東方生還記録   作:エゾ末

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弐拾話 照れ隠し

 

「生斗さん、死ぬ気ね」

 

「……はい」

 

 

 熊口君の尋問を終え、部屋を後にした私とお姉様。

 その道中にお姉様が発せられた推察は、熊口君との会話から容易に導き出される程信憑性のある代物であった。

 

 

「でも、熊口君の選んだ道です」

 

 

 それも、考えに考え抜いた上で。

 

『あいつがまたこの世に戻ってきた時、出会った地で帰る場所を作りたいんだよ』

 

 愛した人に対しての熊口君の発言。

 死別し、輪廻転生の輪へ誘われた大切な人を待つ為。

 その時、お互い記憶から自身の存在が消えていたとしても、帰り着くような場所を作りたいと。

 この浄土で彼女が輪廻転生してくるのは限りなくゼロに近い。

 だから戻りたいのだろう。穢れに塗れながらも、一部の月人すら狂わす程魅力的なあの穢土に。

 それが例え能力が消え、残り少ない寿命であったとしても。

 

 

「はあ〜あ、折角再会できたのになぁ」

 

 

 お姉様が不貞腐れたように空を蹴る。

 正直、私も同じ感想だ。

 勝手にしてきた事とはいえ、私達は熊口君が此処で住みやすくなるよう努力してきたつもりだった。

 だが、当の本人は穢土へと帰りたいときた。

 それが愛する者の為とはいえ、少しだけ悲しさが込み上げてくる。

 

 

「それにしても、依姫があまり動揺しなかったのは意外ね」

 

「そうですか?」

 

「だって貴女、生斗さんの事____」

 

「昔の話です」

 

 

 お姉様はいつも話が余計だ。

 それに数億年も前の話を持ち出すなんて、野暮というものだろう。

 熊口君がいなくなる事は寂しい。

 上手く輪廻転生の輪に入れたとしても、姿形、記憶すらも今の姿と相違する。

 それでも、『魂』が変わる事はない。

 罪を犯し、悪に染まった者を裁く地獄があるのも、『魂』の本質を変える事はできないから。

 だから、熊口君がこの世を去っても、何れまた会えると断言できる。

 それに月の都(ここ)なら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「熊口君が穢土に行ったら、私達もたまに行ってみても良いかもですね」

 

「そうね〜、永琳様も探したいし一石二鳥かもしれないわね」

 

 

 私の考えは月の都でも少し異端ではある。何故なら、此処にいる者の殆どは、穢れ____死ぬ事からかけ離れた桃源郷を求めて月にいるのだから。

 

 

「でも、また熊口君の印象が悪くなってしまいますね」

 

 

 私が懸念していたのは、折角回復しつつある熊口君に対する月の民の印象がまた悪くなることだ。

 ただでさえ上層部から熊口君は煙たがられている。

 穢れを保持し、争いの種となりかねない彼をこの地の敷居を跨がせないように立ち回ってくる事は必至。

 そんな事、私達がさせる訳がないが、今のところ戦える材料が乏しい。

 熊口君の刑期が終わるまでに武器(交渉材料)を揃えておかなければ。

 

 

「その辺りは大丈夫よ〜、私に良い考えがあるの」

 

 

 私が今後の立ち回りについて頭を悩ませていると、お姉様が事も無しげに答える。

 

 

「良い考え……? それは____」

 

「あっ、お父様!」

 

 

 視線を向けると、秘書と共に書類に目を向けながら廊下を歩く父上の姿があった。

 もう本部庁舎まで来ていたなんて、私も少し疲れているのかもしれない。

 

 

「おお、豊姫と依姫。熊口君は元気だったか? というか依姫、なんだその格好は」

 

「はい、元気過ぎなぐらい♪ それよりもお父様は会われないのですか?」

 

「あっ、ああ……会いたいのは山々なんだがな。一応被害者と加害者の関係上中々許可が下りんでな。まあ後50年もすれば解除されるだろう」

 

