とある制御室。
月の都の生活基盤の動力源となる核が複数ある中、その一端を担うこの施設は、月の都の中でも防衛本部司令部の次に厳重に取り扱われている。
その核は少量の霊力を電気や水等、凡ゆる資源に変換する魔法のような機械であり、月の都がこれまで繁栄していく中で欠かせない代物。
_____そんな重積を担う核の一つが、妖怪の軍勢を引き連れた八雲紫の出現と共に停止した。
ーーー
『緊急事態発生。緊急事態発生。0000湖にて大妖怪含む群れが発生。推定500。防衛隊員並びに月の使者は直ちに現場へ直行せよ』
緊急アラートが防衛施設内中に響き渡る。
脚を組み、コーヒーを片手に報告書を纏めていた私はさして驚く様子もなく、カップに残ったコーヒーを飲み干していく。
また純狐の奴が復讐という非生産性の塊のような行動原理の元、月へ押し寄せてきたのだろう。
態々私が出向かずとも、月の使者である綿月姉妹がなんとかしてくれる。
そう判断した私は椅子から立ち上がることもなく、妖怪発生現場の映像を、管理者権限を用いて小型モニターで確認する。
するとそこには純狐とは別の、大妖怪の姿がモニターに映し出されていた。
「……この賊は」
ーーー
「何故あの場から動かない。紫君」
防衛総監である綿月大和が、望遠鏡を片手に遠く離れた妖怪の大量発生地点を観察する。
そこには数百の妖怪の最前列へと立ち、扇を仰ぐ八雲紫の姿がレンズ越しに映し出す。
「どうされますか」
「む〜」
綿月隊長は頭を悩ませていた。
何故八雲紫は妖怪を率いてこの浄土へと足を踏み入れたのか___否できたのか。何故態々一掃されやすい陣形で留まっているのか。
彼と対峙し、死の淵まで追い詰められたにも関わらず、その本拠地へと"たった500匹程度"の群れで押し寄せてきた。
「(数を揃えた事で自信が増長したからか……? いや、あの子はそこまで思慮浅くはなかったはず)」
「総監、何故自ら出陣なされているのですか」
「……依姫か」
千の精鋭を携え、様子を伺っていた綿月隊長へ声を掛けてきたのは、実の娘であり月の使者筆頭である綿月依姫であった。
「総監が出陣なさる必要はありません。この程度の小事、私と玉兎達だけで十分です」
「何、あの群れの中に昔の知り合いがいてな。それに_____恐らく一筋縄にはいかないだろう」
「? それは……」
依姫が自身が実力不足を揶揄されたのではないかと文句を言おうとした時、綿月隊長の胸に貼り付けられていたペンダントからモニターが映し出された。
「『防衛総監、緊急です。〇〇生活区域の動力核が突如異常停止致しました。現在集中管理室にて復旧作業中ですが、復旧には数時間程掛かる見込みです』」
「ああ、分かった。1秒でも早く復旧を急げ。動力を失った都民へのサポートも忘れるな」
「『はっ』」
モニターを閉じ、予想が的中したと言わんばかりにドヤ顔になる綿月隊長。その姿を見て若干の苛立ちを憶えながらも依姫は冷静に考察する。
「あの区域の動力核は先日分解整備を終えて順調に稼働していた筈です。自然に故障したとは思えません」
「十中八九故意の故障だな。タイミング的にもあの群れの仕業である可能性が高い」
「ならば一刻も早く駆除を____」
「依姫、それはあまりにも早計過ぎる」
鞘を掴み、走り出そうとした依姫の肩を掴み制止させる綿月隊長。
「何故止めるんですか!」
「分からないのか。我々は今、都民のインフラである動力核を人質に取られているんだぞ」
「!!」
自身の過ちに漸く気付き、依姫は殲滅せんとしていた歩みを止める。
「不幸中の幸いといえば、動力核が停止した区域に重要施設がない事だ。それも紫君が脅しとして敢えてそうした可能性もあるが」
「賊らに月の情報が漏れていたとでも言うのですか」
「可能性は十二分にある。現に紫君と輝夜姫は交友があるからな。従者である永琳が情報を流していても不思議ではない」
「そんな馬鹿な! 永琳様が賊どもの味方だなんて……!」
動揺する依姫を横目に、綿月隊長は顎に手を当て、今しがた発言した内容に"違和感"を憶えていた。
『あの月の賢者が果たして、自身と輝夜姫の安否を犯してまで妖怪の集団自殺に態々手を貸すのか』
現状、動力核の所在と捜査要領は一部の関係者と幹部以上の者しか知らされていないため、八意永琳が噛んでいることは極めて高い。
