ。

 

 

「もう! 場を和ませようとしたのに生斗さん意地悪ね〜」

 

「話題を間違えましたね! グラサンの話ならめちゃくちゃノッたのに」

 

「いや、それは私達興味ないので」

 

「……そうか」

 

 

 まあ、やっぱりそうだよな。再会して一番最初の話題が色恋話なんてどこのJCだよって話だ。二人の鼻息荒かったけど、冗談のつもりだったのだろう。多分。

 

 

「____それで、帰りたいんですよね。穢土に」

 

「!! なんでそれを」

 

 

 何の脈絡もなく、突如として依姫から発せられた問いに、おれは条件反射でそれが肯定であると認めるかのような失言を溢してしまった。

 

 

「分かりますよ。親友ですから」

 

「それで全部まかり通っていいもんなのか?」

 

 

 依姫との立ち合いで自身を曝け出し過ぎたようだ。恐らく、おれの剣筋から依姫は感じ取ったのかもしれない。

 おれが遠かれ早かれ、浄土から穢土へと戻ろうとしていることに。

 

 

「熊口君の意思を尊重したい。でも、理解し難いのも事実…………なんでですか? 熊口君は月に行くためにこれまで頑張ってきたんじゃなかったんですか?」

 

「……」

 

 

 豊姫さんはおれと依姫を静観している。

 場を和ませようとしてくれていたのは、この顛末を予想できたからだろう。

 そして何故最初に色恋話を持ってきたのも、今理解できた。

 

 ______全く、豊姫さんはエスパーだな。依姫も剣だけで意思を読み取れるし、ほんと化物一家だよ、綿月家。

 

 

()()()がまたこの世に戻ってきた時、出会った地で帰る場所を作りたいんだよ」

 

「きゃ〜!」

 

「そこ、茶化さないで」

 

 

 あー恥っずかしい。

 豊姫さんめ。おれが穢土に戻りたい理由の中で、最も確率の高い話題を最初に持ってきて、答えざるを得ない状況を作ってきたな。

 

 

「月から地上に行くのに罰則とかはないんだろ?」

 

 

 綿月家だって別荘に竜宮城なるものを穢土の海底に作ってるらしいからな。

 穢れを払う手段があるのであれば罰せられる事はないだろう。

 

 

「……分かりました。でも、ちゃんと刑期は守ってくださいね。でないと上層部から出禁くらいますよ」

 

「穢れが無くならないから元より出禁対象では?」

 

「私達がそうさせないので大丈夫です!」

 

「無理しなくてもいいって。どうせおれの命なんて60年もないんだから」

 

「尚更です!」

 

 

 随分と慕われたもんで。おれはもうとっくに吹っ切れているのに。

 ある意味では諦め、ある意味では希望を見出している。

 

 そしてその()()にはある『人物達』が必要不可欠だ。

 

 

 

 

 その人物達に希望を託すためなら、おれは何でもするつもりだ。

 

 

 ______それが、結果的に月の皆を裏切ることになったとしても。

 

 

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