「それならあっという間ですね!」

 

「お姉様、良い考えとは……」

 

 

 父上との鉢合わせにより、話が中断されてしまった。

 通常であれば多忙な父上と話せる貴重な機会ではあるが、それよりも今は此方の方が優先順位は高い。

 

 

「良い考え? 何の事だ?」

 

「ふふ〜ん。秘密!」

 

「な、何故?!」

 

「豊姫? 何の事かは知らんが意地悪はよした方が……」

 

 

 状況を理解できていない父上と、返答を拒まれた私が其々狼狽する。

 そんな私達の姿を見てお姉様は悪戯な笑みを浮かべながらウィンクした。

 

 

「まま、ここはお姉ちゃんに任せなさいな♪」

 

 

 ________その自信がどこから来るものなのか。当時の私はただただ疑問であった。

 だがその答えを知るきっかけとなった『あの事件』で私は理解することができた。

 まさかあんなむず痒くなるような論法で攻めるなんて、本人が聞いたら他の意味で月に帰れなくなるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「うめ、うめ」シャクシャクズルルル

 

 

 人目を憚らず食事を掻き込む熊口生斗を、私は頬杖をつきながら眺めていた。

 スイカとうどんを交互に食べている……食べ合わせ的にいかがなものとは思うが、本人が美味しそうに食べているのであれば、それもまた一つの食癖の在り方なのだろう。

 

 

「桃源郷は、此処にあったか」ポリポリ

 

「……何を今更」

 

 

 此処は穢土からすれば桃源郷そのもの。何故その理解不能な食べ方をしてから実感したのか。

 

 

「いやあ、ほんとありがとなサグメさん! ちょっとジャンクとは程遠い上品な味がする気がするけど、スイカを食べられる日が来るなんて思いもしなかった」

 

 ピッ「……『此処は保食神(ウケモチノカミ)の御力により、各々が自給自足の術を獲得している。原材料であれば大抵のものは生み出せるわ』」

 

「えっ、それってウン「『どこからでも出せる』」あっはい」

 

 

 そんな下品な勘違いをされては困る。

 今彼が食しているうどんとて、私が生み出し、手打ちしたものなのだ。

 それが私の排泄物から作ったと風潮されれば、熊口生斗のみならず私まで被害を被りかねない。

 

 

「いいな、それ。おれにも教えてもらえたりしないのか」

 

「『加護がなければ不可能な上、習得に一千年は掛かる。貴方の場合それよりも今の技術の応用と練度の向上を目指すべきね』」

 

「へいへい」ズルルル

 

 

 (つゆ)を飲み干し、手を合わせる熊口生斗。

 卓上にはきつねうどんに塩むすび二つ、沢庵にデザートのスイカを三切れ用意していたが、無事完食したようね。

 

 

「ご馳走様でした」

 

「……お粗末様」

 

 

 少し炭水化物に偏ったが、穢土の人間がこういった食事が好みである事は把握している。

 今は健康よりも、彼のストレス発散に充てる方が良いだろう。

 

 

「皿はどこで洗えば良い?」

 

「……そこに置いといて」

 

「了解」

 

 

 それにしても、依姫と豊姫が早めに切り上げてこの部屋を後にしたのは意外だった。

 私がいない間に熊口生斗に何か吹き込まれたのだろうか。

 まあ、あの姉妹も多忙を極めている。此処最近どこぞの神霊が悪さを企んでいると情報が入ってきており、その対応に追われている中、無理を言って面会してもらったのだ。

 約半日もの間付き合ってくれただけでも御の字だろう。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 暫しの沈黙。特にこれと言って気まずさはない。

 毎日顔を合わせ、常に同じ空間にいれば話題も尽きると言うもの。

 自然とお互いの口数は減るのが普通だ。

 私としては会話は必要最低限で十分だとさえ思っているが。

 だが、この沈黙はいつものものではない。

 これは彼が何かを発言しようとする準備の為の沈黙だ。

 