ただでさえ月を裏切り、お尋ね者となっており、都が本腰を入れれば発見されるのも時間の問題であることは彼女も理解している筈。
未だに発見されずに済んでいるのは、月の都がこれまでの彼女の功績を称え、暗黙の了解として泳がしているに過ぎないのだ。
だと言うのに八雲紫に協力した理由。
輝夜姫と交友関係であるだけでは根拠に乏しい。二人の共通点。それは______
「熊口君か」
「熊口君?」
一つの答えに辿り着いた綿月隊長は腰を上げ、高らかに背後に待機させていた千の精鋭に号令をかける。
「部隊一時待機!!」
「「「はっ!!」」」
部隊に待機命令を下し、改めて妖怪の群勢を見やる。
「依姫、お前も待機だ。私が手を上げた時、軍を率いて一斉射撃だ」
「総監!」
依姫にそう言い残すと、綿月隊長は彼方に飛び去っていく。
用いたのは自身の脚力のみ。
有り余るその膂力は優に人智を越え、一里(※約4㎞)の距離を音速を超える速さで飛び越えていく。
「やはり、貴方が来るのね」
「久しぶりだな、紫君」
着地したその先には、妖怪の群勢を率いた八雲紫が悠々自適な笑みを浮かべ待っていた。
「へえ、こいつが紫の言っていた
「……どうやら私が突撃するのも織り込み済みだったようだな」
先まで気配を消していた妖怪の気配が徐々に集結し、形を成していく。
それが人の形へと成していくにつれ、綿月隊長の額からは一筋の汗が流れ落ちる。
「参った。これ程の妖怪が紛れていたとは」
「どうやら私の能力なら、
形を成した一匹の妖怪が、共に現れた伊吹瓢から酒を仰ぎながら指の骨を二回鳴らす。
「貴方が一人で来たってことは、少なくとも交渉の余地はあるってことよね」
「戯言を。そうせざるを得なくしたのは紫君だろう」
綿月隊長がそう発言したように、これまでの全ては八雲紫の思い描いた策略の通り事が運ばれていた。
生活のインフラである核の停止により、八雲紫が他の核の所在を把握及び破壊する術を持っている可能性がある。
例えその他の情報を持っていなくとも、彼女ならば現在故障している核を完全に破壊する可能性も考慮せねばならない。謂わば人質を取られた状態。
そんな相手を刺激すれば、危惧していた何れかが現実となる事は必至。
「(この程度の数で攻めに来たのも策略の内。それに今しがた現れた鬼の能力も計り知れん。月の最先端技術を用いたセンサーすらも掻い潜るほどの精度。他にも隠密している輩がいるかもしれん)」
綿月隊長が単身で敵地の前へと姿を現したのは、紫が本人と輝夜と顔見知りであり、己の存在価値が分かると踏んだ為である。
月の都の防衛を担う組織のトップが護衛もつけずに単身で敵意を向けずに姿を現す。
その時点で交渉の余地が相手にあると思わせる綿月隊長の策略であった。
本命は交渉の合間に出来るであろう一瞬の隙。その隙で綿月隊長は八雲紫を仕留める腹積りであったのだが、それも突如として現れた鬼に阻まれてしまう。
「(この鬼の眼を掻い潜って紫君を仕留める事はまず不可能…………さて、どうするか)」
現在の状況は、八雲紫が思案した数ある策略の中で三番目に良い状況である。
最良とは言えない。しかしながら想定の範囲内で事が進んでいるこの状況。今この時に限って言えば、八雲紫が話の主導権を握っていた。
「私達が求めるものは一つ______月の都の居住権を私達に明け渡す事。承諾頂けるかしら」
「それはできん。浄土に妖怪が住まえば穢れが溜まり月に寿命が来てしまう」
八雲紫の要求をなるべく刺激しないよう拒絶する綿月隊長。
そんな事は八雲紫を百も承知である。承知の上であり、そして月の都が不可能を可能にする程の圧倒的な技術を持っている事も承知している。
「それでは居住権を賭けた『遊戯』をしましょう。月の都陣営が勝てば向こう1000年は月の都を襲わず、私が知り得る月の情報を全てお話しいたしますわ」
「遊戯?」
掌を合わせ、見る者によって無邪気とも取れる笑顔を見せる八雲紫。
その姿を見て待ってましたと言わんばかりと肩を鳴らす鬼____伊吹萃香。
その遊戯の内容とは______
「ルールは単純。500対500の殴り合いですわ」
余りにも野蛮で原始的な、赤子でも思いつくような幼稚な代物であった。