 

「サグメさん」

 

「……何」

 

 

 やはりか。

 神妙な面持ち。依姫と豊姫との会話で何かを決意したのか、これまでの腑抜けた顔とは一変している。

 

 

「おれが()()()()()したら、サグメさんはどうする」

 

「……馬鹿な事を聞くのね」

 

 

 神妙な面持ちとなったから、てっきり死後の世界の事を聞いたりしてくるものだと思えば、そんな分かりきった愚問をしてくるとは。

 

 

「君なら分かる筈だが……」

 

「改めて認識しときたくてな」

 

 ピッ「『……まずは防衛組織へ即時通報し監獄内全面封鎖を実施。その後速やかに捕縛武具を装備し脱獄者の確保へ直行。これで良い?』」

 

「それは月移住時前から変わってないんだな」

 

「『大まかに変える必要がないものだからよ。細かい部分ではかなり変更されているけれど、それを咎人である君に教えるわけがないでしょう』」

 

「そこをなんとか!」

 

「……脱走したいの?」

 

「いやいやいやいやいや! 脱走なんてとんでもない! そもそも仮にあの異空間から出られたとて、周りに月人しかいない中でどうやって生きてくんだよ」

 

「……早口ね」

 

 

 ……分かっていた。

 熊口生斗が穢土へと帰りたいと言う事は、最初から。

 けれども、脱走を示唆する質疑を監視者である私にしてくるのは如何なものかと思うが。

 この浄土から出たいのであれば好きにすれば良いというのが私の見解。私達がこの地に築いた物があるのと比例して、熊口生斗にもあの地で築いた物がある。それを無理に引き剥がすつもりは毛頭ない。

 ただ、出るのは刑期が満了してからだ。

 熊口生斗の監視者である私の目が黒い内は出る事は叶わないだろう。

 

 

「まあ、いずれ口を滑らせるだろうから言うけど、おれは地球に帰るつもりだよ。それも、できるだけ早く」

 

「……そう」

 

「反応うっすいな。何倍希釈されればそんな反応になるんだ」

 

「……50倍ぐらい」

 

「除草剤並ってか、おれの話は!」

 

「……除草剤を撒くレベルの不毛な話って事よ」

 

「泣いていい? いや泣きます」

 

 監視者に脱走を公言する愚か者には相応しい処遇ね。私に助力が見込めると踏んだからなのか、ただの阿呆だからなのか。前者は私も少し甘くし過ぎた節もあるから否めない。だが、私はなるべく熊口生斗にストレスを与えないようケアする役目を月読命様より仰せつかった。強くなりたいのであれば自衛出来るレベルまで助言はするし、なるべく好物を用意してやるのも業務の範疇に過ぎない。日々の会話も、コミュニケーションがなければあの空間では普通の人間でしかない熊口生斗の脳は思考を放棄しかねないからだ。見込み違いも甚だしい。これは少し、お仕置きが必要のよう_____』」

 

「……早口だな」

 

「!!!」ピッ

 

 

 またやってしまった。

 月の賢者ともあろう者がなんたる体たらく……全く、何故月の技術力があって自動音声解除機能がアナログでしかないのか。

 今度開発部に改良を頼みに行くのもやぶさかでは無いな。

 

 

「お仕置きは置いておいてだな。別におれはサグメさんの助力が欲しくて話したわけじゃ無いぞ」

 

 

 私の音声機能を盗聴していた熊口生斗が弁明にと、頭を掻きながらそう答える。

 

 

「……なら何故」

 

 

 私の問いかけに、テーブルに用意されていたた茶請けをひと齧りし、一息をつく熊口生斗。

 そのまま齧った茶請けを私に向け______

 

 

「友達に隠し事はしたく無いからな」

 

「……友達」

 

 

 ______友達………………熊口生斗、君は本当に。

 

 

「……無礼極まりないな。あと、煎餅を私に向けないで」

 

「へ〜い」

 

 

 一方的に友情を感じる分には結構だが、それで私を懐柔しようしても無駄だ。

 私はあくまで監視者でありそれ以外の関係性になるつもりはない。

 そもそも月の賢者である私と友人となろうとする事自体が御門違いにも程がある。己を誇示するわけではないが、穢土の民からすれば謁見することすら叶わない尊い身分の月の民であり、その中でも月の統治者である月読命様より直々に拝命を受けた月の賢者であるこの私に、だ。

 熊口生斗が月読命様の友人であるから、タメ口で話すことも、これまでの無礼も容認してきた。だが、それとこれとは別。

 甘えに乗じて私の領域にまで侵入してくるその意地汚さに、私は久方振りに苛立ちを感じていた。

 

 

「なあ、サグメさん」

 

「……何」

 

「もっと気楽に行こうぜ」

 

「……! 失礼する。くれぐれも()()()()()()()()()()。一歩でも出たらどうなるかは君にも分かるはずよ」

 

「厠か? 足元には気をつけてな」

 

 

 足早に、私は無礼者の元から後にする。

 本当に、本当に君ってやつは……! 

 

 何故こんなにも苛立ちが隠せないのだろう。

 一個人がただ妄言を曰っただけに過ぎないはずなのに、何故こうも私自身の感情を揺さぶられるのか。

 この前まで、彼の言葉などで感情が揺さぶれることなんて一度たりともなかったというのに。

『友達』なんて陳腐な言葉で、こんなに……

 

 徐々に進める歩が早くなる。

 早く家に戻って鬱憤を晴らさなければ。

 枕に顔を埋めて叫ぼう。使っていなかったトレーニング器具で汗を流そう。浴槽にお湯を溜め、お気に入りの芳香剤を焚いて湯船に浸かろう。

 

 それでも気が休まるかどうかは分からない。でもやらねば。今は何故か、いつもはしない事が出来る気がする。

 

 

「あっ、サグメ様。丁度いいところに」

 

 

 そんな中、庁舎を通り過ぎようとする私を、総監部の一人が呼び止める。

 付箋が大量にされた資料を持ち運んでいる辺り、急ぎ対処が必要な案件が入ってきたか。

 全く、間の悪い。だが、放置する訳にもいかないため、私は部下から資料を受け取り、付箋をされた箇所を重点的に確認していく。

 

 

「実は〇〇星群の軌道が……あれ」

 

「……どうしたの」

 

 

 並行して対処案件を説明しようとする部下が、私の顔を見て中断する。

 まずい、怒りが顔に出ていたか。感情を表に出すなんて、私もまだまだ_______

 

 

「微笑んでいるなんて珍しいですね。何か良いことでもありましたか?」

 

「……!?」

 

 

 この時、私は初めて理解した。

 あの無礼者の言葉に、私は怒りという感情でひたすらに隠蔽しようとしていた。

 本来業務である監視を中断し、家に帰ろうとする程までに。

 

 ……認めたくはないが、どうやら私は嬉しかったらしい。

 それを表に出したくなくて、彼への怒りを装い、その場を早々に後にした。

 

 何故なら、恥ずかしいから。

 友達という単語で簡単に喜んでしまう幼稚な自分がいる事に、落胆とともに自分に対して怒りが湧き、その矛先を熊口生斗に向けていた。

 

 

『もっと気楽に行こうぜ』

 

 

 まさかそんな複雑な心境の私に配慮して……? 

 そんな筈はない。そんな筈は……

 

 

「……明日からどう顔を合わせれば良いのか」

 

「さ、サグメ様、どうかされましたか?」

 

 

 明日の監視業務に一縷の不安を過らせながら、私は眼前に映る穢土を、どこか羨ましげに眺めていた。

 

 

 

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